303.騎士は届ける。
何度も、何度も願った。
あの人達みたいになりてぇと。
一人でどんな敵にも立ち向かって
護るために戦って
どんな相手にもその手を届かせて
許す強さも、立ち向かう強さも、背負う強さも、勝つ強さも。
俺が憧れる強さ、全部持ってるあの二人の英雄みたいに。
六年前。
あの人の、剣や銃や格闘術。その全てを駆使して戦う姿に憧れた。
届かない筈の相手にすら、無理矢理手を届かせるあの人に憧れた。
二年前。
鉄すら斬っちまう、あの人に憧れた。
更に磨きがかかった剣技に目を奪われた。
銃弾すら簡単に斬り弾いちまう、あの人に憧れた。
俺も、あの人みてぇにできたらと。今まで何千何万考えただろう。
父上が俺を庇った瞬間、願うように剣を伸ばした。
きっと、あの人ならこうして父上を助けられただろうとそんなことが過ぎりながら。
銃弾を剣で落とすなんて二年前までは考えたことも無かったし、プライド様の剣技を見ても自分が出来るとは思わなかった。
鉄を斬っちまうようなあの人だからこそできると思ったし、銃弾を斬るなんて練習のしようがなかった。
なのに。
本当に、あの一瞬だけだった。
父上に向かう銃口も引き金も、…弾も。信じられねぇくらいによく見えて。
今まで正面から直視したことのない銃弾が、こんなに目で追える速さなんだと初めて知った。
無我夢中で剣を振れば、信じられねぇくらい望む通りに俺の身体は動いてくれる。
二年前のプライド様の剣技を見なければ、こんな風に父上を助けられるなんて考えもしなかった。他でもない、俺にとって英雄の一人だったあの人が
『だって、アーサーは私の〝英雄〟だもの!』
俺に、くれた。
…
「ッ一気に突入するぞ‼︎陣形は乱すな!」
…駆ける。
「三番隊四番隊は前線を守れ‼︎一番隊二番隊はアーサーと騎士団長に続け‼︎」
剣を振り、敵を貫き、薙ぎ払う。
「突入する狙撃隊は馬を降りろ‼︎アーサーの背に溢れるな!」
一歩踏み出すだけで、敵兵が次から次へと湧き出てくる。それを纏めて斬り倒し、四方から来たと思えば背後から銃や剣で騎士が応戦してくれる。騎士団が一つの剣みてぇになって、敵兵の大群を貫いていく。
「全員で〝アーサー〟を援護しろ‼︎」
…その、先頭に俺がいる。
信じられねぇ、と自分でも思う。
目の前の敵兵の剣を受け、刃で押し切る前に足で蹴り飛ばす。すると背後から銃声が鳴って、蹴り飛ばした敵兵を誰かが撃ち抜いた。
敵兵の背後に隠れていた男が剣先を向けて俺の懐に飛び込んできた。今度は父上が手を伸ばし、素手で刃を掴んで剣ごと敵を自軍側へ引き寄せた。俺の背後へ過ぎた敵兵から「ぐあっ」と悲鳴が一回漏れた。
「来るぞ‼︎」
俺の背後で、先に父上が叫ぶ。敵兵の群れの一枚向こうで複数の銃口が覗いた。そのまま敵兵を斬り伏せると、とうとう銃を構えた狙撃隊が現れた。引き金に指を掛け、カチャリと音がした。俺は
一気に距離を詰めて剣を振るう。
パンッパンッ!パァン‼︎と、数発だけずれて発砲された。わざとか、単に腕がわりぃのか。その弾丸全てを俺は叩き落とす。俺に向かってくる弾だけじゃ背後に騎士達に届いちまうから、その全部。そのまま足を止めずに次の弾も叩き落しながら狙撃兵まで飛び込み、斬りつける。剣が届く距離まで近づいた時には顔を真っ青にした敵兵が、最後に赤く染まった。
「わかってるだろうが今はそれ以上私達から先行するな‼︎」
「わァってる‼︎」
父上の声に喉で答える。わかってる、今は俺が狙撃隊の攻撃を防がねぇといけねぇことぐらい。その為に俺は先行を買って出た。
左右から迫ってくる敵兵は、父上や一番二番隊の騎士がすぐに倒してくれるから、驚くぐらいに前だけに集中できる。
目の前の敵兵が全員相討ち覚悟みてぇに剣や槍を構えて突撃してきた。すると父上が前にでて、斬撃無効化の身体で全て弾いて、薙ぎ払うみてぇに剣を横一閃に振るった。敵兵が血を噴き、吹っ飛び、中には銃を出した奴がいたけど父上が剣で弾いてそのまま殴り飛ばした。一瞬、やっぱり父上が先行した方がと過ぎったけど、その後すぐにまた引いて「叩き落とせるのはお前だけだ」と言ってまた俺の背を叩いた。…考えがバレてた。
再び敵兵に向かって先行し、薙ぎ倒しながらひたすら駆ける。夢中になって結構全力で走っていることに気づいて、背後を少し振り返った途端「どうしたアーサー⁈アラン隊長はもっと速いぞ‼︎」と一番隊の騎士の先輩が楽しそうに声を上げてきた。置いてくるどころかまだまだ先輩達は余裕みたいで、流石だと改めて思う。
また、敵兵から狙撃隊が組まれる。急遽組んだのか、とうとうバラバラに銃口から火が噴いた。多分とっくに元々の狙撃隊は全滅したんだろう。変わらず全部剣で叩き落とす。やけになったのか、命中を確認するより先に何度も連発してくるから何度も剣を振るう。最後懐まで詰めた瞬間「化け物…‼︎」と斬り伏せる直前に叫ばれた。…あの人と同じ呼び名なら悪くない。
俺の剣が届く前に、目の前の敵兵が倒れることが増えた。背後の騎士が銃や特殊能力で応戦してくれている。俺も負けじと倒された敵兵の剣を拾っては前方に投げつけた。
駆けて、駆けて、駆けて、駆けて、駆けて。
もう本陣まで近いのか、爆弾を投げつけてくる兵が増えた。最初、背後の騎士の盾に隠れるか、剣で弾き飛ばそうか悩んだら、背後の騎士が特殊能力で放水した。ジュッ、と点火されてた火が消えて、湿気った爆弾がボトリと勢いを殺されたまま地に転がった。
「何をしている⁈数で押せ!押すんだ‼︎押せぇぇえ‼︎」
遠くから一際目立った声が聞こえてきた。多分あれが大将だ。姿はまだ見えねぇけど、声がする方向からしてもこのままで良さそうだ。
また狙撃隊…というより、大勢の兵士達が銃を構えて並んでた。横一列に広く並ばれて、これ以上進んだら俺を避けて後続の騎士まで狙われそうだから一度足を止める。パンッ!パァン‼︎と弾ける音と共に銃弾の嵐が俺に放たれた。
横振りで何発も銃弾を叩き払い、休み無くひたすら剣を振り続ける。弾は全部捉えられるけど、前に進めず歯を食い縛る。すると
「行け‼︎」
父上の合図で背後から騎士が数人飛び出した。
銃撃無効化の特殊能力者だ。銃撃の中、剣を片手に真っ直ぐ走り、俺が銃弾を叩き落としている間に銃を放つ敵兵を次々と斬り倒し、更には銃を奪って逆に兵士を何人も撃ち抜いた。
両端から順々に薙ぎ倒してくれて、人数が減ってきた頃合に再び俺は駆け出した。銃撃無効化の騎士も、そのまま俺の背後に戻らず並んで駆ける。
「俺達が銃撃を防げるのは自身だけだ。手を抜くなよ‼︎」
むしろ俺達の跳弾に気をつけろ、と並走しながら肩を叩かれた。はっきり声で返しながら、更に足に力を込める。
立ち塞がる敵兵を、斬って薙ぎ払って蹴り飛ばして撃ち抜いて貫いてまた斬って。…そして。
「…終わりだ。」
最後に、最奥で武装した兵士に守られた指揮官へと剣先を向け宣言する。
チャキ、チャキと指揮官を守る為の兵士が銃や剣を構えたけど、完全に後退って怖気づいてた。
その背後にいる大将らしき指揮官が、真っ赤にした顔や喉から血管を浮き立たせ、食いしばったり歯を剥き出しにして俺達を睨んだ。
護衛の兵士を銃撃無効化の騎士が突入して一気に制圧を完了させる。何度か兵士からの流れ弾が飛んできたけど、全部叩き落とした。突入した騎士が、敵兵から奪った銃をそのまま指揮官に突きつける。
銃口から逃れるみてぇに顔を仰け反らす大将が、周囲の兵士に守れと怒鳴ったけど既に騎士に包囲された後だ。大将を一番隊が取り囲み、他の騎士を挟んで背中合わせに二番隊が他の兵士へ向き直って牽制した。そして
騎士団長の父上が、前に出る。
先頭に立っていた俺の隣に、ゆっくり並ぶ。
「降伏しろ。コペランディ、アラタ、ラフレシアナ王国全軍の兵を引け。我らがフリージア王国の同盟国、ハナズオ連合王国から手を引かぬと言うのならば」
「殺せ。」
父上の言葉を最後まで聞かずに、大将が喉を張った。迷いなく、眼を血走らせながら父上を睨みつける。肩でゼェゼェと息を切らしながら、歯を剥き出しにして再びその口を開いた。
「国に戻り、処分されるくらいならばここで殺された方がマシだ。ただし、覚えておけ。」
ギリギリと歯を鳴らし、鼻の穴を膨らませた大将が次の瞬間、唾が飛ぶほど声を荒げて俺達へと叫び出した。
「貴様らは我々よりも無残な死が待っている‼︎いくら化け物大国であろうとも!ラジヤ帝国を敵に回した愚かな君主を恨み続けながら死ぬことになるだろう‼︎」
完全に負け惜しみにしか聞こえない叫びに、父上が静かに眉間に皺を寄せる。そのまま小さく息を吐き、剣を静かに構えた。
それでも大将は、騎士達の顔色が全く変わらないことも気にせずに顔中を汗で湿らせながら笑った。俺らに不快を感じさせようとするみてぇに、わざと歯ぐきまで見えるように口の両端を思い切り引き上げて。そして最後に告げる。
「貴様らは、植民地になることすら許されない。」
ニタァァァと、まるで勝ち誇ったように笑った大将はそのままおもむろに懐に手を伸ばした。武器を構えた騎士の制止も聞かず、服の中に手を入れた瞬間
パァンッ‼︎
乾いた音の直後。
俺が銃弾を叩き落とすのと、父上が大将を斬り伏せたのは殆ど同時だった。
ドサッ、と大将がその場に崩れ落ちた。父上が銃弾を叩き落としたままの体勢の俺に一度だけ目を向ける。更に無言のまま、今度は周囲の騎士達を一人ひとり見回した。そして
剣を高々と天へ掲げ、終戦と勝利をその場で宣言した。
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、と騎士達の雄叫びと鬨の声に俺も混ざる。
剣を振り上げ、国中に轟かせるみてぇに喉が裂けるほど声を張り上げた。その瞬間、俺達に詰め寄っていた兵士達からも戦意が消えた。ガチャ、ガタッ、ガタンと武器が落ちる音がそこら中から騎士の雄叫びに混ざって小さく聞こえた。
通信兵は報告の準備を、フリージア王国にも報告を、投降する兵士は全員捕らえろと咆哮の中から指示や声掛けが混ざり合い、父上が気を抜くなと各騎士隊に指示を飛ばす。そうして
戦争が、終結した。
「…やり、ました…、…プライド様…!……ッステイル…‼︎」
剣を鞘に戻さず握り締めたまま、何処へでもなく言葉が漏れた。
騎士達の咆哮にかき消されながら、俺も一人空を仰いで笑った。