そして追う。
従者達に守られながらステイル様、ティアラ様と一緒に城の中へ去られていくプライド様を見送った後、すぐに副団長のクラークへ連絡が入った。
他の新兵達も運ばれた救護棟の方に親父が先行部隊と一緒に到着する、と。
騎士団に続いて俺も救護棟へ向かう。
騎士団の演習場に隣接された救護棟。
既に何十人もの新兵達が運び込まれて治療を受けていた。
そしてそこに今、先行部隊に引かれた荷車に乗って、親父がほかの負傷した新兵達と一緒に帰ってきた。
俺は、親父と直接向き合うのは何と無く気遅れして、親父を迎える為に並んだ騎士団から大分離れた物陰に隠れて親父を待った。
親父が帰った途端、騎士団は大歓喜だった。
他の新兵達を先に降ろし、最後に荷車から降りてきた親父はあっという間に騎士達に囲まれた。
まだ、映像でみた時と同じ呆然とした表情のままで騎士達一人ひとりと顔を合わしている。
副団長のクラークが一番に飛びつき、親父を抱きしめると同時に「ロデリック‼︎」と親父の名を呼んだ。その途端、それに続くように次々と騎士達が親父に飛びついてきた。
そこでやっと、親父に笑顔が戻った。
クラークも騎士達も、皆が泣いて親父の無事を喜んでいる。
やっぱり良いな、騎士団は。
そんな想いが俺の胸によぎった。
…俺も親父の前に出て行こうか、でもどんなツラで会えば良いかわからない。
そんなことを考えてうじうじと親父と騎士達の様子を見ていた時だった。
「ッロデリック⁈」
親父が、倒れた。
まるで糸が切れたようにパタリ、と肩を貸していたクラークに倒れこむようにして力尽きた。慌てた騎士達やクラークが急いで親父を救護棟へ運ぼうと手分けする。
「親父‼︎」
やっと、俺も走り出した。
……
医者の話じゃ命に別状はないという。
崖の方で特殊能力者の応急処置も受けたし大丈夫だと。
気が抜けて倒れたんだろう、すぐ目を覚ますさとクラークも言っていた。
治療も全部受けて、救護棟のベッドで親父は眠っていた。
騎士団長だからか、それとも酷い重体だったからか、他の新兵達とは別の部屋で眠っていた。
部屋の外には騎士が二人見張っているが、今ここにいるのは俺と親父だけだった。
クラークも副団長の仕事で、まだ崖近くにいる新兵達を応援に行った騎士達がこれから全員連れ帰るとかで作戦会議室へ戻っていた。
親父のベッドの横で、壁にもたれかかって俺はしゃがみこむ。
時折聞こえる寝息と、息を吸い込む肩が動いているのをみて、改めて親父が生きているのだと実感する。
生きてる。
親父が、ここにいる。
そう思うと、また視界が歪んで目からぼたぼたと涙が垂れて、隠すように前髪を垂らし、抱えた両膝に目を押し付けた。
もう、本当に会えねぇかと思った。
こんな別れなのかと、このまま俺は一生後悔するのかと。
親父が死ぬと思ってから、何度悔いただろう。何度、やり直したいと願っただろう。
…わかってる。
親父は、騎士だ。
今までだって騎士が死ぬようなことは何度もあったし、親父だって今までも…そしてこれからもまた死ぬような目に合うに決まってる。
ただ、それが今日じゃなかったそれだけだ。
親父がいつ死ぬかなんてわからない。
なら、俺はそれまでにどうしたい?
どうすりゃ今日みたいな後悔をしなくて済む?
俺はー………。
「…さー…、…アーサー…、アーサー!」
肩を叩かれ、目が覚める。
気づけば眠っちまってたらしい。
顔を上げると目の前にはクラークがいた。
「…クラーク…。」
「大丈夫か?疲れたなら一度家に帰ったらどうだ。クラリッサさん、心配してるんじゃないか?」
…あ。
クラリッサ、お袋の名前だ。
そういえば、お袋にすぐ戻ると言って出掛けたままだった。
寝惚けた頭でその場から立ち上がる。
クラークに時間を聞くと、もう家を出て大分経っていた。
部屋の扉に向かい急いで駆け出したが、扉を開けたところで一度、振り向く。
親父はまだぐっすり眠っていた。
息をしているのを目で確認して、ほっとする。
「今起こして、騎士団の報告をするつもりだ。…行く前に挨拶していくか?」
俺の目線に気がついたように言うクラークが色々察しているようで少しムカついた。
「…別に良い。お袋に会ってすぐ戻ってくっから。」
そう言って改めて背中を向けると、「そうか」という言葉の後にすかさずクラークお得意の余計な一言が返ってきた。
「…戻って、くるんだな。」
「……うっせ。」
昔からこういう何でもわかってるようなクラークは少しムカつく。ガキの頃から知られてるから、俺にとって今更取り繕えない相手だ。
嬉しそうなクラークの言葉を悪態で返し、俺は今度こそ部屋を出た。
……
帰ってみたら、お袋には大分心配をかけていた。
騎士団が畑の前を過ぎたのも分かっていて、そのあと俺がすぐ家を出て、そのまま帰ってこなかったから心配したという。
どうしたのか、騎士団の所に行っていたのか、親父は無事なのかといろいろ聞かれたけれど、取り敢えずは全部誤魔化した。
騎士団のとこは行ったけど、別に何もなかった。帰りにダチに会って遅くなったと。
お袋は一先ず安心してくれたけど、これからまた出掛ける。暫く帰らないかもしれない、と言うとまた心配そうな顔をした。
「…ちょっと、親父ンとこ行ってくる。」
そういうと、今度は変な顔をした。
驚いたような、疑っているような、笑っているようなそんな表情だ。
でも俺がそのまま、何かあったら騎士団のとこ来りゃ俺も親父もいっから。と伝えると一応送り出してくれた。
今度は、何も聞かずに。
ぐだぐだ歩いてやっと救護棟まで着く。親父の寝ている部屋に入ると、もう親父は目が覚めていた。
包帯だらけの身体で上半身だけ起こし、まだクラークと何やら話しているようだった。
驚いたような顔をする親父と、親父への報告を続けながら手だけで俺に中へ入って良いと指示するクラーク。
無言で入りながら暫く隅の壁に寄っかかって話を聞いていると、明日にでもプライド様と今日のことに関して会談を。と話しているところだった。
「ああ、私も早い方が良いと思っている。プライド様の行いについては私が責任持って御本人へ進言させて頂くつもりだ。」
そう言う親父の目は何かを覚悟しているような目で、クラークもそれに気付いたのか少し心配そうな面持ちでそれでも相槌を打った。
「…わかった。ならば明日にでもプライド様のお手隙次第、是非にとお伝えしておこう。」
そう言ってクラークが頷く。そのままゆっくりと俺の方を振り返る。
「やぁ、アーサー。どこに行ってたんだ?」
まるで、俺が親父が寝ている間傍に付いていたことを隠したかったのを知っているかのように言う。
本当にコイツは読みが良くで腹が立つ。
「…お袋ンとこ行ってたんだよ。」
その言葉を聞いた途端、親父が「なっ…⁉︎」と声を上げて身体ごと俺の方へ向く。
「まさかお前…クラリッサに、…母さんに話したのか⁈」
慌てる親父を見て、クラークが楽しそうに笑っている。
「ハァ⁈言える訳ねぇだろぶわぁあああか‼︎誰が泣くお袋宥めることになると思ってンだ‼︎」
そう言って怒鳴ると「そうか…なら良い」と、今度は明らかにほっとした様子で息をついた。
「……でも、次会ったら言うぞ。」
俺の言葉に、また親父が顔を上げて目を見開く。でも俺はそれを無視して続ける。
「ぜってー言うからな。親父が足ハマって崖崩れの下敷きになったって。ついでに撃たれまくったし、城ついてからもぶっ倒れて寝込んだって。あと、最後マジで死ぬとかほざいてクソ恥ずかしい遺言まで残してそこにお袋の名前は一回も出なかったってのもなぁ⁈」
そこまで言うと途中までは物言いたげにしていた親父だったが、途中からは何か言い訳めいた「い、いやクラリッサには常日頃から…」とか言ったけど俺は全部無視する。
「お袋泣くからな?ぜってぇ俺フォローしてやんねぇからな⁇テメェが帰ってきたら、ぜっっっってぇお袋に叱られるからな?今から覚悟しとけクソ親父ざまァみろッ‼︎」
そこまで怒鳴ると親父は今まで見たことのない絶句、といった表情になる。
横でクラークが「今回は隠し通せないな、ロデリック」と言って笑うのを聞くと、もしかしたら今迄も死にかけて俺達に隠してたことが一度や二度じゃないのかもしれない。
俺になんて言えばと考えるようにただただ固まる親父に最後、俺は決めていた言葉をぶつける。
「…でも、条件次第ならこのまま黙ってても良い。」
ぼそりとそう言うと、親父が思い切り反応する。そのままベッドから降りようとするから、傷が痛んで呻いていた。
「条件…というのは何だ?アーサー。」
呻く親父に代わってクラークが聞く。
親父も痛む傷口に耐えながら俺を見る。
「……もう一度、プライド様に会いたい。」
今度は二人が言葉を無くす。
目を丸くさせ、互いに顔を見合わせ、また俺を見る。
「明日会うっつーその会談、それ俺も行かせろ。会談が駄目でもプライド様にもっかい会わせろ。プライド様に会うまでぜってぇ帰らねぇから。」
そのまま「お袋には暫く帰らねぇと言ってきた」と伝えると暫く二人とも無言で頭を抱え出した。
俺がこういう時は絶対引かないことを二人とも良く知っている。
暫く沈黙が流れたあと、親父が申し訳なさそうな声で「クラーク…」と呟いた。
それに応じてクラークが「わかった…ダメ元ではあるが、プライド様に願ってみよう」と溜息を吐く。
勝った。
その確信を胸に俺はそのまま扉に手を掛ける。
「ンじゃ、俺外で寝っから。」
「待て待てアーサー!何も外で寝なくても…」
「身内っつっても余所モンが無理矢理居座るのに城の部屋借りて良い訳ねぇだろォが!」
俺を引き止めるクラークを腕で押しのけるが、最後には羽交い締めをされて無理矢理止められた。
「なんでお前はそういうところばかりロデリックに似て変に律儀なんだアーサー‼︎」
部屋中にクラークの叫び声が木霊した。
…最終的には一晩、特殊能力者の治療が効くまでは絶対安静の親父の寝ている部屋でそのまま雑魚寝することになった。
「…毛布、かけないのか。」
「ンなもん借りれる訳ねぇだろォが‼︎」
ベッドの上で天井を仰ぎながら言う親父にまた怒鳴る。
正直、寒くねぇと言ったら嘘になるが別に平気だし、何より城の敷地内に無理矢理押しかけているのに支給品を使うのは気が引けた。
きちんと畳まれた寝具を端に置いたまま、俺は床に転がる。
「…プライド様に会って、どうするつもりだ。」
「………。…………………………知らね。」
もう寝るから喋るなクソ親父。そういって背中を向けて丸まった。
自分でも、話したいことなんてわからない。
ただ、もう一度あの人に会いたかった。
親父は本当にその後は何も話さず、俺もすぐに眠った。
…暫く経ってからか、ふと目が覚めると毛布を誰かに掛けられたところだった。
目を閉じたまま寝たふりをする。俺に毛布をかけた主はまた傷が痛んだらしく、ベッドに戻る途中で小さく唸った。
…クソ親父。
翌朝、騎士団の早朝演習と朝食を終えたクラークが、俺の同席を許可されたことを伝えにきた。