29.外道王女は怒り、
謁見の間。
第一王位継承者である私は去年、母上が不在の時に限りこの部屋を使う事を許された。
大人数で内密な話をするのにここ以上の場所は無い。
人払いも済ませ、私達が来た時には新兵を含めた騎士団全員…と、騎士団長の息子さんも一番後ろに並んでいた。新兵や騎士団長などの重傷者は今も団服の下には包帯が巻かれていたり、消毒液の匂いがする者もいた。
全員が姿勢を正す中、私はゆっくりと彼らの開けた道を玉座に向かって歩む。背後にはステイル、そしてティアラもついてきている。
私が玉座に着き、そして順にステイル、ティアラと席についたところで、騎士団も全員がその場に跪いていた。
「面をあげなさい」
私の合図で全員が私の方を向く。
「人払いは済ませてあります。今、ここにいるのは貴方達と…私と愛しい弟妹のみ。」
本当はティアラは置いてきたかったのだけれど、例の如く泣きそうだったので無理だった。
「私に言いたいことがあるのならば、今この場でのみ、どのような失言も咎めません。」
私の言葉に騎士団全員からさっきとはまた違う緊張感が出てきていた。
「ステイルから話は聞きました。私が現地に赴いた一件は内密にして下さったそうですね。ありがとうございます。」
そう、私がステイルに頼んで武器を現地に送って貰ったり、崖崩れを予知して避難を指示したことは隣国にいる母上や父上に既に騎士団から報告が届いてる。だが、私が崖崩れがあるという現地に赴き、暴れて騎士団長と奇襲者と三十分ほど密室空間にいたことは全て内密にしてもらっている。
私としても王族の人間がそこまでやってしまったのは母上と父上に怒られること確実だったし、騎士団としても王族の人間を巻き込んだなど大失態、最悪の場合重罰ものだったので、ステイルと副団長が話し合って内密にしてくれたらしい。
勿論、ステイルの口から昨日迎えてくれた衛兵や侍女、カール先生にも口止めがされている。…特にカール先生は騎士団演習場からずっと私達の傍にいたにも関わらず、私を止められなかったから責任問題もあり、即答だったらしい。
「いえ、此方としてもその方が助かりますので。…では」
騎士団長が口を開き始めた。
「失礼ながら、第一王女殿下。…剣や狙撃、格闘術の御経験はどこで。」
言葉が…重い。
騎士団長の言葉が一言一言、意味や感情を込めるようにゆっくり語られた。
最初から大分痛いところをつかれてしまった。
「剣や護身格闘術はステイルが教師に教わる際に、少し。狙撃は…、昨日騎士団の視察の際に演習で見ました。」
その途端、騎士団全員がどよめく。
嘘ではない。実際は、剣や護身格闘技も教わったのは見るのが殆どで、実践したのもその直後の一回だけだったけれど!
でも、ラスボスだからチートなんです。なんて言えないし、これが私が嘘偽りなく言える精一杯だった。
騎士団が「冗談だろう?」「あの立ち回りをそれだけで」「待て、つまり狙撃自体はあれが始めてだったとでも?」「まさか」と口々に話している。まぁ、当然の反応だ。
だが、副団長すら驚きを隠せない様子の中、騎士団長だけは冷静に「なるほど。」と一言だけ答え、質問を続けた。
「では、あの時…何故あの奇襲者が我が国の特殊能力だとご存知だったのでしょうか」
「予知しました。彼が崖の崩落の中、能力で土の壁を築き身を守るのが見えました。」
これはちゃんと考えていた。同じくゲームのルートだなんて、とても言えない。
「では、何故単身で現地に赴かれたのでしょうか。」
間髪いれずに騎士団からの質問が続く。恐い。
「あの場で、貴方の元に駆け付けられるのは私しかいませんでした。ご存知の通り私の弟、ステイルは自分の体重前後までの重さしか移動できません。」
「ならば騎士団の通信手段を用いて、傍にいる新兵や先行部隊に伝えて動かすのは不可能だったでしょうか。」
「私が予知した時には既に彼らは避難して大分その場から離れていました。間に合ったかわかりません。それに、特殊能力を持つ奇襲者が誰か、顔がわかるのも私だけでし…」
「それでも‼︎貴方が戦場に出られるより遥かに良い‼︎」
騎士団長の怒声が部屋中に響き渡った。
ビリビリと直接耳が、皮膚が振動する。
「もし他では間に合わぬ可能性があったとしても‼︎貴方が出るべきではなかった‼︎先行部隊にその男の特徴でも伝え、あとは私達に任せておけば良かったのです‼︎」
続く怒声に副団長がおい、落ち着けと騎士団長を押さえようとするが白熱した騎士団長は止まらない。
「貴方が戦場に赴くぐらいならば、先行部隊が…いや、騎士団の誰もが命を顧みず行動したでしょう‼︎」
「それでは最悪の場合、貴方と、その者まで瓦礫に巻き込まれてしまいました。私が一番確実に…」
「貴方よりは遥かに良い‼︎我々騎士二人死ぬことで、王族一人を守れるのならば‼︎」
ぐぐ、っと私は言葉につまる。王族一人を守る為に、二人の騎士が死ぬ。そんなのは当然だ。王族一人の為に騎士が全滅しても当然とされるのだから。
でも、私は…
「貴方の死がどれほど大きな損害か!御自身の立場を今一度見直されよ‼︎貴方はその短絡的な考えで、私一人どころかこの国の民全てに絶望を与えるところだったのです!」
騎士団長の言葉が突き刺さる。きっと、本当は昨日、何度も何度も私に言いたかったことなのだろう。
駄目だ、言われて当然のことをしたのだから。ここは黙って受け入れないと。
「我々は騎士です‼︎王族である女王陛下、王配殿下、そして貴方方を御守りする為の盾であり剣です‼︎貴方はその騎士としての生き方に泥を塗るところだったのです‼︎」
彼の言うことは最もだ。彼は騎士としての死を望んでいた。あそこで一歩間違えれば私が死ぬだけではなく、彼の死すら汚すところだった。でも…
騎士団長に怒鳴られながら、視界の隅に顔を上げている息子さんがうつる。ボサボサの髪の毛でその表情までは読めない。その途端、昨日の彼の姿が思い出させられた。
泣きながら、父を救ってくれと叫ぶ彼の姿を。
「貴方の命と、我々の命の価値は違うのです‼︎」
駄目だ…今は、我慢しないと…
「貴方の為ならば、民の為ならば我々は喜んでこの命を捧げましょう‼︎」
耐えて…‼︎
「貴方方王族の為、そして民の為に我々はいる‼︎決して我々の為に貴方が動くべきではないのです‼︎」
内なる傲慢女王プライドが、今にも気持ちを吐き出せと私をつついてくる。駄目、ちゃんと王族として聞き入れ…
「お捨てなさい‼︎自らを危険に晒すぐらいならば、例え騎士団長である私の命でも躊躇なく‼︎貴方は御自身の価値というものを全く」
─ぷつん。
私の中で何かが弾けた。
「黙りなさい。」
自分が思ったよりもその声は強く、低く響いた。
さっきまで怒声を上げていた騎士団長が瞬時に黙りこむ。
副団長や他の騎士達も水を打ったように静まりかえった。
もう、良い。例えこの発言で傲慢な自己中心的な王女と謗られようと。王族としての意識が無いと、女王の器でないと騎士達に見放されても。
前世でみた、あんな女王に…自分の為に全てを犠牲にして当然だと笑ってられるプライド女王になるくらいなら、私はその方がずっと良い。
静まり返った部屋で私はゆっくり立ち上がる。
「貴方のおっしゃる通りです、騎士団長。私は短絡的な行動で多くの者に迷惑をかけました。貴方の望まぬ形で、貴方を助けようとした。ですが」
両足で地面に踏ん張り、力を込める。まだ筋肉痛で痛むけど、今は第一王女として精一杯の見栄を。
「私が救ったのは貴方一人ではありません!貴方が、そして貴方がこれから育て上げるであろう騎士達が‼︎これから先どれほどの民を救うとお思いです⁈」
そこまで言うとそのまま返事もなくただ玉座の前に佇む私を見上げる騎士達に、もう一度息を吸い込む。
「己が価値を理解していないのは貴方もです騎士団長‼︎貴方に関わる人間がどれほど貴方を慕い、愛し、心を傾けていることか‼︎」
私の言葉に騎士団長がさっきとは打って変わり目を丸くしている。
「私は王族です‼︎第一王女であり、この国の第一王位継承者です!この国の民が為に生きる者です‼︎そして貴方方は騎士です‼︎直接民を守る、我々の希望であり光です‼︎騎士一人の死がこの先、どれほどの救えたであろう人に救えぬ結果を招くでしょう‼︎」
一度吐き出した言葉は、私の感情に押されてどんどん出てくる。そうだ、私だって騎士団長に言いたいことがあるのだ。
「例え貴方が騎士団長でなく、単なる一兵卒であろうと私はきっと同じ行動をしたでしょう‼︎救えるとわかった時点で救わねば‼︎不要な死などこの私が許しません‼︎」
ステイルやティアラまでもが驚いたようにこちらを覗き込んでいる。
「貴方達は騎士であると同時に我が国の民です‼︎誇り高き民です‼︎我が民を守るのが我が王族の役目‼︎騎士と名乗るのならば、名誉高き死を迎えられぬことよりも、この先救えたであろうまだ見ぬ民を救えぬことを悔やみなさい‼︎」
フハーッと息と一緒に溜め込んでた言葉を全て吐き切った私は、見苦しくないように必死で肩で息をする。数秒間、誰も何も言わなかった。息が整ってから騎士達の顔を一人ひとり眺めると皆揃って目を見開いたまま同じような表情をしている。
やっぱり言い過ぎたかもしれない。何を言っても咎めないと言いながら、言いたいこと全て言い返してしまった。完全に引かれたか、呆れられてしまった。
ならせめて、最後にこれだけは言わないと。
「最後に」と一言言葉を区切り、私は姿勢を正す。
「貴方方の神聖な戦場を土足で踏み荒らし、勝手な行動で貴方方騎士団に多大な迷惑と、王族の権威を振りかざして私の自己満足を押し付けてしまったこと…第一王女、プライド・ロイヤル・アイビーの名の下に心よりお詫び申し上げます。…申し訳ありませんでした。」
そう言ってゆっくりと頭を下げた。騎士達も、そしてステイルやティアラもどよめく。王族がそれ以外の者に頭を下げて謝罪するというのはそれだけの重さがある。
ステイルが「姉君、第一王女の貴方がそれはっ…」と止めに入るが手で制した。
「ここは私達以外誰もいないわ、ステイル。公式の場では叶わないからこそ、これは私個人の心からの謝罪です。」
そう言って暫く頭を下げてから、ゆっくり上げると騎士達からは困惑と驚きの表情がみてとれた。
暫く互いに言葉が出ず、そろそろ御開きにしようかと考えた時だった。
「プライド第一王女殿下。」
沈黙を破ったのはクラーク副団長だった。今まで発言をしなかった副団長に少しまた身構える。
「ここが、公式の場ではなく個人の言葉も許されるというのならば私からも一つ宜しいでしょうか。」
穏やかな表情だった。許します、と答えると副団長が立ち上がり、騎士団長を横切り、私の正面になる位置に立つ。
「この度はステイル様のお力添え、そして…我らの騎士団の窮地を御救い頂きありがとうございました。」
そう言って再び私の前に跪く。
騎士団長か驚いたように「お、おいクラーク」と声を掛けようとするがその途端今まで副団長からは聞いた事がない大声で「並びに‼︎」と叫ばれ、打ち消されてしまった。
「我が友…ロデリック騎士団長をお救い頂き、心より感謝しております。…ありがとうございます…!」
そういって、頭を下げて平伏する。
驚きのあまり私は言葉が出なかった。
でも一番驚いているのは騎士団長だ。
「今回の一件、騎士としては王族を巻き込むような事を認めてはなりません。感謝など以ての外でしょう。ですが、私個人として今この場で感謝したい。貴方の行動がなければ、私達は大事な友を確実に一人、失っていたことでしょう。」
ひとつひとつ、噛みしめるような言葉だった。クラーク副団長にとって、騎士団長がどれほどの存在だったかがよくわかる。
すると、また一人立ち上がり、副団長の後ろに控える形で平伏してきた。怪我の様子から新兵だろう。「この度は恥ずかしくも第一王女殿下に命を救われました…‼︎我々の未熟故に騎士団長を失わず済みました…ありがとうございます…‼︎」と一息で叫び出した。すると続くように次は作戦会議室にいた騎士が、先行部隊の騎士が、また新兵が…まるで堰を切ったかのように私の正面に平伏してきたのだ。全員、口々に語ってくれたのは騎士団長が助かったことへの感謝だった。次々と騎士団長の後ろに控えていた騎士達が私の正面の、副団長の後ろに下がり平伏し、気づけば騎士団長とその遥か後方にいる息子さん以外全員が私にそうしていた。
騎士団長も呆気を取られた様子で固まっている。彼は本当に愛された団長なのだと改めて思った。
そして最後に
「……。」
息子さんが、動いた。ゆらりと立ち上がり、騎士達の後ろに移動すると慣れない様子ではあるが彼らと同じようにペコリ、と何も言わずに平伏す。
騎士団長はもう、信じられないものをみたように開いた口が塞がらなかった。こんな騎士団長は初めてみる。
「…では、我々は失礼致します。」
クラーク副団長は少し騎士団長の顔を可笑しそうに笑うと、そのまま落ち着いた様子で立ち上がり騎士達を合図で促した。私が「ええ。」と答えると前から順々に騎士達が挨拶して去っていく。
最後に副団長が騎士団長の横に並んだ、その時だった。
「ッ…あの!…」
思い切るような、声だった。見れば、騎士団長の息子さんが頭を上げたままじっと私の方を見つめている。
「俺からも、…良い…でしょうか…」




