そして贈る。
「レオン!」
花束を両手に馬車を降りようとする私達にカラム隊長とアラン隊長が補助してくれる。
やっと段差を降り切って、足元からレオンへと視線を上げると彼は目をまん丸にして私の方を見ていた。笑顔でそれに応えながら、私はティアラと一緒にレオンへと歩み寄る。風が吹いた拍子に紫色の花弁が数枚宙に流れた。
「レオン、本当に今回は助けに来てくれてありがとう。小さいけれど、私達からの感謝の気持ちよ。」
「お姉様が選んで下さりましたっ!」
私に続いてくれるティアラの言葉にレオンがポカンと開けた口で「プライドが…?」と聞き返した。
「本当に。…本当に本当にちゃんと形でお礼がしたくて。それで、考えてたらちょうど庭園のお花でコレが咲く頃だったから。」
本当は別の形も色々考えたりしたけれど、庭でこれが咲くのを見つけた途端、もうこれしかないと思った。レオンは覚えていないかもしれないけれど、以前…初めてレオンが我が国に滞在した時。庭園を案内した際に、彼が特に気に入った様子の花だった。今もこうして見せてみれば、翡翠色の瞳を揺らし愛しむような眼差しをこちらに向けてくれている。ティアラと二人で目の前まで歩み寄ったら、その眼差しだけでなく、今度は口元が柔らかく笑み、言葉を紡いだ。
「……覚えていて、…くれたのかい?」
ぽつりと、風の音で消えいりそうなほどの小声だった。レオンの言葉にむしろ私の方が覚えてくれていたことが嬉しくなって「当然じゃない」と笑ってしまう。
「だって、レオンとの大事な思い出だものっ!」
忘れられるわけがない。
今はこうして盟友で、防衛戦では危険も顧みず助けに来てくれたレオンと出会った頃の思い出だ。レオンにとってはただただ辛いだけの三日だったとは思うけれど、私にとってはレオンと盟友になれたきっかけでもあるのだから。
そう思って言葉を返せば、レオンの瞳が潤むようにして揺れた。唇がきゅっと結ばれ、胸元の服を掴むようにして押さえた。そして最後に、そのままゆっくりと花束へ両手を伸ばしてくれた。
大量過ぎて重量を持った花束を、本当に触れたら砕けるくらいの恐々とした手つきで優しく掴み、受け取ってくれた。紫色の花弁が揺れ、彼の手へ渡る。
更にティアラからも花束を差し出すと、片腕でぎゅっと紫色の花束を抱き締めた後、反対の腕で青色と白色の交ざった花束を受け取ってくれた。
私の紫のと同じ花だけど、色違いだ。どちらも可愛らしいシルエットと中心から両手を広げるような形が綺麗な花だった。城には赤色もあったけれど、レオンのイメージで私とティアラで庭師に仕立ててもらったものだ。
両腕に大きな花束を抱えたレオンは気恥ずかしいのか、頬をピンク色に染めて花束を見つめてくれた。
「…すごく、本当に嬉しいよ。……うん、やっぱりとても綺麗な花だな…。」
花束に顔を少し埋めるようにして香るレオンは、凄く絵になった。喜んでくれたのが嬉しくて、私もティアラと一緒に顔を合わせて笑い合ってしまう。良かった、と言葉を返して私達は馬車に今度こそ乗るべく挨拶をする。
「またね、レオン。本当にありがとう。今日もすごく楽しかった。また次も会えるのを楽しみにしているわ。」
「!待って。」
馬車に乗ろうとする私に、レオンが急いで顔を上げた。花束をそうっとアネモネの騎士に預け、それぞれ一輪ずつ摘むと馬車の段差の前まで来てくれた。最初に乗ろうとする私の手を取り、馬車に入るまでエスコートしてくれる。中に入った途端にそっと紫色の花を一輪、私の頭へ飾るように差してくれた。
「…うん、やっぱり君には何より花が似合う。いま、もっとこの花が好きになったよ。」
ぽわん、と火照ったまま妖艶に笑んでくれるレオンは息を飲むくらい色っぽくて。思わず顔が熱くなると、レオンは「素敵な贈り物をありがとう」と小さく囁いてくれた。
次にティアラにも同じように手を貸してくれて、彼女の頭にもそっと白い花を飾ってくれた。照れたように笑うティアラがすごく可愛らしかった。
「大事にする。……また、次は僕から会いに行くから。」
滑らかにそう言って笑んだレオンは、再び片腕に紫の花束を抱きながら優雅に私達へ手を振ってくれた。
馬車が走り出して、見えなくなるまでずっと。
……
「…幸せな時間だったなぁ…。」
馬車が見えなくなると、思わず溜息が漏れてしまう。
いつも、いつも彼女は我が国に来てくれる度に僕をすごく幸せな気持ちにしてくれる。
嬉しそうに僕の話を聞いて、心から僕の愛した国を楽しんでくれる。愛しいアネモネ王国を彼女が好きになってくれると、これ以上なく幸福な気持ちに満たされた。
今日の服屋だって、女性と入るのは初めてだったけれど、驚くほど楽しいひと時だった。可愛らしい帽子を手に恥ずかしがる彼女が愛しくて、被った姿もとても愛らしくて、素直になれないように惜しそうに棚に戻す姿が放って置けなくて。
まるで町娘のように一喜一憂する姿が可愛くて可愛くて、…おもわず、もっと照れる姿が見たくてからかってしまった。あんな風に誰かをからかうなんて初めてかもしれない。
彼女に似合わない服なんて無いと思ったし、あのリボンもドレスも本当に着たら可愛いと思ったけれど、…僕の言葉に慌てて、顔を赤らめて、頭にリボンを乗せたまま恥ずかしがる彼女の姿はクセになりそうだった。
『はっ…恥ずかしいので、……だめ、です…』
…まさかの反撃をされたけれど。
上目遣いに、顔を赤らめて、…あんな甘い声で可愛いことを言うから思わず心臓が止まりかけた。
今でも思い出すだけで心臓が激しく踊り出す。可愛くて、可愛くて…本当に着せてしまいたかった。
最後に選んだドレスもとても喜んでくれて、…自分の選んだ服で喜ばれるのがこんなに嬉しいことだなんて初めて知った。毎日でも贈りたくなってしまうほどに。
その上、いつも幸福な時間を置き土産に去っていく彼女が、今日は形に残るものまで置いていってくれた。
「綺麗な花だなぁ…。」
胸の中の紫色の花束を抱き締め、騎士が抱えてくれる青と白の花束と見比べればまた溜息が出てしまう。
防衛戦は、本当に盟友として彼女の力になりたかった。愛するアネモネを誇れる国として、フリージアへの助力を選択したかった。でも、こんな素敵な贈り物をされると…力になった筈が僕ばかりが彼女にまた貰ってばかりの気持ちになってしまう。
彼女に贈ることも与えられることも彼女に関することは全てがあまりに幸福過ぎる。
騎士達と一緒に城の中へと戻りながら、手の中の紫色の花から目が離せない。
『だって、レオンとの大事な思い出だものっ!』
華のように笑う彼女が、あの日の記憶をそう呼んでくれた。
彼女の婚約者として現れた僕が、…僕の心がまだ彼女には無いことも理解して。その上で僕に寄り添い続けてくれた彼女との記憶。彼女にとっては、ただ不快でしかなかった記憶の筈なのに。
こんな小さなことまで覚えていてくれたことが信じられなかった。
あんな僕との記憶を大事とまで言ってくれたのが嬉しかった。
「…ほんと。敵わないなぁ…プライドには。」
ふふっ、と負けた気分なのに嬉しくて笑ってしまう。
騎士からティアラに貰った花束も受け取り、両手に幸福を抱えて僕は歩く。城内から玄関を開けてもらい、室内に入れば侍女達が「素敵な花束ですね」と褒めてくれた。
「とても大事な花です。僕の部屋に飾って下さい。」
これから僕は港に向かうので、と彼女らにそっと花束を託せば丁重に受け取ってくれた。まだ抱えていたい気持ちはあるけれど、今は残りの仕事を進ませないと。
名残惜しく思いながら彼女らに抱えられた花束を見れば、……僕の抱えていた側にカードが添えられていたことに気付く。
持ち手の部分から小さく頭を出したそのカードを取ると、プライドの文字で「レオンへ」と書かれていた。
驚きのあまりその場に固まり、指先だけを動かしてカードを捲る。彼女もティアラも、何も言っていなかったのに。
そう思って中身を読めば、綺麗な文字で優しい言葉が添えられていた。それを見た途端、また顔が火照ってきて侍女達の前で情けない姿を晒してしまう。
『紫の花言葉は〝貴方を信じて待つ〟です。また何度でも逢えるのを楽しみにしています。』
いま、その言葉を贈られるなんて。
一年前、…いや、そろそろ二年になるだろうか。
プライドが当時この花を説明してくれた時のことを思い出す。聡明な彼女は、植物についても色々なことを教えてくれた。育て方や咲く季節、逸話や…花言葉も。
でもまさか、この意味まで踏まえて贈られたとは思わなかった。僕が好きな花だから選んでくれた、それだけだと思ったのに。
今更ながら、同じ意味を込めて彼女に一輪贈ったことが恥ずかしくなってくる。もともと彼女から聞いた花言葉だけれど、真意まで知られはしないと思ったのに。
…紫色の花。僕と、そして愛しい彼女の色が混ざり合った色の花だ。
あの時に愛でた花が。彼女と僕の色の花が。…そんな意味を宿していると思うと、運命的なものまで感じてしまい余計にこの花への愛しさが込み上げる。
今度こそ侍女に花を託し、僕は足早に馬車へと向かう。想いが溢れ出し、思わず一人口の中だけで唱えてしまう。
「何度でも、…君を待つ。」
そして、待っていて欲しい。
君が待っていてくれるなら、僕は何度でも逢いに行く。
君が求めてくれるなら、何度だって駆けつける。
愛しい愛しい我がアネモネと共に。
……
…
「いや〜…焦った。」
ははは…と笑いながらアランが呟く。
プライドとフリージア王国に帰り、近衛騎士業務を終了した後。カラムと共に騎士団演習場へと戻りながら、アランの額には思い出したように冷や汗が伝っていた。
アランの言葉の意味を理解し、カラムも溜息でそれに返した。
「…元はと言えば、お前が余計なことを言うからだアラン。」
「いやだってよ、プライド様からの贈り物なんて絶対アーサー喜ぶだろ?」
アランもカラムも馬車の中までは、奇抜さや文化の違いはあっても行き先は普通の服屋だと思っていた。
だが、到着すればあまりにフリフリの砂糖菓子のような店。先ずはそこに男性用の服があること自体疑った。あまりに自分とは縁のなさ過ぎる店と、何よりここでアーサーの服を買おうと提案してしまったアランは思わず店構えを見ただけで責任から気圧されたほどだった。
「まさか、あのような店だったとは…。私も予想外だった。」
「プライド様やティアラ様にはすっげぇ似合ってたけどな。」
前髪を押さえながら呟くカラムにアランが笑いかける。自分達にとっては未知の領域過ぎたが、フリフリのレースの世界で目を輝かせるティアラも微笑ましく、さらにはウサギの帽子を被って顔を赤らめるプライドもかなり愛らしかった。女性らしい店だからこそ、どのドレスも二人に合っていた。レオンが冗談で勧めたドレスとリボンすら、実際にプライドが着たら似合ってしまうのだろうと思えてしまうほどに。
「でも、あれはな〜…流石に。」
「本当に、…思い留まって頂けて幸いだった。」
二人が同時に思い出すのは、ティアラとプライドがアーサーに選ぼうとしていたベルト服だった。
確かにかなり奇抜だが、格好良いといえばそうかもしれない。アーサーも、本人は煌びやかな服は全く着てこないが騎士団長であるロデリックと同じ整った顔立ちもしている。着ようとすれば、似合いはするだろう。だが…
「アーサー…絶対着るのに葛藤するよな。」
「お二人からの贈り物ならば、着ないわけにはいかないだろう。…そういう性格だ。」
プライドとティアラから贈られた品ならば、絶対にアーサーは着る。その確信と共に、…あの服は流石のアーサーも恥ずかしがることも、更には騎士団の誰かに見られたら確実に噂が広まることも安易に予想できた。
そこら中にベルトが巻き付く仕様の服は、二人の目にはまるで拘束具のように見えた。しかも、服に関してはどちらかといえば安さと機能重視のアーサーにとっては「なんでベルトをこんな締める必要が…⁈」と疑問ばかりが先行するだろう。
アーサーが着てる姿を想像すれば、似合ってはいる。だが同時に完全な罰ゲームだった。
「万が一にもアレがアーサーの服の趣味なんて噂広まったら…。」
「………ハリソンが、今度は本物の拘束具で台頭しかねないな。」
うん、とカラムの言葉にアランが大きく腕を組んで頷いた。アーサーの為に髪まで伸ばしているハリソンが、今度はアーサーの私服まで風潮を耳にしたら確実に同じことをするだろう。
ただでさえ、長い髪と恐ろしい戦闘姿で恐れられることが多い彼が、自ら拘束具でも身に付ければ完全に騎士ではなく収容された殺人鬼が逃げ出したと思われるだろう。アーサー以上にハリソンは服に微塵もこだわりなどないのだから。
そうでもなれば、ただでさえ騎士団の中でも異彩を放つ八番隊が隊長、副隊長のせいで更に浮き、志願者まで減る可能性がある。二人が想像すれば、頭を抱える騎士団長のロデリックと大爆笑する副団長のクラークの姿が目に浮かんだ。
「やっぱ、服は普通が一番だよな…。」
「レオン王子ほどのセンスがあれば、贈り物にも良いのだろうが…。」
二人で今度は同時に溜息を吐いた。
プライドからの贈り物が無くなったことは残念だが、騎士団での悲惨な出来事を回避できただけ良かったと心から思う。
今度休日が合えば、アーサーやエリックをあの店に連れて行ってみるかと話しながら二人は帰路を歩いた。