330.冒瀆王女は告白する。
「…なるほど。つまり、プライド様の足が治られるまではハナズオ連合王国に滞在すると。」
私からの話に騎士団長が深く頷いてくれた。
確かに、万全の状態で出国する方が良策でしょうと返してくれる騎士団長はチラリと私の足を目で確認した。
「ええ、母上にも国王にも許可は頂きました。騎士の方々には予定を伸ばさせてしまい、申し訳ありませんが。」
「いえ、プライド様の御身が最優先ですのでそれは。フリージア王国も、副団長のクラークが纏めているので問題はありません。ただ…」
ただ、と最後に言葉を濁らせた騎士団長は一度口を閉ざした。私の足から、今度はどこか意味ありげに周囲に控える騎士達へと視線を投げる。…どうしたのだろう。
騎士団長はまた言いにくそうに眉間に皺を寄せてから長い溜息を吐いた。そして吐き切ると同時に再び私へ難しそうな眼差しを向けた。
「実は、…プライド様が終戦から姿をお見せにならないため、兵士や我が騎士の間でも厄介な噂が流れ始めておりまして。」
騎士団長の言葉に首を傾げる。確かに私は終戦からずっとベッドに寝込んでる。一応表向きは〝休んでいる〟とだけされていて、代わりにステイルとジルベール宰相が仕事をバリバリしてくれている。
まさか仕事サボり王女とか思われているのだろうか。少し心配になって「その、噂とは…?」と尋ねると騎士団長が覚悟を決めたように口を開いた。
「プライド様が、…戦の犠牲になられたのではないかと。」
…え。
凄く遠回しの言い方で告げてくれる騎士団長に思わずポカンと口を開けてしまう。すると、騎士団長が「申し訳ありません…」と再び頭を下げてくれた。
つまり、私が死んだんじゃないかと思われているというわけだ。確かに、戦が始まるまでは出突っ張りだった私が全く姿を見せなくなったらそう誤解されても仕方がない。
実際、足の怪我で士気を崩させない為に隠していたのもあるし、全くの的外れという訳でもない。せめて怪我治療の騎士を私のところに派遣させていたら存命とは思って貰えたのだろうけれど、もう既に治療は受けたし、あとは安静にするだけだから誰も派遣させなかった。七番隊の騎士は他の負傷者も診ないといけないのに、無駄に呼ぶわけにもいかない。第一王女が死に、それを隠し続けていると誤解を受けても私の自業自得だろう。
「なる…ほど…。」
何とも言えない気持ちになり、苦笑いをしてしまう。
騎士団長の話では特にハナズオ連合王国の兵士の間で噂になっていて、そこから騎士にも不安が広がりつつあると。…むしろ、私がごめんなさいと言わざるを得ない。騎士団長に私からお詫びしつつ、確かに対策すべきだと頷く。折角頑張って戦ってくれた彼らにこれ以上不要の心配をさせたくはない。
「私の足、…具合は如何でしょうか?」
目線を上げ、慎重に私の怪我の治り具合を見てくれている騎士二人に声を掛ける。怪我の治りは動かさなければ時間の経過と共に良くなる。今日も怪我治療の特殊能力を使ってくれているから、明日には更に良くなる筈だけど…。
「右足は、もう動かしても大丈夫だと思います。ただし左足は未だ時間が必要かと。」
騎士の言葉にほっと胸を撫で下ろす。良かった、左足は骨折とかだろうけど、右足は捻っただけだから治りも早かったのだろう。流石七番隊、怪我治療の特殊能力もかなり優秀だ。七番隊の騎士二人も片足だけでも治ったことに安堵してくれたように私の顔を見て仄かに笑んでくれた。
そういえば、あの時も治療してくれたのに御礼をちゃんと言えてない。ちゃんと御礼を言わないとと思い、改めて二人の顔に目を向ける。確か、騎士団演習場でも何回かお会いしたことがある人達だ。名前を尋ねると、ジェイルとマートと丁寧に名乗ってくれた。
「ありがとうございます。ジェイル、マート。…お陰で本当にあの時は助かりました。」
感謝を込めて笑みを向けると、二人の顔が目を丸くしたまま赤みを帯びた。第一王女にいきなり名前を呼ばれたらやはり緊張するらしい。
騎士団長がゴホンッと咳込みをすると、はっとしたように二人とも顔が再び引き締まった。
「それで、…如何でしょうかプライド様。」
気を取り直すように問い掛ける騎士団長に私は頷く。右足が治ったならば問題ない。
「ええ、今日にでもちゃんと皆に挨拶をしましょう。足の負傷についてもちゃんと私の口から皆に話します。」
私の言葉に満足げに承知してくれる騎士団長は「では、そのように騎士達には周知させておきましょう」と言ってくれた。人前に姿を現わすのだから、私の死亡説も消える筈だ。
ふと、そこで騎士団長に言いたいことがあったのを思い出す。
「…あの、騎士団長。」
早速騎士達に連絡しに行こうと足を動かそうとした騎士団長を引き止める。「何か?」と再び私の方に向き直ってくれた騎士団長へ私は意を決して向き合い、…頭を下げる。
「……六年前。…ごめんなさい。」
こうして騎士団長に頭を下げるのは二度目だろうか。俯いたまま自分の膝を見つめている間、騎士団長から返答は無かった。そこからゆっくりと顔を上げると、騎士団長は口を結び目をはっきりと見開いたまま私を凝視していた。突然の謝罪に驚くのも当然だ。ちゃんと言わないとと、改めて私は口を開く。
「自分の為に、…誰かが死ぬような事態に巻き込まれるのは…、…。………凄く、辛いわ。」
話しながら、あの時の恐怖を思い出して思わずベッドの布を握る指先が震え出す。
私の為に崩落する真下にアラン隊長やカラム隊長が飛び込んでくるのも、その後にカラム隊長が死んでしまったのではないかと思った時も、凄く怖くて辛かった。
六年前の崖崩落で私が飛び出してきた時も、騎士団長はこんな気持ちだったのかなと思うと、…余計に辛くて申し訳なくなった。
暫く沈黙が続いた後、騎士団長が静かに息を吐いた。驚きで見開いた瞼が緩まり…仄かに、笑ってくれた。
「…成長されましたね。」
予想外の言葉に今度は私が目を丸くすると、騎士団長はその場に片膝をつき、私の顔を覗き込むようにしてくれた。
「あの時のプライド様の行動は、…私も当時、言うべき言葉は全て告げさせて頂きました。ただ、今だからこそ言わせて頂くことがあるとすれば…。」
一度言葉を切り、布を掴む私へ静かな笑みを向けてくれる。それだけで何かが込み上げてきて、ぐっと口の中を噛んで堪えれば、再び騎士団長の口が開かれる。
「今のプライド様は、あれから更に我々にとって掛け替えのない存在となられました。ですから、…血の誓いや御御足の件。その全てで胸を痛ませ、時には苦しむ者がいることをお忘れにならないで下さい。」
騎士団長の、優しい言葉が痛いくらいに沁み渡る。
いつもは怒るのが恐くて、厳しい騎士団長の優しい笑顔や言葉が、それだけで無性にすごく泣きたくなって。
また涙腺が緩んで堪えようと息を止める。それでも瞬きする度にポロポロと涙が両目から大粒になって落ちてきた。
「どうか、御身を大切に。」
騎士団長の最後の言葉に、耐え切れなくなって喉が呻く。
…私は何度、人を傷つけるのだろう。
今まで私自身が心配やそういう対象にしてもらえていたことすら、わからなくて。
今まで何度、こんな優しさを無碍にしてきたのだろう。
私のことを想ってくれたり、慕ってくれた人達の優しさにすら気付けないで。
その人達が大事に思ってくれる私を、誰よりも私自身が粗雑に扱ってしまう。
「………は、いっ…、…っ。」
ぎゅっと拳を作って耐えながら、その一言だけをなんとか返した。
…大事にしたい、私のことも。
皆が、私のことを思ってくれている間だけでもちゃんと。