そして向かう。
「ッ爆撃だ‼︎備えろ‼︎」
一気に険しくさせた顔でセドリックは声を張り上げる。
ティアラだけではない、騎士達もその言葉に反応し、撤退や防護態勢に素早く切り替えた。見上げればまた、あの正体不明の爆撃だ。大元は無く、爆弾だけが宙から投下されている。騎士がセドリックや馬上のティアラに駆け寄り、守ろうと手を引き盾を構えた瞬間
ティアラが、騎士達の合間を縫うように数本のナイフを放った。
シュシャッと掠める音と同時に銀色の一閃がいくつも走り、落下してくる爆弾へと飛んだ。兵士の肉眼では、ナイフは全て爆弾を掠め、外れたかのように見えた。だが、それを見た騎士は
信じられず、息を飲む。
爆弾が、落下する。破裂音は一度もなかった。ドン、ドンと鈍い鉄の音と共に爆弾が役目を果たさずゴロリゴロリと地面に転がった。
導火線を根本から切り落とされた、爆弾〝だったもの〟が。
ティアラのナイフによって、点火された導火線は爆弾と切り離されていた。切断され、火薬に届くことなく、役割を果たさずに終わった爆薬の塊が六つ、そこにあった。
空中から落下してくる爆弾の導火線を全てナイフで切り落とすなど、騎士団でも特殊能力者を除けば八番隊でも一握りぐらいのものだろう。
騎士団や兵士達はおろか、敵兵すら不発に終わった爆弾を信じられずに見つめ続けた。初めて、謎の投爆に対抗が叶ったその時。
「ッ逃すものか‼︎」
自分を守る為に駆け寄ってきていた騎士達を押し退け、セドリックが空へ向かい吠えた。そのまま傍にいた騎士の一人へと詰め寄る。第二王子の凄まじい覇気と形相に目を丸くする騎士へセドリックは早口で上空を指差した。
「俺を!もう一度上空に上げてくれ‼︎」
二時の方向、さらに可能な限り高く‼︎と力の限り声を上げるセドリックに、ティアラが「何をするつもりなのですか⁈」と声を上げた。騎士達にとっても疑問だったその言葉に、セドリックは険しい表情で再び上空の一点を睨んだ。
「ッあの気球を撃ち落とす…‼︎‼︎」
憎々しげにも聞こえるその声は、冗談には聞こえない。
騎士達の誰もが目線の先を見上げてもそこには何もない。自分達が撃ち落とした時のような気球は何処にも浮かんではいなかった。だが、セドリックは弾が全弾補充された銃を受け取りながら、躊躇いなく再び特殊能力者の騎士に「急いでくれ‼︎」と声を荒げた。
騎士が、特殊能力のその手でセドリックに触れる。そして騎士から合図が返る前にセドリックは力の限り地面を蹴り上げ、跳び上がった。ダンッ‼︎と力強い音と共にセドリックが上空へ吸い込まれていく。
〝神子〟セドリックは、記憶している。
城の窓から、映像から。
投爆された爆弾が、常に一定の高さから姿を現したことを。
その一定の高さが、最初に姿を現した気球と殆ど同じ高さだったことを。
そして己が目で間近に見た。
頭上に落とされた爆弾が、やはり一定の速さで投げ落とされる位置を変えていた光景を。
敵の気球の時速も、高さも、更には投爆された位置の移動方向も全て記憶している。
姿は見えずとも、彼の視界の内で爆弾を落とした気球が今、どこに流れどこに位置しているのか、彼の頭の中でははっきりと
「…ッ見えているぞ…‼︎」
怒りの混じる声色で、セドリックの赤い瞳が激しく燃え上がり、真っ直ぐと一点に向かい空中で銃口を構えた。
カチャ、という引き金の音と共に、次の瞬間限界回数まで銃口が火を噴いた。
パンッパンッ!と乾いた音が何度も響き、どこからともなく「何故だ⁈オイどうなって…」「⁉︎気球が‼︎」という喚き声と、プシューッという空気の抜ける音が空中から湧き出した。
最高到達点から降下する中、セドリックはやはり上空の一点から目を離さなかった。彼を上空へ上げた騎士達もまた彼が撃ち抜いた位置を確かめるように見上げた。すると
突然、セドリックの視線の先に気球が現れた。
パッ、と。まるで映像を切り替えたように一瞬の出来事だった。
至る所に穴が空き、既に浮力を失った気球だ。それと殆ど同時に「ッぎゃあ⁈」「お前っ」と短い悲鳴が気球から響いた。仲間割れでもしているのか、そのまま気球はフラフラと揺れながら急速に降下していった。
街の教会の屋根にゆっくりとぶつかり、酷い振動と共に寄りかかるようにして斜めに崩れた。教会のクロスに気球の風船部分が引っかかり、一気に本来の重さのまま重量に引っ張られた乗船部分が最後には、けたたましい音を立てて墜落し、土埃を上げた。
ズドォォオオオオン、と地響きのような音と共にとうとう謎の気球が地に沈む。
既に地面に着地し、気球を睨み続けていたセドリックが着地の体勢から金色の髪を振り乱し、ゆっくりとその場から立ち上がる。
「…我が名はセドリック・シルバ・ローウェル…!‼︎」
ハナズオもフリージアも更には敵兵も言葉がなく沈黙を続ける中、セドリックの言葉だけが静かにその場を飲み込んだ。
「ハナズオ連合王国が〝王弟〟」
ギラリと光らせたその眼が灼熱の如く燃え滾る。ランスすら見たことがないほどの覇気を全身に纏い、熱く放った。要である気球を落とし、剣を構え、威嚇するように佇むセドリックが、敵兵には人の枠を超えた〝何か〟に見えた。
「︎…これ以上、何者にも我らが国に手出しはさせんぞッ…‼︎‼︎」
チャキリ、と剣先が兄を囲む敵兵へと向けられた。
敵兵だけではない、騎士も、兵士も、ランスもティアラも誰もが呆然と崩れ落ちた気球とそれを背にするセドリックに目を奪われた。
今まで、何度も何度も自分達を窮地に追いやっていた気球を、たった一人で完全に停止させたのだ。
敵兵は、目の前の現象に開いた口が塞がらなかった。気球が自分達を騎士達ごと爆撃しようとしたという事実があるにも関わらず、誰もが剣を振り上げることも忘れ、動揺を抑えきれない。
自軍の勝機の大きな要であった、気球の沈黙に。
次第に気球に壊された建物の瓦礫すら音を立て終わり、どこからともなく「お…」とポツリポツリ低い声が合わさった。そして
おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおぉおおぉおおおおっっ‼︎‼︎
歓声が唸りを上げ、気球の沈黙に騎士の誰もが勝利の咆哮を響かせた。
「あの爆撃が無ければ恐れはない‼︎一気に侵攻者を斬り伏せろ‼︎」
「通信兵‼︎報告だ‼︎正体不明の爆撃をセドリック王子殿下が沈黙された!各拠点の通信兵に報告を‼︎」
「二番隊!墜落した気球へ急げ‼︎生存者が居れば全員捕らえろ‼︎」
一気に形勢が大きく変わる。特に戦意の差が激しく、今までに勝り勢いを増すランス達に反し、敵兵は戦うか撤退かを惑い、完全に彼らの覇気に飲まれていった。
「一人残らず叩き出せ‼︎俺達の国をこれ以上踏み荒らさせるな‼︎」
剣を敵兵軍へと掲げ、声を上げる。
セドリックのその声に、騎士も兵士も誰もが彼を認め、返事より先に咆哮し敵兵へと駆け出した。
「セドリック王子っ‼︎」
今にも突入する騎士達に並び、再びその足で敵兵へ突入しようとするセドリックを、背後から軽やかな声が引き止めた。引っ張られるように動きを止め、振り返れば馬上からティアラが強い眼差しでセドリックを見下ろしている。彼女の代わりに馬を操る騎士と共に手綱を握りながら、ティアラは二秒ほどセドリックを見つめて、再び口を開いた。
「…ランス国王の元に行かれますかっ⁈」
ティアラのその言葉を合図に、背後の騎士が馬を降りた。セドリックに席を譲るかのように馬の傍に控え、騎士が剣を構えた。「馬の手綱はお任せしますっ!」と続けるティアラに、セドリックはその意味を正しく理解し、…笑った。
「ああっ‼︎」
次の瞬間、セドリックは馬へ駆け出した。騎士の補助もなく馬具に足を掛け、勢いのままにティアラの背後へ飛び乗った。突然の荷重に馬が吼え、一度体を反らす。再び蹄を地に下ろした時には落ち着き、更にセドリックがティアラから受け取った手綱を振って声を掛ければ、一気に駆け出した。一度ティアラと騎士の馬の操縦を見た彼には、今やその扱いすらも容易かった。
「ッ全軍‼︎ランス国王軍に纏う敵兵軍を掃討せよ‼︎」
「フリージア王国騎士団!私達を援護して下さいっ‼︎」
馬上から、第二王子と第二王女の声が轟く。
彼らの言葉に騎士達は声を張り上げた。
王族である彼らの護衛は変わらないものの、騎士や兵士達にとって既に二人は単なる〝護衛対象〟ではなかった。
ハナズオ連合王国並びにサーシス王国第二王子 セドリック・シルバ・ローウェル
フリージア王国第二王女 ティアラ・ロイヤル・アイビー
確かな権力を有する国の支柱、指揮官の一人。
王の為に自ら戦い、武器を掲げて胸を張るその姿は間違いなく
〝統率者〟そのものだった。