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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
冒瀆王女と戦争
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331.冒瀆王女は襲来する。


カツン、カツン、カツン。


無機質な音が、大広間に響く。

その音の主に誰もが注視し、多くが息を飲んだ。

松葉杖を片手に一歩一歩ゆっくりと、そして確かな足取りで自分達の前に現れる第一王女の姿に。

その背後には第一王子のステイルと第二王女のティアラが続き、更には近衛騎士であるアーサー以外にも多くの騎士が囲み、彼女らを守っていた。

その光景を、プライドからの挨拶があると聞かされた騎士達、更には自ら望んでプライドの存命を一目確認しようと集まってきたハナズオ連合王国の兵士達もじっと見上げ続けた。


「皆様、この度はありがとうございました。第一王女、プライド・ロイヤル・アイビーの名の下に心より感謝致します。」


明るく告げる彼女の声に、その場の全員が誰も安堵することができなかった。

生存すら疑われていた彼女が姿を現したことは喜ばしいことだが、それ以上に明らかな負傷の姿に胸を痛ませ、必死に表情に出さぬようにと顔の筋肉に力を込めた。

その間も王女は堂々と兵士や騎士達に労いの言葉や王女としての感謝の言葉、そして今後数日の滞在について語り続けた。


「最後に、…この足の怪我が皆様も御察しの通り、滞在延期の理由です。騎士達が命懸けで私を助けて下さったお陰で、これだけで済みました。この場をお借りして心より感謝致します。」

今まで一部の騎士達には戒厳令を敷いていましたが、この場を持って取り下げます。と自身の周りを守る騎士達をぐるりと笑みと共に見回した。会釈のみで応え、騎士としての任務中の表情を崩さない彼らはそれぞれ喉だけを小さく鳴らした。


「御心配かけて申し訳ありませんでした。ですが、私はこの通り健在です。どうぞ、残りの数日間は身を休めて下さい。私の準備が整い次第、順次出国を致します。」


騎士達から短い発声での返答が広間中に響き渡った。さらに、ハナズオ連合王国の兵士達からも同じように覇気の強い声が返ってきた。この中に、あの時の衛兵もいるのだろうかと思いながら、プライドは静かに彼らを見渡した。


「姉君。…それでは。」

ステイルが声を掛け、プライドに再び退場を促すとプライドは一度だけ頷き、再び松葉杖を付きながらゆっくりとその場から退場していく。

騎士団長からの号令が響き渡り、騎士達も、そして集まった兵士達も一気に解散した。


フリージア王国第一王女の負傷に、城内どころかハナズオ連合王国中が騒然となった。





「えっ⁈プライド様が⁈」


声を上げた直後、エリックは身体を捻らせたせいで激痛に別の声を上げた。

ぐあ、と呻き声が上がり、一番隊の騎士が「大丈夫ですか⁈」とエリックの肩に触れ、動かないように押さえつけた。

防衛戦で傷を負ったエリックは、他の負傷者同様にプライドの挨拶に足を運ぶことはできなかった。それでも、噂のようにではなくプライドが健在なことに安堵し、他の騎士達が戻ってくるのを重傷者のみに割り当てられたベッドで待っていた。

だが、帰ってきた一番隊の騎士から開口一番に告げられたのはプライドの足の負傷だ。

話によれば左足に包帯と固定がされ、松葉杖で歩きながら騎士達の前に姿を現したという。

わりと気は逸りながらも、冷静に待っていたエリックは一気に血の気が引いた。


「ですが、数日の滞在で完治はされるそうです。なので身体の欠損などではないかと…。」

「アラン隊長とカラム隊長は⁈確か騎士の死傷者は居なかった筈だろ⁈」


まさかお二人も…⁉︎と、エリックは未だ姿を現さない騎士隊長二人も案じる。すると興奮気味のエリックを落ち着かせるように騎士が「お二人は無事だそうです、お二人の活躍でプライド様も命に別状はなかったと…!」と、ゆっくりエリックの問いに答えた。その言葉にやっとエリックは息を吐く。


…良かった、三人ともご無事で。


大人しくなったエリックに、騎士がプライドも怪我以外は元気な様子だったと告げると、元どおりに硬いベッドへ身を沈めた。

冷静さを取り戻したエリックが、目だけで周囲を見回すと自分以外の負傷者も同じような反応だ。

騎士隊長二人がついていてプライドが怪我をしたことは信じられないが、つまりはそれほどの危機があったのだろう。騎士隊長二人だからこそ、きっと足の負傷で済んだのだろうと思うと本当にプライドの近衛騎士が二人で良かったと思ってしまう。

当時の具体的な様子も、今日のプライドの護衛に付きそびれた騎士の口から広まっているらしい。

エリックのベッドの位置からは詳しく聞こえないが、騎士達の「流石アラン隊長!」「カラム隊長…‼︎本当によくご無事でっ…‼︎」と声だけが聞こえてきた。二人が帰ってきたのかとも思ったが、騎士達の話し声から判断して、残念ながら話題になっているだけで本人達がいる訳ではなさそうだと理解する。

だが、騎士の誰もがアランとカラムの武勇伝を疑わず、尊敬の目の輝きも変わらない。騎士隊長二人への信頼はそれほどまでに絶対的なものだった。中には「それで、今アラン隊長は何処に⁈」「さっきの護衛にはいらっしゃらなかったぞ⁈」と騒ぎ、「カラム隊長を見なかったか⁈」と救護室に飛び込んできた騎士もいた。

廊下で騒いでいる彼らの会話に混ざりたいという欲求を抑え、先に自分に知らせに来てくれた騎士に手だけで「お前も行ってこい」とエリックは背を押した。自分が知りたいように、彼もアランの武勇伝を聞きたいに決まってる。

はい!と答える騎士を横になった体勢のまま、早足で視界から消えていく背中を見送っ…た、と思えばまた戻ってきた。

しかも先程よりも血相変えて駆け込んできた騎士にエリックは首を傾げる。更にその向こうでは凄まじい響めきが溢れ込んできていた。


…いや、まさか。


ふと、いつかの既視感に騎士へ尋ねる前に口の端がヒクついた。「エリック副隊長!エリック副隊長‼︎」と慌てた様子の騎士が再び自分の目の前に駆け込んでくる。そして


「すみません、お邪魔しますね。…あっ!エリック副隊長‼︎」


カツン、カツン、カツン、と一歩一歩確実に無機質な音が近づいてくる。さらにその明るい声にエリックは再び身体を起こそうとして傷を痛めた。

痛みに耐えながら目を凝らせば、慌てた様子のプライドが自分に向かって真っ直ぐに駆け込んでくる。更にその隣にはステイル、ティアラも護衛の騎士達と共に続いていた。


「ッッ…、…プッ、プライド様‼︎な、何故こちらにっ…‼︎」

痛みに耐えながら声を上げる。大声を出し過ぎたせいで再び脇腹の傷が痛んだ。上半身は包帯を巻いているだけで何も着ていなかったエリックは傷口だけを押さえながら顔を上げた。


「騎士の方々からエリック副隊長が負傷されたと聞いて…。お怪我、大丈夫ですか?」


心配そうにティアラと一緒に至近距離から自分を覗き込んでくるプライドに思わず僅かに身を反らす。「いえ!だ、だい大丈夫です!」と叫ぶと同時に、また傷が痛む。そのまま、誰が言ったんだ⁈と言わんばかりにプライドの背後の騎士達に目を向けた。温厚なエリックにしては珍しい吊り上がった眼差しに、アーサーだけでなく誰もが思わず目を逸らした。そうしている間にも声を上げ、プライドの前で身体を起こそうと力を入れれば更に傷が痛んでいく。


「どうぞ楽にしてください、エリック副隊長。私も楽にしますからお気遣いなく。」

そう笑いながら、堂々とプライドがエリックのベッド脇の椅子に座る。ステイルが必要ならばもっと寛げる椅子を、と言うがプライドは断った。ティアラが姉を気遣うようにしながらその隣の椅子に腰掛けた。


「騎士団長を庇って撃たれたのだと聞きました。…素晴らしい勇敢な行動だったと思います。」

エリックを労わるように少し眉を垂らしながら、プライドが笑みを浮かべる。それだけでエリックは血圧が上がり、今にも塞がった筈の傷口が噴き出すのではないかと本気で思った。そのまま、緊張と戸惑いで上手く話せないままプライドとの会話が続いていく。


「…でも、本当にご無事で良かった。また近衛騎士の任について下さるの、楽しみにしていますね。」

そのまま「他は痛みませんか?」と、そっと包帯が巻かれていない部分に触れてくる。細い指や手のひらがひんやりと火照ったエリックの肌に直接触れ、あまりの不意打ちに身体をビクッと震わせた。


「…少し、身体が熱いようですけれど。お熱とか、目眩は?七番隊の方々の診断なら間違いないと承知の上ですが…」

今この時だけの発熱と目眩です、などとは口が裂けても言えない。本気で心配してくれているプライドに言葉も出なくなる。

エリックのその姿にアーサーや騎士達は若干慌て、ステイルも流石に「姉君、そろそろ…」と助け船を出しかけた時だった。


「…無理はなさらないで下さいね。エリック副隊長に何かあれば、私が泣きますから。」


エリックの身体からその頬に片手を添わしたプライドが、憂いを帯びた笑みをエリックに向けた。ひんやりとしたプライドの手がエリックの頬を冷やし、そして


ボンッ!と熱を急上昇させた。


明らかに顔色が塗ったように真っ赤になったエリックに、プライドが短く悲鳴を上げた。「エリック副隊長⁈」とそのまま熱を確かめるようにエリックの顔や首、包帯の巻かれていない部分にペタペタと触れるプライドに余計エリックの熱が上がった。

大丈夫です、と訴えてもプライドからの猛攻撃に頭が真っ白になる。

第一王女であるプライドが自分にわざわざ会いに来て、更には寄り添い、触れられ、自分に対してのみの言葉をかけてくれた。ついさっきまでプライドを一目見れなかったことで少なからず落胆していたエリックにとっては、完全に奇襲も良いところだった。本気でこのまま塞がれた傷口から血が噴き出て死ぬのではないかと、エリックだけでなく周りの騎士達も心配しかけた時。


「……プライド様。こちらにいらっしゃいましたか。」


低い、溜息交じりの声にプライドだけでなく騎士達全員が向き直った。見れば、騎士団長のロデリックが眉間に皺を寄せながらプライドの背後にまで歩み寄っている。

一気に引き締まり、騎士達が殆ど同時にロデリックへ挨拶をすると同時にプライドやティアラも「騎士団長!」と声を上げた。


「安静中の騎士達にも私からプライド様の件について伝えねばと赴いたのですが……。」

ちら、と顔の火照りが冷め切らない状態のエリックをみる。プライドに露出した右肩と首筋を触れられ、若干パニックを通り越して涙目だ。一目で状況を察したロデリックが眉間の皺を指先で押さえつける。


「…プライド様。流石に第一王女殿下がむやみに男性の肌に触れるのはいかがなものかと。」


騎士団長の落ち着いた声色に、水を掛けられたように冷静になったプライドが恐る恐るエリックの方を振り返る。

顔を真っ赤にして、包帯を巻かれた部分以外は上半身を露出したエリックは既に身体も真っ赤に火照りきっていた。再びプライドの短い悲鳴が上がり、自身まで顔を真っ赤にしたプライドが「ご、ごごごごめんなさい‼︎」と叫んだ。同時に一歩引こうとした拍子に包帯で固定された左足が椅子に引っかかり、倒れ込みそうになるのをステイルとアーサーが同時に支えた。


「プライド様。こちらの騎士はプライド様同様、全員絶対安静の者達です。どうぞ、見舞いはまたの機会に…」

「そ、それではせめて他の負傷した騎士の方々にも挨拶を」

「それには及びません。怪我の治りの為には面会謝絶ぐらいで充分です。」

プライド様に限っては。という言葉を飲み込み言い切るロデリックに、プライドは顔を真っ赤にしたまま頷いた。若干パニック気味の姉に、ステイルが苦笑しながら「行きましょうか」と声を掛ける。


「エリック副隊長!そして騎士の皆様‼︎どうぞお大事になさってください!」


ステイルとティアラに付き添わ……やや強制連行されながら、アーサーや騎士達を引き連れたプライドは慌てながらもベッドで眠る騎士達に手を振った。


「……プライド様の、アレに関しても早々に自覚をして頂ければ良いのだが。」


ハァ…と本日数度目の長い溜息を再び吐く。ロデリックはそのまま真っ赤になったエリックに横になるようにと声を掛けると、周囲の騎士達にも目を向けた。

誰もがプライドの姿を一目見ようと無理に身体を起こし、更にはエリックの惨状に釣られるように顔を火照らす騎士達までいる。

あのままプライドがエリックだけでなく他の騎士達一人ひとりに見舞いなどすれば、確実に七番隊は、治り掛けの傷を悪化させた騎士達全員の治療に再び取り掛かり直さなければならなかっただろう。

絶対安静の騎士にとどめを刺すのが自国の第一王女など、笑い話にすらならない。

エリックがふらふらと再びベッドに倒れ込むと「プライド様の…お怪我…聞けなかった……」と無念そうに譫言を漏らした。手の甲を額に当てながらぐったりとするエリックを一番隊の騎士達が扇ぎ、濡らした布を手渡した。

近衛騎士としての特権と、そしてある意味恐ろしい試練を同時に目の当たりにした騎士達からは何処からともなくゴクリと喉を鳴らす音が零れた。


「よくあのプラ……様に、….な事でき…よ。…ほんと。」

ハァ…と呟くエリックは、呆れと若干の怒りと感心を込めて、唸るようにこの国の第二王子を思い出す。騎士達が何かと聞き返したが「独り言だ」と返すと自身で濡れた布を顔に被せた。


ステイルの口からプライドへ、セドリックが明日にでも面会を望んでいると聞くのはエリックが再び眠りについた頃だった。


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