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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
冒瀆王女と戦争
334/877

285.真白の王子は尋ねた。


133months ago


「すまない、ヨアン王子。予定よりも遅くなった。」

サーシス王国の第一王子であるランス王子は、十才の身でありながら護衛とともに頻繁に我が国チャイネンシス王国に訪れるようになっていた。


「構わないよ、ランス王子。…また、セドリック第二王子かい?」


馬車から降りてすぐに慌てた様子で謝ってくれる彼に笑みで答える。時折彼はこうして約束の時間よりも遅れて来る時があった。原因の殆どは、彼の弟君であるセドリック第二王子だった。


「ああ…アイツめ、そんなに離れたくないならば来いと言っているのに、どうしても共に来ようとせん。」

彼は頭を掻いて溜息を吐くと、まるで思い出すように服を整え直した。今は乱れていないが、きっと馬車に乗る前にはまた衣服を引っ張っられたのだろう。彼が一人で我が国に訪れる度、セドリック第二王子はランス王子を引き止めるらしい。


「相変わらず仲が良いんだね。」


普通、彼ら王族は兄弟といっても共にいる時間などは殆ど無い。別々に分断され、教師や乳母に育てられる。本人達の希望さえあれば別だが、別個に育てられた彼らが何故私生活を共にするほどに仲が良いのかは僕にもわからなかった。兄弟姉妹の居ない僕には、全くの未知の領域だ。


「アイツはまだ少し、外の世界への怯えがあってな…チャイネンシス王国は良き国だと言っても、頑なに拒む。」

「それが普通だよ。王族として育ったなら、チャイネンシス王国を怖がっても仕方ないことさ。」


サーシス王国とチャイネンシス王国の王族や上層部間での歪はずっと続いている。民ならばまだしも第二王子だ。きっと色々と教育を受けているのだろう。…特にセドリック王子は。


「普通などあるものか。普通よりも真実を知らねば意味がない。」

彼を客間まで案内しながら、相変わらずの口振りに笑ってしまう。彼と直接言葉を交わし合い、交流を持つと決めた日から三カ月が経っていた。あの時は彼の眩さに惹かれてその手を取ったが、本当に彼はいつまで経っても真っ直ぐだと思う。


「セドリック王子は…確か今は六歳だったかな。」

客間に入り、ソファーを勧めながら話を続ける。彼は勧められるままソファーに身を沈めると「ああ…もう六歳だ」と溜息混じりに呟いた。僕はそれを聞きながら侍女に命じ、紅茶を用意させる。


「今は俺が主に面倒を見ているが、…未だに他の者には心を開かなくてな。まぁ、色々あったから仕方のないことだが。」

「そんなことばかりで、君の方はちゃんと勉学は捗っているのかい?」


僕もソファーに身を沈め、侍女が淹れてくれた紅茶を勧める。互いにそのまま紅茶を一口含めば、やっとひと息つけた。ランス王子がソファーから身を起こし、眉間を指で摘むと「当然やっている。努力で埋める以外に方法などないからな」と答えた。


「最初の頃はどうやって相手をするか色々と悩んだが…、…俺が勉学に集中していても隣にいるだけで飽きもしないらしい。」

「本当に懐かれているね…。確か、関わるようになって二年だと言ってなかったかい?」


兄弟同士そこまで仲の良い王族なんて珍しい。ランス王子の人柄を知れば弟君であるセドリック王子が懐く理由もわかる気はする。でも、六歳の子どもが遊びも何も望まずに兄の横にいるだけで満足するなんてあまり無いことだ。


「以前よりは自分から話すことも増えて来たんだがな…。未だに俺以外とは関わろうとしない。」

「君が預かるまで一体セドリック王子はどんな生活をしていたんだい⁇」

絶対的な信頼というより、むしろ若干依存にも感じるそれに少し驚きを覚える。思わず食い気味に返してしまうと、ランス王子は僕から目を逸らして眉を寄せた。


「…特別な教育を受けていた。」


いつも快活に話すランス王子にしては珍しく言葉に詰まるような言い方だった。…特別な教育。僕はその意味をすぐに理解する。サーシス王国の第二王子である彼の噂や異名はチャイネンシス王国にも届いていた。そして当然、…それを快く思わない人間も少なからずいた。


「…ランス王子。君は、セドリック王子を憎んではいないのかい?」


以前から思っていた疑問を、彼に投げかけてみる。

第一王子である彼が、何故セドリック第二王子の面倒をみるのか。サーシス王国では第一王子が基本的に王位を継承することになっている。普通に考えれば、彼がその王位を第二王子であるセドリック王子に奪われる心配はない。…だが。

彼ら兄弟の噂を聞けば、彼にとってセドリック王子は邪魔と思っても仕方がない忌むべき存在である筈なのに。


僕の疑問に少し目を丸くしたランス王子は、正面から僕の顔を捉えなおした。そのまま、彼は惑うことなく僕にその答えを告げる。


「憎むわけがない。アイツは俺を苦しめようなどとしたことは一度もないのだから。」


そう言って当然のように首を横に振る彼は、三カ月ぶりに目にするあの眩しさで満ちていた。あまりにも迷い無く、誤魔化すそぶりもなく告げるその言葉に僕は何度も瞬きを繰り返す。すると、僕のその惑いに答えるようにランス王子は続けた。


「もともと、例の噂を耳にする事はあったが…憎しみよりも単に兄弟という感覚が薄れるばかりだったな。」


遠く思い出すように燃える瞳がここではない何処かへ向けられる。やはり、二年前までは普通の王族と同じく彼とセドリック第二王子との接点は何もなかったのだろう。


「だが、今は俺にとって大事な、掛け替えのない家族だ。未だ心が身体の成長に追いついてはいないが…本当は、優しい子だ。」


そう言って笑うランス王子は間違いなく兄の顔だった。兄弟姉妹のいない僕にとって、こんなに思い遣ってくれる兄をもつセドリック王子が少し羨ましくも思う。そのまま「いつかはあの優しさに俺が救われる日が来るかも知れん。」と笑い、更にこの国の未来に想いを馳せた。


「いつかお前にもセドリックを引き合わせたい。お前ならば、…俺よりもずっとセドリックをわかってやれる気がする。」


そう言って今度はその強い笑みを僕に向けてくれた。

セドリック王子の噂を聞く限り、僕ともなかなか程遠い存在だとは思ったけれど、ランス王子の言葉には不思議と説得力があった。僕が「ならまた僕からサーシス王国に行こうか」と言うと「どうせまた逃げるだろうがな」と溜息が帰ってきた。僕がサーシス王国に訪れると、セドリック第二王子は必ず何処かへ逃げてしまっていた。城下にランス王子と降りるようになってからは木登りも覚えたらしく、最近は木の上に逃げ隠れすることも増えたらしい。

「取り敢えずは、アイツが自ら望むまでは待つしかないな…。」

頭を抱え、唸る彼は兄というよりもまるで父親のようだった。十歳でこんなに老け込む人間も珍しいな、と思いながら彼に紅茶をもう一杯勧めた。


まだ、まともに会話をしたこともないセドリック王子に会う日が少し待ち遠しく思えた。


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