287.真白の王子は導かれた。
136months ago
「改めて自己紹介させて頂く。サーシス王国第一王子ランス・シルバ・ローウェルだ。貴方とは是非とも前々から話したいと思っていた。宜しくお願いする、ヨアン第一王子殿下。」
「……宜しくお願い致します、ランス第一王子殿下。」
ランスとまともに言葉を交わしたのは、互いが十才の頃だった。
会合の為、当時のサーシス王国の国王に同行する形でチャイネンシス王国の我が城へ彼も訪れて来た。今までも何度か国王と共に彼が我が国へ訪れていたことは知っていたけれど、僕の方からなるべく会わないようにと注意を払っていた。
わざわざ、国同士の諍いになり得る会話などしたくもなかった。
だが、国王同士の会合の間、暇を持て余す彼が指名してきたのが僕だった。
今までは城の者が城内や城下などを案内して済ませていたが、とうとうそれも全て尽きてしまった。その為、時間潰しの為に相手を任されることになってしまったのが同年の、更には同じ第一王子であった僕だった。
「それにしてもチャイネンシス王国はいつ見ても美しい国だな。我々の国にはない文化や建造物もあり、何度目にしても飽きはしない。」
白々しいなと思った。
結局は自国とは違い過ぎると言いたいのだろう。
ハナズオ連合王国とはいっても結局はサーシス王国とチャイネンシス王国は違う国だ。生き延びる為に互いに結託して一つの国を名乗ってはいても所詮は文化も神も何も共有されていない。物資のやり取り以外は大した繋がりもない。親交が多いのは民だけ、王族同士は互いに無干渉を決めているというのに。
何故、彼は自ら僕と関わろうとしたのか。
「ありがとうございます、ランス第一王子殿下。ですが、貴殿のサーシス王国も美しい国だと存じております。」
礼儀通りの言葉を貼り付け、笑って見せる。
…正直、この時の僕は全てにうんざりしていた。
チャイネンシス王国の第一王子。
その肩書きは立派だが、事実上は単なる小国の代表でしかない。
若くして優秀な次期国王だと持て囃されようとも、所詮は兄弟姉妹も居ない僕が将来国王になるのは必然だ。我が国の誰もがそれを信じて疑わなかった。…僕の意思など関係なく。
閉ざされし国であるチャイネンシス王国の交易の相手は同じハナズオ連合王国であるサーシス王国のみ。そしてサーシス王国もそれは同じだ。
互いの行き交いのみの交流と、うわべだけの同盟関係。
民と違い、上層部や王族同士は互いに未だ不信感を募らせ続けている。
こんな国に産まれてしまうのならば、いっそ平凡な民として産まれたかったと何度思ったか数知れない。王族に産まれたからといって良いことなど何もない。幼い頃から大人達の思考に振り回され、勉学がいくら出来たとしても何も変わらず、淡々と国王の椅子が勝手に近づいてくるだけだった。
大人達の望む通りに勉学に励み、大人達の望む通りに第一王子として励み、…きっとこのまま何もなくいつかは僕もあのつまらない大人達の仲間入りをするのだろう。己の産まれた国も時代も時も身分も全てが呪わしい。
きっと、あと十年もすれば僕も己が意思で同盟国であるサーシス王国を厭悪し、そして表面上での付き合いで取り繕い、そして妻を娶り、子どもをつくり、そして僕がうんざりし続けた人生を当然のように子どもに強要していく。
この国に、未来などない。
いつまでも閉鎖し続け、周辺国を拒み続け、いつかは時代の波にも埋もれていくだろう。それでも自分達が正しい、他がおかしいと嘆き続け、最後は国全てが旧時代の遺物と成り果てる。
昔、小さな国同士で小さな諍いばかりを繰り返していたチャイネンシスとサーシス。そしてとうとう他国からその存在を狙われるようになった途端に互いが生き残る為に同盟を結び、一つの国となった。…都合の良い時だけの関係だ。
サーシス王国の王族達が、百年近く経った今でも僕らの神を理解しようともせず白い目で見るのと同じように、僕らもサーシス王国の王族を良く思っていない。
互いの国の行き交いを自由に良しとしているのにも関わらず、国の法で〝王より上は無し、神の名でその地位を貶めることを禁ず〟と明らかにチャイネンシス王国への当てつけまで制定したサーシス王国の王族を良く思うなど無理な話だ。…当然、僕にとっても。
唯一僕が心を安らげるのは、神に祈る時だけだったのだから。
乳母に育てられ、父母との交流もない僕にとって唯一の頼れる存在、…理解者は神だけだった。この世界で唯一本当の僕を愛し、勉学だけではなくその全てを許容し、そして正しき道に誘って下さる存在。
王族や上層部のように穢れず、民の幸福を願い、守る存在である神は僕にとって唯一の救いだった。
時間が空けば必ず神に祈りを捧げ、感謝とそして民の平和を願った。
…そしてそうすればそうするほど、勝手にまた僕への評価は上がっていった。
まるで川の流れに押されるように、皆の望むように生きて老いて死んでいく。それが僕の生まれ持っての業であり、宿命だ。
「!そうであろう⁈」
僕の言葉に、突然ランス王子が身を乗り出したと思えばその目を輝かせた。たかが社交辞令だというのに何故そうも喜べるのか。僕が驚き、身を反らすのと逆にランス王子は満足そうに笑っていた。
「貴殿にそう言って頂けると俺としても嬉しい限りだ。自国を良く思って下さる方が未来の国王だと思えば未来も明るい。」
腕を組み、うんうんと一人頷く彼に僕は首を傾げる。何か会話に違和感を感じ、思わず疑問がそのまま口から滑り落ちた。
「自国…?あの、僕は今貴方のサーシス王国を」
「サーシスもチャイネンシスも共に我らが自国、〝ハナズオ連合王国〟だろう?」
あっけらかんと、彼は当然のように言い放った。〝ハナズオ連合王国〟と、その名を呼ぶ王族は互いに少ない。言葉だけ作ったところで所詮は互いに国名も譲らず隣接し合う小国同士なのに。
あまりのことに口を開けたままの僕に、彼はひたすらこの国の未来を語ってみせた。
いつか、この国を開くと。
「時代は変わる。必ず互いだけでなく他国との交流や情報交換も必要となってくるだろう。いまこうしている間にも俺達が知らぬ技術が進み、世界を唸らせているかもしれん。」
僕と同じ意見だった。だが、そこで決定的に違うのは僕はそれを叶わないと諦め、彼はそれを叶えると決めていたことだった。
「その為にも先ずはハナズオ連合王国として、この国を世界に誇れる存在にしたい。今は上の者達が何やら互いにごちゃごちゃと言っているが…俺達の代ではそれも変えたいと思っている。」
ひたすらに真っ直ぐ、光に向かい突き進む彼は神が遣わす陽の光のように眩かった。
「国の最高権力者である国王が、その意向を示せばきっと他の者も陰口は叩かなくなる。民同士は今も仲良くやっているし、何より結局は同じ人間だ。分かり合えずとも、生き方を共有できぬ筈がない。」
「…それは、…僕らの信仰せし神を〝共有〟するということでしょうか。それとも、無くすと…?」
夢幻を語る彼に、初めて口を挟む。眩ゆ過ぎるそれが、ただの偽善や自己満足…彼の望むエゴではないかと怖くなった。
だが、彼は惑うことなく続けた。
「それでは支配と変わらんだろう。世界は広いのだ。信じたい者がその信仰を貫き、他に大事な者がある者はそれを大事にすれば良い。選ぶのは我々王族ではなく民自身だ。互いの〝生き方〟を認め合う。そうすれば、何も問題はなくなる。」
眩し過ぎる存在だと思った。
絵空事だ、空想だと言いたくてもそれを全て貫くという力が彼にはあった。同じ年で同じ閉ざされた国にいて、何故こうも違うのかと思わされる程に彼は強かった。
「だからヨアン第一王子。貴方のことを俺にも教えて欲しい。」
真っ直ぐと焔のように赤い瞳が僕を捉えた。力強く燃える彼の焔が、冷め切っていた僕の世界に一縷の熱を投じた。
「貴方を理解し、俺のことも知って頂きたい。これから先、俺達は王として何十年も共に生きていく間柄となる。俺には貴方が必要だ。そして」
彼は嘘偽りない瞳で僕を照らす。言葉を切り、何も言わない僕にその手を差し伸ばす。今まで己が宿命を呪いながら何もせずに静かに死んで行こうとした僕に差し出されたそれが、まるで祈り続けた僕への天の啓示のように思えて仕方がなかった。
彼は言う。当然のような口振りで。
同じ年に産まれ、同じ性別に産まれ、ハナズオ連合王国という名の同じ国に産まれ、同じ第一王子として産まれ、そして何もかもが僕と違った彼が
「俺は、貴方にも必要とされたい。」
僕の運命だと、そう思えた。
神にその背を押されるように、僕は彼の手を掴んだ。
ヨアン・リンネ・ドワイト。
神を愛しながら誰よりも冷めきり、真白に色褪せた第一王子。
…焔より熱く光より眩い、金色なる第一王子を友に持つ、僕の名だ。