302.騎士は足を止め、
「頭を狙え‼︎あれが騎士団長だ‼︎」
敵兵の怒号が響く。ヤケを起こしたと一目でわかるほど誰もが目の色を変えて騎士団長であるロデリックへ剣を、銃を、拳を構えて迫っていた。が、
「ッやらせっかよ‼︎」
怒号の中、対抗するようにアーサーが声を上げた。
地面を蹴り、まるで竜巻のように身体を捻らせ剣を周囲に振り放つ。一気に彼の着地点にいた敵兵が急所から血を噴いて仰け反り倒れた。
アーサーだけではない、ロデリックの周囲には常に一番隊と二番隊を始めとする騎士達が控え、剣を構えていた。誰一人として、兵士達に押されている騎士などいはしない。アーサーが次の敵兵を剣で受け、そのまま回し蹴りで吹っ飛ばすと同時に、他の騎士が銃でとどめを刺し、更に奥の敵兵へと足を踏み出した。
ロデリック、一番隊、二番隊、そしてアーサーは、前線の中でも最前線である先頭で敵兵を薙ぎ払い続けていた。
その最奥にいる、敵軍大将である指揮官へと辿り着く為に。
「ッやはり、数だけは多いです、ね‼︎」
アラン不在の中、副隊長として先頭に立つエリックの右手が間に合わず左手で敵兵を撃ち抜き、更に敵兵を貫いた。部下の騎士達と並びながら、更に一人また一人と無力化して声を上げる。ロデリックとアーサーを挟み、反対側を薙ぎ払う二番隊の騎士が「一番隊に負けるな‼︎」と強気の声を上げた。
「だが敵ではない!油断はするな‼︎投爆にも変わらず気を払え!」
声を荒げながら己に集中してくる敵兵の剣を一度に二本受け、弾き返した次の瞬間には更に畳み掛けようとしてくる敵兵の顔面に拳を叩き込む。
ロデリックの叫び声に、騎士達がまた雄叫びで答えた。剣を掲げる彼の後姿だけで騎士達の士気は常に上がり続けた。
敵を倒し、斬り伏し、薙ぎ払い、翼のように左右に広がる一番隊、二番隊。そしてその背後に控えながら援護を続ける他隊がその足を止めることはない。
時折来る、敵兵狙撃隊の一斉射撃以外は。
「ッ来ます‼︎」
最前の兵士の陰に隠れるように一斉に銃を構えた狙撃隊を、馬の上から確認した五番隊六番隊の騎士達が声を上げる。次の瞬間、照準を合わせられるより先に騎士達は盾を構え、跳ね、避けた。
パァン、という乾いた音がほぼ同時に複数鳴り響き、一つの大きな破裂音となって戦場に鳴り響く。
全て避けきる騎士達だが、この時だけは一時的に先駆ける足が止まる。代わりに、そのすぐ背後に控えていた数名の銃撃無効化の特殊能力者が前に出て、狙撃隊の懐まで飛び込んだ。一気に距離を詰め、簡易で編成された敵兵をその剣で斬り裂き無力化していく。たとえ連続の銃撃が彼らに直撃しようと弾は弾かれ、逆に跳弾が敵兵へと跳ね戻る。
先程から、何度も敵兵は狙撃部隊を編成しては前線の兵士の影に隠すようにしてぶつけてきていた。
更にその銃撃の多くは騎士団長であるロデリックに集中して放たれていた。騎士団長である立場からか、それとも彼に斬撃が効かないことを理解してかは騎士達にもわからない。だが、隠す様子もなく声高に宣言された騎士団長を狙う目論みに、騎士達は当然のことながら敵兵以上に殺気立った。一発すら許さないと言わんばかりにロデリックへの攻撃に意識を研ぎ澄ませ、銃撃の気配があれば彼の背後に控えた騎士達が盾を構え騎士団長を守るべく前に出た。
まるで他は全て捨て、不意打ちの銃撃のみに頼ったかのような敵の攻撃態勢に前線の騎士は馬を捨てた。もともと最初の爆撃で数が減っていた馬だが、今は五番隊六番隊の精鋭が跨り、後衛からの射撃援護に使われていた。
本来ならば騎士団長、隊長格が使うべきだが、敵の主力が銃撃の奇襲である今。最前で戦う騎士達にとって、狙撃されやすい高い位置に座すことになる馬は的になる危険と足枷でしかない。彼らはその足でならば銃撃を避けられ、中には銃撃を剣や盾で見切り受けることができる者もいるのだから。
「ッ狙撃、最初よか減ってきましたね‼︎」
あと少し!と隣からアーサーがエリック達へと声を上げた。
エリックは剣で脇腹を刺し貫いた敵兵を容赦なく首へ一閃を与え、その両脇の敵兵の首すら裂いて無力化した。
最初は頻繁に狙撃隊を組まれ、その度に足を止めたが組まれる度にその狙撃隊を銃撃無効化の特殊能力者が討ち倒していた為、段々と狙撃隊の人数自体が減っていた。このまま続ければ、最奥に辿り着くのと狙撃隊が尽きるのとどちらが先かの話になるだろう。
「油断するなと言われただろうアーサー!銃なんて下手なら誰でも撃てる‼︎」
気を抜くな!と敢えて厳しく言葉をアーサーにぶつけるエリックは彼から「はい!」という返事を聞きながら、自分の両脇にいるロデリックとアーサーの動きに一人舌を巻いた。
…本当に、凄いな。
右隣の騎士団長のロデリックは当然のこと、左隣のアーサー。この二人の戦い振りが同時に目に入るエリックは、敵兵の動きを細かく観察しながらも、二人の大立ち回りが何度も目に留まってしまった。そして、一番隊副隊長のエリックの目から見てもアーサーの立ち回りは騎士団長であるロデリックにすら引けを取ってはいなかった。寧ろ、反射神経や動きの素早さはアーサーの方が僅かに上回っているように見える時もあった。
『……………………剣なら負けねぇけど』
二週間近く前の、アーサーの言葉を思い出す。
彼の言葉は虚勢でも負け惜しみでもなく、間違いなく実力に裏付けされていた自信だったのだと確信する。
エリックも、アランもカラムも、アーサーが騎士団本隊入りしてから、時折実家だけでなく騎士団演習場でもロデリックと剣の手合わせをしているのは知っていた。だが勝敗までは知らず、敢えて聞きもしなかった。しかし、この立ち回りをみると、騎士団長相手に一本取ったことが一度や二度ではない可能性すらある。
敵兵が銃口を向けた瞬間、その手を撃ち抜きながらエリックは喉を鳴らした。目の前の敵兵ではなく隣にいるアーサーに。
その時、カチャリと再び引き金の音がした。だがエリックの視界の中にはそれらしき敵兵は見えない。自軍の騎士の武器の音かとも考えられたが、意識するより先に音がした方向へとエリックが振り返ると
ロデリックの足元に倒れ伏した筈の敵兵が。
声を上げるより先にエリックは無造作にロデリックの背を団服ごと掴んで引き寄せる。反動で自分が入れ替わるように前のめりに倒れ込み、ロデリックがアーサーの方へと仰け反った。
パァン!という銃声が二つ響き、彼らのすぐ後ろに控える騎士達が一瞬息を止めた。
一つは、エリックがロデリックと入れ替わると同時に撃ち抜いた敵兵の脳天に。
もう一つは、エリックの脇腹を赤く染めた。
「グっ…ァ…‼︎」
至近距離で撃たれた為、鎧を貫通してしまった。脇腹を押さえながら膝をつき、蹲るエリックに誰もが彼の名を叫び、声を上げた。
敵兵が倒れていた位置からして、止めを刺し損ねたのはロデリックか、二番隊の騎士か、それとも最初から死んだ振りをして紛れ、機会を窺っていたのかそれはわからない。
脇腹を押さえて血を滴らせるエリックの背後の騎士達が、彼を庇うべく一気に前進する。
エリックの代わりに最前線を受け負うように剣を敵兵へと振るい、背後の騎士達が急ぎエリックに応急処置をと駆け寄った。
エリックに庇われたロデリックは、歯を食いしばりながら体勢をすぐ立て直す。再び剣を取り、今は振り返ることなく敵兵を一閃に更に斬り倒し、次の敵が銃を構えれば先に撃ち抜き、今は陣形を崩さないことだけに神経を集中させる。すると、また敵兵の影から狙撃部隊が控えていた。「来ます‼︎」とまた背後から声が響き、ロデリックは避けようと地を踏みしめる足に力を込めた瞬間
隣にいる、アーサーの足が鈍っていることに気がついた。
─ 最年少副隊長、アーサー・ベレスフォード。
その実力は誰もが認め、最年少で本隊入りした彼は鍛錬を欠かさなかった。
騎士団の演習以外でもステイルを始めとするロデリックやジルベール、アラン、カラム、エリックと手合わせを続け、更には八番隊に所属後はハリソンからの奇襲も日課だった。
フリージア王国の騎士団は世界でもその強さは名高く知れ渡り、少なくともアーサーが騎士団に所属してからは一度も任務での死者が出た事はなかった。
それほどの騎士団で、アーサーは八番隊の副隊長を任された騎士だ。更に、副隊長としては最年少にもなる優秀な騎士だ。
騎士団にアーサーが入隊してから今まで死者が出なかったのは、怪我治療の特殊能力者の存在もあるがそれ以上に、騎士団本隊の凄まじき強靭さが際立つ要因だった。だからこそアーサーは
親しい騎士が、間近で傷を負い倒れるのを初めて見た。
傷を負った騎士は、今までも何度か居た。だが、目の前で騎士が撃たれるのは生まれて初めてだった。しかも、自分にとって親しい存在である騎士が。
自分の隣にいたエリックが、突然撃たれた。しかも、父親である騎士団長を庇って。自分が気づいたのはエリックがロデリックを自分の方へ引き倒した瞬間からだった。既にエリックが銃を敵に構え、そしてロデリックの背中が自分にぶつかるのと同時に銃声が鳴り響き、エリックが膝をついた。
頭の中の処理が付いて行かず、何とかロデリックや周りの騎士の対応に押されるように自分も敵兵に再び剣を振るったが、上手く身体が奮わない。反射的に敵兵を倒しはするが、頭が冷え切らないままだった。
…エリック副隊長が。…気づかなかった、父親、狙われたのに。エリック副隊長、腹から、すげぇ血が。
思考が、頭が先程の血に染まったエリックのことで止まってしまう。わかっている、あの傷ならば死ぬことはないと。背後には七番隊も控えている。緊急処置されてるのなら大丈夫だと。だが、それでもアーサーは未だ戦いながらも頭の整理がつかなかった。戦いの最中、背後から「来ます‼︎」と声が聞こえた。避けないと、と思い足に力を込める。さっきまで何度も軽々と避けていた筈の銃撃を
避けようにも身体が付いてこない。
カチャリ、と。複数の銃の引き金が引かれようとする音が鳴る。その直後、完全に出遅れ剣を握ったまま茫然とするアーサーを背後の騎士達が引かせようと手を伸ば
「アーサー‼︎‼︎」
ー そうとした瞬間、先にロデリックがアーサーの前に出た。
庇うように、あろうことか騎士団長が盾も持たずに前に出る。
目の前で、ロデリックが飛び出してきたことにアーサーは目を限界まで見開いた。そのまま剣を握ったままの手を父親の方へと伸ば
パァン‼︎
キィィンッッ‼︎…と。
複数が纏まった銃声音の直後、それを〝弾くような〟音が一瞬で何度も響いた。
それを見た騎士も、〝敵兵も〟誰もが息を止め、その瞬間に言葉を無くした。
「…アー…サー……?」
茫然とした言葉が、ロデリックだけではなく他の騎士からも放たれた。彼らの視線の先は、我が銃弾の前に飛び出した騎士団長ではない。その背後から剣を伸ばし、身体を前のめるようにしてロデリックの隣に飛び出したアーサーにだ。
「…………………………………でき、た…。」
落とされた銃弾が、熱を帯びたまま地面に転がった。