そして落とす。
「退けぇ‼︎さっさとサーシス王国に侵攻しろ‼︎」
サーシス王国、南方。
国壁向こうから既にかなりの数の敵兵が国内に足を踏み入れ…損ねていた。止め処なく雪崩れ込み続けていた筈の流れに、突如として歯止めがかかったからだ。
フリージア王国の騎士達による統率された動きと、国壁外側から突然謎の奇襲を受けたことでの打撃が大きかった。
敵兵は武器を握り締め、城下へ繋がる道から再び南方へ、国外へと後退させられる。フリージア王国の騎士により形勢が逆転され、更には背後…国外に控えた兵士達までもが謎の奇襲により損害を受けた。系統の乱れた一軍など、単なる有象無象にしか過ぎなかった。
じわりじわりと確実に敵兵は国璧の外以外の行き場を無くし、追い詰められていた。
それでも最背後からは敵兵の司令官が容赦なく、撤退しようとする自軍兵を再びサーシス王国へと押し戻してくる。
その時だった。
ボト、ボトボトボトッと。
突如として国壁の外側にいる彼らの頭上から手のひら大の塊が落ちてきた。
火薬の匂いとその形状からそれが何なのかは誰もがすぐに理解した。まさかと思い、落ちてきたそれに慄き周囲の兵士が我先にとその場から下がり、逃げるが爆発の兆しは全くない。
見れば、どれも着火はされていなかった。ただの火薬の塊だ。むしろ、どこから降ってきたかはわからないがサーシス王国へ投げ込めばこちらの武器にもなると、その塊に歩み寄るべきか数人の兵士が考えたところで
突然、〝導火線に火のついた〟爆弾が一個出現した。
おあああああああああああっ⁈‼︎と、一気に爆発的に今度こそ兵士の誰もが騒ぎ、四方へと駆け出した。それから間もなくボンッ‼︎という耳の鼓膜に響くような破裂音が連続して響きわたる。一つの爆弾で他の爆破物にも着火し誘爆した結果、中規模の爆破が生じた。
敵兵に大した被害は無い。直撃すれば大怪我からは免れないが、一つ一つの爆弾の規模自体はある程度距離さえ取れば死にはしない程度だ。何が起こったかはわからないが、一難去ったと思った瞬間。
先程と比べ物にならない大量の投下物が次々と彼らの頭上に降り注いできた。
ぎゃああああああ⁈と声を上げる兵士の中には直接頭にぶつかり気絶した者もいた。先程と同じくまだ着火はされていない。だが、再びここに火の粉を投げ込まれればと、誰もがぞっと悪寒を走らせた。背後からも味方兵に前へ前へと詰められ、侵攻先でもフリージア騎士に的確に追い詰められていく兵士達が死を覚悟した時。
とうとう追うようにして着火した爆弾が降ってきた。
一個一個順に放り込まれているようにポン、ポンと出現する小規模爆弾が、敵兵の目には死神に映った。あれだけならば大したことはない。だが、既に落とされたあの爆弾の山を誘爆されれば。
そして、出現した爆弾の導火線がジジジジジ…と短くなり、最後に破裂した。誘爆を招き、数秒で国壁付近から国外広範囲が
大量の煙に包まれた。
ぼっっっふぁあ‼︎と噴き出すような煙幕が溢れ、一気に視界が奪われた。爆破や破裂はない。だが、もともと敷き詰められていた兵士は咳込みながら完全に前も後ろもわからなくなった。
そうしている間にも、一方向から確実に押し込められた敵兵はじりじりと周囲を見回した。閉じられた視界の中ではただ引き続けるしかなかった。更に、最後方から自軍兵を前線へと押し込んでいた司令官までも声を張らすことを止めた。
いま、この場で自分の場所を知らせれば、命を落とすのは自分自身なのだから。
単に、サーシス王国側からの暗殺の恐れだけではない。目の前に広がる自分の兵士軍は殆どが嵩増しの為の奴隷だ。自分に忠誠心どころか恨みしかない。誰が何者かもわからない今、この場で自軍内で殺し合いが行われても不思議ではなかった。
煙が晴れるまで、気配を消して押し黙る。その間にも国璧から内部へ侵攻を進める自軍兵士は次々と薙ぎ倒され、数を減らし、更には国外へと押し戻されていた。
焦る気持ちを抑え、ひたすら視界が明るくなるのを待つ。ただの煙弾。ならば恐ることは何もないと、体制を整える時をひたすら待った。
…が、いつまで経っても視界は開けない。
あまりにも長過ぎるそれに、司令官の男が疑問に思ったその時。自軍の状況を少しでも知ろうと目の代わりに耳を凝らせばある音に気がついた。
ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト…
ひたすら断続的に何かが地に落ちる音が聞こえる。視界が塞がれ、音だけでは何かが全くわからない。
煙弾か、爆弾か、それが大規模なものか、小規模なものか、着火したものか、それともまた別の物か。
ただ、確かなのは視界がいつまで経っても塞がったまま開けないという事実だった。更には気配と響めきだけで判断しても、どうやら自軍兵がどんどん後退しているらしいことはわかる。
単純に押し戻されているのか、それとも煙幕で見えないことを良いことに戦線から離脱しようとしているのか、…果ては戦場に彼らを放り出した自身への報復をと探しているのか。
時折、ドォンッ‼︎と何処かで爆破音が響いた。その度に自軍内は慄き、声を上げ、更には足元に転がっていたゴロリという感触を踏みつけた兵士が恐怖で悲鳴を上げる。奴隷ではない兵士が「引くな‼︎さっさと攻めッ…⁉︎」と声を上げるが、時折違和感のある部分で突然途切れた。
自分達の周りにいるのが、部下でも仲間でもなく〝捨て石にされる為に連れて来られた奴隷〟であることを理解していない者から倒れていく。
次に落とされるのが爆弾か、どこに落とされるのか、視界はいつ開けるのか、この煙はいつまで自分達の視界を〝塞ぎ続けてくれるのか〟
恐怖と、自分達を捨て石にした司令塔や兵士達への殺意が煙とともに蔓延する。
奴隷にされ、売り買いされ、人以下の扱いを受け、捨て石にされた彼らは、隣にいるのが誰かも互いにわからぬまま武器を持たされそこにいる。
今だけはその武器を〝誰に向けても〟咎める者は誰もいない。
彼らが本当に憎むのは、サーシス王国国内ではなく国外の自軍陣地にいるのだから。
煙が途切れず、視界が塞がれた時間が刻一刻と変わらず続く。時折聞こえる爆発音に恐怖が押し上げられ、心臓の鼓動が破裂し、パニックを抑えるように武器を握る手に力を込める。そして、格好の標的たる自軍の兵士の声が聞こえればパニックを抑えるように彼らはその方向へと武器を向けた。
冷静な判断と正気を保っているのは奇しくも煙幕から逃れた壁の内側、サーシス王国国内に侵攻した兵士のみ。だが、その彼らも一人一人確実にその数を騎士に減らされ、後退せざるを得なかった。まさか、壁の外側が既に無法地帯と化しているとは思いもせず。
奴隷にとっては一時の自由と一矢報いる機会を得られる無二の場所に。
奴隷を〝使う側〟だった正規兵士にとっては、敵と味方の区別もつかない新たな戦場に。
最小限の爆破と武器で、最大限以上の被害を受けた彼らは、自滅の道へ否が応なく引き摺り込まれていく。
次期摂政、ステイル・ロイヤル・アイビーの策謀によって。
……
「…ま。まだこれだけ煙弾があれば、騎士隊が国壁へ全員追いやるまでは充分間に合うでしょう。」
全て投げ込み終えたら、また南部に戻りましょうか。と地味な作業をひたすら続けながら、俺は騎士へと言葉を投げる。
俺達がやっているのはアネモネの船から拝借した煙弾を一つひとつ、時折小規模爆弾も混ぜながら国の外側へ瞬間移動させる、それだけの作業だった。
断続的に最後衛にいるであろう司令官周囲の視界を奪い続ければ、恐らく敵兵は侵攻の足が止まる。奴隷達は監視者の目がなければ戦う理由もない。司令官は言葉も発せなくなるか、奴隷達に襲われるかの二択だろう。
「…これだから、戦う意思なき兵士や奴隷など無駄なんだ。」
もし、この相手が奴隷で賄わない敵軍本隊やハナズオ連合王国、我が騎士団であれば、確実に大した打撃は与えられなかっただろう。
奴隷で嵩増しした敵兵だったからこその策だ。
「我が国が誇る騎士に、こんな地味な作業を手伝わせてしまい申し訳ありません。」
援軍へ行く前に騎士達へは事前に作戦と説明はしたが、彼が俺の護衛として同行することになるのは偶然だった。
小爆弾や煙弾に火をつけては俺に手渡すという作業をひたすら続けてくれる騎士に軽く詫びると、騎士は「いえ、とんでもありません!」と若干未だ焦った様子で俺に返した。
手を互いに断続的に動かしながら、塔の窓から外を眺める。ふいに、チャイネンシス王国の城下に気球の姿が目に留まった。いつの間に飛んでいたのか、既に力なくフラフラと建物へ降下している気球に、既に騎士によって落とされた後かと予想する。
次に俺に火のつけた煙弾を手渡してくれる騎士へと目を向けた。俺の視線に気づいたのか、逸らすように自分の手に視線を落とす彼に少し悪戯心に火が点る。
「…大規模爆弾でも良かったのですが、それでは国壁や我が騎士隊にも被害が及ぶ可能性がありましたので。」
プライドの為ならば、大規模爆弾を落とす事にも躊躇いなどない。プライド…そして我が国と民の為にそれくらいの覚悟はとうの昔にできている。プライドやアーサー、恐らくはティアラもそうしているというのに、俺だけが綺麗な手のままでなどいられない。
プライドの為、そして民と国の為ならば俺はいくらでもこの手を血に染める。
恐る恐る俺に相槌を打つ彼に、にっこりと笑みを向けてみる。そのまま俺が「それで」と繋げれば再び彼は俺の方に目を向けてくれた。
「…いかがですか?今回は貴方のご期待に添えることができたでしょうか。」
ピタ、と爆弾に火をつける彼の手が止まった。
点火の寸前で止まり、俺に向けた目を丸くして硬直する。流れを断つ訳にはいかないので早く、と次の点火を催促すれば、すぐに気がつき俺に手渡した。次はまた煙弾をと求めれば若干震える手でそれに火をつけた。そして俺に手渡した直後、騎士から絞り出すような声が掛けられた。
「あの時はっ、大変なご無礼を致しました…‼︎」
申し訳ありませんでした!と続けて深々と頭を下げる騎士に、確信を持って俺は首を振った。正直俺自身、今の今まで彼の事すら忘れていた。むしろ彼自身が未だに覚え、気にしていてくれたことに感心してしまう。己の意地の悪さに反省しながら、彼の肩を数度叩く。
「騎士本隊昇進、おめでとうございます。」
遅くなりましたが、と続けながらそう言えば彼の顔がやっと上がる。明るい表情と光を宿してくれたその眼差しに、俺もほっと息をつく。
…躊躇いは、ない。
当然、大規模爆弾を国外に放って一網打尽にすることも不可能ではなかった。自軍や民への被害の恐れが確実に無く、敵兵のみに集中砲火できる状況でさえあれば。
…ただ、今この感情のままにそれをしたら、それはプライドや国と民の為ではなく俺個人の、プライドが傷を負わされたことによる復讐心からのものになってしまうことも自覚していた。
それ程までに、プライドが傷付いた姿は未だに俺の脳裏に焼き付いている。いっそ直接傷付けた犯人がいたら、この手で何百とでも殺してやるのにと思える程度には。そして
俺自身の特殊能力の危険性も誰よりも理解している。
だからせめて、この力で直接手を汚すのはプライドの為、そして国と民の為だと心から言える時にしたい。…報復、ではなく。
穢れた気持ちで人の命を奪うことに慣れたくはない。…きっと俺は誰よりもそれに慣れてはいけない。
『いっそステイル様に敵兵側へ直接爆弾などを落として頂くのはどうでしょうか』
六年前の、彼の言葉を思い出す。
もし、いまこの時にプライドが無事でいてくれたら。この胸に復讐心など微塵も無く、その上で彼女が何らかの理由で俺の力による早期粛清を望んだら。
俺は間違いなく、策を変えていただろう。
もっと苛烈で残酷な方法に。
プライドの為ならば躊躇いなど、この俺に在りはしないのだから。