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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
冒瀆王女と戦争
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289.金色の王子は言い聞かせた。


160months ago


「…兄君。私は何をすれば宜しいのでしょうか。」


四歳のセドリックは、驚くほどに空虚だった。

一週間程前から、俺はあることをきっかけに弟であるセドリックを自室へ頻繁に招くようになっていた。


「好きなことをすれば良い。父上から許可を得て、通常の勉学の時間以外は俺に一任されている。」

「…好きなこと…。…私は、兄君と共に居る時間が一番安らぎます。」


バートランド摂政が先週退任し、新たな摂政としてファーガスが就任したばかりのこともあり、城内は少し慌ただしかった。その上、新任宰相であるダリオまでもが今は休暇を取っている。…というよりも父上が強制的に休暇を取らせていた。

今までセドリックの面倒を見ていた者が一時的に不在になったこともあり、俺が自らセドリックの面倒を請け負った。


「何もせずにそうして座ってばかりでは落ち着かんだろう。何か本でも…、……いや、止めておこう。そうだな…ならば後は…。」


セドリックに言っておいて何だが、俺も今迄は王となるべく勉学に集中することが多く、これといって趣味もない。敢えて趣味といえば城下に降りるか、隣国に赴くか、本か…。


「…とにかく、それが決まらん限りは俺だけのことにかまけている訳にはいかんな。」

手元の本を閉じ、机に置く。

そのまま椅子に座ったまま動こうとしないセドリックに歩み寄る。同年代よりも大柄な俺が歩み寄っても怯える様子もなく、真正面から捉え続けていた。


「…セドリック。先ずは、その話し方を直せ。敬語は王族として必要不可欠な嗜みではあるが、お前はまだ四歳だ。兄である俺くらいには自然体で話して良い。」

「自然体とは何でしょうか、兄君。」

淡々と俺に返すセドリックへ思わず唸る。何故よりによってその言葉だけ理解がないのか。


「…普通で良いということだ。そうだな…分からなければ暫くは俺の話し方を真似すれば良い。」

恐らくセドリックは我々の〝普通〟すらも未だ知らないのだろう。そう思い、セドリックの肩に手を置きながらそう告げると、瞬きを三度した後にセドリックは頷いた。


「わかった、兄君。」


短くそう答えると、セドリックは俺と同じ赤い瞳を向けてきた。本人にそのつもりはないのだろうが、受ける側としては少し肩の力が抜けた様子にも聞こえるその言葉に俺は胸を撫で下ろした。


「お前と同年代の友人でもできれば良いのだが…、…まだ社交界には早すぎるしな。」

整った顔つきと落ち着いた眼差しが年齢をいくつか上に思わせられるが、中身は四歳だ。むしろ、実年齢以下の可能性もある。自分が四歳の頃は何をしていたか、思い出そうにも全く思い出せない。四歳の記憶など、たった四年前だというのに朧げだ。


「…兄君は、友人はいるのか?」

セドリックが俺を見上げ、首を捻る。なかなか痛い所を突かれ、思わず苦笑いをしてしまう。城の者とはそれなりに親しい者もいるが、友と呼べるかはわからない。

一年前から社交界には出たが、やはり第一王子という壁のせいかなかなか遠慮なくの間柄は難しい。むしろ、俺よりもセドリックのことを囁かれることが多いほどだ。だが、


「…まぁ、友人になりたい者ならば一人居る。」

そう返せば、セドリックの瞳が興味深そうに少し光が射した。口は動かぬが、その目は明らかに誰なのか知りたいと語っていた。


「…チャイネンシス王国の第一王子だ。ヨアン・リンネ・ドワイト。恐らくお前も知っているだろう。」

何より、今迄も互いの式典で顔を合わせたことはある筈。そう思い目を向ければ、無言でコクコクと俺に頷いてみせた。


「俺と同年齢、更には同じく第一王子だ。…いつかはしかと正面から語り合ってみたいものだと思う。」

「チャイネンシス…。」

セドリックが小さく声を漏らした。何か考えるようにそのまま固まってしまったその姿に、頭を撫でて先に俺が答える。


「国が違おうと同じハナズオ連合王国の片翼だ。…といっても、今のお前にはまだ理解は難しいだろう。わからずとも良い。…いつか俺がちゃんとわからせてやる。」

「……ああ。」

ぽつりと言葉とは裏腹に小さく返された声が、あまりに子どもらしく笑ってしまう。もう一度頭を撫でれば、照れたように顔が火照った。今まではこうして撫でられることも滅多になかったのだろう。


「いいか、よく聞けセドリック。」

膝を曲げ、しっかりと椅子に座るセドリックと同じ目線になってからその瞳を真っ直ぐに捉える。俺の言葉に一度頷くと、セドリックはそのまま俺の目を真っ直ぐに見返した。


「いつかお前は理解するだろう、この世界の広さを。…だが、今は良い。俺かお前、どちらかが国王となった暁には必ずそれを教えてやる。」

その小さな手を取り、両手で握る。小さくまだ発達しきれていない、温度の高い手だ。


「お前が自らの意思で進むと決めたその時は、俺が必ずその背を押してやる。安心しろ、それまでは必ず俺が付いている。…怖い事や嫌なことがあれば必ず俺に相談しろ。」

丸く開かれた目が次第に透き通る。俺の一言一句を小さなその身体全てで受け止めようとしている。指先から足先までが僅かに震えていた。


「そして、これだけは決して忘れるな。覚えるだけでは足りん。魂に刻み込め、そして何度も何度でも思い出せ。」

セドリックの両手を握り、互いの瞳に互いが映るほどに間近で見つめ合う。細い喉が息を一瞬吸い上げ、そして身体の震えが更に増した。怯えるようなその姿に、今までどれ程言葉が与えられなかったのかがよく理解できた。だからこそ、俺はここではっきりとセドリックに言い聞かせる。



「俺達は、兄弟だ。理由など要らん、いつでも頼れ。俺は生涯お前の味方だ。……今まで、辛かっただろう。」



もう大丈夫だ、とその言葉を掛けたのを最後に、セドリックの見開いた目から大粒の涙が溢れ出た。

泣き方を知らず、呻くように声を吐き出しながら赤子のように泣く弟を、俺は片腕で抱きしめた。




…産まれて初めて見る、我が弟の涙だった。


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