383.摂政は夢を見る。
「…ねぇ?まだぁ⁇……フフッ、…あ〜あ…悲しいわぁ…。」
悪魔の、嗤い声がする。私のよく知る声だ。
冷たい床と簡素な壁に寄り掛かり、光も届かないこの場所で…ただただ時を待つ。
時の流れを忘れるほど、…永く、ひたすらに。
…ここは、どこだ…?
目を開ければ変わらず暗闇しかない。
…ああ…そうか、…私は。…もう時の流れどころか、己の存在すらも薄れてしまったらしい。なんとも無様な、…だが、……私には相応しい最期だとも思う。
「ねぇ?…そろそろ素直になって下さった⁇ね〜ぇ。……もう、ステイルも十七歳になっちゃったわよぉ?これでとうとう本当に貴方の居場所も意味もなくなっちゃったわ。ねぇ…」
悪魔の甲高い声を耳に通しながら考える。…私は、…私の名はと。考え、思い出せるか試す。……嗚呼、あと少し、ここまで…来ているというのに
ビシャアッ!
冷たい水を突然檻越しに掛けられる。一瞬息が止まり、顔を振ればキャハハハハッと人外とも取れる幼気な笑い声が響き渡った。
「おはようございます、これで目が覚めましたかしら。フフッ…ねえ?」
悪魔が嗤う。引攣らせたように口元を引き上げ、妖しく瞳を紫炎に光らせる。絶対的優位と支配権を掲げて私を嘲笑い、そして…忘れかけていた私の名を呼ぶ。
「ヴェスト叔父様。」
…ヴェスト。…嗚呼、そうだそれが私の名だ。
取り返しのつかない間違いを犯した、私の名だ。
目の前の娘の名を呼べば、笑みがさらに引き上がった。その場で軽くステップを踏みながら私に「良かった、まだ喋れるのね」と声を跳ねさせる。
「ねぇ、ヴェスト叔父様。わざわざステイルの誕生祭後に疲れた身体に鞭打って姪が会いにきて上げたのよ?もっと喜んでちょうだい。」
フフフッと笑いを含みながらこの国の女王は笑う。見窄らしく変わり果てたのであろう前摂政の私を檻の外から眺めながら。
「ヴェスト叔父様。可愛い可愛い姪のお願いを聞いてちょうだい?そうじゃないと貴方の奥様も、それにー…」
「無駄だ、────。…私に、その脅しは効かないと何年も前に告げた筈だ。」
優位を語る彼女にはっきりと言い放つ。
私の言葉に少し眉を揺らすと、彼女はまた口元を引き上げた。「そうだったわね」と軽く返しながらも気を取り直すように更に続ける。
そう、この檻に幽閉されてすぐの時も彼女は私にそう言って脅した。…だが、もう私にその脅迫は効果がないたとえ目の前で私と懇意の人物を嬲り殺されようとも、…きっと私に大した揺らぎはないだろう。
「ねぇ?私のおねだりって、…そんなに難しい⁇ただ、叔父様と一緒に仲良く過ごしたいって言ってるだけじゃない。」
「〝隷属の契約〟と引き換えにだろう。…何年経とうとも私の答えは変わらん。私の特殊能力をお前のものにするつもりはない。」
アルバートが死に、ローザが死に…そしてまだ幼かった彼女が女王となってから。その権限で彼女は私を摂政の座から引き摺り下ろし、ここに幽閉した。彼女の戴冠後も私一人が彼女の言動全てを指摘し、否定し続けたからだ。他の者のように処刑されず、幽閉が続いたのは彼女が私を叔父として慕っていたからではない。…私の、特殊能力が望みだった。
更に数年後からは隷属の契約まで望んできたが、…私は拒み続けた。隷属の契約を交わせば、今よりは人間らしい生活もでき、外の空気も吸えるだろう。だが、それは許されない。
「お前は、間違っている。」
はっきりと、この国の女王に私は告げる。
私の言葉に再び彼女は眉を震わせ、引き上がった口元だけが無理に固めたままだった。
「何度でも、永遠に私はお前を諫め続ける。それが、ローザもアルバートもできなかった…私の最期の役目だ。」
私一人は彼女を許さない。
ジルベールは未だに王配としての公務を宰相業務と共に兼任し続けているという。彼が彼女に屈し、代わりにその手でできる限り民を救うというのならば私は彼女に屈さず、この命の限り示し続ける。
私の言葉に口をとうとう閉ざす彼女に、私は告げる。今までも彼女が私の元に来るたびに繰り返し告げた言葉を何度でも。
「お前は間違っている。このような治世、長くは続かない。お前の人生よりも早く崩壊する。…そして、もうお前はやり直しのつかないところまで来てしまった。」
ガンッ‼︎と、彼女はヒールの足で私の檻を足蹴にする。だが、私は構わず彼女に続けた。
「私はお前の為にこの特殊能力は使わない。誰かをこれ以上苦しめるくらいならば私は喜んでここで朽ち果てよう。それが王族としての私の誇りだ。」
そう言い切ればとうとう彼女が「馬鹿じゃないの⁈」と声を荒らげた。
「折角この私が使ってあげると言っているのに‼︎貴方のような下級貴族が!私のような王族の血と同じだと思わないでよ‼︎」
苛立たしげに叫ぶ彼女の声に目を瞑る。…ああ、そうか。私は下級貴族の産まれだったのかとそう思いながら。
「お前が諦めて私を殺すのが先か、それともお前が時代に討滅され、私がここから出されるのが先か。……どちらにせよ、お前か私が生きてる限りは」
「もう良いわぁ、ヴェスト叔父様。…どうせ貴方が生きていることを知っているのは私達だけ。それでもまだ飽きないということね。」
彼女が、噛むように指を口に運ぶ。一度歯を立てたそれを、次には息を吸い上げ吹いた。ピィィイイイイッ…と音が響き、私の鼓膜を揺らす。そして次の瞬間に現れたのは私の甥でもある…ステイルだった。
養子に引き取られてから、彼の眼差しは常に死んでいる。無表情に私と彼女を見つめたステイルは一言「お呼びでしょうか」と尋ねた。…彼女が、何を命じるつもりなのかは私も彼もわかっている。
「いつも通りよ。叔父様が素直になれるようにしてあげなさい。殺しちゃ駄目よ?私の愛しい愛しい叔父様なのだから。」
ニタァァァァア…と私に笑みを向けながら彼女は告げる。また来るわ、と告げる彼女はステイルにこの場を任せて去っていった。鼻歌交じりに靴を鳴らしながら。
古びた扉が閉ざされ、再び密閉された空間に戻される。女王の命令通り、傍にあった剣や鞭の置き場へ足を伸ばすステイルは私を見て、……止まった。
どこか躊躇いも感じられる眼差しに、敢えて私から問い掛ける。
「どうした、ステイル。今の私を殺さないようにするのが難しいか。」
「…俺は今回、抽象的な命令しか受けていません。このまま去ったところで、どうせ女王がまた貴方の元に来るのは数週間後。傷など負わせずとも」
「女王は〝いつも通り〟と言った。もし万が一見に来たらどうする。…火の粉が飛ぶのはお前自身だ。」
私に情をかける彼に、敢えて叱り付けるように言い放つ。すると彼の肩が少し強張り、真っ直ぐに私を見た。
拘束された両腕と両足を組み直し、鎖がガチャガチャと音を立てる。
「お前は、私に情けをかける必要などない。お前は私達の被害者だ。…幼いお前から全てを奪い取ったのだから。」
かつての私のように。…彼もまた、その特殊能力を求められて養子にされた。当時、どれほど彼がそれを拒んだかはジルベールからも聞いていた。それでも私は彼に何もできなかった。私一人が過去を捨てて郷愁や孤独、回顧からも逃げ果せ、彼は…今も苦しみ続けている。
私の言葉に彼は黙して刃を手に取った。それで良い、と言えば初めて彼の無だった表情が暗く曇った。
「…お前には、幸福になって欲しかった。過去に私がローザやアルバートに出会えたように。」
真っ直ぐに、私からも彼を見上げる。当時王居内で居場所もなかった筈の私を迎え入れてくれたローザ。そしてアルバート。…だから私は全てを民と彼らに捧げられた。
檻の鍵が開かれる。食事を運ばれる時しか開かれない扉からステイルが足を踏み入れる。その手に、鋭い刃を握り一歩一歩私に近づいた。
「……ティアラは、元気か。」
「…はい、変わらず離れの塔で外界の穢れも知らず平穏に暮らしています。…まだ、女王の関心は向いていません。」
私の問いに答えた言葉に心から安堵する。良かった、まだティアラは無事なのだと。それだけで救われる。
私が「そうか」と息を吐くと途端にステイルの手が震えた。剣先が床に微かに当たり、カチカチと音を立てる。どうしたのか、彼が人を傷つけるのも…殺めるのも既に慣れてしまっていることを私は知っている。
顔を上げても暗闇で上手く見えない、私の目が既に衰えているせいもあるだろうが。「どうした」と手枷を揺らしながら問い掛ける。手枷も足枷も塞がれているだけで繋がれているわけではない。もう殆ど上手く動かない足で一歩分私からステイルに近づけば、…確かに彼の声が私の耳に届いた。
「っ…、……貴方がっ…、……居てくれたら…。」
堪えるような声だった。
無表情だった彼がどのような顔をしているかはわからない。私は彼に何も引き継がせることもできずに幽閉されてしまった。それからきっと、彼は手探りで今の摂政を担い続けてくれていたのだろう。
「ジルベールはどうしてる。…今も健在か。」
私の重ねる問いに、彼は無言で頷いた。ちゃんと働いているか、と聞けば「きっと我が国の誰よりも」と詰まらせるような答えが返ってきた。…良かった。どうやらジルベールもステイルの力になってくれているらしい。
そこまで確認し、ふともう時間が経ってしまっていることに気付く。
「ステイル。……そろそろ急げ。まだ、仕事が多く残っているのだろう。」
私にいつまでも構う暇などない筈だ。摂政としての業務の多さも大変さも私が誰よりわかっている。彼にそう告げれば、歯を食い縛る音が聞こえた。今、こうして私に刃を振るうことに躊躇いを覚えてくれている彼に、…未だ、人の心が残っているのだと安堵する。
ステイルが深呼吸をしたと思えば、ゆっくりと今度こそ刃を振り上げた。女王の命令通り、私を痛めつけるその為に。…そして私は、何度でもこの刃を受けよう。
だが、彼が刃を振り下ろす寸前、私は大事なことを思い出す。ステイル、とその名を呼べば振り上げた体勢のまま彼の動きが止まった。
「…誕生日、おめでとう。」
ギリッ、と今までで一番大きな歯を食い縛る音が耳に届いた。
同時に、消え入りそうな声で「…ありがとうございます…っ」と返事が返ってくる。…折角の誕生日に、私の血で彼を汚すことだけが悔やまれる。そしてとうとう私へ向けて刃が走─…
……
ガララララッッ‼︎
「ッ⁈……?」
ふと、身体が酷く震え上がり目を覚ます。
目を開けば、机の前に座り書類とペンを握ったままだ。顔を俯かせたまま眠ってしまっていたらしい。
「申し訳ありません、ヴェスト叔父様。起こしてしまいましたか?」
顔を上げたまま放心する私に、聞き慣れた声が掛けられる。目を向ければ、我が甥が少し目を丸くして私を見ていた。足元にはうっかり本棚から落としたのか数冊の本が散らばっていた。
「いや、…すまないステイル。どうやらうたた寝をしていたらしい…。」
「無理もありません。昨日母上と帰国されたばかりなのですから。宜しければ隣のソファーで休まれて下さい。」
あとは僕がやりますから。と笑顔を私に向けるステイルは落とした本を一冊一冊ホコリを払いながら元の棚に戻していく。
気づけば、いつの間にか私の肩には毛布が羽織らされていた。恐らく私が眠ってからステイルが掛けてくれたのだろう。
昨日、ローザと帰国し、セドリック王子をジルベールに任せた後も、今日の誕生祭に向けて仕事は山積みだった。だが、この私が仕事中に居眠りなど…。
「いや、大丈夫だ。それよりもステイル、お前こそ支度を始める時間だろう。」
今日の主役でもある彼に言葉を掛ければ「そうですね」と明るい返事が返ってきた。彼が私付きになって二年が経つが、本当に信じられぬほど立派に業務をこなしていってくれている。彼ならば次世代の摂政としても申し分ない。
そう思いながら私は何気なくデスクの引き出しと、そして傍の書類棚を目だけで確認する。その間もステイルは次の書類を片付けながら口を動かした。
「ですが、あと三十分はお手伝いできます。僕の為のパーティーならば、それこそ出来る限りのことはしなければ。」
「そんなことを気にする必要はない。…寧ろすまないな、誕生祭にまでお前の手を借りることになるとは。」
本来ならば本人の誕生祭くらい、自身の準備だけに集中させてやりたかったのだが。朝早くからステイル自ら手伝いを申し出てくれた際、私も手が足りなかったこともあり、頼ってしまった。従者十人よりもステイル一人の方が余程仕事も進む。
「いえ、とんでもありません。僕としても久々にヴェスト叔父様とこうしてお仕事ができて嬉しい限りです。」
にこやかに言葉を返してくれるステイルに私は一言で答える。そのまま今度はいつもの書類の棚を確認し、………確信する。
「……ステイル。私が眠っている間に今夜の招待客リストを探したな?」
ピキリ、とステイルの動きが止まる。
口では「とんでもない」と変わらず笑顔で私に返すが、構わず私は溜息を吐く。…眠ってしまう前に確認した時より僅かに書類は傾き、引き出しの僅かな隙間は綺麗にしまっていた。以前からステイルは私に今回の招待客リストを見たいと望んでいた。〝来賓〟ではなく〝招待客〟…つまり、実際に来れる者ではなく我が城で是非にと招いた者のリストだ。
「次期摂政の第一王子が野盗のような真似をするな。…十七歳では子どもの仕業とも笑えない。」
「……申し訳ありません。」
諦めて頭を下げるステイルに再び私は溜息をはっきりと吐く。以前までは問題なくステイルにも見せていた招待客リストだが、プライドとティアラの婚約者候補が発表されてからは私個人で管理するようにした。
ステイルは、賢い。これから先のパーティーや式典で招待客リストを全て確認すれば、婚約者候補の大方の予想もついてしまうだろう。以前からプライドとティアラを慕う彼がそんなことを知り、意識をすれば確実に今後の摂政業務と王配業務の学びにも支障を来す。
「まったく、朝から熱心だと感心すれば…。私にソファーを勧めたりしたのもそれか。」
私が眠っていれば当然リストも探しやすいだろう。彼なら私が不在の間も特殊能力で部屋に忍び込めただろう、…まぁ当然私がそこに置いたままにする訳もないが。
ステイルが少し慌てたように「いえっ、それは本当に僕は…」と弁明するが私は書類に目を通したまま敢えて突き放すように言い放つ。
「そう思われても仕方のないことだ。…次やれば今後私の部屋に入る事も禁じる。」
少しの沈黙の後、ステイルから再び謝罪が返された。私はそれに目は向けず返事をする。次期摂政たるものが、私欲の為に職権濫用など許されない。
書類を纏めながらそう思えば、説教めいた言葉までステイルに続けてしまう。
「…お前がもっとプライドやティアラに関心が薄ければ、リストどころか二人の婚約者候補について最初から教えても良かったのだがな…。」
額を押さえて独り言のように呟けば、ステイルが「えっ…」と声を漏らした。…まだ私も疲れているのか。少し言い過ぎたことを自覚し、話を終わらせる。
「ところでジルベールとはどうだ。王配業務の方も順調か?」
「は…はい、勿論です。お陰でこの数日間もとても勉強になりました。」
そうか、なら良かったと言葉を返すが、ステイルは未ださっきの言葉が引っかかるように私に視線を注いだままだった。手が止まっているぞ、と言えば急ぎ手の中の書類を棚にしまい出す。
「ジルベールも優秀な宰相だ。お前もこれを機会に親交を深めると良い。」
「……そうですね。」
少しくぐもった声はどこか不機嫌でもあった。私に、というよりも〝嫌々〟といった様子の声に目を向ければ、ステイルのむくれたような表情がそこにあった。…数年前まで、ジルベールはプライドに嫌に当たる癖があった。今こそ嘘のように態度が改まったジルベールだが、…ステイルのことだ、それを未だに根に持っている可能性も充分ある。
「…ステイル。もう十七になったんだ、もっと大人になりなさい。」
ステイルは以前からティアラと、特にプライドのことになると言動が行き過ぎることがある。
二年前のレオン王子が婚約者として発表された時も何故かステイルは妙に冷静だった。それどころかレオン王子が大広間に現れた時から目を向けていたようにも見えた。…まだ、プライドの婚約者として知らない筈だった彼が。
だからこそ今回、婚約者候補についてプライドとティアラに説明する時も確実にステイルの目を盗む為の手を打たざるを得なくなった。
私も、折角の彼の誕生日にこんな説教をするつもりはなかったのだが。気がつけば、ステイルが落ち込んだかのように動かす手の速さがいつもより衰えていた。…よりによって今日、ここまで重ねてしまうことになるとは。
「ステイル。…もう良い、そろそろ部屋に戻りなさい。」
誕生祭の準備の為に、と言えばステイルは時計を確認してから頷いた。私に挨拶をして、足早に扉を開けようとしたところで私から「ステイル」と彼を呼び止める。
少し不思議そうに目を見開く彼に、ちゃんと言うべき言葉も告げて置かなければ。
「…この短時間で、よく書類も纏まっている。手配の確認と配置指示も的確だ。来賓と付人、護衛数についても今のところ間違いも無い。……お前が居てくれて助かった。」
毛布もありがとう、と続ければステイルが唇を結びながら真っ直ぐ私へと向き直った。リストを探していたのは間違いないが、それを入れてもちゃんと彼は私が頼んだ仕事を的確に仕上げてくれた。もう指示さえすれば、後は安心して任せられるほどに。
「過去のジルベールについては、…私が把握しきれていない部分も正直大きい。責任は私達にもある。一人で抱え込むな。」
当時のジルベールについては私もプライドへの振る舞いを指摘する以外は立ち入らないようにしていた。彼は昔から隠し事が上手く、下手に立ち入れば触れるべきでない傷を抉ってしまうようだった。
「プライドとティアラの婚約者候補についても、制度から候補者まで、私からも充分に配慮したつもりだ。二度とあのような間違いは犯さない為に。」
まぁ一度間違えた私達を信用するのも難しいだろうが。そう続ければステイルから「いえ、そんな」と思わずといったような言葉が返ってきた。私が眼差しだけで口を噤ませれば、すぐにその後は拳だけをただ握った。
「それに、お前がそれほどまでにプライドやティアラを想ってくれていることはお前達の叔父として嬉しくも思う。お前が優しい人間だということもちゃんと知っている。」
だからこそ彼がリストが見たかったことも大体は私も理解しているつもりだ。そして、教えるべきでないとも判断した。最後に「それと」と繋げ、ペンを動かす手を止める。珍しく私が褒めたせいか、少し照れたように口端を緩める彼に私は真っ直ぐとその目を合わせた。
「…誕生日、おめでとう。」
……瞬間、一瞬だけステイルの目が輝いた。驚いたように息を飲み、頭を背後へ反らし、それからやっと数回瞬きを繰り返した。
十七歳の誕生日。ステイルにとって特別な日でもある。
初めて城を訪れた時は僅か七歳だったステイルがもう十七歳だ。更にはプライドやティアラに愛され、友人もでき、第一王子としても名高い立派な次期摂政へと成長している。
私からの予想外の言葉に戸惑った様子のステイルは珍しく辿々しく「ありがとう…ございます…」と私に返した。祝いの言葉や少し褒めただけでこうも恐縮されると、日常でももっと褒めてやるべきかと省みる。…だが、やはり褒め過ぎも良くはない。
そしてもう一度深々と私に礼をしたステイルは、ゆっくりと扉を開き部屋から去っていった。彼の足音を確認し、私は再びペンを走らせる。
私の甥であるステイルの誕生祭。
いつもよりも大規模になる今回の誕生祭には、和平国も多く招かれる。その為、あのラジヤ帝国まで招待をせざるを得なかったが、運良くその日は難しいと祝いの品と共に断りの返事も届いた。あの国さえ来なければ、きっと何も問題なく進行することもできるだろう。…それとは別に、些か今日のあれについては不安が残るが。その対処の為にも余計に準備や想定外の事態への対策もしておく必要がある。
ステイル・ロイヤル・アイビー。
私の跡を継ごうと日々努力を惜しまないでいてくれる彼にとって、より良い日にする為にも手を抜くわけにはいかないのだから。
ゲームではヴェストは存在しません。
プライドが女王になっても一人逆らい続け、早々に引きずり下ろされました。
プライド断罪後、ステイルが救出します。既に働けない身体になっていた為、新体制に協力はしますが復帰はできませんでした。
いま、ヴェスト摂政は幸せです。