386.疎まれ王女は送り出す。
うあああああああ……
……どうしよう。
来賓からのいつもと違う大量の視線を浴びて、顔を真っ赤に茹だらせたカラム隊長を見送りながら泣きたくなる。
すぐにまた他の来賓に話し掛けられ、挨拶を返しながらも頭の中ではカラム隊長のことでいっぱいだった。
婚約者候補。
その一人として私が希望したのはカラム隊長だった。
今日まで近衛騎士中も全く何の話も振られなかったし、きっとカラム隊長も本人は知らないのかまたは敢えて触れないでいてくれてるんだろうなぁと思ってた。だから、ステイルの誕生祭でも別段変わらないんだろうなぁ…と思っていた
のに‼︎‼︎
なんか礼服着て下さってるし‼︎騎士の装いでも充分お似合いだったけれど礼服もすごくすごくお似合いだった。正直すっごく男前で格好良い。
カラム隊長が上流貴族なのは前から知っていたけれど、こうやって見ると本当に良いところの方だったんだなぁと思い知る。
もうこんな上から下まで仕立てて来てもらっただけでも申し訳ないのに、当然のことながら凄く来賓の視線を浴びてしまっている。ステイルの誕生祭に招かれた来賓数はすごく多いし、一人くらい増えても減っても気付かない。…ただ、今回だけは別だ。婚約者候補のことを発表して初めての式典だし、そこで騎士として毎回参列しているカラム隊長が礼服で参列して来てくれたら嫌でも目立つ。特に毎回招かれている貴族王族の方々の目には明らかに‼︎‼︎
前世のゲームや漫画みたいに格好良く変身した紳士の姿に「あの素敵な方は誰⁈」「どこかで見たことのあるような…‼︎」なんていう御都合展開は、無い。もう皆ばっちりカラム隊長とボルドー卿を同一人物だと気付いちゃってる。流石にそう都合良くはいかない。
もう確実に私のせいなのは確実だ。しかも聞いてみれば『父の強い意向です』って‼︎完全に御家族まで巻き込んじゃってる‼︎
そりゃあ第一王女の婚約者候補なんだから御家族が驚くのも、意向を示すのも当然だ。もしかしたらあのカラム隊長が御家族に「騎士ではなくこの格好をしていきなさい‼︎」とか親御さんに言われたのかなとか思うと、余計に申し訳なくなる。もう二十代のカラム隊長に大変な思いをさせた感が物凄い。ただでさえカラム隊長は立派な最優秀騎士様なのにわざわざ貴族側の格好をさせられちゃうとか‼︎しかも
『…ご意向通り、私ならばいくら保留にされても構いません。もともと、騎士を目指す時から婚姻は考えておりませんでした。プライド様の御心が決まるまで、私の名で宜しければいくらでもお貸し致します。』
あああああああああぁぁぁぁぁぁぁ……。
もう、あの言葉を思い出すと今も笑顔が強張ってしまう。穴があったら引きこもりたい。だって私が選んだのはっ
「…プライド。どうした?体調でも悪いのか。」
ふと、声を掛けられてハッとなる。気付けば自分の手で顔を仰いでいる私にセドリックが声を掛けてくれた。…うん、今なら記憶で思い出す度に死にかけるセドリックの気持ちがよくわかる。
セドリック、と呼びながら少しの間は言葉が出てこなかった。頭が熱くて呆けてしまう私を心配そうに覗き込んでくれている。
「少し外の風に当たるか?必要ならば侍医か侍女を…。」
「いえ、…大丈夫よありがとう。」
心配かけてごめんなさい、と言葉を返せばセドリックの瞳の焔がまだ不安げに揺れた。もう私相手に変に畏ることもなくなった彼にほっとする。
書状のやり取りをした成果もあるだろう。彼の言葉を直す為に、書状のやり取りでは普段の言葉遣いをと指定した甲斐があった。ティアラも日常会話でも良いから書状のやり取りをすればセドリックの言葉遣いが直るかもしれない。私からももう一度勧めてみようか。…でも、嫌いな人との書状のやり取りって割と苦痛だしなぁ…。……今度、それとなく聞いてみよう。
「やはり先ほどのカラム殿のことか。プライドの誕生祭でお会いしたボルドー卿と確かに面影も似ていたが、親族だったとは。」
どうやらセドリックもカラム隊長には気がついたらしい。私が一言返すと、うんうんと頷きながら声を潜めて私に返した。
「お前の婚約者候補がカラム殿だったとは驚いた。だが、家柄も申し分なく人柄としても良き御方ならば当然か。まさかこんなに早くわかることになるとは。」
「いえ、カラム隊長は体調不良のお父上の代理よ。」
声を潜めてくれたとはいえ、ここで肯定する訳にはいかない。何とか取り繕ってセドリックに訂正すると、きょとんとした表情が返ってきた。よかった、上手く誤魔化せ
「だが、先ほどお前とカラム殿がそう話していたではないか。」
っっっっっ‼︎⁈
思わず両肩が上下してセドリックを見上げた。きょとん、とした表情に逆に私が驚かされる。
さっきの話を聞かれてた⁈いやでもお互い声はすっごく潜めたし、一番近くにいる来賓にも聞こえてないようだったのに‼︎
私の反応に不穏を感じたセドリックが少し間を置いてから「…すまない、もしかしてあれも声を潜めていたのか?」と眉を寄せた。ええ勿論ばっちり潜めてましたとも‼︎
そこまで考えてセドリックの読唇術機能を思い出す。恐らく遠目で私とカラム隊長を見て、普通に会話していると思ったのだろう。盗み聞きするつもりはなかったのだが…と謝るセドリックに、本当に才能のダダ漏れ感が半端ない。もう声が聞こえなくても視界に入れば彼にとっては大声も小声も関係なく読み取れるのだろう。…次からは秘密ごとの時はちゃんと口元を隠して話そう。何気にセドリックって敵に回すと面倒かもしれない。
私から改めて私とカラム隊長の会話は秘密にするようにとお願いすると、すぐに了承してくれた。「お前の望みとあらば、たとえ爪を剥がされたとしても守り抜こう」と言われて流石にそこまでされるなら吐いて欲しいと心から思う。ティアラに同じようなことを言ったら確実に「そんなことされても困りますっ!」とか言ってまた怒られそうだ。
「!そうだわ、ティアラは?ティアラとは話をしたの⁇」
ふと、一番大事なことを思い出す。正確には話したかどうかよりも、赤面と敬語が直せたのかが重要なのだけれど。
セドリックは一瞬その言葉に目を見開くと、貝のように口を一本に引き結んで言葉を詰まらせてしまった。頬が若干火照ってる。また駄目だったか、と思って苦笑いをすると「だが…」と重々しくセドリックが口を開いた。拳を胸の前でぐっ、と握り私に真っ直ぐ向き直った。
「こ、…今度は最初から普通に話して、みせる…‼︎」
不快な思いをさせない為に…!と力強く宣言するセドリックに少し感嘆の声を上げてしまう。本当に日に日に成長しているんだなぁ、と何だか母親のような気分になってしまう。…駄目だ、この年で既に老け込んだら笑えない。でもランス国王が歳相応以上の雰囲気を纏っているのってセドリックの所為なのではと少しだけ思った。
「頑張って。まぁ…でも、せめてもっと仲良くなれれば良いわね。」
今度は私のフォローは不要かな、と思いながら笑ってみせる。今回はお兄様方が一緒じゃないから少し心配だったけれど、これなら大丈夫そうだ。ああ、と短く返事をしたセドリックはそのまま思い出したように周りを見回し、拳を下ろして声を潜めた。
「例の件に関しても、…感謝する。明日、帰国する前に謁見の機会をと女王にも願った。お前とステイル王子のお陰でやっと交渉もできそうだ。」
本当にお前には世話にしかなっておりません、と途中からまた敬語になりかけたセドリックを抑え、私から首を振る。むしろ、ちゃんとセドリックの方から明日話し合う機会を作ってくれたのだから。ランス国王やヨアン国王は知っているのかと尋ねたら「無論だ」と答えが返ってきた。
「兄貴も兄さんも最初は驚いていたが、賛成もしてくれた。…これでやっと俺も、ちゃんとした形で我が国の力になれるかもしれん。」
そう言って笑むセドリックは本当に迷い一つなくて、何より凄く嬉しそうだった。応援しているわ、と返しながら私からも彼にお礼を言う。
「私も感謝しているわ。正直行き詰まっていたところもあるから。…まさか貴方から提案されるとは思わなかったけれど。」
「ステイル王子のお陰だ。あの方はとても聡明で優秀な方だな。頭も良いが、何より考察力が素晴らしい。次世代の摂政として彼ほどの器はないだろう。」
なんか、すごくベタ褒めされた。自慢の弟が褒められたことが嬉しくて、思わずへらへら笑ってニヤけてしまう。ぜひその言葉を本人にも言ってあげて、と話したら勿論だ、と返ってきた。
「!そうだ、すまない遅くなったが…。…ステイル第一王子殿下の御誕生日、おめでとうございます。兄達が参列できぬことを心より残念に思っておりました。今この場で兄達、そしてハナズオ連合王国の総意として御祝いをお伝えさせて頂きます。」
突然敬語になったセドリックは、そのまま恭しく私に礼をしてくれた。そういうところはまだマニュアル通りなんだなと思うと少し面白くなってしまう。ありがとう、と言葉を返しながらステイルを私は目で指した。
「ちょうど、騎士団長達と挨拶をしているところね。ティアラに挨拶した後はステイルにも挨拶はするのでしょう?」
今日の主役なんだから、と続ければ生唾を飲み込んだ後、セドリックから何やら大仰に「ああ…!」と返事が返ってきた。
ステイルまでまた怒らしたりしなければ良いのだけれど。書状ではステイルの意見を聞いたりはしたけれど、返事の文書も私が書いたしまだステイルには緊張するのかもしれない。まるで初めておつかいに行く子どものような背中に「がんばって」と声を掛けながらポンと最後に軽く叩いて押し出した。
クッキーの恨みとか色々あって大変だろうけれど、彼が大好きなティアラのお兄ちゃんでもあるステイルだ。せめて妹に近付くなと脅されないくらいは仲良くなって欲しい。
これからの、為にも。