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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
外道王女と騎士団

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誓い、


「俺からも、…良い…でしょうか…」


緊張で舌が上手く回らない。

今、俺が話しかけているのはプライド様だ。

この国の第一王女、将来この国の女王となる人だ。

俺なんざが話しかけて良い人じゃない。

そんなこと、俺が誰よりわかってる。

親父が「お前っ…」と声を漏らし、副団長のクラークが止めた。

親父が言うのも当然だ、本当はこのままつまみ出されたって仕方がない。

でも…

これが俺の人生で最後の最後のチャンスかもしれねぇから。


プライド様は驚いたような表情はしたが、すぐに「ええ、構いませんよ」と怒る様子もなく許してくれた。


話せる…

俺が、この人と…。



「…親父…、…父を救ってくださり…ありがとうございました…。」

俺は最初に一番言いたかったことから言葉にした。

ただ…親父もクラークもまだすぐそこにいて、恥ずかしくて顔をまともに前を向けることもできない。


ずっと、言いたかった。

親父を助けてくれたことを。

あの時、親父が死んでたらきっとずっと俺は後悔しただろう。


それに…この想いにも絶対気づけなかった。


「………。……れ…るでしょうか…」

「…え?」

いざ言おうとすると、緊張で喉が干上がり声が出なかった。

プライド様が聞き返してくれて、今度こそと身体を起こす。だが、いざ前を見ようとしても未だ勇気が出ない。

それでも俺は俯いたまま、うだうだと話し始める。

「俺は…特殊能力者です…。…ですが父…みてぇに騎士に向いた力でもねぇし、…作物育てるぐれぇしか役にもたたねぇ…です。」

床についた自分の手を見る。

洗っても洗っても落ちねぇ、汚ぇ土汚れの染み付いた手だ。

剣を久しく握ることすらしなかった負け犬の手だ。

改めて自分の情けなさを痛感し、今までの自分を殺してやりたくなる。

「俺は‼︎…親父の足元にも及ばねぇ…クソみてぇな人間です…」

力任せに床に拳を突き立てたら、血が滲んだ。床にぶつけるだけでこのザマな貧弱な手だ。

本当のことを口にすればするほど、自分が惨めで、情けなくて目を逸らしたくなる。


わかってる。

自分が一番クソなことは誰よりも俺が理解している。

…こんなこと、こんな俺に聞かれても迷惑でしかないのはわかってる。

知るか、無理だと一蹴されても当然だとわかってる。

それでも、やっぱりこの人に尋ねたい。

今は弱ぇし、何もできねぇ役立たずなクズの俺だけど。

「…俺…これからもっと鍛えます…親父のクソみてぇな稽古受けて…鍛えて……だから」


どうか、答えて欲しい。

俺の望んだ答えじゃなくても構わない。

ただ、親父のように俺にとっての英雄で、

親父を、俺をあの時確かに救ってくれた。

俺に全部を気づかせてくれた人だから。


顔を今度こそ上げて、プライド様へ向ける。

目を丸くして、それでも真剣な目で俺を見てくれている。


そうだ、こういう人だから俺は…

テメェの人生全賭けしてこの人に問いちまいたかったんだ…‼︎


「俺もッ‼︎なれるでしょうか…⁉︎親父みてぇな…立派な騎士に‼︎」


気づけば視界がぼやけていた。

もう、あれほど鮮明に見えていたプライド様の顔も、親父達の顔も見えない。それでも掠れたままの声で、願うように「今からでも」と呟いた。

かっこわりぃ、クソ情けねぇ姿だ。

泣いて喚いて、あの時と全く同じ姿だった。


どうか、どうか…

神に祈るようにそう願う。

否定される覚悟なんてできている。

それでも、どうか

もう一度、立ち上がる勇気を、きっかけを与えてほしい。

一人じゃ立ち上がることもできねぇクズな俺だから。

それでも俺に気づかせてくれたアンタだから‼︎

今までのクソみてぇな人生の俺を救ってくれたのはアンタだから‼︎

もう一度騎士を目指したいと願っちまった俺を生かすのも殺すのもアンタが良


「なれますよ。」


思考が、止まる。

まるで、何の躊躇いもなくこの人は言った。

真っ直ぐと俺を見るその目はどう疑っても、安請け合いな相槌には見えなくて…


夢でも、見ているんだろうか。


瞬きした途端に涙がぼろりと落ちた。

少しはっきりした視界の中でプライド様が微笑み、ゆっくりと口を開くのが見えた。


「例えこの世界の誰が貴方を否定しようとも、私は肯定します。貴方はお父上のような立派な騎士になれると。そして、これから先…私の命ある限り待ち続けましょう。貴方が騎士として再びこの部屋に訪れるその時を。」


耳を疑った。

俺を、肯定してくれると。

親父みてぇな立派な騎士に慣れると。

ずっと、俺を、俺が騎士になるのを待っててくれると…!


ありえねぇ、そんなこと。

あの人はこの国の第一王女だ。

俺とは住む世界も違う人だ。

俺なんざ、こんな底辺の人間を待っててくれるなんてことあるわけがない。


それでもただ、優しく微笑むプライド様から目が離せなかった。

プライド様がゆっくりと前に出る。

一歩一歩前に進み、俺に近づいてくる。


あの時…「大丈夫よ」と俺を叩いてくれたあの時以来、こんな間近でプライド様を見るのは初めてだった。

俺の人生を変えた人が…ゆっくりと俺の、前に。

身体が震え、全身の毛が逆立つ。


「顔をよく見せて」

目の前で止まると、プライド様は膝をつき、俺の顔を覗き込む。

緊張と、目の前のことが信じられなくて、身動き一つできず、ただされるがままになる。

彼女の綺麗な指が、汚い俺の髪をかきあげる。

見窄らしい、情けない俺の姿をした親父似の顔だ。

誇らしい親父と、惨めな自分が重なるのが嫌で誰にも見せたくなかった顔だ。

プライド様は俺の目をじっと見つめ、そのまま優しく俺の頭を撫でた。


「約束しましょう。私は死ぬまで貴方を待っています。騎士になり、お父上のような…いいえ、これから先の人生で、貴方が目指す騎士になれたその時は…愛する民を、そして私の大事な家族を守って下さい。」


また、待っていてくれると言った。

聞き違いじゃない、そして〝約束〟をしてくれると。信じられない。

その上…親父みたいな、ではない。

俺がこれから先の人生で目指す騎士に、と。

親父似のこの顔を見ながら、そう言った。

俺という人間を肯定してくれた。

そして、民や家族…自分の大事なもんを「守って」と。


誰でもない、この俺に望んでくれた。


嬉しくて、怖くて堪らない。

こんな奇跡、ある筈がない。


プライド様の手が俺の頬を添う。

俺が、ずっとずっと隠したかったその顔を、優しく滑らかな指が伝う。

「…っ、…護れる…でしょうかっ…俺…俺なんざに…っ。」

堪らなくなって、つい弱音を吐く。

守りたい。

俺の大事なもんだけじゃない、この人が、他ならないこの人が俺に望んでくれたものも全部。

でも、俺にできるだろうか。

まだ騎士ですらない、虫螻のように弱いこの俺に。

この人の大事なもんを。

自信がない。こんな俺にできる訳ないと心の底でまだ俺が言ってる。

この世界の誰よりも俺を信じない俺が言う。


「できますよ。だって貴方は家族を想い涙する優しさと、こんなに立派な両手があります。それに…」

プライド様が、俺の手を握る。

畑仕事の擦り傷や血豆だらけで、泥と血が滲んだ汚らしい手だ。

信じられねぇ。そんな手をプライド様は躊躇なく握り、俺の方を強く見つめ返した。


「貴方は、…こんなに…強くなりたがっているではありませんか…‼︎」


もう、耐えられなかった。

今まで何万何千と願い、望んだだろう。

きっと、誰かに気づいて欲しかった。

強くなりたい。

守りたい。

騎士になりたいと。

腹の底にずっと埋めていたこの気持ちの強さを。

強く、強く、誰よりも願いながらも、隠し続けたこの気持ちの存在に。

気づいてくれた、言葉にしてくれた…‼︎

俺の欲しい言葉を全部与えてくれた…!


これを救いと言わず何と言うのだろう。


「…ッ…ゔ…あぁ…」

こんなに、全てを貰ってしまって良いのだろうか。俺は、この人に何一つ払っていないというのに。

だが、もし…こんだけ貰って貰って貰いまくっちまった俺だから、あと一つだけ、たった一つだけ願っても…欲しがっても良いだろうか…。


「ッなります…‼︎何年…何十年掛かっても…騎士に…‼︎そして…」


この国の誰より分不相応な願いを、俺が請う。

俺に添えられた柔らかな手を握りしめ、目の前の御方に縋り付く。



「一生…!貴方を護らせてください…‼︎‼︎」



何も無しの俺に全部を与えてくれたアンタだから…貴方だから、俺は望む。

貴方に全てを捧げたい。

なけなしの俺を、丸ごと全部。

貴方の守りたいもん全部守って、そして貴方自身を守り続けたい。

命ある限り、俺が騎士になるのを待ってくれると言うのなら

俺は騎士になって、命ある限り貴方を守りたい。

この人の為に戦って、この人の為に騎士として死にたい。


プライド様は驚いたような、不思議そうな表情をして固まっている。

迷っているのか、それでも俺の決意は変わらない。

わかっている、身の程知らずなことは誰よりも。

それでも願ってしまった、望んでしまった。

プライド様を、この人を命を懸けて守りたいと。

誰より強く、気高く

その名の通りに誇り高い、この人だからお仕えしたい。


ただひたすら縋るままに言葉を待つ。

暫くすると、プライド様は俺を見て優しく微笑んだ。


「貴方…名前は?」

笑みで答え、俺の名を問いてくれた。

まるで肯定されたかのような言葉に俺は一縷の望みを託して名を名乗る。

「アーサー…。アーサー・ベレスフォードです。」

親父とお袋がくれた名だ。

そして貴方に全てを捧げる男の名だ。


プライド様ははっとした表情になり、また固まる。

何かを思い出すような、考え込むような目だ。

どうしたのか、何処かで会ったことがあっただろうか。

「プライド様…?」

思わず声を掛けてしまう俺にプライド様が気がついたように俺を見直す。

そして、嬉しそうに微笑んだ。

心から、こみ上げるような笑顔だった。


「…アーサー。…約束を果たされるのはきっと遠くない未来でしょう。」


突然の、啓示だった。

俺の名を呼んでくれたプライド様は、まるで未来を見たかのように語り出す。

遠くない未来…?

俺は意味がわからず、ひたすらプライド様の言葉を待つ。

「いま、予知しました。貴方は近い未来、立派な騎士になります。私だけではない、皆が認める、強い騎士に。」

プライド様が俺の手を強く握り返す。

優しくて、暖かな手だった。


「そして、私の背中を預けるべき騎士となるでしょう。」


予知、と彼女は言った。

予知能力者であるプライド様からの言葉だ。

俺は立派な騎士になると。

誰もが認める強い騎士になれると。


そして


この人の背中を預けるべき騎士になると。


嘘みてぇだ…!

俺が、そうなれるとプライド様が言ってくれた。

そう、笑顔で言ってくれた。

つまり、俺に背中を預けて良いと。

そう…認めてくれた…‼︎

驚きで目を見開き、嬉しくて目から涙が溢れ出た。


俺が、こんな俺が、プライド様の背中を…


「待っています、アーサー。そして…」

プライド様は突然俺の手を引き寄せてきた。

そして、覚悟したような表情を浮かべると、俺の耳元に顔を近づける。

驚きで言葉が出ない俺に、プライド様は囁いた。


「私がこの国の民の敵と判断した時は、真っ先にこの首を切りなさい。」


聞き間違えようのない、はっきりとした声が俺の脳天を貫いた。

意味がわからない。

まるで、いつか俺に斬られるその時を予知したかのような…


いやだ。

頭の中に一瞬、この人の首を跳ねる自分の姿が浮かぶ。

いやだいやだいやだ‼︎


この人を斬るのだけはっ…‼︎


プライド様が立ち上がろうとして、思わず引き止める。


なにを、一体なにを言ってるんだ貴方は‼︎


プライド様は少し驚いた顔をした後、俺を落ち着かせるためにまた、笑った。

「大丈夫、最後のだけは予知ではありません。」

その言葉に少しほっとする。

良かった、予知ではなかったのだと。

だが、なら何故俺にそんなことを…?

「貴方の剣は、愛する者を護る為に。…そんな騎士になって欲しいという私の願いです。」

俺の疑問を見透かしたように、プライド様が続ける。


愛する者…?

ならなんで、プライド様は俺に自分を斬れなんざ言ったんだ⁉︎

俺が守りたいのは貴方なのに‼︎

そう、確かに伝えた筈だ。そしてプライド様は答えてくれた。

背中を預けるべき人間に俺がなる、と。


〝私がこの国の民の敵と判断した時は、真っ先にこの首を切りなさい。〟


本当に、本当に予知じゃないのか…⁈

ひたすら不安だけが押し寄せてくる。

確かめる方法なんて、ない。

だから、貴方に全てを捧げると決めた俺だから、何度も頷き、貴方にこう誓う。


「わかりました…‼︎俺は必ず騎士になります!貴方を、貴方の大事なものを…親父もお袋も国の奴ら全員を、この手が届く限り護ってみせる…そんな騎士に‼︎」


例え世界全てが敵になろうと、貴方を守りたい。

それでも貴方が民の敵になった時、斬らなきゃならねぇと貴方が望むのならば。

俺は、貴方を、貴方の大事なものを守り続ける。

貴方が、道を踏み外さないように。

貴方が、誰かに踏み違えさせられないように。

貴方の気高い心を汚させないように。

貴方のその強さを挫かせないように。


そして俺自身も決して踏み外さないように。

俺もまた、貴方とそして俺自身の大事なものを必ず守ってみせる。

俺自身が絶対に、貴方の道を間違えさせない為に。

貴方の道行きを汚す奴も陥れようとする奴も立ち塞がる奴も全部。俺が、必ずこの手で斬り伏せる。


そしてもし貴方が…

強く気高い貴方が、どうしても折れそうになったその時は。


〝救えるとわかった時点で救わねば‼︎〟


俺が、必ず貴方を救おう。

俺が今日、貴方に救われたように。

例えどんな苦境であろうと、貴方に手を差し伸べよう。

俺が今日、そうされたように。


アーサー・ベレスフォード。

この名にかけて、今ここに誓おう。

絶対に守り抜いてみせる、この人を。


この俺の、全てをかけて。


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