307.義弟は叫ぶ。
「慌てる必要はない‼︎難を感じたらすぐに後衛と代われ!壁の外には引き込まれるな!」
サーシス王国、南方。
小爆弾と煙弾攻撃をひと段落終えたステイルは、再び騎士と共に南方の前線に戻ってきていた。彼が瞬間移動で一度様子を見に来た時には、既に騎士隊は溢れ返っていた筈の敵兵を国外まで押し返していた。
今は馬の上から改めて指示を飛ばすステイルだが、もう殆ど勝負は決していた。破壊された国壁部分からの侵攻を押さえるだけの為、守る範囲もかなり狭められている。
もともと小隊だった騎士隊の、更に前衛の騎士達だけでも防衛が済んでしまっているのが現状だった。…その時。
ー ガラァンッ…ァン…ガラァン…
遠い鐘の音が、うっすらとステイル達の耳に響き渡った。後衛の騎士やステイルが振り返り、チャイネンシス王国の方角へ目を向ける。終戦の合図を知っていた騎士達が口々に「これはっ…」「騎士団長…‼︎」と呟き始めた。敗北と勝利で、鐘の鳴らし方は事前に決まっている。そして、この鳴らし方は間違いなく。
「ッ咆哮し知らしめろ‼︎我が軍の勝利だ‼︎‼︎」
ステイルの叫び声の直後、士気を上げた騎士達の咆哮が地を震わせた。壁の向こうまで慄わすほどの声に、早くも敗戦を悟った壁間際の敵兵には惑いが生じた。
「…どうせ、背後は既に侵攻どころではないだろうが。」
ぼそり、と小さく呟いたステイルの声は誰にも届かず宙に消えた。
…
壁の外では煙幕が晴れ始め、敵兵達がやっと現状を理解し始めていた。
運良く生き残っていた後衛の兵士達は息を飲む。前衛以上に被害の多い周囲と、更には指揮官以外自分達の指示者が殆ど死んでいる現状に。爆撃の被害ではない、明らかに〝内側〟からの攻撃だ。骸と化した兵士達は誰もが刺されたかのように血を吹き出して倒れていた。
煙が晴れたことに安堵した指揮官が、やっと立場を取り戻したかのように「今だ‼︎とっとと雪崩れ込めぇ‼︎」と声を荒げたが、直後にまた喉を干上がらせた。
未だ形勢は逆転されたままだった、事実に。
自分の味方である部下の兵士は殆ど死んでいた。更に、誰が刺したか殺したかもわからない現状で奴隷達だけが多く生き残っている。…そしてその誰もが自分へ向けた眼差しは今までの恐怖と服従ではなかった。「今なら、殺れる」と殺意と憎しみだけが強く向けられていた。
部下達もすぐにそれに気づき、反射的に武器を奴隷達へと構えた。今や数の暴力の脅威に襲われているのはハナズオ連合王国達ではなく、自分達であることを理解して。
自国の敗北を知った前衛が無駄に数を減らすことに惑いを感じ始める中、後衛では新たな反乱が起ころうとしていた。
煙など必要ない。今や奴隷達全員でたった数人の指揮官達の口さえ塞いでしまえば、証言者などいないのだから。
そうすれば、自由だ。
一歩、一歩と進んでいく。蟻の軍団が自分達より大きな虫を襲うように、確実に。
じりじりと数の暴力で詰め寄る兵士だった奴隷達相手に、彼らの逃げ場は既になかった。
「あと少しです‼︎皆で我らがプライド第一王女のもとへと帰りましょう!」
壁の内側から敢えて明るい声で放つステイルの言葉に、騎士の誰もが咆哮のまま答えた。
隷属と忠誠。
その二つが壁を隔て、対照的な結末を迎えていた。