359.騎士は振り回される。
「………マジか…。」
ハリソン隊長…ハリソンさんとの決闘から四日後。
一日目は明け方まで戦った後、ぶっ倒れて夜まで寝てた。
二日目は寝込んで、決闘を見てた騎士や近衛のアラン隊長達も順番に一人ずつ見舞いに来てくれた。
三日目も寝込んで父上もクラークと一緒に様子を見に来てくれた。
そして今日で四日目。怪我も大分治って、包帯を取ることも医者に許された。思い切り身体を動かすと痛ぇけど、日常生活は問題なかった。…正直、こんな数日かかる怪我したのは生まれて初めてだ。今までの任務でもこの前の防衛戦でも大した怪我なんてしなかったのに。
ハリソン、さんと一緒に騎士団長である父上とクラークに挨拶して、近衛騎士業務で迷惑を掛けたアラン隊長達にも朝一番に挨拶に行った。
エリック副隊長が復帰して早速ご迷惑をかけたことと、また宜しくお願いします、と。…そしたら。
「…あー…気合い入ったとこ、わりぃんだけど。…多分、今日も近衛業務に戻れねぇと思うぜ?」
「三日分…いや、四日分の書類が溜まってますからねぇ。」
「報告書の類は代理隊長を担ったイシドアが片付けてくれているだろうが、…正式な隊長にしか書けない書類も多い。」
アラン隊長、エリック副隊長、カラム隊長にすげぇ言いにくそうにそう言われた。
八番隊は他の隊より書類関係は少ねぇし、だからこそ戦闘での実力のみで隊長格の交代も可能になる。でも、隊長となった以上は毎日騎士団長へ報告書も出さねぇといけねぇし、何より就任してからの手続きに必要な書類に俺は何も手をつけていない。改めて隊長格って忙しいんだなと思う。隊員の管理統率とか隊長会議とかもあるし、これからは俺がそれをすることになる。
近衛騎士が隊長三人になるから、隊長会議の時は今まで通り会議の時間を早朝に早めて王族の朝食後には間に合うようにするか、またはエリック副隊長と一緒に何人かの騎士が代理で護衛につかせるつってたけど、…やっぱ副隊長の時とは色々勝手が変わるんだなと改めて思った。
新しく支給された隊長格用の部屋に、その日の内に引っ越すことにもなった。…というか、ハリソン…さんがあっという間に自分の引っ越し準備を終わらせて、俺の副隊長用の部屋に乗り込んできた。私物少ねぇからってひでぇ。
まるで追い出されるみてぇに俺も私物を纏めて運び出したら、笑いながらエリック副隊長が手伝ってくれた。「ハリソン副隊長は相変わらず容赦がないな」と言われて、俺もすげぇ同意した。新兵に手伝わせれば良いだろうとも言われたけれど、…大した量もないのにわざわざ呼びつけるのも悪い気がした。
荷運びが終わり、エリック副隊長が「取り敢えず荷解きは明日で良いんじゃないか?はやく書類に取り掛かった方が良いぞ」と言ってくれて、取り敢えず全部部屋の隅に纏めて置いた。
それからやっと、机の上に今日中に終わらせろと父上とクラークに渡された書類を積んだ。
数十枚あったけど、書くことはわりと同じ内容だった。あとは八番隊内での記録もだけどアラン隊長が今朝「前任者の内容そのまま書けば問題ねぇって」と言ってたし、これなら急げば午後の近衛業務には戻れるかもしれない。
そこまで考えて、一気に息を吐き切る。午後には絶対終わらすと決めて、一枚目の書類を睨んだ。
……プライド様に、会いたい。
ふと、ペンを走らせながら頭に過ぎる。
もう四日もプライド様に会っていない。
今までも非番には実家に帰ったり、そうでなくても丸一日会わなかったり、騎士団の任務で離れることだって普通にあったってのに。
騎士隊長を任命された時は納得いかねぇ上に訳わかんなかったし、父上にも正式発表まで口止めされたから言えなかったけど…今は、すげー言いたい。
プライド様に、ステイルに、ティアラに。
副隊長になれた時も、自分のことみてぇに喜んでくれた人達だから、きっと今回も喜んでくれるんじゃねぇかと期待しちまう。
俺とは住む世界の違う王族の人達なのに、気がつけばすげぇ身近な存在で。
ティアラは驚くだろうとか、ステイルはどんな返しをしてくっかなとか、……プライド様は
『ッおめでとうアーサー‼︎』
「〜〜〜っっ…。」
駄目だ、思い出しただけで頭が馬鹿になる。熱くなって、クラクラして、気がついたら握ったペンが折れてた。
……また、あんな風に笑ってくれんのかな。
ステイルなら前みたいに摂政業務で知ってっかもしんねぇけど、それなら前みたいにプライド様やティアラと一緒に演習場まで来てくれるだろうし、来ないってことは多分まだ三人とも知らねぇんだろう。……なんて。俺のただの自惚れかもしれねぇけど。
考えれば考えるほど気が逸って書類を綴る手に力がこもる。また折らねぇようにと注意しながらひたすらペンで書き綴る。
この書類が終われば、近衛に戻れる。そしたら…三人に、会える。
絶対安静中の時や今朝だってステイルを呼ぼうとすれば呼べたけど、ただ大した用事もねぇのに俺の昇進ってだけで呼びつけるのは気が引けた。アイツなら絶対ンなこと気にしねぇし、喜んでくれるとは思ったけど…なんか、……………照れ臭ぇし。
とにかくさっさと終わらせて早く三人に会いに行かねぇと。
先ずは今日中に提出しないといけない報告書の記載を俺が書けるところは全部終わらせて、その後は八番隊の記録紙もさっさと書いちまおう
……と、思ったのに。
「ッハリソンさん‼︎なんすかこの記録⁈全部〝異常無し〟の一言しか書いてないんすけど‼︎‼︎」
…俺は、書類片手にハリソンさんのとこに全力疾走する羽目になった。
既に副隊長として簡単な書類を出し終えたハリソンさんは平然と首を傾げてきた。俺だけがいきなり走ったせいで身体に激痛が走るし全身で息を整えることになる。
「ありのままを書いただけだ。」
「ッいや陣形図とか隊員の異変や観察報告とかも書くこと色々あるじゃないすか‼︎」
毎日、毎週、毎月、半年、毎年ごとに書く書類全部その一文しか書いてなかった。絶対全部が異常無しな訳ねぇし、これじゃあ真似するも何もあったもんじゃない。
「隊長格に何かあった際に第三者が確認する記録ですよ⁇代替え前にハリソンさんが死んだり八番隊が全滅したらどうするつもりだったんすか⁉︎」
「問題ない。」
ッいやあるだろ絶対‼︎
しかも、こんなんで父上に毎日出す報告書はどうしてたのか聞いたら、そっちの方はちゃんと詳細に記載していたらしい。「騎士団長が目を通されるものに手を抜ける筈がないだろう」と言われて頭が痛くなる。ならこっちの記録もそう書いてくれりゃあ良いのに‼︎
「…あと!隊長の引き継ぎもあとでお願いします。俺もまだ必要書類書いてるだけなんで…」
「敵を倒し、民を護る。以上だ。」
全く答えになってねぇ‼︎
なのにハリソンさんはそれだけ言うと、高速の足で消えちまう。急いで追いかけながら、ハリソンさんに叫ぶ。
「まだ話終わってないですって‼︎あとこっちの隊長引き継ぎ書類にサインを…ッそれに!ハリソンさんに俺からも副隊長の引き継ぎしたいンすけど‼︎‼︎」
ハリソンさん副隊長経験ないですよね⁈と叫びながらむしろ逃げられる前に先にそっちを言えば良かったと後悔する。サインとか特に今日中に出さねぇといけない書類だってのに!仕方なくハリソンさんを必死に追いかけながら身体に鞭打つ。
正式に隊長に就任してからはハリソンさんが前みたいに会ってすぐ殺しに掛かってくることは無くなったけど、まさか今度は毎日こうして逃げられることになるのかなと思ったら一気に気が重くなった。
途中、ハリソンさんが八番隊の騎士をいつものように奇襲してるのを十回以上見たから、実力の確認自体は止めるつもりがねぇんだなと何となく察する。
それでも俺が追い付くとまた逃げられるから、どうしても書類のサインが貰えない。まだ全回復したわけでもねぇから、わりとすぐに息が切れた。…ていうか。
「ハリソンさんも病み上がりなんすからンな無理して動かねぇで下さい‼︎‼︎」
うっかり若干言葉を乱しながら怒声を上げる。その途端、何故かハリソンさんの逃げる速さが少し緩んだ。どうせなら止まってくれりゃァ良いのにと思いながら俺は再び書類にサインをと、声を張り上げて追いかけた。
……
「で?…結局、お前も病み上がりなのに一日中ハリソンと追いかけっこしてたのか?」
…演習後の深夜。
アラン隊長が俺の肩に腕を回しながら笑った。結局、書類のサインは提出期限ギリギリになってからやっと書いてくれた。…そのせいで近衛任務には戻れなかったけど。
「いや…流石に八番隊の演習はハリソンさんも加わってましたけど。…でも演習中に邪魔するのは悪いんでその間に他の書類と記録書いて、休息時間見計らってまたハリソンさんを追いかけて…」
「お前って本当変なところ律儀だよな。」
アラン隊長はぷはっと笑いながら俺の肩を引き寄せる。今は走り疲れてこれだけでも足元がフラついた。
「…それでその…今日はなんでわざわざ俺らだけなンすか…?」
俺を引き摺るアラン隊長の顔を覗く。すると何故か満面の笑みで返された。
今夜、本当は俺の快気祝いと隊長昇進祝いにって騎士の先輩達が飲み会を開いてくれる筈だったけど、何故かまるごと明日に持ち越された。……アラン隊長に。
「なんだよ?俺ら近衛騎士だけで飲むのは不満か⁇」
「いや、アラン隊長やカラム隊長やエリック副隊長に誘って頂けるのはすげぇ嬉しいです。ただ、…なんか珍しいっつーか…。」
「いやよく飲んでるだろ⁇」
…確かに飲んではいる。でもいつもなら寧ろ率先してエリック副隊長や俺の副隊長昇進の時みてぇに自分の部屋に皆を呼んでくれるのに、今回は「わりぃ!今夜は俺らがアーサーと約束あっから!」って言われて強制的に延期にされた。……俺は事前に何も聞いてなかったけど。まぁ、三人で飲むのも楽しいからいっかと思いながらアラン隊長と歩く。
「カラム隊長とエリック副隊長は…」
「酒とツマミ取りに行ってる。先に飲んでて良いってよ。」
「わかりまし…、あれ⁇アラン隊長の部屋はこっちじゃ」
「あー。今日はお前の部屋で飲もうぜ?まだ荷解きもしてねぇんだろ。ついでに手伝ってやるからさ。」
エリックから聞いたぜ、と言われ、そういやぁ荷解きも早く終わらせねぇとと考える。
アラン隊長の提案はありがたいけど、少し悪い気もして「本当に今なにもありませんよ?」と念を押せば「これから増えるから大丈夫だって」と返された。一体どんだけエリック副隊長とカラム隊長に酒とツマミ頼んだんだ。
もしかしたら荷解きよりも酒瓶を片付ける方が大変になるかもしれないと思いながら、新しく支給された俺の部屋に向かう。
扉の鍵を開けるところで、そういえばステイルが間違って前の俺の部屋に来る前に教えねぇとと気がつく。俺のところに直接瞬間移動なら大丈夫だけど、万が一にも今のハリソンさんの部屋に現れたら反射的に襲われてもおかしくない。……そこまで考えて、なんか早く報告したくて理由探してるだけじゃねぇかと思い、恥ずかしくなる。
「へぇ〜。俺の部屋も荷物なかったらこんな感じだったんだな。」
広いな〜と声を漏らしながらアラン隊長が部屋の中を見回した。すげぇすげぇと大声で騒ぐから何もない部屋にボワッと響いた。隣の部屋に聞こえますよと言ったら「隊長格の部屋は他の部屋ともわりと離れてる上に防音されてる方だから大丈夫だって」と気軽な様子で返される。
「…あ。そういやぁ先に始めるって俺の部屋、酒とかないですけどどうします?」
アラン隊長の部屋へ取りに行きますか?と聞いたら、何故かアラン隊長から言葉の代わりにすっげぇ満面の笑みを向けられた。若干きらきらした笑みに思わず一歩引く。するとアラン隊長はおもむろに鎧ごと指を口に加え
ピィィイイイイイイイイッッッッ‼︎‼︎
…甲高い音を、鳴らした。まさかこれは、と思った瞬間。
「アーサーっ‼︎」
…すげぇ会いたかった人が現れて、俺の名を呼んだ。
「プライド、様⁈えっ、ティア…え⁈どういうッ」
プライド様と、ティアラ。それにカラム隊長やエリック副隊長まで一緒に現れて驚きのあまり途中から声が出ない。
しかもなんだか美味そうないい匂いまで鼻をくすぐってきた。俺が理解できない間にも今度は部屋にヴァルやセフェク、ケメトまで現れる。なんでコイツらまでと思ったら言葉に出るより先にプライド様とティアラが同時に飛び出して来た。プライド様が片手に引っ掛けたバスケットごと両手を広げて、もしかして、まさかこれはと思ったら逆に身体が動かなくなって
「騎士隊長昇進おめでとうっアーサー‼︎‼︎」
俺の胸に飛び込んできたプライド様とティアラに、……気が付けば俺も腕を回してた。