275.第二王子は祝した。
14months ago
「国王陛下万歳‼︎」
「ランス国王陛下‼︎」
「サーシス王国新国王陛下!」
「ハナズオ連合王国二大国王陛下‼︎」
様々な声が集い、響き渡る。
今日はランス・シルバ・ローウェル第一王子の戴冠式だった。
国で誰よりもハナズオ連合王国を愛し、その未来を見通す先見の王。
サーシス、チャイネンシス、どちらの民にも愛されし国王。
サーシス王国の国王として誰よりもふさわしき、皆に認められた国王。
それが、俺の兄貴だ。
「おめでとう、兄貴。…いや、国王陛下か。」
戴冠式を終え、皆に祝福された兄貴に直接挨拶をする。手を差し出せば、図体のでかい身体のその大きな腕が力強く握り返してきた。
「兄貴で良い、セドリック。今更だろう。…お前も、今日から〝王弟〟だ。」
返されるその笑みまで力強く、それは間違いなく王の威厳に満ち溢れていた。
戴冠式にふさわしく、豪奢な装飾とマント、そして何より前王である父上から授けられた王冠は眩く光り輝いていた。やはりあの王冠は兄貴にこそ相応しい。
「いや、俺は〝第二王子〟のままで良い。〝王弟〟よりも遥かにその美しい響きの方が俺様には合っているからな。」
「その物言いだけは早く治せ、馬鹿者。」
握手した手をメキメキと折らんばかりに握り締められる。民の手前、笑みはそのままだが正面からそれを捉えた俺には兄貴の青筋がはっきりと見てとれた。…やはり目の前にいる国王があの兄貴なのだと実感する。
「いやぁ、本当に立派な戴冠式だったよ。」
ニコニコと笑いながら、兄貴の影から兄さんが顔を出す。
一年前にチャイネンシス王国国王として就任した兄さんは、我がサーシス王国の戴冠式にも参列していた。…傍らで兄貴の戴冠を見守った兄さんは、本当に嬉しそうだった。
「少し緊張気味だったみたいだけれどね。」
兄さんが笑みのままに兄貴の肩を叩けば、兄貴は図星を突かれたように口元をゆがめた。
「仕方があるまい。人生でたった一度のことだ、慣れはせん。」
「ランスは昔から変なところで緊張しやすいよね。」
「兄さんの戴冠式は堂々たる振る舞いだったというのに。」
言ってくれるな?と、兄貴が口だけを笑ませたままに俺と兄さんの肩にそれぞれ腕を回した。民の目には仲良く腕を組んでいるように見えるだろうが、確実に俺と兄さんの首をギシギシと締め付けている。
…兄さんの、戴冠式も立派だった。
同歳にも関わらず、一年先に国王戴冠をされてしまった兄貴だったが、国王だった父上や俺と並び兄さんの戴冠を見守る横顔には全くの曇りがなかった。心から兄さんの戴冠を喜び、祝福する友の顔だった。
兄さんも戴冠が決まった時は少し兄貴に引け目を感じているようだったが、話を聞いた時からずっと兄さんの戴冠を自分のことのように兄貴は喜び続けていた。〝誇らしい〟〝流石だ〟〝お前以上にチャイネンシス王国に相応しい王など居ないだろう〟…そう言って、兄貴へ気を咎めていた兄さんの背を叩き続けていた。
「本当に同じ王として誇らしいよ、流石だランス。」
「兄貴以上にサーシス王国に相応しい王など居はしないだろう。」
兄貴の首絞めから逃れるように兄さんと俺が囁けば、やっと兄貴が解放してくれた。「お前達はこういう時ばかり世辞が上手い」と言いながらも嬉しそうに笑う兄貴に、俺と兄さんで顔を見合わせる。
だが、本心だ。俺も、兄さんも…間違いなく。
兄貴が兄さんに手を伸ばして見せると、それに気づいた兄さんがその手に己が手を重ね、掴んだ。互いに握り合った手に力を込め、手袋越しにぐっと音がした。
「誓いを果たしたぞ、ヨアン。…これからだ。」
「この日を心待ちにしていたよ、ランス。…そうだね、これからだ。」
強い眼差しで笑んでみせる兄貴と兄さんに、それだけで俺までもが胸が熱くなる。
兄貴と兄さんの昔の約束。それは俺も兄さんから聞いて知っている。
だからこそ俺も今日というこの日が何にも勝り、待ち遠しかった。
「これから忙しくなる。俺が…いや、私が国王となったからには、国を閉ざし続けるつもりはない。世界は広い!ハナズオ連合王国として体制を整え、それから諸国との同盟を結ぶ。…アネモネ王国ばかりに貿易を頼る訳にもいかんからな。」
「ランスはアネモネ王国がお気に入りだね。確かに最近は貿易も軌道に乗っているようだし、物資も一度で各国のものが手に入るから民も外部に興味を持つ良いきっかけになっているけれど…あそこは奴隷容認国だからな。」
兄貴の言葉に兄さんが考えるように唸る。顎に指先で触れながら「チャイネンシス王国には難しいかな」と呟いた。
「奴隷制といってもアネモネ王国は奴隷の売買は禁じた国だ。先日、第一王子のレオン王子にもお会いしたが、悪い人間ではなかった。」
「ランスが言うならそうなのだろうけれど…やはり、まだ完全奴隷制否定派の国でないと僕の国では交易も難しいよ。神の元に人は平等というのが僕らの考えだからね。」
「前に話してたフリージア王国はどうだ?かなりの大国なのだろう。宰相のダリオの話では女王制の国だったか、必要ならば俺様が一肌脱いでやって…」
「「駄目だ。」」
…二人同時に止められる。ダリオにも当時同じように止められた。昔は俺に詫びるばかりだったというのに、許してやってからは特に遠慮なく反論までしてくるようになった。何故だ、俺が会いに言ってやればどんな女でも立ち所に俺の虜になること間違いなしだというのに。
「お前はその考えを先ず改めろ。良いか?何度も言うが全ての女性がお前の思い通りの反応をするとは限らない。民からの差し入れも毒味無しに容易に食すな。」
「セドリック。きっとちゃんとしたマナーや教養を身につけた上で関わった方がもっとモテると思うよ。」
「ッ別に俺はモテたいなどと考えたことはない‼︎」
変な事を言わないでくれ!と兄さんに言い返せば俺の反応がおかしかったのかクスクスと笑われた。
「俺がモテたいのではない!女性が俺に好意を抱くだけだ‼︎」
「ならば誤解を招く振る舞いは治せ。」
兄貴が頭を抱えながら溜息を大きく吐き出した。兄さんも続くように「そうだね」と兄貴の同調する。…兄さんはこういう時すぐに兄貴の味方をする。
「…皆が喜ぶことをしてやって何が悪い。」
誰にも迷惑などかけていない。その証拠に今も兄貴の戴冠式に出席していた参列者や、城下から招かれた民に手を振ってみせれば、甲高い悲鳴が上がる。
一点に笑いかけてみせれば、前方に並んでいた女性の顔がみるみるうちに紅潮した。誰一人迷惑がる者などいない。女性だけではない、女も男も皆が歓声を上げてくれている。
「例え俺がどれほど無能であろうとも、これこそが俺の価値。それで充分だ。」
俺の中身がどうであろうと関係ない。この美貌を惜しみなく提供すれば、何も問題はない。皆が喜び、皆が満足する。
そう思い、兄貴の腕を振り解く。少し前に出て、四方に手を振り歩けば誰もが歓声を上げた。…一瞬、視界に入った兄貴と兄さんが眉を寄せ、影の差した複雑そうな表情を俺に向けていた。国王二人の歓声を独り占めしたことが不満なのか、振り返り兄貴達にも歓声が向くように手で二人を民達へ示してみれば一際大きな歓声が上がった。
民に応えるように、兄貴と兄さんが民に手を振り返す。
…そう、これで良い。
一年前からは兄さんが国王即位したことで、我が国に兄さんが頻繁に訪問もできるようになった。
そして今日、兄貴も兄さんも国王として認められた。
あの日の約束を叶えてくれた。
これ以上、俺に求められるものなど何もない。