368.疎まれ王女は挨拶を返す。
「姉君、行きましょう。」
「お姉様っ!皆様が待っていますよ!」
私は丸一日掛けた身嗜みと豪奢なドレスに身を包み歩き出す。視線の先には可愛い妹のティアラと可愛い弟のステイルが私を待ってくれている。
この前の祝会もすごく楽しかったけれど、今回のパーティーは規模だけは段違いだ。来賓も既に大勢が城に集まってくれている。母上や父上だって、皆が私を待ってくれている。だって今日は
「ええ!」
私の、十八歳の誕生祭なのだから。
……
「御誕生日おめでとうございます、プライド第一王女殿下。」
ありがとうございます、と。来賓一人ひとりへ同じ挨拶の後に言葉も交わし合う。
気がつけば、私も十八歳になっていた。
真紅を基調としたドレスは、今回は刺繍もさらに増して鮮やかだ。二年前には残念に空いた胸元も今やちゃんとそれなりにボリュームもあるから女性らしいドレスも大分着慣れてきた。それに我が国が誇る予定の学校制度の方も実施がもうすぐそこまで来ているから取り敢えず気持ち的にも胸が張れる。
現王族の中で一番誕生日の早い私が、今年度も王族として最初の誕生祭を開いてもらっている。
「姉君。…御体調は大丈夫ですか?」
こそっ、とステイルがまた私の傍まで来て耳打ちをしてくれた。ええ、ありがとうと御礼を言うとステイルからにっこりと笑みが返ってきた。
二年前の誕生祭から、ステイルはこういう公式の大きなパーティー中は頻繁に私の様子や体調を確認しに来てくれる。「今度こそちゃんと、姉君の変化にすぐ気付きたいので」らしい。今からちょうど二年前、レオンの初登場に私が凄く動揺した上その後も色々心配をかけたことをまだ気にしてくれていた。
来賓と和やかに会話を済ませながら、細かく私の様子まで確認しに来てくれるステイルは本当に流石だ。ステイルだって、次期摂政として国内外関わらず人気もすごく高くて引っ張りダコの筈なのに。
ステイルは「何かあったらいつでも呼んでください」と言うと再び優雅な足取りで来賓の方へ去ってしまった。堂々と歩むその姿はまさに第一王子そのものだ。
そう思っている間にも、また新しい来賓が私に挨拶をと歩み寄ってきてくれた。御誕生日おめでとうございます、と言われて私からも笑顔で返す。
「ところでプライド殿下は…今、御交流のある御人などは…?」
…また、聞き慣れた問いが投げかけられる。
正直、聞かれる度にぐうの音が出ない。今、目の前のベロニカ王国の第二王子も悪気がないのはわかっている。その証拠に今までも何回か社交界で会ったことがあるのに未だに私を前にすると緊張して赤らんでいる。そこまで緊張する相手に嫌味を言うような人にはとても見えないし、きっと単に話題の一つか私の行く先を心配してくれているのだろう。
苦笑いしながら私が「ごめんなさい、その件はお話しできませんの」と返すと、話題を間違ったと思ったのか俄かに肩を落とし、挨拶と共に去ってしまう。…本当に申し訳ない。
挨拶が始まってから、ずっとこんな感じで肩を落としていく男性が続出している。でも、私もティアラも母上達から口止めされているし本当に言えないから仕方ない。彼らも第一王女との話題探しに苦労しているのはわかるのだけれど。……あれ?いま来賓と話していたステイルがこっちを見て少し笑ったような。もしかして私の話下手に呆れられちゃったのだろうか。いやでもちょっと悪い笑みにも見えたような
「プライド。御誕生日、おめでとう。」
は、と。聞き慣れた声に振り返るとレオンだった。
蒼い髪を綺麗に整えた彼は、ワイングラスを片手に笑いかけてくれた。今までの彼らよりもずっと気心の知れた相手に少しほっと力が抜ける。
ありがとう、と返すと「ワイン、美味しいよ」とグラスを掲げてくれた。
来賓との挨拶ばかりで自分のワインすら飲めない状況を気に掛けてくれたらしい。御礼を言いながらグラスを傾けて喉を潤すと、レオンもそれに倣ってくれる。
「流石の人気だね、プライド。誰か目にとまるようは良い相手は居たかい?」
ワインを傾けた後に滑らかに笑いかけてくれるレオンに、私はまた苦笑する。今までと同じように「ごめんなさい、その件はお話しできないの」と返すと少し驚いたように目を丸くさせ、…すぐにまた笑んでくれた。
「そうか、君も忙しいんだね。今日は身体に無理とかはしていないかい?」
さらりと労いと共に会話を流してくれるレオン。本当に完璧過ぎる。心の中で感謝しながら私も彼に大丈夫よ、と言葉を返した。
「もう大体の来賓とは話し終えたかな?」
「ええ、大体は。もう暫くしたら母上からのお話があると思うわ。」
今日は私の誕生祭ということで、同盟国の殆どが参加してくれている。母上からも今回の誕生祭で大事な御報告がありますので是非にと招待状が送られたこともあり、例年よりも来賓は多かった。
そこでふと、レオンが思い出したように周囲を見回し出した。
「そういえば…ハナズオ連合王国の彼らとはもう話したかい?」
レオンの言葉に私は首を横に振ってから答えた。私との挨拶に準備待ちの列ができてしまっていたこともそうだけど、ハナズオ連合王国も我が国の同盟に入ったばかりだから、今も凄く人垣ができていた。
レオンと一緒に同じ方向へ顔を向ければ、ハナズオ連合王国の周りに人が集まり過ぎてここからでは彼らの姿すら見えなかった。うっすらと時々ランス国王の髪らしき金髪がチラつくけれど、それ以外は完全に埋もれている。
彼らが同盟を結んでいるのは我が国だけだけれど、もともと彼らの金脈や鉱物の取引をと望む声は世界中で多い。これを機会に是非我が国とも!と今もここまで声が聞こえてきた。
「レオンは話せた?」
「僕もまだだな。先にプライドと話したかったし、…既に交易を交わしている僕がハナズオ連合王国と関わりを持ちたい彼らの交渉に割り込むのは悪いから。」
聞くと、レオンのアネモネ王国も奴隷制度撤廃後はすぐにでも同盟を結ぼうとランス国王達と話を進めているらしい。未だ奴隷容認国ではあるアネモネ王国だけれど、防衛戦で多くの民を第一王子直々に救助して回ったことがチャイネンシス王国の民にもすごく評判になったらしい。中には既にレオンを慕う民も多いとか。…確か、レオンの救助にはヴァルも一緒にいた筈なのだけれど。残念ながら、レオンと違い彼のファンがいるという話は全く聞かない。
レオンはこの一年…いやもう殆ど二年か。この二年間で、交易だけでなく国外の社交界へも頻繁に出るようになったお陰で、かなりの人気が出ていた。
レオンの人柄や貿易や政治の手腕を慕って各国の上層部、女性は当然のことながら男性にも大絶賛を受けている。お陰で、それまで国外の社交界にレオンが出てこなかったことも単に国王により出し惜しみされていただけだと思われている。
今も私とレオンが話しているのを遠目から多くの令嬢が眺めては頬を染めていた。各国の王女や令嬢にも望まれることが続いているらしい。レオンは過去にアネモネ王国国内でそういうモテモテ生活に慣れてしまったせいか、全くものともしていないけれど。
以前に聞いたけれど、レオンは少なくとも国王になるまでは婚約者を探すつもりもないらしい。更に言えば「プライドより先に婚約するつもりはないよ」とまで言われてしまった。……正直、凄く凄く胃が重い。
婚約解消した相手である私とフリージア王国を気遣ってくれるのは嬉しいし、現アネモネ王国国王もそれに関しては同意らしい。…まぁ、婚約解消ってなると一般的に女性の方が傷が残るから当然といえば当然なのだけれど。
「でも、話したいとは思うよ。ランス国王には勿論、ヨアン国王にも挨拶をしたいし、…セドリック王子とも改めて話してみたいからね。」
一瞬、レオンの瞳が妖しく光った。
そういえばレオンは私がセドリックに何か失礼なことをされたことだけは知っているんだった。この前の料理とクッキーの件といい、セドリックの知らないところで敵を増やしてて申し訳ない。……まぁ、身から出た錆なのだけれど。
「さて、…僕はそろそろ他の人とも挨拶をしてくるよ。」
元婚約者があまり長い間独占したらお互い不要な噂も広がるからね、と言うとレオンはその場から一歩引いた。私も一言答えると、レオンは「ああ、あと」と思い出したように呟いて、…笑った。
「今日のドレスも、すごく似合ってる。この会場で誰よりも美しいよ。…心臓に悪いくらいだ。」
滑らかな笑みに妖艶さが差して、思わず心臓が高鳴った。私の顔が熱くなると同時にレオンの白い肌が紅潮した。今の御世辞は流石のレオンも照れたのか、でもその途端に色気まで出てきて一瞬私がワインを落としかけた。傾いただけで済んだけど、中身が減っていて本当に良かったと思う。
レオンは目だけで周囲を見回すと、そっと一歩離れたままの位置から上半身だけを私へ傾けて小さな声で囁いた。
「あまりそんな可愛い顔を他の令息や王子に見せちゃ駄目だよ?…皆が虜になってしまうから。」
ッまたそんな台詞を‼︎
お世辞に照れたと思ったらまた甘い言葉を囁かれて今度こそ顔が火照りきる。醸し出される色気に全身が痺れて動けなくなってしまう。なのにレオンはもう火照りが冷めた顔で私に滑らかに笑うと「じゃあまた」と軽く礼をして去ってしまった。それをいうなら不意打ちのその妖艶さをレオンも控えないと‼︎…といっても、最近ではレオンが他の女性の前でそれを出しているのは見たことがないけれど。やはり気心が知れた相手だとうっかり出てしまうのか。
思わずパタパタと手で顔を扇ぎながら息をついてワインを傾ける。
次を待ってくれていた来賓であるクレマチス王国の大公と挨拶をと、私は気を取り直した。