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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
冒瀆王女と戦争
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279.真白の王子は約束した。

102months ago


「ヨアン!紹介しよう、俺の弟。第二王子のセドリックだ。」


…ランスが弟であるセドリック王子を僕に紹介してくれたのは僕が十二歳、セドリック王子が八歳の時だった。

ランスの大きな身体の影に隠れ、僕を上目に睨む彼は年齢以上に幼く見えた。

互いの国での式典で顔を合わせたり挨拶をしたことはあったが、ちゃんと関わったのはこの日が初めてだった。

以前からチャイネンシス王国に頻繁に訪問をしてくれたランスと違い、セドリック王子は自分からサーシス王国から出ようとはしなかった。自国では兄であるランスの傍を離れないらしいが、彼がチャイネンシス王国に訪れる時はサーシス王国に残り、式典で僕と話している時も遠目からこちらを見ているだけだった。


「セドリック。彼が先程も話したヨアン第一王子だ。共にハナズオ連合王国を良くしていく、俺の無二の友だ。」

ランスが今度はセドリック王子に僕を紹介してくれる。そこでやっとセドリック王子は少し興味が向いたように僕の方を見上げてくれた。


「こんにちは、セドリック第二王子殿下。ヨアン・リンネ・ドワイトと申します。兄君のランス王子とは仲良くさせて頂いています。」

まるで未だ五歳くらいではないかと思う程に幼い様子の彼に笑いかけ、握手を求める。すると、セドリック王子は幼いながらに整ったその顔を僅かに歪めながら僕の手を握り返してくれた。


「…セドリック・シルバ・ローウェルと申します。こうして改めて御紹介頂ける機会に恵まれ、光栄の限りでございます。どうか、兄君であるランス第一王子共々末永く共にハナズオ連合王国として共に繁栄をと願っております。」

未だ僕に少し警戒した表情に反し、その口振りは見事に流暢だった。感情は伴っておらず、まるで紙に書いたものをそのまま読み上げるような彼に、僕は今まで聞いてきた彼の評判を思い出す。

ランスはそれに慣れたようにセドリックの頭を撫でると「そう畏まらずとも良い。ヨアンは私の友人だと言っただろう?」と笑いかけていた。すると、セドリック王子は僕から顔を逸らし、再び顔を険しくさせた。


「……兄貴がどうしてもと言ったから来ただけだ。俺はこんな国に訪れたくなどなかった。」

次の瞬間、ランスからの拳が落ちた。ガツンと硬い音の後にセドリックが頭を押さえて叫ぶ。兄というよりもまるで父親のようなランスの姿に思わず吹き出して笑ってしまう。


「ヨアン!今のは怒って良い‼︎」

「いや、気にしないよ。むしろセドリック王子の反応が正しい。君が少し変わっているだけで。」


もともとハナズオ連合王国は一つの国として成ったのは僕が産まれる遥か前だが、王族同士の仲は表面上でしかなく、民の前以外では関わることも極力少ない。

歴代の王族でもこうして自分からチャイネンシス王国に頻繁に訪れたのはランスくらいのものだろう。「変わっているとは何だ‼︎」とランスが僕に怒鳴るが笑って誤魔化す。そうして怒ってくれる彼の存在だけで僕には十分だ。

今までも、セドリックは何度もランスにチャイネンシス王国の訪問を共にと誘われては断っていたらしい。それが今日、やっとセドリックはランスの誘いに乗ってくれたとのことだった。

話によれば、道中の馬車の中でも彼はランスに肩を叩かれるまで我が国の景色を見ることすら嫌がり、目を閉じ耳まで塞いでいたらしい。あまりの徹底した嫌悪っぷりにむしろ感心まで覚えてしまう。

そして今も、僕に紹介された後のセドリックは逃げるようにランスの手から離れ、近くの木に登り始めてしまった。ランスが叱るが、それでも彼は登る手を止めようとはしない。


「…最近は特にこうだ。木の上ならこちらも下手に手を出せないと学んでからは、ああすることが特に増えた。勉学もさぼったままで教師も頭を抱えている。」

危ないからやめろと言っているというのに、とそう言いながらセドリックを見上げるランスが頭を抱えるようにして髪を掻き上げた。眉間に皺を寄せ、ただでさえ年齢より上に見られる彼の表情が老けてみえた。

何でも、最近のセドリック王子は勉学を怠り、教師から逃げ続けているらしい。最初は怠ける程度だったらしいが、最近では教師からその足で逃げる事も増えたとのことだった。

時にはランス自ら捕まえて教師の部屋に放り投げることもある程で、かなり頻繁にセドリックは勉学を避け続けている。


「……ランス。少しセドリック王子と話してみても良いかな。」

ふと、前々からその話を聞く度に頭に過ぎっていた疑問が再び頭へと浮かび、僕はランスに頼んでみる。ランスは首を傾げながら「俺は無しでか?」と少し心配そうに僕とセドリックを見比べた。


「ランスは僕の部屋で待っていてくれ。僕がちゃんとセドリックを連れてくるから。」

そう言って笑ってみせれば、ランスは赤い瞳を不安げに揺らしながらも最後は頷いてくれた。「セドリック。くれぐれも危ない真似はするな」と木の上の彼へ投げかけながら、彼は衛兵を連れて城内へ向かっていった。

小さくなっていく彼の背中を見送りながら、小さく息をつく。こうして第二王子である大事な弟をチャイネンシス王国の王子である僕に任せてくれるのも、彼だからこそだろう。普通なら…


「俺を洗脳しようともそうはいかんぞ、ヨアン第一王子。」


不意に彼の背中が見えなくなってから声が降ってきた。見上げればセドリックが木の上から枝に座り、鋭い眼差しを僕に向けている。…そう、この反応が普通だ。


「洗脳などするつもりはありませんよ、セドリック第二王子殿下。僕らの神の教えは全て僕らの国の中でのもの。理解はされたくとも、それを他者に強要しようとは思いません。」

その証拠にランスは何もないでしょう?と笑ってみせると、セドリック王子はランスが去った方向を見て、…そして目を伏せた。


「兄貴や常人ならばそうだろう。だが、俺は違う。…こうしてこの国の中にいることすら、生きた心地がせん。」

…彼の、言いたいことはよくわかる。それにただでさえ、国として生き残る為に共存の道は選んだといっても、未だに王族や上層部の人間には僕らチャイネンシス王国は良く思われていない。神の名を使っていつ、サーシス王国にまで宗教の手を伸ばしてくるかと警戒されている。そして、そんな目で見られ、更には僕らが信じる神すら穢らわしいもののように考えるサーシス王国の王族を僕らも快くは思えない。

むしろ上層部や王族よりも民同士の方がずっと親しい。民も周知の事実とはいえ、表面上は王族同士が親しく関わるお陰もあり、民同士も互いに国を往き交い、親睦を深めている。互いの国の民同士の婚姻だって少なくない程に。


「僕らにとっての神は、支配するものではありません。僕らを赦し、守り、…時に救いの手を差し伸べて下さる存在です。」

彼に僕らの神を語る。セドリック王子は、拒絶の意思表示か両耳を手で塞いで見せながら僕を睨む。本当は聞こえているのか、その表情は僕の言葉に怪訝に表情を歪め、少し考えるようにも見えた。一度言葉を切り、口を噤む僕に真っ直ぐなその瞳が「それだけか?」と疑問を語っている。次第に両耳を覆う彼の手が緩められ、再び木の枝に添えられた。少し聞いてやっても良い、といった様子の彼に再び言葉を掛ける。


「…貴方は、とても優しい方だと存じております。セドリック第二王子。」

そう言ってセドリック王子を見上げれば、冷たく燃えるその目が細められた。そのまま僕を値踏みするように眉を寄せる。



「………ランスの、為ですよね?」



何が、何を、と言わずにそれだけで確認を取る。するとセドリック王子の目が一気に見開かれた。僕から目が離せないように視線が固定され、口を開いたまま何も言わない。


「わかりますよ。貴方達の話は色々伺っていますから。…別に言いふらすつもりもありません。」

木にもう一歩歩み寄り、背を預ける。頭上から「ッ本当だな?」と念を押すような言葉が降ってきた。もうそれだけで肯定と同然だ。ええ、勿論。と返せば、その後は暫く考えるようにセドリック王子は口を噤んだ。

…彼の考えていることが正しいとは思わない。ただ、…それしか道がなかったのだということは僕にもわかる。

そして、僕が彼と同じ境遇なら…きっと同じことをしただろう。



「…………………俺は、兄貴に憎まれたことがない。」



暫く経ってから、風の音に打ち消されそうな程に小さな声で彼から言葉が漏れた。彼の真下にいなければきっと打ち消されていただろう。独り言かと思ったが、その言葉はどう考えても僕に向けられていた。


「…知っていますよ。ランスはそういう男ですから。」

僕も小さな声でそれに答える。

そう、知っている。そんな彼だからこそ、僕もこうして友になることができたのだから。


「兄貴は第一王子。きっと、将来は素晴らしき王となるだろう。父上よりも、……お前よりも。」

「ええ、僕もそう思います。」

彼の言わんとしている事はわかる。未だ時折トゲはあるけど、こうして本心を少し語ってくれるだけ少し打ち解けてくれようとしているのかなと期待をしてしまう。


「兄貴は、…優しい。誰に対しても器が広く、この俺や…お前のようなチャイネンシス王国の者にも分け隔てない。」

「ええ、そうですね。」

彼の言葉は続く。僕が怒るのを待っているかのような言葉の重ね方に、どれほど警戒しながらここに足を運んでくれたのかがよくわかる。



「…………そんな兄貴を、俺はずっと苦しめた。」



唐突に。

…彼は、重く苦しげな言葉を吐き出した。

思わず見上げれば、俯く彼の顔がそのまま真下にいる僕を見下ろしていた。

下唇を噛み締め、泣くのを堪えるように顔を歪める彼は、本当にただの少年だった。

彼の指していることは、僕もよく知っている。僕がランスと関わり始めた頃、僕も同じ話を彼にした。


セドリック王子を、憎んではいないのかと。


だが、彼は全く誤魔化す様子もなく首を横に振った。あの日の彼の眩さは一生忘れることはないだろう。


「俺達の噂を知っているのならば、俺の異名も知っているだろう。答えろ、ヨアン第一王子。お前は俺を忌むか?嫌悪するか?穢らわしいと、そう思うか…?」

言葉が出ない僕に、泣きそうな目を向けたまま、口だけが気丈に言葉を並べ続ける。

…彼は、この問いをする為に僕に会いにきてくれたのだろうか。

やはり、彼はランスの弟なのだと痛感する。

僕は言葉より先に、上にいるセドリック王子へ手を伸ばす。背丈が足りず、頭上にいる彼には届かないけれど、それでも構わず彼へと手を伸ばし、笑ってみせた。



「忌みも、嫌悪も、穢らわしいとも思わない。僕の神に誓おう、セドリック。」



胸元に下げたクロスを握り、真っ直ぐと彼に誓う。


「ランスは君が大事だと、掛け替えのない家族だと言っていた。本当は優しい子だとも僕に話してくれた。…だから、信じるよ。」

僕の言葉に彼の瞳が燃えるように揺れだした。その目が次第に潤い始め、下を向いている彼の目からポトリと一粒の涙が溢れた。

真下の僕を見下ろし過ぎて、このまま頭から落ちてしまうのではないかと思うほど、彼は僕から瞬き一つせずに目を離さない。


…きっと、彼と僕は少し似ている。

だから、僕だけが気付けた。

そして僕だけが彼の本音を知っている。


彼の落ちてくる涙を掌で受け取るように開き、木漏れ日で金色に輝く彼の髪を見上げ、はっきりとここに宣言する。



「だって、君は国で一番の王の器を持つランスの弟なんだから。」



その言葉を皮切りに、彼の目から降ってくる涙の量が一気に増えた。ボロボロと涙を零し、しゃくり上げ始めた彼は蹲るように自分の膝に顔を埋めた。


本当に八歳とは思えないほどの幼さだ。…いや、純心と言った方が良いのかもしれない。多くの大人の思惑や思想に晒され、それをそのまま飲み込み続け、…恐らくはランスが彼を〝子ども〟に戻したのだろう。


「降りておいで、セドリック。神の名において約束しよう。僕は君に何も強要したりはしない。」


目を服の裾で強く擦り、鼻を啜るセドリックは顔の水分を全て拭い終えた後にゆっくりと木の上から降りてきた。

僕に泣く顔を見せたくないのか、再び俯き、ひっくひっくと肩を揺らし続けた。幼い彼に、僕は片膝をついて小指を差し出す。するとそれに気づいたセドリックが、再び目を擦りながら僕と小指を見比べた。


「ランスが、…世界中の誰もが気付かずとも僕だけは知っている。君のその優しさも尊さも。…そして、君が選んだ荊の道も。」


きっと辛いこともあるだろう。己が無力に苛まれ、いつかはその小さな決意すら呪い、後悔する日がくるかもしれない。これは彼のエゴでもあるのだから。

だけど、彼は僕と一緒だ。



大人達に望まれる未来ではなく、僕らはランスを選んだ。



「僕だけは君の行く道の味方だ。君が信じる道を僕も信じ、そして共に行こう。ランスと三人で、必ずハナズオを良き国にしよう。」


自分の腕に目を擦りつけたまま、セドリックが頷く。何度も何度も言葉が出ないかのように代わりに頷く。そして、涙で赤らんだ顔を上げると自分の小指を絡めてくれた。


互いに小指に力を込め、僕らは約束を交わした。


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