そして駆ける。
「…………………………………でき、た…。」
ぽつり、とそれこそロデリックにしか聞こえない小さな声でアーサーは呟いた。
本人もどこか茫然と、信じられないような声色だった。驚きのあまり、放心状態になりかける彼を今度こそ背後の騎士達とロデリックが掴み、一度前線から引き下げた。代わりに前にでる騎士達が敵兵を薙ぎ倒し、更に銃撃兵へ斬り掛かった。
「おい!アーサーッ‼︎アーサー!」
一時的に安全を確保したアーサーを、ロデリックが両肩を掴み声を上げる。更に背後の七番隊の騎士達がロデリックやアーサーに怪我はないかと駆け寄った。ロデリックや騎士達の声を受け、アーサーは二秒ほど置いた後に瞬きを数度繰り返した。そのまま、視界が開けたかのように目の前のロデリックに向き直り
「…ッな、…にやってんすか!騎士団長‼︎‼︎」
…逆に、ロデリックに食って掛かった。
今にも胸ぐらを掴みそうな勢いで前のめり、鼻が当たりそうなほどロデリックに顔を近づけた。突然怒鳴られたことよりも、その切り返しに驚いたロデリックが今度は目を見開く。「なっ…⁈」と分からないように声を漏らすロデリックと明らかに怒った様子のアーサーに周りの騎士達も目を丸くした。とにかく、二人が無事なことだけ確認すると四番隊の騎士達に任せて他の騎士達は再び前線へと前に出る。
「なんで騎士団長が俺の前に出るンすか‼︎俺なんか庇って!騎士団長が撃たれたら元も子もねぇでしょう⁈」
父親と同じ色の瞳を碧から赤に染めながらアーサーが怒鳴る。騎士達や敵兵の怒号すら上塗りするような大声だった。
ロデリック自身、自分でも今の行動が正しくなかったのは自覚していた。だが、身体が勝手に動いた。本当にそうとしか言えない一瞬で、気がつけばアーサーの前に飛び出していた。
本来ならば、ロデリックの方がアーサーに前線で気を抜くなと、仲間がやられたならばその分は己が斬り進めと言いたかったぐらいだが、完全にアーサーの怒声にそれも出なくなってしまった。
逆に呆気に取られてしまったロデリックに、アーサーは歯を剥き出しにして怒ると「怪我はありません!前線に戻ります‼︎」と周囲の騎士達に声を上げ、立ち上がった。「おいアーサー!」とロデリックが思わず声を上げるが、既にアーサーは騎士達の間を縫うようにして最前線へ再び駆け上がっていた。ロデリックも続くように駆け上がり、ちょうど二人が最前線に戻った時は銃撃無効化の特殊能力者が狙撃隊を討ち終わり、前線から一度下がるところだった。
「アンタに死なれたらッ…俺らはどうすりゃァ良いンだよ⁈」
背後にロデリックが続いていることに気づいたアーサーが、唸るように声を上げる。振り返らずに、目の前の敵兵を睨みつけながら。
ザシュッ、と敵兵二人を一閃で横に斬り裂いたアーサーは、そのまま跳び上がる。斬られた敵兵が倒れるより先に更に奥の兵士の頭を蹴り飛ばし、弧を描くように身体を捻らせ更に斬り伏せる。
…もう、あんな想いはこりごりだ。
自分で叫びながらも六年前を思い出し、胸がギリギリと削られるように痛んだ。
ロデリックは、目の前の敵兵を一斬で斬り倒し、剣を振り上げた敵兵の腹を先に貫きながらアーサーの言葉に思わず顔を顰めた。まさか我が子に叱責を受けることになるとはと。そして何よりその言葉は尤もだった。
「騎士団長に死なれたら俺が困るンすよ‼︎」
同時に振り下ろしてくる敵兵の剣を二つは同時に剣で受け、一つはその腕を掴み上げ、もう一人は長い足で剣より先に蹴り飛ばした。
〝俺が困る〟と。どこか意味深なその言葉にロデリックは敵兵の剣を片手で受け、銃を構えた敵兵を先に撃ち抜きながら眉間に皺を寄せた。
自分の懐に飛び込んできた敵兵の腕を掴み上げ、そのまま敵兵の方にぶつけるように放り投げたら再び剣を構えて勢いよく彼らへと振り下ろした。
「ッ父上には‼︎‼︎」
今までで、一番大きなアーサーの声が放たれた。騎士達の前でありながら〝騎士団長〟ではなく〝父上〟と呼ぶアーサーにロデリックだけでなく、それを聞いた騎士達も驚かされた。
それにも気づいていないように、ただ前だけを見据え剣を振るい続けるアーサーがまた一歩、敵兵の前線を奥深く斬り込んでいく。伸ばした剣が届かない距離の敵を、転がった骸から拾った剣を投げて貫いた。一気に深く斬り込まれたことで敵兵の前線から連携が乱れていく。するとその機を逃すまいと騎士達はアーサーの後にすぐ続くように雪崩れ込んだ。
瞬間、再び敵の狙撃隊が兵士の背後から姿を見せた。「来ます‼︎」と再び騎士から声が上がったが、今回の敵兵の標的は目の前の騎士達でも、騎士団長のロデリックでもない。
誰よりも自軍の最前線を侵攻してきている、アーサーにだ。
だが、アーサーは下がる素振りを見せなかった。
寧ろ、望んで挑むかのように敵の狙撃隊に向かって真っ直ぐに駆け上がっていく。銃口が目に入っていないのか、それとも直前で避けられると思っているのか。背後の騎士達が声を上げた中、今度はロデリックは止めようとも追おうともしなかった。一歩下がり、自身が避ける為に足に力を込めながらアーサーの背中から目を離さない。そして次の瞬間、パァン‼︎と再び乾いた音がいくつも同時に鳴り響き
「父上にはっ…俺が、騎士団長になるのを見て貰わねぇと。」
キィィンッ。
…金属の音が、一度にいくつも響き渡った。
敵兵が撃った筈の銃弾は、ただの一つも騎士達に飛んでこなかった。
アーサーに怪我は、ない。直後、アーサーは剣を振った腕をそのままに目の前の狙撃兵を横一閃に切り裂いた。更に足で銃を蹴り払い、不意打ちを狙う敵兵の顔面を肘で返した。
撃った銃弾が消えてしまったのかと本気で考えてしまう敵兵や騎士もいた。だが、ロデリックや最前線にいた騎士は確かにその目で捉えた。
アーサーが、その剣で全ての弾丸を〝叩き落とした〟瞬間を。
剣で弾丸の軌道を推測して弾くのとは訳が違う。銃口が火を噴いてからの一瞬で、弾丸の一つひとつを〝狙って全て〟剣で叩き落としたのだ。地に叩き落とされた弾丸は全てひしゃげ、中には二つに分断されているものもあった。二年前の殲滅戦でプライドが披露したように彼は銃弾を全て見切り、その剣で捉え切ったのだ。
プライドとは違う、純然たる実力で。
ゲームで騎士団長の彼は、銃弾を叩き落とす場面など無い。
六年前からアーサーは瞬間移動の特殊能力を持つステイルを相手に、手合わせを続けてきた。ジルベールからは体術も学び、素手が届く至近距離の相手との攻防を身につけていた。
そしてロデリックやアラン、カラム、エリックといった優秀な騎士達とも頻繁に手合わせし、剣術を磨いてきた。
更には八番隊に所属後はハリソンからの奇襲も日課だった。正式な手合わせをすれば、時に高速の特殊能力を使用した上での戦闘もあった。
ステイルとジルベールにより培われた、瞬発力と素早さ。
ロデリック達により培われた、剣技。
ハリソンにより培われた、反射神経と動体視力。
その全てが、今を作り上げた。
銃の照準を合わせ、引き金が引かれるまでの時間は、ジルベールやアランから至近距離に繰り出される一撃よりも遅かった。
放たれた銃弾が迫ってくるまでの速さが、ハリソンの高速の足よりも遅かった。
銃弾が剣の射程距離内に入ったその一瞬が、ステイルの瞬間移動する一瞬よりも長かった。そして
彼の剣は銃弾を捉えるほどに速かった。
「…何度でも撃ってみろ。」
静かに、呟くようにアーサーから言葉が溢れた。
同時に、アーサーの周囲にいた兵士が彼の剣により一瞬でその首を飛ばした。
鮮血を放ち、髪を汚すアーサーは気づいてないかのようにただ前だけを見据えた。更に横から引き金を引こうとする音が聞こえ、銃を放とうとする手を止める。代わりに顔だけその兵士に向き直り、パンッ!と放たれた銃弾を一瞬で叩き落とした後、今度こそ腰の銃で兵士を逆に撃ち抜いた。
自分に斬りかかろうと振り上げた兵士の腕を掴んだまま捻り上げ、剣を奪うとそれを今度は自分の背後を狙う敵兵に振り向きざまに突き刺した。
貫いた敵兵をそのままに、一斉に放たれた銃弾を叩き落とした時のように一気に何閃にも剣を振るう。すると、敵兵の目にはアーサーの周りの兵士が突然身体を裂かれ、血を噴いたかのように見えた。
正面から飛び掛かってこようとする敵兵を、今度は下から顎を打ち上げるようにして意識を奪い、それから押し倒して背後の敵ごと将棋倒しに潰した。そして最後に別の方向から飛び出してきた敵兵へ跳び上がり、空中からその顔面に一度乗り上げると、蹴り飛ばす勢いのまま背後へと跳び上がり、宙で反転し、
元の、騎士の最前線まで着地した。
トンっ、と。軽い足取りで地面に足を着けるアーサーは混戦中の騎士達と共に前線の敵を薙ぎ倒し、再びロデリックの隣に並んだ。
敵兵の剣を受け取め、弾くと同時に己が剣で敵兵を貫いたロデリックは、刺さった敵兵をそのまま突き進み、更に奥にいる敵兵を貫き、最後に剣ごと振り薙ぎ払った。
変わらず敵兵を剣で圧倒しながらも、視界の端では一人先行し、敵兵を瞬く間の内に十人以上薙ぎ倒したアーサーが捉えられていた。
「…騎士団長。」
静かに、アーサーがロデリックに声をかける。騎士団長である彼に並び、共に敵兵を何人も掃討する剣や立ち回りに反し、その声だけは水を打ったように静かだった。
なんだ、と短く振り向かずにロデリックが応えると、次の瞬間アーサーから凄まじい覇気が漲ってきた。ビリビリと皮膚を震わすようなそれに、敵兵を斬り倒してから小さく振り返れば、敵陣を見据えた眼の中の蒼い焔が音を立てて燃えていた。
「…次で、一気に斬り込みます。」
はっきりとした、それは宣言に近かった。
既に剣を両手で握り、鋭く構えながら後脚で地面を踏みしめた。八番隊の騎士が独断専行で動くことはいつものことだ。だが、アーサーのそれは単なる報告ではなく、まだ何か言葉が残っているような言い回しだった。
ロデリックが考えを巡らせている間にも、アーサーは構えの姿勢から一歩も動かないまま、向かってくる敵兵だけを腕だけで薙ぎ倒していた。そして一人、また一人と斬り倒しながらアーサーは再び口を開く。
「兵も剣も弾も全部斬り進みます。」
その言葉に理解する。
アーサーは、もう狙撃隊相手にも足を止める気がないのだと。
もし、アーサーが先程のように一斉に放たれた銃撃を全て一人で叩き落とすことができるというのであれば。
「敵本陣最奥の、指揮官まで。…今度こそ。」
ギラリ、とアーサーの瞳が光る。
肉眼では捉えられない筈の、敵兵軍の最奥にいる大将である指揮官を睨み捉えているかのように。
そして数秒置いて彼は向き直り、笑った。それはニヤリ、と見覚えのある不敵な悪い笑みで。息を若干切らし、興奮を露わに歯を見せたまま彼は強く笑ってみせる。
「騎士団長も〝一緒に来るんすよね〟?」
どこか聞いた覚えのある台詞と共に。
ロデリックは当然覚えている。その台詞は、この最前線に彼が最初に現れた時放たれた言葉なのだから。
『その時は騎士団長も一緒に来ますか? 』
まだ、自分はできるんだぞと。…そう言っているかのようだった。
戦場に居ながら、何度も騎士団長である自分を驚かせ、そして恐ろしい早さで成長する我が子の姿が喜ばしく、ほんの僅かに腹立たしい。
だからこそ、ロデリックは再び言葉を返す。
「…誰に向かって言っているつもりだ。」
迫ってくる敵兵の剣を弾き、頭を鷲掴むと勢いよく膝に食い込ませて意識を奪う。ガンッと痛い音が響き、アーサーは一瞬自分が殴られたような感覚に襲われた。だが、そのまま敵兵を投げ飛ばしアーサーの方を向き直るロデリックは、間違いなく強く笑っていた。
今のアーサーと同じ、悪い不敵な笑みを。
「当然だろう。」
初めて見る、父親のその笑みに今度はアーサーが驚かされた。目を見開き、向かってくる敵兵を反射的に振り返らずに斬り倒す。父親と同じ蒼い目をまっすぐとロデリックへと向ける。
驚くアーサーへ、ロデリックは笑みをそのままに思い切り腕を振るった。
バンッ、と激しい衝突音がロデリックに叩かれたアーサーの背中から響いた。鎧越しでも強いその衝撃に背筋が伸びると、そのまま前へ前へとロデリックの腕から背中へ力が込められた。
「行け、アーサー・ベレスフォード。」
背に回された手の力が更に強まり、戦闘中にも関わらずロデリックはゆっくりとした言い聞かせるような口調でアーサーに言葉をかける。
騎士団長である父親の言葉に、意気込んだ筈の喉が鳴る。ごくり、と喉から胸に小さな振動が溶け込んだ。
アーサーの緊張を察したロデリックが、笑い、今度は軽くその背を叩く。それだけでふ、とアーサーから無駄な力が抜けた。
そして、最後に放たれた騎士団長からの言葉に、今度こそアーサーはその地面を強く蹴った。
「この私が、お前の背に続いてやる。」
不敵な笑いを含んだその声に、ロデリックの闘志がメラリと激しくアーサーに乗せられた。「はい‼︎‼︎」と腹から声を上げ、アーサーは鋭く駆け出した。
アーサー・ベレスフォード。
最年少副隊長でありながら、騎士団で五本の指に入る戦闘力を誇る騎士。
剣技一つに限れば彼は、既にどの騎士をも超えていた。
〝歴代〟騎士の、誰よりも。