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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
冒瀆王女と戦争
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329.騎士隊長達は、決める。


「……アラン。お前も、ここに来たのか。」


チャイネンシス王国の城に併設された教会の裏側。

今は一時的に閉鎖されたそこは、城と比べて警備も今は薄い。城からも騎士団からもある程度離れたそこは、…今の彼らにはちょうど良かった。

教会の裏側、白を基調とした簡易的なベンチに一人カラムは腰を下ろしていた。膝に肘をつき、組んだ手を額ごと目に当てて項垂れるように俯いていた彼は、僅かに浮かした顔から視線だけを動かした。


「……ま。一番近場じゃここくらいしか思いつかねぇしな。」


頭をガシガシと掻きながら歩み寄ってくるアランは、敢えてカラムから視線を逸らしながら均一に刈られ整えられた芝生を踏みならした。そのまま近くの柱に寄りかかり、地面へと直接腰を下ろす。


「ほんっっと…たまらねぇよなぁ…。」


乾いた笑いを混じえたアランの言葉が、ため息と共に放たれた。ははっ…と笑うその声には全く抑揚がなかった。だが、いつものようにカラムからの返答もない。アラン自身も返答を望まないようにそのまま黙し、俯いた。そして








堰を切ったように、溢れた涙が二人を濡らした。








ボタボタと、大量の涙が音を立ててアランの靴に滴り音を鳴らした。

堪らず目ごと顔を手で押さえたが、指の隙間から止めどなく涙が溢れ続けた。食い縛った歯の隙間から溢れた涙が入り込み、乾ききった口の中を濡らした。

項垂れ続けるカラムの全身が細かに震え出した。真っ直ぐ地面に降ろされた足も、膝についた肘も、珍しく丸くなった背も、全てが。

指を組んだ手の隙間から、大粒の涙が溢れ落ちた。喉がひくつき、痙攣する音が僅かにその口から漏れた。


近衛騎士として、護衛中に泣くなど以ての外だった。

騎士隊長として、部下達の前で涙を見せるなど許されない。

どれ程に胸を搔きむしり、痛み、込み上げても感情を抑えつけ、騎士としての任に従事し続けた。

防衛戦が集結し、プライドが眠り、そして今の今まで抑え続けていた感情が決壊した。





…騎士として、プライド様をあれ程迄に傷付けた己が許せなかった。


反省点など千はある。足の負傷一つでさえ、セドリック王子を押し留めた私がもっと早くに他の騎士へ王子の保護を任せてプライド様の元へ走れば良かった。そうすれば、アランがプライド様を抱え、私が兵士を抱えて全員が脱出できただろう。アランの足と私の特殊能力さえあれば可能だった筈だ。


反省も後悔も今の今まで抑えつけた。


何故、何故、何故あの時にと後悔ばかりが胸を刺す。

何度も我々のことで涙を流して下さったあの方の姿に。

このような失態を犯した我々を責めるどころか、庇うあの方の姿に。

アーサー、ステイル様、ティアラ様、ヨアン国王、ランス国王…数え切れぬほどの方々に感謝され、大事に思われているあの方を傷付けてしまったことが。


騎士として、許されぬことだと。

もう、…騎士を名乗る資格は無いとも考えた。


だと、いうのに。


『……私はっ…まだ、お二人に護って欲しいですっ…‼︎』

騎士として、これ以上ない賛辞を与えられた。


『お二人を、…騎士として望む人間がここに二人はいるということを知って下さい』

私という存在を、アランという存在を。


『更に騎士としても、…騎士隊長としてもお二人に強く期待しております。……とても優秀で心優しい貴方方を』

求め、認め、期待してくださるあの方を。



守りたいと。



そして、守り通したかったと。

喜びと欲求と後悔が混ざり合う。


…部屋を出る間際に、プライド様から頂いた言葉を思い出す。

きっとあの方はもう、後の判断は全て我々に委ねて下さるおつもりなのだろう。



『命賭けで、助けてくれてありがとう。…っ、…生きていてくれてっ…本当に良かった…‼︎』



護るべき者の為に命を賭す。

それこそが騎士の本分であり、誇りだ。

だが、あの方の言葉を受けた瞬間。


〝次は〟己が身も護らなければと思ってしまった。


…次など、もう捨てた筈だというのに。

それでもどうしても私は


次は守り抜きたい

次は擦り傷ひとつ許してたまるか

次こそ私のことで泣かせはしない

次こそあの方の期待に応え

次こそあの方の笑顔をと。



次を、どうしようもなく求めてしまう私がいた。



「っ…、…後悔などっ…もう、遅いというのにっ…‼︎」

込み上げ、上擦った声を涙とともに吐露する。

濡れきった指が、腕が、団服すらも重く感じ、全身が鉛のように地に引かれた。

張り詰めていた糸が千切れ、どうしようもなく急き立てられる。


わかっている。

私も、そしてアランも既に心は決まっていた。

今更、私一人が騎士に残って良い訳がない。

アランが責任を取ることを決めているのに、同罪である私一人が騎士で在り続けることなど許される訳がない。

騎士団長が我々の処分をどうされようが、最後の始末だけは己の意思でつけるべきだ。

アラン一人に責任を被せ、私だけが騎士として永らえるなどあり得ない。騎士として泥を被り続ける以上の恥だ。

もう、私達は



「ッ…すまねぇ、…カラムっ…‼︎」



嗚咽交じりのアランの言葉に、顔を上げる。

俯き、指の隙間から涙を零し続けたままのアランは食い縛った歯を剥き出しにしていた。

…アランが、こんなに泣く姿は私も初めて見る。

アランの謝罪の意味を、熱の入った頭で考えたが未だ理解までには及ばなかった。

しゃくりあげるように肩を激しく震わすアランの、言葉を待てば…またその口が開かれた。


「ッやっぱ…まだ俺は、あの人を守りてぇっ…‼︎」

震わしたその声は、先程よりも小さく嗚咽に紛れるような声だった。

私と同じ想いを口にするアランに、思わず息を飲む。私の方を向かず、突っ伏し続けるアランは「だからさ」と言葉を続けた。







「…っ、…泥、…被ってくれ…‼︎」






泣きながら訴えるその声は、…決意の色をしていた。








…わかってる。


騎士として、責任も取れねぇなんて大恥だ。

俺も、カラムもちゃんとそれを負うべきだ。


たった一人の、守るべき人すら守れなかった俺達は。


あの人の怪我にもすぐ気付けねぇで、カラムに助けられて、…本当に俺は何もできなかった。

アーサーが信頼してくれて、ステイル様が認めてくれて、騎士団長が任せてくれて、プライド様が受け入れてくれて。それで得られた近衛騎士の任を。


俺は、台無しにした。


守れなかった。その一つが、ずっと内側から血が出るぐらいに引っ掻き続けた。


『あんなに…護って下さったではないですか…』

泣きながら言ってくれたその言葉は、どうしても慰めや世辞には聞こえなくて。


『…助けて下さったではないですか。お二人のお陰で、私はこうして生きているというのに』

助けたのは、カラムだ。

アイツが命を捨てて俺とプライド様を逃してくれた。

あの一瞬で、判断して動けたのは優秀なアイツだからだ。


『アラン隊長も、カラム隊長も私の命の恩人なのに。』

命の恩人なんかじゃない、〝命しか〟守れなかったんだ。

あんだけ、守りたかった筈のプライド様を。

死んじまいてぇぐらいに悔しくて、溶岩みたい煮えた腹の中が酷く掻き乱された。


絶対責任は取る。

たとえステイル様が許して下さっても

プライド様が大ごとにならないように手を回して下さっても

近衛騎士の剥奪や降格程度で処分が許されたとしても

俺自身が、必ず全部の責任を取ると決めていた。


なのに。


プライド様が、最後に言ってくれた言葉がどうにも頭から離れない。

本当に、あの瞬間が一番泣くのを堪えるのが辛かった。殺し続けた感情が溢れかけて、息を止めて必死に堪えた。



『辛い判断をさせて、ごめんなさい』



最初は意味がわからなかった。

俺達が、自身で責任を取ろうとしていることを言ってるのかと思った。

でも、プライド様に抱き締められた瞬間、頭が真っ白になって。








『…カラム隊長を置いていくなんて、…っ。…身を斬られるより辛かった筈なのにっ…‼︎』









心臓が、潰れると思った。

あの時を思い出して、身体中に激痛が走った。

カラムを、瓦礫の向こうに置いていかなきゃならなかったことも。

俺自身、それが最良と判断しなきゃならなかったことも。

それしかできなかった俺自身の無力さも。


悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくてどうしようもなく





…辛かった。





カラムに庇われることも、犠牲にしちまうのも悪夢の再来みてぇに息苦しくて、思い出すのも駄目だった。

それなのに、プライド様にあの言葉を受けた途端。



初めて傷口に触れて貰えたような気がした。



まるで、隠し続けた生傷に手を添えられたような。

まるで、見えにくい古傷を優しく撫でられたような。

自分でもよくわからない、けどあの言葉にどうしようもなく救われた。

汲み取られた傷がプライド様の熱で静かに溶けた。


〝守りたい〟と。

今度こそ、絶対に。俺の命を賭けてでも。

プライド様を、カラムを。

今度は俺がこの手で守って、助けたい。

未だ、やり残したことが多過ぎる。

騎士として、だけじゃない。


〝俺が〟守りたいと望んじまった。


その為なら、いくら恥でもみっともなくても世界中に指を指されても構わない。

この恩に報いたい。

今度こそ守り抜きたい。




〝今度こそ〟と。




「ッやっぱ…まだ俺は、あの人を守りてぇっ…‼︎」

望みが、どうしようもなく溢れ出す。

わかってる、俺一人じゃ叶わない願いだってことぐらい。

本気で死んでも良いくらい後悔もした。それでもやっぱり、この欲求を抑えるのには全然足りなかった。


だから。


「…っ、…泥、…被ってくれ…‼︎」


…道連れにさせてくれ。

俺は未だ、お前と騎士がしたい。

どんな不恰好でも良いから、どんな形でも良いから、騎士としてあの人を守り続けたい。





「……っ、……いくらでも。」





カラムの、波立った声が流れ込む。

顔も見れねぇまま、礼を言えばもう返事は返って来なかった。


…今度こそ、守り抜く。

今日、今この時から俺とカラムは。












あの人の、為に。


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