32.騎士たり得る者は嘆く。
十三歳になってからは、畑仕事も一年通してでも板についてきてこのまま農夫かなと少しずつ思えるようにもなってきた。
親父も、未だにしつこく言ってはくるが「お前が本当にその道に行きたいと言うのならば止めはしない」とも言うようになってきた。
自分に言い聞かせるように、親父へ騎士なんざくだらねぇ、あんな我儘姫様が女王になっても命かけて守るなんざ恥でしかねぇ、俺らの税金の無駄だ、あんなのになっても死ぬのが落ちだ、ただの兵隊だろと俺が罵っても親父は握った拳を俺に振ろうとはしなかった。
親父にも諦められて
俺にも諦めてられて
本当に俺はクソ以下の人間だと痛感する。
なりたい、なりたいと呻きながら
何も言わず、
何も努力せず、
何もしようとしない。
親父にとっても恥ずかしい、出来損ないのクズだ。
いっそ、このまま死んじまえばいいのに。
何度もそんなことを思えば、その度に胸の奥から小さく「どうせ死ぬなら騎士になって死にたかった」という俺がいて、打ち消すように鍬を畑に突き刺した。
「急げ‼︎騎士団長に急ぎ救援を‼︎」
「時間がない‼︎早く騎士団長を、新兵を助けに‼︎」
喧しい蹄と、叫び声が大量に畑の前を通り過ぎていく。
気になって思わず目をやると騎士団だった。
あの騎士の団服をみるだけで胸が痛くなる。
凄まじい数の騎士団が馬に乗り、過ぎ去った。口々に「騎士団長を」「応援に」と叫びながら。
「親父が…?」
そして、この日を境に俺の人生が大きく変わることになる。
……
騎士団の作戦会議室。
昔、ガキの頃に親父とクラークが見学に連れてきてくれた。
いつかお前もここで、と誇らしげに語る親父の顔を思い出す。
親父の身内だと話すと、門番は何やら意味有りげな表情をして中にいれてくれた。
懐かしい。
まさか、もう二度と来るはずが無いと思ったここに来ることになるとは思わなかった。
だか、どうしても騎士達のさっきの言葉が頭を離れない。お袋には嘘をついてでてきちまったし、適当に確認できたらすぐ帰らねぇと。
そう思いながら騎士団の作戦会議室の扉を開いた時だった。
ざわざわという声ばっかで、騎士団全員が浮かび上がる映像に釘付けになって俺が入ってきたことにすら気づかない。
騎士達と一緒に映像へ目をやると、そこに映っていたのは親父だった。
『残念だが私はここまでのようだ。私のあとは頼んだぞ、クラーク。そろそろこちらからの攻撃が止んだことで奇襲者が何人かは降りてくるだろう。私は最期まで騎士としてー…』
「なんだよ…それ…。」
思わず、声が漏れた。
親父が、あの親父が、何で…
「ここまで」だと、「最期」だと話している。
意味がわからなかった。
騎士達に身構えられ、クラークがそれを止め、ふらふらと俺は現実かを確かめるように親父の映像へ近づく。
『お前…‼︎何故そこにいる』
映像の中の親父は珍しく驚いていて、でもそんなことがどうでも良くなるくらい、俺にはさっきの親父の言葉が信じられなくて。
騎士団が畑を通り過ぎた、なんだこのザマは、ふざけんなといくら叫んでも親父は何も言い返しては来なかった。
いやだ、いやだ、親父がなんで、こんなところで死ぬなんて
「立てクソ親父‼︎さっさと帰ってお袋に千回詫びやがれッ‼︎」
そう叫ぶとやっと親父が口を開いた。
『すまない…それは不可能だ。私はここで騎士として死ぬ。せめて…お前にもう一度また稽古を』
「騎士の稽古なんざいらねぇ‼︎俺は騎士になんざ絶対ならねぇって言っただろうが‼︎」
まるでこれが最期みたいに言う親父の言葉を拒みたくて必死に叫ぶ。
騎士なんざならねぇ、稽古なんてやらねぇ、アンタが、アンタさえ生きてくれりゃあそれで良い。
下を俯き、必死に現実から目をそらす。
いやだ、親父が死ぬなんていやだ。
『そう…か。…お前の人生だ。以前話した通り、お前が騎士を目指さぬことを強く止めるつもりはもうはない。ただ、私が…私の部下や仲間達が命をかけて務める〝騎士〟の在り方についてお前にも知って欲しかった。…父として。』
それでも俺に語る親父の声は、今までに聞いたことがないくらい辛そうで、悲しそうな声だった。その声が堪らなく、俯いたまま黙り込むと、今度は親父じゃない奴らの声が聞こえてきた。
『とうとう弾が尽きたようだなぁ?手間取らせやがって‼︎』
顔を上げれば、恐らく親父達を襲っている奴らだろう。ゴロツキみてぇな連中が寄ってたかって親父を取り囲む。
その途端、クラークが通信を切らせた。
「おいクラーク‼︎何をっ…」
「敵の情報を我々は必要だが、こちらからは一切渡す訳にはいかない。」
掴みかかろうとする俺にクラークは冷たく言い放つ。
嘘だろ?クラークは親父の親友で、昔からのダチで…それなのになんで、なんでそんなに冷静にいられるんだよ⁈
そう思い、クラークを睨むと静かに握る拳が震え、血が滲んでいた。
なんで…
ゴロツキ共が親父を笑う。
足がハマって動けないのかと、間抜けだと。
騎士団長の、俺の親父を馬鹿にする。
なのに親父は気にしないように俺たちへ背中を向けて言う。
『この先には未来ある新兵達がいる。応援が来るまで手出しさせるつもりは無い。』
いま、アンタはそれどころじゃねぇだろ?
逃げられねぇんだろ?動けねぇんだろ?
なんでそんな何でもないようにしていられんだ‼︎
『だから見ていろ、我が息子よ。騎士としての父の…最期の生き様を‼︎』
その言葉と同時に親父が剣を振るう。
産まれて初めて見る、戦う親父の背中だった。
鮮やかで、力強い、一瞬の迷いも無い。
ガキの頃から俺が夢みてきた親父の背中だ。
俺は、あの背中に並び、戦いたかった。
なのに、俺はいま何をしている?
こんなところで、何もできず、ただ見ているだけしかできない。
親父の相手は多く、途中束になって飛びかかられるとすぐに親父は押され始めた。
親父一人に剣を向け、銃を向け、殺そうという意思がここまで伝わってくる。
親父が、殺される。
気がつけば叫んでいた。
「ふざけるなクソ親父‼︎死ぬなんざ俺は認めてねぇぞ‼︎テメェらこのゴロツキ共!親父に手を出すンじゃねぇ‼︎テメェら全員殺してやる‼︎止めろ!止めろ止めろ止めろ止めろォぉおおおおおおおお‼︎」
自分でも何を言っているかわからない。
ただ馬鹿みてぇに叫ぶことしかできず、頭がおかしくなりそうだった。
俺はまだ、親父になにも言えてない。
本音も、何も。
失望されて、呆れられて、諦められて、見放されて。
なのに親父は最期、俺に見てろと言った。
違う、俺は見てるだけなのは嫌なんだ
騎士として一緒に戦いたかったんだ
でも、もう伝えられない。何も。
呆然と、親父か殺されていくのを見ることしかできない。
これは何か悪い夢だろうか、今朝みた夢もこんな感じだっただろうかと次第に現実感が薄れていく。
己の無力さだけが、ただただ殺したくなるほど恨めしい。
パンッ
乾いた音でまた頭が現実に戻ってきた。
親父の足が撃ち抜かれた。
膝をついた親父に銃ならきくぞと言葉が浴びせられる。
訳もわからず叫びながら親父に手を伸ばすと、手は親父を擦り抜け、そのまま身体ごと映像の向こうへと崩れ落ちた。
届かない…
腕一本すら…俺は、何も、何も何も何も‼︎
「ああああああああああああああぁああああああああああ‼︎‼︎」
拳を床に叩きつけ、叫ぶ。
振り返り、目の前にはあれほどに憧れた騎士の格好をした奴らが何人もいた。
「誰かっ…助けろよ親父を‼︎‼︎アンタらの団長なんだろ⁈俺なんざと違って特別なっ…特別な存在なんだろぉ⁈」
親父は特別だ。
俺みたいなクズと違って騎士として最高の特殊能力も力も器もある。選ばれた人間だ。
なのに、なんで俺がこんなところで生きて、
選ばれた親父があんな奴らに殺されなくちゃならねぇんだ?
「なら助けろよ親父を‼︎なんで、こんなに騎士が沢山いて誰一人、誰一人もっ…なんで誰も親父を助けられねぇんだ⁈」
誰か、誰か助けてくれ
俺なんかを身代わりにしても良い
まだ何も言えてない
何も返せていない
俺にできることならなんでもする
だから助けてくれよ
俺の、大事な家族を‼︎
なのに、騎士達は誰一人動かなかった。
俺と同じで、ただ映像の親父を見つめることしかできない。
俺がなりたくてなりたくて堪らなかった騎士は、親父一人助けることすらできなかった。
視界が、暗くなる。
身体がまた脱力して、だんだんと動けなくなる。
もう…誰も、どうにもならな
「大丈夫よ。」
パンっ
誰かに突然肩を叩かれる。
大丈夫、という言葉とその格好があまりにもこの場には不相応で、顔を上げた俺はまた幻でもみているのかと思った。
真っ赤に波立つ髪をなびかせた、俺よりガキの小さな少女。
「私の国の民は誰一人、不幸にさせない」
不釣り合いな剣を抜き、目の前で豪華なドレスを切り裂く。
何が起こっているのか、これが現実か何かもわからない。ただ、そのガキはここにいる騎士の誰もが言わなかった言葉を口に出す。
「私を、あの戦場に‼︎」
剣を掲げ、叫ぶその姿はまるで俺が焦がれた騎士の姿その者だった。
親父の背中が、重なった。




