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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
疎まれ王女と誕生祭
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〈書籍発売予定日決定・感謝話〉義弟の夢見は。

この度、書籍化発売日(予定)決定致しました。

感謝を込めて、書き下ろさせて頂きます。


時間軸はそのまま「疎まれ王女と誕生祭」辺りです。


『…………だ。……っ、……い……だ…。』


……どこだ、ここは。

白い空間に、俺は立つ。

自分でもどこにいるのかわからない。何故俺はこんな所にいる…?俺はー……


『…っ。……いやだ…っ、……。』


……搔き消えるような声が、聞こえる。

見回せば、一人の少年が小さく膝を抱き抱えて蹲っている。子どもか、と歩み寄ってみれば少年は肩を震わせながら泣いているようだった。膝に埋めた顔から表情は読めないが、震えた肩が何度もしゃくり上げるように上下している。

どうした、と声を掛けたが返事はない。俺の存在にも気付かないように少年は一人泣き続けたままだ。

目の前まで立っても反応を示さない少年に、不信感も感じたが放って置くわけにもいかない。一体何があった、ともう一度問おうとすれば少年の吐露の方が先だった。



『……離……たく、ない…っ‼︎………………母さんっ…。』



その途端、俺は目の前の少年が誰なのかをやっと理解する。

息が止まり、その少年から目が離せなくなった。

俺の目の前で小さくなり、泣きじゃくる少年は固まる俺に語るかのように更に言葉を重ね、嘆く。


『いやだ…っ。……お城、なんて…っ…!母さんを…っ一人に………たくないのにっ…‼︎』


……搾り出すようなまだ幼く高いその声に、俺はまだこんな声だったのだなと思う。

いくら泣いても、駄目だった。

いくら嘆いても拒もうとも、庶民の子どもの俺が城の決定を拒めるわけもない。

母さんが俺の前で泣くのを耐えてくれたあの日々で、……俺はこんな風に泣けただろうかと思い巡らす。

今思えば本当に、子どもらしくない子どもだったものだとそう思う。


『母さんっ…!…………もう、僕は…っ。』


何故か、触れるのを躊躇った。

酷く肩を震わせるその姿に、……俺などが手を伸ばして良いのかと。

城に行きたくない、養子なんかになりたくない、母さんと離れたくない、……悲しませたくないと。誰よりも彼の心を知っている俺が、触れてはならないと思えた。

きっと、この頃の俺ならば何を言われても「お前に何がわかるんだ」とでも思っただろう。


『もう……僕はっ…‼︎』


…こんなに、小さく弱かったんだな。

あまりにも脆すぎる。細く、背も小さく、……きっとまだ何もできない俺だ。

嘆くか、耐えるか、考えることしかできなかった弱い俺だ。

こうして見れば、こんな俺がよく王族の養子などになれたものだと。…そして我ながら随分と図太くなれたものだと思ってしまう。反射的に眼鏡の縁を押さえつけ、……そういえばこの時はまだこれも掛けていなかったと思い出す。

未だ蹲る少年が現実ではないと思えば、早くここから出る方法はないかと今度は考え









『ずっと、一人だっ……!』









パシ、と。

気が付けば俺は、その少年の手に触れていた。

膝を抱き抱えるその手に重ね、掴み、握り締める。

それをして初めて、少年は俺に気がついたように顔を上げた。黒い目を赤く腫らした、無表情の少年が俺を驚いたように見つめ返す。


「そんなことは、ない…‼︎‼︎」


初めて、声を張る。

噛み締めるように彼へ訴えれば、その目が更に大きく開かれる。唇を僅かに開き、まだ言葉が出ないようだった。ぱたた、と溢れ続ける涙が顎から滴っている。


「そんなことはない、絶対に違う。お前は一人になど決してならない。……一人にしないでくれる人が、絶対に現れる。」

まるで急き立てられるように語り掛ける。

触れてはならないと思えた少年の小さな手を今は強く握り締めている。少年は俺の手を振り解こうともせず、丸い瞳を俺に向けている。


「大事な人だ。……その人が、俺達をきっと救ってくれる。俺達だけじゃない、母さんのことも……っ。」

話して良いのか、わからない。

目の前の少年に、そこまで語って良いのか。もし、ここが過去ならば、……あのことは話せない。今もまだ、母さんと繋がれていることなど、そんな



夢物語のような、真実は。



「ッ大丈夫だ。…お前はちゃんと〝家族〟に出会える。一人になどならない。あの人が、…っそう、させない……‼︎」

確信をもってそう言える。

俺達がいくら捻くれようとも、嘆こうとも、必ずプライドが手を差し伸べてくれる。たとえ跳ね除けようとも利用しようとも、彼女にそんなものは通用しない。

俺達が殻に籠ろうとも、あの人はその殻ごと包み込んでくれるのだから。


「お前には、姉妹がいる…!母上も、父上もいる。叔父様もいる。今よりもずっと、…ずっと多くの愛すべき家族が待っている。」

母さんだけじゃない。今の俺はもっと多くの家族が居てくれている。胸を張って〝家族〟だと、そう言える存在がいるのだから。


「友人も、…ッいる‼︎この上ない、無二の親友だ。絶対にアイツにも出会える。そしてアイツもお前を友だと呼んでくれる、力になってくれる男だ…‼︎」

アーサーがいる。

家族だけじゃない、プライドを守る為に隣に並んでくれる男がいる。腹の底から語り、笑える、そんな友にちゃんと出逢える。


「己が一人だと、そう語ることができなくなるほどに多くの人にお前は囲まれる。あの人が必ず、そういう世界にお前を導いてくれる。…………絶対に大丈夫だ。」


気が付けば、俺の手を少年が握り返していた。

無表情な顔で、ぽかんと口を開けながら穴が空くほどに俺を見つめていた。滴り落ちていた涙が止まり、空いた手で目元からその頬を拭う。…まだ成長途中の柔らかな頬と今の俺の手で包めてしまいそうな小さな顔に、本当に子どもだなと自分でも笑ってしまう。

すると、少年の口がゆっくりと動いた。俺の手をきゅっと握り返し、望むように未成熟な声を生成する。


『…寂しくない?』

「ああ、今は。…大事な人とずっと共に在れると、ちゃんと知っているからな。」

『母さんは?』

「……大丈夫だ。お前が思うよりもずっと、…俺達には希望がある。」

『……………………………幸せなの?』

「ああ、とても。信じられないくらいに幸福だ。お前に自慢してやりたくなるほどに。」


少年の問いに、答える。嘘偽りない真実だ。

少年は俺の返答にぱちりぱちりと瞬きをしてから、最後に一度だけ頷いた。

膝を抱えている手を解き、両手で俺の手を掴む。

まだ俺の言葉を信じきれないように、言葉は返されなかった。だが、代わりに俺の手を掴む小さな手が今までで一番強い力を込めてきた。

俺もそれに返すように、反対の手で少年の黒髪を撫でる。細く、さらりとした感覚と撫でやすい小さな頭に…プライドやアーサーもこんな気持ちだったのだろうかと思ってしまう。

少年の手から力が抜ける、俺も合わせるように手を離す。すると、段々と白い景色に馴染むように少年が消え出した。

驚き、手を伸ばせば俺の手も白く視界に馴染んでいた。

白く埋まり、薄くなる景色を見て。……言いたいことは言えたと。


何故だか少し満足している俺がいた。



……






「…………はぁ…。」


思わず溜息を吐いてしまう。

駄目だ。全く寝た気がしない。眼鏡の縁を押さえつけ、それでも気が引き締まらず今度は眉間の皺を摘んでしまう。


「どうしたの?ステイル。」

朝食後、俺の溜息に気付いたプライドが心配そうに声をかけてくれる。更にティアラが俺の顔を覗き込む。背後にいるアーサー達や侍女達にも丸い背中が見えていると気付き、急いで背を正した。


「いえ、今日は妙な夢を見てしまい…少し寝不足で。」

夢は眠りが浅い時というが、……本当に浅過ぎる。もう何度欠伸を噛み殺したかわかりはしない。今日もヴェスト叔父様との仕事とジルベールとの王配業務があるというのに。

どんな夢?とティアラに聞かれたが、ふんわりとしか思い出せない。目が覚めた直後は覚えていたが、…白い靄に隠されて今はあまり鮮明には出てこない。それに…


「あまり覚えてはいないが、………まぁ。ひたすら説得を試みた夢だな。」

俺の返答にティアラも、そしてプライドも首を傾げた。プライドが「それは確かに疲れたわね」と苦笑気味に労ってくれ、俺も応えた。

…本当のことなど恥ずかしくて言えるわけがない。

大体、今考えてもアレはどちらも俺だった。そう思うと、あの時の俺が子どもの姿か今の姿だったのかも分からなくなる。……というか、自問自答していたようでそれだけでも思い出したくなくなる。

どうせ、あと三日もすれば忘れるだろう。今でさえ、殆どどんな会話をしていたかも思い出せないのだから。


「では姉君、ティアラ。俺はここで。」

ええ、また。とプライドとそしてティアラが言葉を返してくれる。俺はこれからヴェスト叔父様のところに行かねばならない。

また休息時間に、と挨拶するとプライドの背後からエリック副隊長に並んでアーサーが自分の目を指で示してきた。何かと思えば、口の動きだけで何かを訴えている。……恐らく「寝・ろ!」と言っているのだろう。まさかクマでもできているのかと目を擦ったが、鏡がないから確かめようもない。今までもある程度の睡眠不足なら大丈夫だった筈なんだが。…まぁ、アーサーならそれが無くても寝ろと言ってくるだろう。


「兄様が休息時間になったら、皆でお庭に行きましょうかっ?」

背中を向けた途端にティアラの声が聞こえてきた。……まさか、いつかの時と同じことを考えているのではないかと予感する。流石にアーサー達の前では回避したい。

プライドからまで「そうね」と同意の声が聞こえて余計に嫌な予感がする。プライドならば人前でも構わず俺に膝を貸すだろう。


「………姉君。今日は、休息時間に少し休んでから伺います。」

一度足を止め、身体ごと振り返って伝える。

わかったわ、と言うプライドに並んでティアラがわかったように小さく笑った。…やはりそのつもりだったらしい。アーサーも俺の発言に少し安心したように頷いた。

目を合わせた後、再び背中を向けて今度こそヴェスト叔父様の元へと向かう。廊下を歩きながらぼんやりとどんな夢だったか思い出そうとすると、やはりまた薄くなっていた。








『幸せなの?』








…誰だったか、そう聞かれた気がする。

一体誰がそんなことを聞いてきたのか。夢の中なら、実際は会ったことのない人物の可能性もあるが。…随分と困る問いを投げかけてくるものだと思う。下手したら、俺やジルベールぐらいに捻くれた奴かもしれない。俺の夢、という時点で深層心理だと言われたらもうどうしようもないが。

俺がその問いに答えたのかどうかも今は思い出せない。…ただ、今。



もし、その問いに答えるならば間違いなく


書籍が、一迅社様のアイリスNEO様より2019年6月4日発売予定となりました。

活動報告より、詳細ご報告ございます。

本当にありがとうございます。

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