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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
冒瀆王女と戦争
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284.冒瀆王女は依頼する。


「彼を、…ですか…⁈」


チャイネンシス王国、城内本陣。

私の言葉にヨアン国王が目を丸くして聞き返した。

目の前には通信兵からの映像が複数届き、各陣営の状況が生中継されていた。

届いている映像はサーシス王国の国門、城内本陣、チャイネンシス王国城下、そして北方の最前線から。ステイルやティアラ達からも何かあれば映像が届くとは思うけれど、今のところは何も来ていない。

北方の最前線は、さっきまで映像が揺れたりすごい騒ぎがあったからまさかまた投爆がと心配だったけれど、通信兵の話では問題無しだと少し上擦った声で答えてくれた。投爆なら同じチャイネンシス王国にいる私も城からわかる筈だし、何より途中からは怒声というよりも歓声っぽい声も映像から聞こえていた。


「ええ、宜しいでしょうか。」

ヨアン国王の言葉に頷き、もう一度尋ねれば「勿論…彼の主導権は、プライド様のものですから」と驚きながらも答えてくれた。そのまま扉の近くの衛兵に命じ、部屋の外まで呼びに行かせてくれる。どうやら扉のすぐ前に居たらしく、扉から衛兵が顔を覗かせるようにして彼に声を


「お呼びでしょうか、ヨアン・リンネ・ドワイト国王陛…下…ッ⁈」


…掛けた直後なのか、突然風が吹いたと思えば彼が私達の目の前に立って居た。バサっ、と長い黒髪が流れたと思えば、顔を上げて初めて私やアラン隊長達の存在に気が付いたように言葉が止まった。

突然自国の王女が居たらそりゃあ驚くだろう。こんなに目を丸くした姿は私も初めて見た。そのまま視線が私の顔から足元へと下りていく。やはり、流石に目立つらしい。問われる前に私から彼に挨拶をするべく声を掛ける。


「お疲れ様です、ハリソン隊長。貴方の御活躍はヨアン国王陛下から伺っています。」


ハリソン・ディルク隊長。

八番隊に所属するアーサーの直属の上司である騎士隊長だ。ヨアン国王の元まで侵攻の足を進めた敵兵の殆どはハリソン隊長一人で片付けてくれたというから凄まじい。

ハリソン隊長に挨拶を済ませたまま、私が貴方を呼びました、とその旨も伝える。するとハリソン隊長はパチリと一回瞬きした後、そのまま姿勢が私から背後に立ってくれている近衛騎士達へと向いた。茫然としたような表情から「第一、王女…殿下……」と名を呼ばれた。私が再び言葉を続けようと口を開きかけた途端


視界から、ハリソン隊長が消えた。


本当に瞬きをした瞬間だった。彼もまさかステイルと同じ瞬間移動の特殊能力者なのか。それとも透明化の…と思考を巡らし、一体どこに消えたのかと辺りを見回





「アラン・バーナーズ、カラム・ボルドー…‼︎答えろ、貴様らは一体何をしていたッ…⁈」





悍ましい程の殺気が、背後から私の背中を撫でた。見回そうとしたその首で勢いよく振り返ると、まさかのアラン隊長とカラム隊長の背後に回ったハリソン隊長が二人の首に剣とナイフを突きつけていた。

突然の事態に声も出ず、驚く私とヨアン国王に対し、アラン隊長とカラム隊長は既に予想がついていたかのように冷静だった。


「言い訳はしない。だがハリソン、今は刃を無駄に擦り減らすな。」

「わかったわかった、俺の処分は防衛戦終わったらお前も好きにしろって。」


まるで投降する犯人のように両手を軽く上げる動作をするカラム隊長とアラン隊長が息を吐く。…ステイルがハリソン隊長のことを私に提案した時に二人が妙な反応したことに納得できた。


「見損なったぞ、選りにも選って貴様らが付いていながらっ…‼︎近衛騎士という栄誉を受けながらのこの体たらく…‼︎アラン・バーナーズ、カラム・ボルドー、貴様らのその腕は、頭は飾りだったのかっ…⁈」

何やら王族に怪我人を出させたことが許せない様子でハリソン隊長がまくし立てる。こんなに長く話すハリソン隊長を見るのは初めてだった。確かに今の事態が色々かなりまずいことは私も理解している。でも今は正直それどころじゃない。


「待ってください、ハリソン隊長!二人が居なければ私は死んでいました!」

今にも二人の首を斬り裂きそうなハリソン隊長へ上半身ごと向き直り、早まらない内にと声を上げる。すると、彼の動きがピタリと止まり、長い黒髪が流れて隠れていた顔が少し姿を現した。髪の奥から覗かせた目は、真っ直ぐに私の方を向いていた。


「…どうか、その武器を下ろして下さい。二人は、悪くありません。私の話を、聞いて下さい。」

ゆっくり、ゆっくり、まるで前世のドラマで見た犯人に銃を降ろさせる交渉人のように刺激しないように言葉を重ねる。すると、本当に私の言葉に合わせるようにハリソン隊長が剣とナイフを仕舞い、一瞬でまた私とヨアン国王の前に移動し、跪いてくれた。「失礼致しました」と何事もなかったかのように謝られ、思わず口をあんぐり開けてしまう。


「…先ず、この足は私の責任です。二人を責めないで下さい。そして、ここからが本題です。」

取り敢えず二人の無実を訴えれば、ハリソン隊長が深々と無言で頭を下げてくれた。そのまま私は気を取り直して本題に移る。


「ハリソン隊長、貴方の腕を信頼した上でお願いがあります。」


私の言葉にハリソン隊長が顔を上げ、紫色の瞳が私と合わさった後、…すぐに逸らした。伏すようにして目線を外され、それでも一言「何なりと」とだけ返してくれる。


「私は見た通り、今日一日は足を動かせません。ですが今、北方の最前線を始めに全てが最終局面ともいえる状況です。そして、チャイネンシス王国は今、南方からの侵攻を受けています。」


跪いたままのハリソン隊長がおずおずと腕を揺らし、更には僅かに全身を震わせた。怯えている…訳ではないだろう。私の次の言葉を待つように、小さく彼が再び私へ顔を上げた。

「ですから、お願いがあります。今から貴方には南方の侵攻先源を押さえに向かって欲しいのです。勿論、何人か騎士を連」



「畏まりました。私一人で十分です。」



まさかの私の言葉を打ち消すようにハリソン隊長が声を放った。驚き見返せば、鞘に納めたままの剣を握り直し、その口は


…確かに笑んでいた。


口の端と端を吊り上げたような笑みが、折角の整った顔を覆すようなホラー顔で、思わず私は背中を僅かに仰け反らす。…なんか、アーサーが怖いと言っていた理由の片鱗に触れた気がする。

もともとはジルベール宰相からの案だった。私が近衛騎士達を連れてチャイネンシス王国に行くのならば、その分城の警備を他に割くことができる。ハリソン隊長は今、城本陣の一番傍にいるようだし、何より実力がある。ジルベール宰相曰く、彼なら例え一人でも充分南方の押さえつけが可能だろうという話だった。私もアーサーの上司であるハリソン隊長なら絶対強いと確信できたし、同意した。…流石に一人というのは、と思ったけれど。いや、むしろ例え話の域とすら思った。なのに、まさかハリソン隊長自ら1人特攻発言があるとは。


「お任せ下さい、第一王女殿下。」

まるで自分一人行くと再び断言するように放つ彼は、そのままおもむろに立ち上がる。まさかまたさっきの瞬間移動のようなものをするんじゃないかと思い、慌てて声を上げた。


「どうか!…無理だけはしないで下さい。」

一人で敵兵が湧き出る戦場なんて危険過ぎる。流石に騎士一人ではと思いながら告げればハリソン隊長が少し目を丸くしたまま固まり、再び私に跪いたと思えば「仰せのままに」と短く答えてくれた。今度こそゆっくりと立ち上がり、今度は視線を私の背後に向けた。


「アラン・バーナーズ、カラム・ボルドー。…かすり傷一つ許すな。」

剣をひゅるりと抜くと、剣先を二人にそれぞれ向け、睨んだ。パッツリ前髪からはっきり見える紫色の瞳が、ギラリと妖刀のように鈍く光った。

ああ、わかっている、とアラン隊長とカラム隊長が同じく短く返すと、最後にハリソン隊長が私とヨアン国王に頭を下げた。

そしてまた風が吹いたと思った瞬間、ハリソン隊長が消えた。…風になる特殊能力とかだろうか。


「…彼一人で、本当に…?」

ヨアン国王がいつのまにか開かれていた扉を見つめながら、口だけを動かした。私も少し心配で喉を鳴らすとカラム隊長が「恐らくは大丈夫かと」と代わりに答えてくれた。


「恐らくハリソンのことですから、向かう前に城内の騎士達に本陣の守りを通達してから南方へ走るでしょう。共に行くと名乗り出る騎士もいるでしょうが、…確実に彼は単騎を望むでしょう。」

「ハリソンは昔から連携が苦手ですから。でも、…あの強さは本物です。」

俺が保証します、とアラン隊長が静かに続けてくれた。…どことなくいつもより大人しげな話し方が、少し胸に引っかかった。


「先程はお見苦しいところをお見せ致しました。ハリソン同様、我々からも謝罪致します。」

カラム隊長の言葉にアラン隊長も同じように私達に頭を下げた。さっきの二人に剣を突きつけた時のことだろう。ヨアン国王と共に私も二人へ言葉を返した。




それからほんの数十分後。




南方からの侵攻が不自然なほどにピタリと途絶えることを、まだ私達は知らない。


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