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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
外道王女と騎士団
34/877

30.外道王女は返しに行く。


「…プライド女王陛下、一つ伺っても宜しいでしょうか。」


騎士が、いる。

護衛だろうか。つまらなそうに髪を弄りながら玉座に座る女性の横に佇んでいる。

少し緊張の色も見える彼は静かに、視線だけはまっすぐ前を見据えながらも横で寛ぐ彼女へ意識は向いている。

「七年前の崖の崩落…あれは本当に事故だったのでしょうか。」

騎士の言葉に女性は「そんなことあったかしら?」とどうでも良いように返している。


この映像はゲームの中盤だ。

やっと騎士団長になれたアーサー。短く刈り上げたその姿はロデリック騎士団長によく似ていた。

念願の、プライドと二人だけの状況になった彼は、七年前の真相を聞き出そうとしている。

そう、…覚えている。


残酷な、この映像を。


「あぁ…。…ええ、事故よ?私はちゃんとあの時に予知したもの。」

当然、といったような口振りで彼女は話す。

そこには何の情緒も感じられない。

「予知と…⁈つまり女王陛下はあの時全てご存知で…ならば何故、撤退命令も出さず先行部隊を崖上などにっ…」

「だって、あの奇襲者…私の兵、つまりは私に楯突いたのよ?許せないじゃない。だから崖の崩落をさくっと早めて死んでもらったの。撤退命令なんかしたら、奇襲者まで生き延びちゃうかもしれないじゃない。」

悪怯れもなく、むしろ笑いながら話す彼女の言葉に、アーサーが拳を震わせている。怒りと、憎しみに耐えながら。

騎士団長という騎士団全ての責任を背負った彼は、女王である彼女に拳一つ振り下ろすことすら叶わない。

そしてきっと、彼女もそれを知っている。


嗚呼…

彼女は、…私は、最低の外道だ。


そうだ、ゲームの過去の回想シーンでプライドは言ったのだ。

父親の危機を目の当たりにするアーサーに。

まだ、崖が崩落するずっと前に一言だけ


『お気の毒に』と。


プライドは予知で知っていた。

崖の崩落を全て。

その上で彼女は先行部隊を崖上に向かわせたのだから。


…場面が、変わった。


「…っ、…っっ、…ゔ…ゔぅっ…」


ステイルが戻るまでの間のみ任されたプライドの護衛を終え、一人になったアーサーが雨に打たれている。

天を仰ぎ、涙を隠すように呻き…泣いている。


父親や騎士達を見殺しにした彼女を。

何もできず、ただ見ることしかできなかった過去の自分を。

大したことでもないように過去の凄惨な事件を嬉々として語る彼女を。

父親の仇ともいえるその彼女へ、騎士団長という立場から手も足も出すことができない今の己自身を。


今、彼はその全てを憎んでいる。


誰か、彼を助けて。

彼に罪はないのに。

早く、早く来て。

救えるのは…少しずつ心を通わすようになった、心優しい第二王女のー…




ティアラ…



……



「ゔゔ〜…」


鏡を前に私は唸っていた。

瞼が、重い。

それもその筈だ。昨日あんなに泣き腫らしたのだから。お陰で嫌な夢も見た気がする。

朝食だと侍女のロッテに声を掛けられたが、この不細工な顔で食事に出たくない。

ロッテにそういうと、「二日前の泥まみれと比べたら全然素敵ですよ」と笑ってくれたけれどそれとこれとは別だ。

年長者のマリーを呼んで相談すると、「今日はステイル様とティアラ様だけですから大丈夫です。女王陛下と王配殿下が戻られるのはお昼過ぎです。」とピシッと切り捨てられてしまった。仕方が無く扉を開けて貰い、部屋から出るとティアラとステイルが待っていた。

「おはようございます、お姉様」

「おはようございます、プライド」

「…おはよう、ティアラ、ステイル。」

もう良い歳してこの顔を見せるのが恥ずかしい。二人とも気にしない振りしてくれているが、絶対不細工だと思われている…。

ティアラが昨日よりはべったりが無くなり、昨夜も一人で寝ることができたけれど、まさか今朝は二人で待ち伏せしてるなんて。

「今日の予定はどうですか、プライド。」

廊下を歩きながらステイルが私の手を取る。

段差がある度、こうしてくれるのは嬉しいけど私よりティアラを優先して良いのに。

「騎士団長に借りた団服を返しに行くわ。」

崖崩壊の際に、騎士団長から借りた団服。

どろどろに汚れていた上に騎士団長や奇襲者の血の染みとか色々あったけれど、マリーに頼んだら二日で完璧真っ白に洗ってくれた。流石ベテラン侍女。

「なら僕もお供致します。」

「私もご一緒しますわ。」

そう言って丁度つぎの段差に差し掛かった際、両脇の二人同時に手を取られた。

ん?と思ったけれど、二人共機嫌は良さそうだし歩きにくいけどそのまま廊下を歩いた。

なんだか昨日の騎士団との会合から二人がさらに懐いてくれるようになった気がする。

正直、姉としては騎士団長に怒られたり、偉そうなこと言って我慢出来ずブチ切れたり、息子さんであるアーサーと勝手に約束したり、終いには騎士団長と一緒に泣いたり、恥ずかしいことまみれなんだけれど。いや、だからこそその残念さが以前より身近に感じてくれたのかもしれない。私は必死にポジティブに考える。


朝食を食べながら、私は思い出していた。

昨夜は目を腫らしたまますぐ眠ってしまったけれど、前世でやった乙女ゲームのことだ。

アーサー・ベレスフォード。

『キミヒカ』のゲームでは主人公のティアラの四つ上の20歳で、ロデリック騎士団長と同じ、銀色短髪碧眼の正当派イケメンの騎士団長だった。

騎士団長だった父親は子供の頃に戦死。

騎士になるか否かで喧嘩が絶えなかったという。

彼は自分の特殊能力がコンプレックスで、騎士になるのを才能が無いと突っぱねていた。

だが、父親の率いた新兵軍が奇襲を受けて大損害。武器も絶え、一人でも応援が来るまで守ろうと騎士団長の父親は一人奮闘するが、大岩に足を取られ苦戦を強いられる。そんな父親の嬲られる姿を目に、叫び続けたアーサーは途中、先行部隊が来たことで一安心するが、それも束の間に奇襲者と先行部隊との混戦で崖が崩落。目の前で父親が瓦礫に飲まれるのを眺める事になった。

ちなみに、その時早くに女王になっていたプライドは隣国から無理やり騎士団の作戦会議に割り込み、酷い指示を飛ばし、騎士団を更に混乱させた。特に残酷なのは先行部隊を全員、騎士団長の応援ではなく崖上の奇襲者討伐に向かわせたことだ。アーサーが作戦会議室に現れた時なんて、映像越しにそれを見て「お気の毒に。」と笑いかける。まだ騎士団長が奇襲者と戦い、崖が崩落してないうちに、だ。ゲームの進行中、プライドに騎士団長になったアーサーが初めてその真意を尋ねると彼女は笑いながら、予知で崖の崩落を知ってわざと先行部隊全員を崖上に向かわせたという。

自分に楯突く奇襲者を騎士団諸共殲滅するために。

「あの崖地帯はもともと地盤の緩い場所でした。そこで、私の父はどちらにせよ命を落としていたでしょう。だが、あんな形でっ…あんな切り捨てられ方があって良いものかっ…」そう語る彼はプライドへの憎しみと父を失った時の悲しみで満ち溢れていた。

「触れないで下さい。あの女と血を分けた人に触れられたくはない」と拒絶されながらも父親の死の真相を知り雨の中一人涙するアーサーに駆け寄り、触れず、そして離れず雨の中話を聞くティアラは本当に女神のようだった。


何故、今まで思い出せなかったかとも思うが、正直やっぱりシリーズ一作目は記憶に薄いし、何よりアーサーが攻略時と人物像が違いすぎた。アーサーは攻略時にはとても今の父親に似た、言葉遣いの丁寧な正統派な騎士だった。ティアラがゲームの中で騎士団長の振る舞いを褒めると、父の真似事です。と語っていた。父の死をきっかけに彼は騎士を目指す事になる。死んだ父が最期に望んだ騎士に、もそうだが彼の一番の理由は崖崩落前に自分へ投げかけられたプライドの言葉の真意を聞き出すためだった。いつか真実を聞き出し、父の無念をとそれを胸に鍛錬に励んできたという。そしてまた、少しでも立派な騎士に、父に近づこうと死んだ父の仕草などを真似し続けたと語っていた。

確かに思い出すと、ゲームでティアラがピンチの時やプライドを倒す時にはわりと乱暴口調になってた気がする。そのギャップも相まってシリーズを跨いで彼のファンは多かった。彼は死んだ父の大きな影に苛まれながらも、誰もが求める騎士を、そして騎士団長を演じてきた。

そんな時、騎士団長に就任して、十六歳になったティアラと生誕祭で出会い、次第に自分という一人の人間を愛せるようになっていくのだ。

最後あたりのエピソードでは。「父は父…ですが、父を真似て生きてきた私もまた、いまの私なのです。」と父へ似せてきた自分をも受け入れ、前を向いて生きていけるようになるのだ。

あとは本人が役に立たないと言っていたアーサーの特殊能力。あの様子ではやはりゲームの設定通り知らないままのようだし、教えてあげた方が良いだろうか。でも、時期というものもあるしゲームでも二十歳になって知る予定なら私が教えてしまうのは…


「プライド…プライド、手が止まっていますよ。」

気がつくとフォークの手を止めて考えこんでいたらしい。ステイルとティアラが心配そうにこちらを見て入る。

「お姉様、何か考え事ですか?」

「え…ええ、その…アーサーは元気かしらと思って」

まさかゲーム設定を思い出していたなんて言えない。アーサーが気がかりなのは本当だし、そういって苦笑いすると二人は顔を見合わせ、そして笑った。

「きっと大丈夫ですよ、アーサー様なら。」

「ティアラの言う通りです。プライドにあそこまでして貰ったのですから。」

あそこまで、とはアーサーの予知のことだろう。確かに王族の予知だなんて一般人が受けられるような加護ではない。でも…

「あの程度のことで彼の背中を押せていれば…嬉しいのだけれど。」

そういうと二人は再び顔を見合わせて「一体なにをいっているのです」「見ず知らずの方にあそこまでの慈悲を」とか色々含みのあるような事を言った上、最後には「お姉様は素晴らしいです」「もっと自分のことに誇りを持ってください」も半ば叱られてしまった。本当に二人は優しい。

最後、ステイルは「それに」と付け加え、こう呟いた。

「アーサー殿…彼には僕も、もっと親交を深めたいと思っています。」

一見無表情だが、私とティアラには何やら楽しそうにしているステイルの笑顔がよくわかった。

ゲームではステイルとアーサーに、仕事上以外の関係は殆ど無い。ステイルは「使いにくい男」とアーサーを称した上に絡むと必ず不機嫌になっていた気がするし、アーサーは「私には底の知れない…薄気味悪い男に感じます。」と言った上で主人公のティアラにあまり信用しない方が良いと助言していた気がする。むしろかなり不仲だ。

早々に争ったりしなければ良いけれど…と私は少し心配になった。

あの笑みはそんな悪い笑みではないけれど、何か考えついた時の笑みでもあった。


朝食を終え、教師による勉強を済ませて私の目の腫れも引いた頃、私達は、ジャック達衛兵を数人連れて、馬車で騎士団の演習場に向かった。

まだ二日しか経っていないのに、騎士団は変わらず演習に身が入っているようだった。勿論、ロデリック騎士団長や重症の新兵は暫くは安静らしいけれど。

私達の馬車が到着し、演習場まで歩み寄ると最初に演習を監督していたクラーク副団長がこちらを駆け寄ってきてくれた。

「プライド様‼︎…ステイル第一王子殿下にティアラ第二王女殿下まで…!」

「御機嫌よう、クラーク副団長。突然の訪問申し訳ありません。今日はロデリック騎士団長にお返ししたいものがありまして。今日は演習場にはいらっしゃらないかしら。」

あの人の性格上、絶対安静でも演習場にいるかと思ったのだが…

副団長は、暫しお待ちをと言うと大声で演習している騎士団へ「おい、誰かロデリックを呼んできてくれ‼︎プライド様がいらっしゃっているぞ‼︎」と叫んだ。

すると、畏まりましたという返事とともに先程まで演習していた騎士達がこちらに走り出し、「プライド様が⁈」「プライド様がいらっしゃっているのか⁈」「馬鹿押すな俺が先だ」と挙って集まってきた。自分より大きな男の人達が目をきらきらさせていて若干怖い。

全員、副団長のぎりぎり背後まで集まると跪き、顔を上げてこちらを見ている。もう今日で三日連続で顔を合わせているし、珍しくもないだろうに…見るなら隣にいる美少女のティアラをみるべきではないのだろうか。

騎士らしく跪いた状態のまま、騎士達は口々に「プライド様、今日は何の御用でしょうか」「プライド様、自分の名はアランと申しま…」「第一王女に恐れ多いぞ‼︎」「あの、一度お手合わせを…」「馬鹿!それは内密にと…」と口々に騒いでいる。何が何だかんだわからず、あわあわとしてステイルに助けを求めるとティアラといつのまにか肩を並べて「流石、姉君。すごい人気ですね」と微笑まれた。いや!いいから助けて‼︎


私が言葉を選ぼうと焦っていると、今度は演習場の向こうから思い切りガンッ‼︎‼︎と何かがぶつかったような音がした。振り返ると、今度はその音がした方向からすごい勢いで騎士団長が走ってきた。

「プライド様、申し訳ありません!お待たせ致しました。」

おでこが若干赤くなっているから、さっきのぶつけた音は彼かもしれない。跪きながら息を整え、一見は何事もなかったかのようにも見える。どうしよう、ものすごくおでこにつっこみたい。

ロデリック・ベレスフォード。攻略対象者であるアーサーの父親だ。

「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません、プライド様。ロデリックはまだ傷が治っていないので安静なのですが、せめて演習だけでもとこちらに。ただ…」

クラーク副団長が可笑しそうにくっくっ、と笑っている。

「彼、昨日飲みすぎておりまして。その上、今朝も明け方一番に家で御子息に稽古をつけてまたとんぼ返りで…それでこのザマなのですよ。今まで奥で休んで」

クラーク副団長の言葉に騎士団長が「クラーク‼︎」と顔を真っ赤にして怒鳴るが、全く副団長は気にする様子がない。それどころか「これだから親バカは困るますね」と付け足す始末だ。親子仲が良さそうで何よりだ。

騎士団長が「明け方まで飲んだのはお前も同じだろう」と言い返すが、副団長はやはり全く気にしない。


「アーサーは早速稽古をされているのですね。」

「ええ、…今朝も一番に稽古の準備をして待たれていました。妻も驚いております。」

そういう騎士団長の顔は本当に嬉しそうだった。背後に控えている騎士達もニヤニヤと騎士団長の方を見て笑っている。息子が可愛い騎士団長なんてきっと微笑ましくて仕方がないのだろう。そのまま騎士団長が「本当に、剣を握るのが数年ぶりとは思えないほどの太刀筋で…」と話そうとした途中で、騎士達の気配を察し振り返り「笑うな‼︎」と一喝していた。

「ああ、あとそういえばなのですが…」

ふと、思い出したように騎士団長が続ける。そのまま「まぁ、これは我が騎士達にも言えることはではありますが…」とちらちらと騎士達を見ながら咳払いをする。

「息子が、今朝もプライド様の話を…」


「クソ親父ッ‼︎なに勝手な話してやがる⁉︎」


騎士団長の言葉を遮るように怒鳴り声が響く。驚いて振り向けば、そこには顔を真っ赤にしたアーサーがいた。

「お前…何故演習場に。」

「テメェが稽古後にコレ忘れていきやがったからわざわざ届けに来てやったんだろォが‼︎百回詫びろクソ親父!」

驚いた様子の騎士団長にアーサーが騎士団長の剣を投げ付ける。

「ああ…やはり我が家に置いて来てしまっていたか…すまない。」

「酔い過ぎだクソ親父!」

ケッと悪態をつきながら、はっと私の方に視線が向く。

「プライド様…昨日は…」

上手く言葉が出ない、というか目上の人物にどう話せば良いのかわからないのかもしれない。私が「アーサー、こんにちは。お元気そうで何よりです。」と微笑むとまた顔を赤らめながら「…はい。」と答えてくれた。

昨日の威勢が嘘のようだ。目上の人間相手に緊張してしまうのは仕方ないかもしれないが、少し距離を置かれたようで内心少し寂しい。

アーサーは服装こそ変わらなかったが、長い髪を頭の高い位置に一本括りにしていて今はすっきりと顔が見える。うん、こうして見るとやっぱり攻略対象者のアーサー騎士団長だ。

アーサーがそのまま目を逸らして「それじゃ…俺はこれで失礼します。」と礼をして背中を向けた。

「おや、アーサー。折角プライド様に会えたのにもっとお話ししていかなくて良いのかい?」

クラーク副団長がそう楽しそうに声を掛けるとまた勢いが戻った様子で「うるっせぇクラーク‼︎今度言ったらぶっ飛ばすぞ‼︎」と怒鳴る。その後、私の方へゆっくり向き直ると


「…話は…騎士団に入隊してから、…します。」


そういって私に改めてぺこり、と頭を下げてくれた。良かった、嫌われてはいないようだ。

騎士団に入隊するまで、勿論彼は騎士団の練習に加われない。今回は騎士団長の身内としてここを訪れたが、厳しい試験を通った人間しか本来ここに来ることは許されないのだ。

彼も、そして騎士団長もそれをわかっているからこそ朝一番に家で稽古を行っていたのだろう。何か私にできることがあれば良いのだが…


「待ってください。」


ステイルだった。そう言って今度こそ帰ろうとするアーサーの背中を引き止める。

アーサーが驚いたように振り返った。


「もし、お時間があれば僕の稽古に付き合ってくれませんか?」


にっこりと笑顔をむけながらアーサーに向ける言葉に私は驚いた。確かに仲良くなりたいみたいなこと言ってたけれど‼︎まさか私の予想通り本当に争うとか⁈

騎士団長達もこれには驚いたらしく、「ステイル様、それは一体…」と声を上げる。

「いえ、僕も稽古の相手に困っておりまして。カール先生もお忙しい身ですし、授業の時間しか実践ができないのが悩み事でした。なので、宜しければこの後お手合わせを。そしてもし貴方が良いと思って下さればこれからも。王国騎士団とは違った技術で戸惑うかもしれませんが、強くなるのに様々な分野を身につけるのはお互い利になると思います。」

そう言ってアーサーに向かって手を伸ばす。


「強く…」と小さくアーサーは呟くとそのままステイルの手を強く握った。

ゲームを知っている私にとってはまさかの組み合わせだ。

「では、アーサー殿はこの後姉君の用事が済み次第、僕らと一緒に我が家の方へ。」

そう言って、構いませんね?と確認を取られた騎士団長は驚いた様子ではあったが「勿論です」と答えてくれた。後ろで副団長が楽しそうに肩を叩いている。

「そうですわ、お姉様。これを。」

そう言ってティアラが包みを私に渡してくれた。そうだった、今日はこれが用事だったのに。

ティアラにお礼を言って、包みを受け取り騎士団長に手渡す。

「先日お借りした上着です、ありがとうございました。」

既にいろいろキャパオーバーにも見える騎士団長はそれを受け取ると、包みを開き、中身を確認した。そして急に何かを思い出したような顔をすると

「…ブッ‼︎」

また笑い出した‼︎顔を背けながら肩を震わせている。何を思い出したかは一目瞭然だった。

私が騎士団長に抱き抱えられた時のことを知っている騎士や新兵達もすぐ察したように笑いを堪え出した。

私も折角記憶から消しかけてたのに一気に思い出してしまい顔が真っ赤になる。

「わ…笑わないで下さい‼︎」

そう言って地団駄踏むと余計に笑い声が増す。他の騎士達やステイル、ティアラも分からない様子で首を捻っている。アーサーだけは「親父が…笑った…」と少し呆然としていたけれど。

これ以上笑うのを止めさせようとしても余計笑い声を酷くさせそうな気がしたので、ステイル達の背中を押し「失礼します‼︎」とその場を後にした。

ちゃんと見送りまでしてはくれたけれど、未だ笑いが収まらない騎士達を睨みつけて「あのことを他言したら許しませんからね‼︎」と怒鳴ると「はっ‼︎」と返事はしてくれた。…それでもやっぱり笑っていたけれど。

ステイル、ティアラ、そしてアーサーを馬車に乗せて私達は本宅へ戻った。


もう、完全に黒歴史だわ…。

次にまた万が一の時の為に何か動きやすい服を作らせようかしら。と頭の片隅で思った。


それから、ステイルは「少しアーサー殿と二人で手合わせをしたいので。」とアーサーを連れて稽古場まで行ってしまった。結果、私は母上と父上が戻ってくるまで延々とティアラに騎士達の笑っていた理由を聞かれることになる。


その後、母上と父上の了承を得たステイルはアーサーと毎日のように稽古を組みかわすようになった。


まだゲームが始まるのは大分後の筈なのだけれど…気がつけば知らない内にゲームの進行外に物事が進んでいる気がした。


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