301.侵略者は脅える。
「ッ最終局面だ‼︎全隊確実に進め‼︎」
騎士団長、ロデリックの威厳ある叫び声に騎士達は力の限りの咆哮で応えた。
チャイネンシス王国。北方最前線。
残り少なくなった馬を走らせ、更に剣を掲げ銃を取る。一番隊を始めとする各隊が万全の体制で、今まで北方に控えていた敵隊に進撃していく。
そして、相対するコペランディ王国率いる敵兵隊は、未だ余りある彼ら騎士団を遥かに上回るその兵量をもって
完全に、形勢を逆転されていた。
コペランディ王国。残り二国も含めて今回の全権を任されている大将でもある指揮官は、兵達の最背後に控えながらその手を震わせていた。彼自身、自分でもそれが怒りなのか恐怖なのかわからない。
投爆の奇襲、更に蟻地獄上からの先制、奴隷を捨て駒にしての釣りと投爆。作戦通りであればこれで殆どの騎士は死に、後は本隊兵士の数で押し潰す筈だった。たとえ万が一上手くいかずとも、先の投爆で形成された蟻地獄で距離を取り、時間を稼げば再び例の投爆での奇襲で何度でも騎士団を一網打尽にする機会はあると。
だが、現にまだ騎士の死体を一つも出すことができていない。
大規模爆弾でも、死なない。
上壁からの射撃すら防ぐ。それどころか遥か遠距離にいる筈の蟻地獄の向こう岸の騎士から自軍が射殺されていく。奴隷を使えば、生き残りの騎士を助ける為に他にも蟻地獄に騎士が降りてくるかと思ったが、誰も降りて来ずに射撃で援護を続けるだけだった。
ちょうど頃合で投爆が始まった時にも大した数の敵兵被害は叶わない。更には一部本隊をこちらから穴に投げ込み、残った騎士を嬲り殺しにしてやろうとしたがそこまで挑発しても騎士は思惑通りに降りては来ない。
突然降ってきた一人の騎士を除いて。
何処から現れたのか、その騎士と騎士団長らしき騎士がたった二人で自軍を圧倒。傷を負わせた騎士を逃し、自身達すら蟻地獄から逃れ向こう岸まで逃げ果せた。
そして、終いには天変地異としか言えない地震と爆心地の再構築。蟻地獄と化していた大穴が、地の揺れと共に埋まりきってしまった。
唯一の勝機すら埋められ、とうとう騎士団は正面突破を挑んできた。その上、そろそろ来て良い筈の投爆がいつまで経ってもやって来ない。
「ッひ…引くな‼︎数で押せ‼︎一人を十で潰していけ‼︎」
兵士や馬の数は、あくまで自軍が圧倒的に勝っている。だが、ここまでやっても一人の死者すら出さない化け物集団を、今更正面突破で倒せるものなのか。指揮官だけではない、兵士の誰もが疑問が過ぎらずにはいられなかった。
いくら兵を投じようとも、彼らにできるのはあの白い団服を己が血で赤く汚してやることだけだった。
あり得ない距離から狙撃され、あり得ない高さに跳び上がり、あり得ない剣捌きで薙ぎ倒される。更には火が襲い、水が放たれ、人間ではあり得ない攻撃が兵士を襲う。もうどれが噂に聞くフリージアの特殊能力で、どれが騎士の実力なのかも分からないほど、その力量差は圧倒的で化け物じみていた。
誰でも分かる、目の前の騎士団を殲滅することはもはや不可能だと。各方面から侵攻を挑んだ中で、最も本隊主力を注ぎ込んだ最前線だけが、未だにチャイネンシス王国への侵攻が叶わないその現実を。残す手段は撤退か、それとも…
「ッ怯むな‼︎騎士団長を狙え‼︎頭を落とせ‼︎いくら化け物集団であろうとも頭さえ落とせば我らの勝利だ‼︎‼︎」
指揮官である大将が狂うように声を荒げて命じる。彼は引くことが出来ない。全指揮権を任された体裁や矜持だけではない。失敗は許されない、単なる処刑より遥かに恐ろしい死が彼には待っているのだから。
指揮官の命令に、兵士達の意思が統合される。もはや勝利ではない、敵の勢いを殺す事。そして一矢報いることのみを考え、指揮官の短絡的思考に縋った。
騎士団全てから標的をたった一人に絞られたことに兵士達全員の殺意の色だけが深く黒ずんでいく。