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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
冒瀆王女と戦争
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326.冒瀆王女はお願いする。


「主!本当にもう痛くないのですか⁈」

「主!どれくらいで足は治りますか⁈」


戦争終結から、一日が経った。

目が覚めてから早速、先に目を覚ましたケメトとセフェクが私のベッドの横まできて顔色を覗き込んでくれた。

昨夜あの後、ステイルは私の代理でヨアン国王やジルベール宰相のもとに戻り、アーサーも騎士団に戻ったけれどティアラと近衛任務中のアラン隊長とカラム隊長、そしてヴァル達は朝まで私の部屋に付き添ってくれた。

退室する時、ステイルもアーサーもヴァルが未だ居座るのかと睨んでたけれど、ヴァルは二人を睨み返したまま熟睡中のケメトとセフェクを無言で指していた。二人が起きるまでは寝る気も動く気もなかったらしい。……その御本人は、二人が起きたのと入れ替わりか今は部屋の隅で寝っ転がって大爆睡中だけど。


「ええ、本当に痛くないわ。動かさなければ大丈夫。特殊能力者の治療を受けたから、あと数日で完治。といったところかしら。」

勿論、絶対安静が前提条件だけど。そう思いながら、二人に返せば声を合わせて「良かったぁ」とほっとしたように肩から力を抜いてくれた。


「そういえばお姉様、箝口令はいつまで…?」

ティアラの言葉に私は思わず口の中をゴクッと飲み込んだ。未だに一部の人間以外、私の負傷については隠してもらっている。もともとは第一王女が負傷なんて戦場の士気に関わるからだけど、もう戦争は終結したし、ちゃんと伝えるべきだろう。…本音を言えば、単に疲労で寝込んでるせいにしてこのまま隠し通したい。私のことで気を病ませてしまいたくないし、何より母上に知られたらー…。…無意識に背後を振り返りそうなのを堪え、私は思わず口を絞った。


「……そうね。」

わかってる。結局それでは自分の不祥事を揉み消すだけだ。ちゃんと話した上で解決しないと意味がない。ただ、せめて…


トントンッ


突然のノックの音に視線を上げる。

ケメトとセフェクが振り返ると同時に、早足で寝ているヴァルの方へ駆け戻っていった。ティアラが首を傾げるより先に扉の向こうから、ノックの主から言葉が放たれた。

「お休みのところ失礼致します、プライド様。ジルベールでございます。只今、ランス国王陛下とヨアン国王陛下がお見えになっております。是非ともプライド第一王女殿下とご面会をされたいと。」


えっ。


ジルベール宰相の落ち着いた声に思わず一瞬頭の中が真っ白になる。

え、え、どうしよう‼︎この格好はまずい‼︎髪が寝起きでボサボサだしベッドの中だから格好は誤魔化せるけど国王二人の前にこれは無い‼︎「しょっ…少々お待ち下さい‼︎」と声を上げると、落ち着いた返事が返ってきた。

ティアラが慌てた様子で急ぎ私の髪を手櫛で整えてくれる。するとティアラの髪もわりとボサボサなのに気づき、今度は私がティアラの髪を整える。互いに髪をときあいながら、ふともっと大事なことに気がついた。


「ヴァル!ヴァル‼︎人が来るわよ!王様が二人も‼︎」

「ヴァル‼︎僕らどうすれば良いですか⁈」


部屋の隅で爆睡中のヴァルをセフェクが容赦なくバシンバシンと叩き、ケメトが肩を揺らしている。

まだ寝付いて時間が浅いのか、大分機嫌が悪そうに呻いた後、ヴァルがグラグラと頭を揺らしながら起き上がった。「なんだ」と短く答えて未だ眠そうに目を腕で擦る。


「人が来るって言ってるの‼︎私達居て良いの⁈」

「アァ?…知るかよ、王子の許可は得てんだ。誰が来ようと知ったこっちゃねぇ。」

「でも王様が二人もですよ‼︎僕ら会っても…ッわ⁈」


ケメトの言葉で、一気にヴァルの顔色が変わる。

完全に覚醒したのか、起き上がると同時にケメトを脇に抱え、セフェクの手を取ると一目散に窓の外に飛び出していった。

セフェクから短い悲鳴が上がったけど、多分彼らなら大丈夫だろう。…流石、逃足が速い。あまりにあっという間のことにティアラもポカンと口を開けたままだった。王族嫌いもあるけど、それ以上に隷属の契約による強制土下座を何が何でも避けたかったのだろう。

カラム隊長が開けっ放しにされた窓の下を覗いた後、静かに閉めてくれる。首を横に振り、彼らが落下はしていないことだけは教えてくれた。

私とティアラも急拵えの身嗜み確保を終え、やっと扉の向こうにいる国王に返事ができた。

ガチャリ、と衛兵によって扉が開かれ、国王二人が入ってくる。


「失礼致します。…調子はいかがでしょうか、プライド第一王女殿下。」

挨拶が遅くなって申し訳ない、と言葉を重ねながら最初にランス国王、そしてヨアン国王、最後に少し苦笑した様子のジルベール宰相が入ってきてくれた。

二人とも寝てないのか少し顔色が悪く見えた。特にランス国王が酷い。もう一度アーサーに見てもらった方が良いレベルだ。私一人がベッドでグースカ寝てしまって凄く悪い気がする。


「お陰様で、大分良くなりました。大事な終戦後、何もお力になれず申し訳ありません。」

いえ、とんでもない。とランス国王が少し慌てた様子で返してくれる。ティアラが国王二人の反対側に回ってくれ、ジルベール宰相が衛兵に命じて椅子を用意させてくれた。互いに挨拶を交わしあった後、そのまま椅子に腰掛けた。


「終戦後も、ステイル第一王子殿下やジルベール宰相にはとても力になって頂きました。」

お陰でこうしてご挨拶に伺う事も、とヨアン国王が笑ってくれた。そのまま一礼してくれ、ジルベール宰相も深々とした礼で返していた。

流石ステイルとジルベール宰相、私が不在の間もばっちり穴を埋めてくれたらしい。

その後も最初は形式的な互いの健闘と御礼の交わし合いが続いた。丁寧にジルベール宰相から新しい現状の報告も交えて説明してくれ、会話も円滑に進んだ。

捕縛した敵兵は今は各国の牢獄だけど、国の状況が落ち着き次第送り返す予定らしい。「これ以上遺恨は残したくない」というランス国王とヨアン国王の総意だった。建物の破壊はあったけれど、民の被害が殆ど出なかったことも大きいだろう。

アネモネ王国と我がフリージア王国の騎士団に関しては死者はゼロ。重軽傷者も我が国の騎士団には十数名出たけど、アネモネ王国に至っては軽傷者のみらしい。

そしてハナズオ連合王国も重軽傷者数も国民の割合から見ても極わずかで、死者は殆ど出なかったらしい。殆ど、という言葉に胸が痛んだけれど、こんなに被害が少なかったのは奇跡に等しい。兵士や民も皆、感謝していますと国王二人は言葉を重ねてくれた。

敵兵の人的被害は、恐らくこの百倍以上はあったでしょうとジルベール宰相も続けてくれた。


「フリージア王国には、本当に感謝の念しかありません。」

「建物の修復は時間が掛かりますが、民は危機が去ったことに活気付いています。きっとすぐに復興も可能でしょう。」

座ったままとはいえ、国王二人に頭を下げられて思わず「とんでもありません」と声が上擦ってしまう。なんだか照れ臭くなって話を変えるために「そういえばセドリック王子は」と思いっきり振ってしまう。


「セドリックはいま私達の代わりに総指揮に立っています。フリージア王国の通信兵を通し、チャイネンシス王国からの報告も請けている事でしょう。」

総指揮‼︎

一瞬、失礼ながらセドリックで大丈夫かと思って言葉に詰まったけど、すぐ私の反応に気づいたランス国王が「勿論、あくまで報告を受けているだけです。戻り次第、我々が指揮を執ります」と続けてくれた。つまりは伝言板のようなものだ。確かにそれならセドリックは打って付けだろう。


「私がこちらに伺いたいとステイル王子にご相談したら、自ら請け負うと言いだしまして。…それで、なのですが。」

実はお話ししたいことが。と、とうとう話の本題に入るかのように、言いにくそうにランス国王が話題を切り換えた。私も姿勢を正して上半身を向けると、ランス国王が凄く真剣な表情で燃える瞳を向けてきてくれた。


「小耳に挟んだのですが、私が把握していない事情をプライド第一王女殿下がお持ちだと…?」

ああああああああああああ。

思わず笑顔が引き攣ったまま固まってしまう。どうしよう、足のことだろうか。それとも


「チャイネンシス王国の民を奮起させる為、プライド第一王女殿下がヨアンと〝血の誓い〟を行ったと。」


ゴホッゴホッ‼︎

私が血の気が引くと同時に、まさかのジルベール宰相が咳き込んでしまった。

どうやらてっきり二人の用件は私の足の怪我のことだと思っていたらしい。ジルベール宰相の珍しい姿に真っ直ぐ顔を向けてしまうと「失礼致しました」と口を押さえながら呟いたジルベール宰相が、次の瞬間すごく怖い眼差しを私に向けてきた。

刃物のようなその眼差しに思わず背筋が凍る。国王二人の手前、追及できないだけできっとその頭の中には私への問い掛けが山のように積み上がっているだろう。


「詳しくは私も把握しておりません。ヨアンやセドリックに聞いても、自分から話す事はできないとの一点張りでして。」

お聞かせ願えますでしょうか、と探るように私を見つめるランス国王に思わず唇へ力を込める。ヨアン国王が凄く申し訳なさそうに「申し訳ありません、通信で我が兵士が」と添えてくれた。

確かにチャイネンシス王国の人達に口止めはしてなかったし、バレるのも時間の問題だったのだろう。

どこから説明すべきかと悩んでいると、カラム隊長が言いにくいようでしたら私から。と背後から進言してくれた。私が任せると、順を追って国王達に説明を始めてくれた。

カラム隊長からの説明中、ランス国王の顔色がますます悪くなって後半からは真っ青だった。更にはジルベール宰相まで限界まで目を見開き、小さく口を開けたまま固まってしまった。ステイルが居たらきっとこの上なく楽しい顔をしていただろう。


「だから、あの時っ…ヨアンまでも頭を…‼︎」

ランス国王が合点がいったといわんばかりに私と隣にいるヨアン国王を交互に見比べた。

防衛戦直前の時、他の騎士達と同じように私に頭を下げてくれた時の事だ。

そのまま最後に頭を片手で抱えながら一度俯くと、そのまま覗くようにヨアン国王を睨んでた。「お前はっ…そのような大事なことを!」と呻くと、ヨアン国王が「君がそうやって気を揉むと思ったから隠したんだよ」と困り顔で返していた。


「しかも何故、ヨアンだけでなくプライド第一王女殿下までそのような危険を⁈たとえ我が国が敗北しようとも貴方まで火炙りに遭う必要はない筈‼︎」

ランス国王が前のめりになったまますごい剣幕で声を上げる。でも怒っているというよりも、切実さの方が感じられた。

ジルベール宰相も国王の前で進言は耐えてるようだけど、私へ向けられたその目がはっきりとランス国王の言葉を肯定していた。表情はさっきより落ち着いた様子だけど、若干瞳孔が開いている気がして怖い。


「勝手なことをして申し訳ありません。…ですが、あの時はあれしか民を決起させる方法がなかったものでしたので。…それに、信じてましたから。」

ランス国王の勢いに少し押されながらも、なんとか言い訳をする。私は「…は?」と表情が止まってしまったランス国王と、少し予想がついているのであろうジルベール宰相を順番に見つめた。


「我が騎士団ならば必ずや守り抜いてくれると。」


実際、彼らは素晴らしい働きをしてくれました。と笑って見せるとランス国王が言葉が出ないように溜息をついた。そのままヨアン国王に再び顔を向けると「どうせお前は本気で死ぬつもりだったのだろう?」と怒るように声を掛けた。そのまま困り笑顔で返すヨアン国王へ再び溜息を漏らす。


「…セドリックが散々御迷惑を掛けた上、ハナズオ連合王国の為にそこまでして下さった御人に私一人が礼を尽くさぬ訳にはいくまい。」

独り言のように呟くランス国王が、無造作に椅子から立ち上がった。

そうだね、と相槌を打つヨアン国王も合わせるように椅子から腰を上げる。そして二人それぞれと私の目が合った後、






跪いた。






まさかの、国王二人が。

突然の事態に思わず口を覆う私に、ランス国王は頭を下げたまま堂々と言葉を放つ。


「プライド第一王女殿下、我が国の為に命まで賭して下さった御恩、ヨアン共々生涯忘れません。」

「そして、ハナズオ連合王国を御救い下さった御恩。フリージア王国への御恩もまた、必ず我が国は何百年掛かろうともお返し致します。」


ランス国王の言葉にヨアン国王が続く。表情を力一杯強張らせたままはっきりと言い放つランス国王に反して、ヨアン国王の表情は柔らかかったけれど、言い終わった後にはその唇をぎゅっと結んでいた。

私が慌てて「お止め下さいっ!どうか頭を上げて下さい!」と声を上げると、ゆっくりと顔を上げて何とか立ち上がってくれた。


「…だが、たとえフリージア王国が味方でも貴方が居られなければ…この結果にはならなかったでしょう。私もヨアンも、…セドリックも。貴方個人にひとかたならん恩がある。」

ランス国王の言葉にヨアン国王が「?ランスもなのかい」と声を掛けた。たぶん、病床にアーサーを派遣したことなのだろうけど。あれは本当に私ではなくステイルとアーサーの合わせ技あってこそだ。ついでに言えば、ヨアン国王との誓いについては寧ろ彼を追い込んでしまった責の方が大きい。セドリックに至っては恩…というよりも初対面三日のやらかしの迷惑料の方だろうか。


「どうかお気になさらないで下さい。私達はただ、同盟国の為になすべきことをしただけなのですから。」

二人にフリフリと掌を見せながら、私からも少し強めに声を張る。むしろ後半からは偉そうなこと言ってヨアン国王と一緒にソファーの上だったし、責められても良いくらいだ。

それでも義理深いランス国王もヨアン国王も「それ以上のことです」と言ってくれた。

嬉しいけれど、なんだか国王二人にそこまで持ち上げられると恥ずかしくなってくる。

本当に、本当にお気になさらずと伝えながら、どうか同盟とこの先の交易も宜しくお願いしますと改めてお願いした。二人とも「無論」「神に誓います」と言ってくれ、これで母上も喜んでくれると私も一安心する。


「我々にできることならば何でも言って頂きたい。勿論、容易に返せるとは思っておりませんが。」

重々しく言ってくれるランス国王に御礼を言う。でも交易と同盟さえ守ってくれれば、他の取引とかは母上やヴェスト叔父様の領分だし私がこれといってお願いしたいことなんて…!

…そこまで考えてから、ふと思いつく。

もし、本当にお言葉に甘えさせて貰えるのならば。



「…その、一つお願いがあるのですが。」



おずおずと口にする私の言葉に、国王二人の表情が更に引き締まる。我々にできることならば、と言ってくれる二人に御礼を言いながら私は思い切って自身の身体に掛けられていた布を胸元へと引っ張り上げた。

バサっ、という音がしてさっきまで覆い隠れていた私の足が露わになる。包帯でぐるぐる巻きに固定された、私の足が。

私の怪我を知っていたヨアン国王の表情が痛そうに少し険しくなり、ランス国王は整った顔を驚愕に染め上げて目を剥いた。


「それはっ…‼︎」

言葉にならないように声を上げるランス国王へ上半身だけで向き直る。私が説明する前に、ランス国王は一気に私が今まで人前に出なかった理由を察して飲み込んでいるようだった。

詳細はあとでジルベール宰相に説明して貰うとして、私は先に本題を国王二人に訴えてかける。



「御察しの通りです。全ては私の軽率な行動によるものです。それで、お願いと申しますのは…」


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