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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
外道王女と騎士団
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31.騎士たり得る者は絶望に囚われる。


「やめろ!テメェら親父に手を出すな‼︎」


喉が、…裂ける。


…ここは、どこだ?


目の前で親父が、映像の向こうで男達に囲まれている。

新兵の元へは行かせないと、そう叫び一人で何人もの男に銃を向けられている。


…そうだ、俺は騎士団の作戦会議室に来て…


もう何度叫んだだろうか。

応援はいつまで経っても来ない。

先行部隊が遅い。

もう親父は何十分も前から武器の尽きた状況で一人で戦っていると、クラークが言っていた。

俺が来た時にはもう親父は奇襲者と混戦していてこちらからの通信は切られていた。

親父は、既にボロボロだ。

身体に風穴が空き過ぎて、騎士団の真っ白な団服が真っ赤だった。いつも誇らしげに着ていた、俺の憧れの服だ。


「あと少しだ、あと少しで先行部隊が…」


『あぁ、女王命令よ。先行部隊は全員崖上に配備しなさい。』


後ろの映像から女の声がする。

誰だ…?顔がぼやけてよく見えない。


「それではロデリックや新兵達はっ…」

『そんなの崖上の連中を殺してからで良いじゃない。それとも女王の私の命令に歯向かうの?副団長。』


ふざけるな、親父が既に死にかけているんだぞ⁉︎こんなズタボロなのに、目玉ついてんのか⁈親父はもう、声すらまともにでてねぇじゃねぇか…!


思わず叫び出しそうな俺を、クラークが押さえる。畏まりました、という手が震えていた。


それでも先行部隊が崖上に到着したと、戦闘を開始したと聞いてほっとした。早く、早く、そいつらを倒して親父を助けに…


『なっ⁈崖がっ…』

突然、親父が掠れた声で叫び出す。

映像が、ぶれる。いや、あっちの崖周辺が地響きで揺れていた。

先行部隊が、奇襲者の奴らが、全員崖上から瓦礫と一緒に降ってくる。

親父の周りの奴らも逃げるがすぐに瓦礫の下敷きになっていた。

「ばっ…逃げろ親父‼︎」

叫ぶ、叫び過ぎで喉から血が出た。

通信を切られて声が届かないのはわかってる。それでも叫ばずにはいられなかった。

だが、親父は動けず逃げられない。

瓦礫が降ってくる中、必死に後ろにいるであろう新兵に撤退を叫んでいるがそれ以上の音量で瓦礫の音と、悲鳴や阿鼻叫喚が響いた。

新兵も、瓦礫に潰されて死んでいる。

それでも親父は叫ぶ。

もうズタボロで声を出すのもやっとのくせに、ずっとずっと逃げろと叫んでいる。

そして

「ッロデリック‼︎」

クラークが叫ぶ。

映像の親父が影に包まれた。何かが、降ってくる。

上を見上げ、気がついたような表情をする親父は最後に画面に向かって手を伸ばす。


『ックラーク!アーサーに伝え』


グシャっ、と。

画面が真っ暗になる直前、確かに親父の輪郭が崩れ、真っ赤な何かが跳ねたのを見た。


ああああああああああああああああああ


脳が状況を理解する前に、喉から声が張り上がる。もう嗄れたそれが、誰の声かすらわからない。

ロデリック、騎士団長、と騎士達の悲鳴が聞こえた。そう、親父が下敷きになったんだ。

今、俺の目の前で。


『今のが本当に〝傷無しの騎士〟?こんなことで死んじゃったの?騎士団長のくせに情けないわねぇ。』


映像の女が可笑しそうに話す。

振り返りたいのに、頭がおかしくなって動けない。ひたすら狂ったみてぇに叫ぶことしかできない。


「彼は‼︎…ロデリックはっ…騎士団長は‼︎新兵を逃がす為に最後まで戦い抜いたのです‼︎」

クラークの叫び声がする。

視界の隅に入ったクラークは泣いていた。

歯を食いしばって、それでも親父の死を必死に耐えている。


『ふーん、でもあんな死に方じゃ自慢にもならないじゃない。新兵もどうせ皆死んじゃったし。』


女の声に頭の中が真っ赤になる。

今すぐにでもこの女の息の根を止めてやりたい。


『まぁ、良かったじゃない。被害は新兵が殆どだから、また新しい騎士を募集すれば良いし、騎士団長が死んだなら次は貴方が騎士団長になれば良いでしょう?』


簡単ね、とつまらなそうに言う女の言葉に耳を疑う。


親父、テメェが誇った騎士ってのは…こんな掃いて捨てられるようなもんだったのか⁈


そのまま女は『今回のは愚かな騎士団長の責任ということで良いわ。ステイル、通信を切らせてちょうだい。』という言葉を最後に一方的に通信を切った。


〝お気の毒に。〟


そう、映像の女が俺を最初に見た時言った言葉を思い出した。

知っていたのか、アイツは?

親父がこんな死に方をすることを既に。


ふざけるな

親父が、騎士が死んだんだぞ⁈

なんで、なんで何も出ねぇ⁈

あんなに必死に、部下の為に戦ったのに

なんで、親父があんな死に方をしなきゃなんねぇんだ‼︎なんであんな言われ方をっ…


お前は騎士になれる、と何度も聞いた親父の言葉を思い出す。


なれる訳がねぇだろ…俺なんざが‼︎


全身が脱力し、ゆらゆらと辺りを見回す。


泣いている、全員が。

親父の名を、そして俺も知らねぇ新兵の名を。

叫び、呟き、嘆き、項垂れ、泣いている。

俺には、何もできない。

クラーク…

アイツだけが泣きながら、それでももがくように必死に騎士達に叫んでる。

今すぐ救援を、一人でも生き残りがないか確認を、親父の死を無駄にするなと。


俺は親父に、何も言えなかった。

何も伝えられず、最期まで落胆させることしかできなかった。


もう、俺が親父にできることは何もない。


このままで良いのか?

親父が、騎士があんなに死んで

あの女は何も感じねぇで…!


だが、騎士ですらない俺はもう、遠目ですらあの女に会うこともできねぇだろう。


ふざけるな…‼︎


親父に、何ができる?

どうやれば、あの女に問いただせる?

どうすれば…!


俺みたいな出来損ないのクズが騎士なんざになれる訳がない。

でも…俺じゃなく、親父だったら…‼︎


なってやる…騎士に…‼︎

親父の無念を、仇を…‼︎

俺が、親父になる!

己を殺せ、個を殺せ

俺という存在を全部殺して

親父になりきれ…‼︎

親父のように、親父みたいにやれば、きっとなれる。

親父ほどの騎士なんざは無理だが、真似ならできる。

ずっと、ずっとあの背中を見てきたんだ。


成り上がってやる…騎士に‼︎

偽物の出来損ないでもかまわねぇ…親父のように鍛え、振る舞えば俺もきっとあそこへ行ける…!


あの女を…

騎士としての親父の死を汚した、あの女を…


絶対にこの手で裁いてやる…!





その為に、俺はっ…‼︎





「アーサー!もう起きたの?相変わらず早いわね。」


アーサー・ベレスフォード。

親父とお袋がくれた、俺の名前だ。


料理の下ごしらえを済ませたお袋が部屋から出てきた俺に声を掛けてくる。

「あー…覚えてねぇけどなんか変な夢みたみてぇ、…目覚め最悪だ。」

気がついたら床を殴りつけて目が覚めた。

どんな夢か思い出せないが、目には涙が伝っていて、胸糞悪い夢だったことだけはわかった。

お袋は爺さんの代からやっている小料理屋を営んでいた。

親父の稼ぎがあるから必要ねぇだろと言ったが、爺さんの代からやってたから愛着があるし、楽しくてやめられないと話していた。そして最後には「あの人が無事に帰ってくるまで落ち着かないから。」と必ず付け足す。

ロデリック・ベレスフォード。〝傷無しの騎士〟の異名を持つ親父は、幼い頃から俺の憧れだった。

ガキの頃は俺も親父みてぇな騎士になると何度息巻いていたことか。

騎士の団服に身を包み、馬をとばして剣を振るう。そんな親父の背中が俺の誇りでもあった。

親父がしてくれる稽古はどれもキツかったし、ガキ相手に大人気ねぇ厳しさだったけど騎士になる為にがんばれた。それに、稽古の後は必ず親父が褒めてくれるのも嬉しかった。

いつか俺も親父みてぇに。

そう俺自身、信じて疑わなかった。


だが、ある日気がついた。


俺には不可能だと。

親父は斬撃無効化の特殊能力者。

だからこそ傷無しという異名を持ち、その名の通り一太刀も親父は剣で傷をつけられることはない。

それに比べて、俺の能力はちっぽけだ。

作物を元気に育たせるだけの力。

ある日育て方を間違えたのか、萎びて腐蝕しだした裏の畑の作物が、俺が触れた途端に息を吹き返した。

ガキの頃、その時初めて自分の能力に気づいた時は親父と同じ特殊能力者なことが単純に嬉しかった。

話した時に親父もお袋も褒めてくれたし、喜んでくれた。

だが、他の連中の反応は違った。

それは残念だね、と。皆が口を揃えて言うんだ。

その時、やっと理解した。

親父と俺の特殊能力は全く違うものなのだと。

植物や作物を育てられるからといって、騎士になるのに何の役に立つのか。

別に俺の特殊能力は植物の成長を早めることも、操ることもできない。ただ、元気に育つ。それだけだ。

特殊能力者はこの国独自の存在だ。

そして、特殊能力を得た国民は神にその役目を与えられたのだと、啓示なのだと言う大人も少なくない。

この国の王位継承権を得られるのは、予知能力を得た王族だと定められているように。

この国で上層部になるには、珍しい特殊能力を持つことが必要不可欠なように。

この国で王国騎士団団長の親父が、斬撃無効化の特殊能力者であるように。


なら、作物を育てるしか能のない俺は、なんだ?


騎士の中には特殊能力者でない者の方が多い、気にすることはない。と親父は言っていた。

でも、俺があの時なりたかったのはただの騎士ではなくて、親父みたいな…そして親父以上に強い騎士だった。


いくら鍛えても、稽古を死ぬほどやっても、特殊能力は変えられない。


親父と俺の、絶対的な境界線。


最初は不貞腐れて、稽古をやめた。親父がいない間も毎日欠かさなかった鍛練もしなくなった。


親父の次に強くなれば、親父の息子なんだから騎士ぐらいにならきっと、騎士になれたらそれで良いじゃないかと。お袋の店に来た客に何度そう慰められただろう。


これから先、きっと親父の名は一生付いて回る。

そしてその度にきっと俺は、親父との差を思い知らされるのだろう。


身体がでかくなっていくにつれて、今度は親父とのその差が怖くなった。

どれだけ必死にやっても、きっとこの背中には追いつけない。


騎士にはならない、そうはっきり親父に言った時、理由を散々聞かれた。適当に答えて畑に行こうとしたら、親父に怒鳴られた。


「私以上になれぬからと諦めるのか?お前が騎士になりたかったのは単に親である私を超えるためか?」


今度は俺が怒鳴った。

クソ親父、テメェに俺の何がわかるんだと。

親父の言い分は最もだった。だからこそ、腹が立って仕方がなかった。

親父のその言葉で気がついてしまったからだ。


俺は、単に親父を超えたかったんじゃない。


親父とお袋を守りたかった。

親父と肩を並べる副団長のクラークが羨ましかった。

俺もでかくなったら、親父と背中を合わせて国の為に戦いたかった。


俺の目標は、憧れは親父だったから。


だからどんなに頑張っても親父みたいになれない現実が辛かった。


親父みたいに、国の為に戦って

親父みたいに、沢山の人を助けて

親父みたいに、大事な奴を守って

親父みたいに、強く、誇り高い騎士になりたかった…‼︎


今度はお袋に親父も一緒に怒鳴られて、俺一人畑に飛び出したその時、気付いてしまったことに一人で泣いた。




俺は、騎士になりたかったのだと。




…でも、もう遅い。


稽古も特訓もやらなくなって何年経っただろう。

騎士になれるのは一握りの人間だ。

新兵の募集がまず十四歳から。厳しい試験を通過しないといけない。

騎士になれるのは、新兵として訓練を受けて更に厳しい試験を突破した選ばれた者のみ。

だから親父は、俺がガキの頃から稽古をしてくれていた。騎士を目指す家の子供は少なくても十年は鍛錬を欠かさないと聞いた。それでも新兵になれない者が殆どだと。

今から十年やったとして…俺は何歳だ?そこから騎士になれるのは何年後だ?

早い奴は所帯を持っていてもおかしくない歳だ。

そんな歳で例え新兵になったとして…

最年少で騎士団長になった親父にとっちゃ良い恥晒しだ。


これ以上、親父の恥になるのは嫌だ。


親父の足元にも及ばない最低にクソな自分が、鏡をみるとツラだけは親父似の自分が映ってて。

それが恥ずかしくて、辛くて、髪を伸ばしてツラを隠すようになってから何年経った?

ずっと逃げるように家の裏の畑を耕すばかりの日々で、

もう、あんなに夢中になっていた剣の振り方も忘れた。

この特殊能力を生かせるなら、農夫になって生きていくのも悪くない。食うには困らない。

そう、何度自分に言い聞かせただろう。


もう、引き返せない。

親父にもお袋にも啖呵切っちまった。


今更、俺は騎士になれない。


こんな土まみれの手じゃ、あんな騎士の格好なんざ似合わない。


こんな細い身体じゃ、誰も守れない。


もう引き返せないと頭ではわかっているのに、気付いてしまってからは日に日に苛立ちが募っていった。

頭も身体もちゃんと諦めたふりしてくれてるのに、心だけが毎日叫ぶようにとぐろを巻いて俺の中で未練がましく唸っていた。


強くなりたい、騎士になりたいと。


親父が帰ってくる度に、本当になりたくないのか、諦めるなと。今からでも遅くない、もう一度稽古をと。そう言われる度に俺は怒鳴り散らした。

なりたい、なりたいと、そう叫びたいのを堪えて、それでも親父はいつまでも俺に諦めさせてはくれなかった。




そして、俺は十三歳になった。


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