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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
冒瀆王女と戦争
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309.冒瀆王女は任す。


「ッ姉君!ご無事ですか⁈」


最初に駆けつけてくれたのはステイルだった。

瞬間移動で突然現れてくれ、すごい急いでくれたらしく息をかなり切らせていた。額の汗を湿らせて、私と目が合った途端にほっと息をついた。


「ステイル!…良かった、無事だったのね。」

私も元気そうなステイルの姿にひと息つく。

怪我もしていないようだし、本当に良かった。同行していた騎士達はと聞けば、入城までは一緒だったけれどそこから一足先に私の元に駆けつけてくれたらしい。騎士も全員死者は出ていないと言ってくれて、思わずソファーに身を沈めた。まだ被害の全体はわからないけれど、それでも喜ばしいことだ。

そこまで思って、ステイルを見上げると何やら物言いたげな表情をしていた。きっと、まだ帰ってこないティアラやアーサー達が心配なのだろう。私は「怪我はないの?」と尋ねると「ええ、俺は。…大丈夫です」と少し表情を曇らせた。


「…ステイル、ちょっと。」

ティアラ達に怪我がないか心配な気持ちは私も痛いほどよくわかる。ステイルを指先でチョイチョイと手招きすると、ステイルは何か耳打ちするつもりだと思ったのか座っている私に腰を曲げて顔を近づけてくれた。私は少しソファーから身を乗り出し、そのまま


ステイルを抱き締めた。


腕を回し、ステイルを掴まえるとボスンッと着地するようにソファーに体重を預ける。ステイルも不意打ちだったせいか無抵抗に私の方へ一緒に倒れ込んだ。二人分の体重を一方向から受けたせいでソファーが倒れかかり、背後にいたアラン隊長とカラム隊長が急いで支えてくれた。ステイルから慌てたように「プラッ…あ、姉君⁈」と声が聞こえたけど、我慢できずそのまま腕に力を込める。


「無事で良かったぁ…!」


思わず声が漏れる。ステイルの身体を抱き締めた途端、鎧越しの感触に本当にステイルが無事帰ってきたのだと思って嬉しくなった。私の代わりにサーシス王国の南部に行ってくれたステイルがもし怪我なんてしたら耐えられない。

鎧に覆われた胸板に額を当て、もう一度深呼吸する。すると、そっと柔らかく私の髪が揺らされた。指ですく感触に、ステイルが私の髪を撫でてくれているのだとわかった。予想外の感触に身を硬くすると、最後に私の頭をそっと押さえるように彼の掌に力を込められた。


「…………良かった。」


ぽそっ、と息を吐くような微かな声が聞こえた。

何だろうと思い、手の力を緩める。するとステイルはゆっくりとソファーから身を起こし、私から離れた。距離が空きステイルの顔を覗けば私の腕の力が苦しかったのか、少し頬を赤らめた顔の瞳が優しく笑んでいた。


「…姉君が、お変わりなくて安心しました。」

守って下さりありがとうございます、と笑んだステイルがそのまま私の背後にいる近衛二人にお礼を言ってくれた。二人から言葉の返事はなかったけれど、背中越しでも頭を下げた仕草をしたのだけは伝わった。

二人から視線をゆっくり外した後、ステイルは私の方へ目を向けた。いつの間にか見慣れた柔らかいその表情を正面に受けて、私からも笑みを返せば、手を伸ばしてステイルがそっと私の足を撫でてくれた。

包帯を巻いた私の脹脛を避け、鎧越しの太腿の部分をさするようにしてくれた。触れるかどうかくらいの微かな触れ方で、…すごく優しかった。


「…これで、やっと休んで貰える。」


触れたまま、ここに痛みはと尋ねてくれる。全然、と私が首を振れば今度はほっとしたように笑んだ。それだけで、ずっとステイルが私のことを案じてくれていたことが伝わって、胸がぎゅっと締め付けられた。そのままステイルは私の背中をさするように手を置き






「もう遠慮はしませんから。」






…突然、少し悪い笑みを浮かべた。

え。と声が漏れて、言葉を返そうとするより先にステイルが一息で私の膝下と背中に腕を回して抱えるようにして持ち上げた。

え、へ⁈ステイル!と声を上げたかったのに、驚きであわあわと口が開いたまま動かない。状況が理解できずに辺りをぐるぐる見回すとアラン隊長とカラム隊長も驚いたように目を丸くしていた。第一王子相手に無理矢理私を回収することもできず、必死に言葉を選んでいるようだった。その間にもステイルは近くの衛兵に休める個室はないかと尋ねて話を進めていた。


「待ってステイル!まだ皆帰ってきてないし!挨拶とか労いもあるし、まだ私一人部屋に行く訳には」

「後は俺が代理でやります。鎧を着込むだけでも疲れるでしょう。早く脱いでベッドで楽な格好で休んで下さい。」

容赦ない。腕の中で暴れることもできずに騒ぐだけの私を抱えて、ステイルは衛兵に案内されるままにスタスタと歩いていく。背後をアラン隊長とカラム隊長が付いてきてくれるけど、未だにステイルの行動に唖然としている様子だった。「いえ、でも‼︎」と私が声を再びあげると、ピタリ。とステイルが立ち止まって私を見た。わかってくれたのかと思って、ステイルを見つめ直すと今度は若干怒ったような迫力ある瞳で私を覗き込んできた。


「姉君がどうしてもと仰られるなら〝弟〟の俺が、着替えを手伝っても宜しいのですが。」


瞬間移動を使えば早いですから。と言われ、一気に血の気が引く。流石に弟に鎧だけを瞬間移動で引っぺがされるのは御免被りたい。

明らかに動きが止まった私を見て、ステイルが小さく噴き出した。ふふっ…と笑われ、すごく情け無い気分で恥ずかしくなる。


「部屋に着いたらすぐにロッテとマリーを連れてきます。姉君も専属侍女の二人の方が安心でしょう。」

いや着替えの為にわざわざフリージアから連れてくるのはちょっと…と思ったけれど、これ以上ゴネたら今度はフリージアに強制送還されそうなので黙る。

客人用の部屋に案内され、中に入ると椅子に座らせてもらう。なんかもう恥ずかしくて死にそうだ。自分の手を自分で力の限り握って俯くけど、もう顔が熱いのがよくわかる。言葉が出ず、では今からロッテとマリーをと続けるステイルを口を結んで見返すことしかできない。すると、…何故か目があった途端にステイルの顔まで真っ赤になった。


「〜〜〜〜っっ…申、し訳ありませ…ん…。熱が入り、過ぎ…ました。」

眼鏡を押さえたまま顔ごと押さえるように固まるステイルにそのまま逸らされる。当然だ、弟にお姫様抱っこされる王女なんて歴代でも殆どいないだろう。やっぱりステイルも冷静を保ってくれていたけど本当は恥ずかしかったのだろう。私から顔を逸らした後、ぼそぼそと「俺は何を」「着替っ…」と呟いていた。よくは聞こえないけど、駄目姉を前に腹黒策士モードになってしまったのに戸惑っているのかもしれない。


「…ステイル。」

何だか狼狽えてしまっているステイルを見ると逆に落ち着いてしまう。私が椅子に掛けたまま名前を呼ぶと慌てたように「プライド!申し訳ありません、先程のは失言で」と早口で返そうとしてくれた。


「ありがとう。」


ぴたっ、とまたステイルの言葉と動きが止まる。赤い顔を正面から向けてくれて、口を小さく開けたままだった。


「心配してくれてすごく、…すごく嬉しいわ。本当に任せちゃって良い?」

本来なら終戦後も騎士への労いや全体への挨拶、他にも後始末とか色々あるし未だ鎧を着て全体の士気を高めたり引き締め続けなければいけない。足が動かせなくても椅子に座れば人前には立てるし、多少無理をすれば片足で立てる気はする。でも、ステイル達が凄く私を案じてくれていたのがよくわかるから。

自分への情けなさで苦笑しながらお願いする私に、ステイルがすごい勢いで「勿論です!」と返してくれた。もう一度お礼を言って、ちゃんと休むという意思表示を込めて羽織っていた団服を脱ごうとすると、カラム隊長がまるで執事みたいな丁寧な手つきで脱ぐのを手伝ってくれた。脱ぎ終えたドロドロの団服を回収してもらい、椅子に座りなおす。


「侍女を呼んだ後は、ティアラ達のことも心配ですし、一度騎士達と城下に向かいます。」

あと、レオン王子とヴァルにも。と続けてくれて私もそれに頷く。ステイルなら瞬間移動で直接彼らに会って知らせることができる。レオンとヴァルは終戦の合図も知らないし、早く教えてあげないと。

何かあれば合図を、と念を押してくれるステイルにお礼を伝えると、今度は少し悩んだようにさっきいた本陣がある部屋の方へと振り返った。


「ヨアン国王陛下は…。」


ステイルが現れた後も、ヨアン国王は気付かないように未だ祈りに没頭していた。

最初みたいな震えは止まっていたけれど、まるで気を失ったみたいに硬直したまま動かなかった。多分いまも私達の退室にすら気付いていないだろう。私と終結を待ち続けている間は手を組むだけで一度も祈らなかった理由が、それだけでもよくわかった。ただ、傍についている兵士達の様子から見ても、完全に意識が飛んだわけでもなさそうだった。

一言挨拶しに戻るべきか悩んでいるであろうステイルに「大丈夫」と私から答える。

何かあれば私からお詫びしようと思いながら、先にティアラ達のもとへとお願いする。城の衛兵にヨアン国王の祈りが終わったら私がここに移動したことを伝えて欲しいと伝言をお願いした。戦が終わった今、あの祈りを邪魔したくはない。きっと、ずっと祈りたい気持ちを耐え続けていたのだろうから。


「では、すぐ戻ります。ゆっくり休んで下さい。…あとは、俺達にお任せを。」



ステイルの優しい笑みが、瞬間移動する瞬間までずっと私に向けられた。


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