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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
冒瀆王女と戦争
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264.冒瀆王女は、しくじる。


「…っ、…お怪我はありませんかプライド様。」

「申し訳ありません、対応が遅れました。」


爆撃の後、爆風や耳鳴りが少し止んでから、アラン隊長とカラム隊長が静かに声を掛けてくれた。投爆に私とセドリックが声を上げた直後、カラム隊長が私達を庇いながら爆弾の落ちる場所から離れてくれ、アラン隊長も爆発する前にはまさかの先頭から一気に私達の所まで駆け込んで私やセドリック、そしてカラム隊長ごと覆い被さってくれた。


「…いえ、ありがとうございます。お二人こそお怪我はありませんか。」

爆煙だけが変わらずで視界も悪い中、目を凝らして傍にいる筈の二人に問い掛ける。よく見えないけれど、私からの問い掛けにアラン隊長もカラム隊長も一言で答えてくれた。

爆風に煽られ、傍に植えられていた黄色の花が大量に焦げ散った。でも、てっきり今までのような規模の爆発がくると思って身構えたけれど、意外に小規模で良かった。周りを見回しても敵兵は傷を負ったり、吹っ飛ばされたまま伸びている人もいるみたいだけど、騎士はその殆どが無傷だった。


「…ッ…プライ…ド!…離してっ…くれ…‼︎」


ふと、くぐもった声がしたと思い、目を向けるとセドリックだった。私が思い切り鎧の腕で彼の頭を掴んで上半身ごと覆ってたから苦しそうだった。投爆の際、セドリックを庇う為に頭から覆ったのは良いけれどその後すぐにカラム隊長に身体を引かれ、さらにアラン隊長が覆い被さってくれたお陰で思い切りセドリックに圧力がかかってしまっていた。

ごめんなさい、と謝って手を離せばすごい勢いで身体を起こし、丸めきられた背中が伸ばされた。爆風による粉塵をもろに吸い込んで、私に何か言おうとした瞬間にゴホッゴボッとむせ込んでいた。


「っ…何故、お前が俺を庇うんだ…!そこはっ…俺が庇うところだろう⁈」

未だ少し噎せながら私を強めに見るセドリックに、思わず苦笑いをしてしまう。土埃の中でもセドリックの燃える瞳だけははっきりと見えた。王子として女性である私に庇われるのは確かに彼にとっては恥ずかしかったかもしれない。再びごめんなさい、と謝りながら思わず一歩引いて、それから続ける。


「でも、約束したから。」


だからここは私が守らなきゃと思って。と言い張ると、ぐっと口を固く結ぶセドリックがその燃える瞳を揺らした。何か言いたげな目で、それを耐えるように拳を強く握る音が聞こえた。…その時。


「ッお二人共!気をつけて下さい‼︎」


突然、アラン隊長の叫び声が放たれた。

はっ、と顔を上げるとちょうど爆撃で未だ倒れていない敵兵が態勢を立て直したようにじわじわと私達の方に近づいてきていた。他の騎士達もそれに気づき、応戦するように敵兵と再び交戦を始めた。

まだ爆煙や土埃で視界がはっきりとはしない中、敵兵の自棄気味の攻撃を騎士達が見事に避け、斬り伏せていく。せめて視界が良くなるまでは無暗に動かないようにと、セドリックの手を握りながらその場で構える。

今のところは騎士達が守ってくれているお陰で私達の所まで敵の攻撃は届かない。必死に目を凝らしながら敵兵と騎士達の動きを確認しようとぐるぐる辺りを見回す。と、突然握ったセドリックの手に私の方が軽く引っ張られた。振り返れば、セドリックの視線が一点を食い入るように向けられていた。視点を合わせるように目を向ければ、途中で一つの影が目に止まる。


「っ…あれ!セドリック‼︎貴方の兵じゃっ…!」

城壁に倒れこんでいる兵を指差す。敵兵の格好ではない、どうみてもサーシス王国の隊服だ。セドリックに確認を取れば、彼は「ああそうだ!」と声を張り上げた。恐らくずっとここで防衛に張ってくれていた衛兵だろう。さっきの投爆の衝撃で気を失ってしまっているらしい。セドリックが「バイロン‼︎おい!」と衛兵の名を叫び、駆け出そうと足を踏み出した。


「待ってセドリック!今動いては駄目よ‼︎」

視界が悪い中で動いたら、敵兵に不意打ちを受けるかもしれない。数歩離れただけで近衛騎士の視界から私達が消えてしまう恐れもある。焦るセドリックの腕を両手で掴み、引き止める。少し抵抗したセドリックだけど、私の声掛けになんとか思い留まり歯を食いしばって衛兵を見つめ続けた。

他の衛兵は恐らく上手く避けれたか、騎士が庇ってくれたのだろう。目を凝らしても味方兵で倒れているのはその衛兵だけだった。


「せめて爆炎が止むまで待って‼︎あの人は知り合い⁈」

「知らん!会話などしたこともないが、兄貴を守る兵の一人だ。放っておける訳もあるまい!」

腕を掴む私に振り返らずに、彼は言葉を返した。今にも私が手を緩めたら衛兵に駆け込んでいきそうだ。…その時だった。


「伝令!伝令‼︎南棟が崩落の危険あり‼︎今すぐ周辺の者は避難せよとのことです‼︎」


さっき本陣にいた騎士の一人だ。速さに特化した特殊能力者か、城の二階の窓から飛び降りてきた彼はその足で私達を追いかけてきてくれたらしい。

南棟は正に今私達の目の前にある棟だ。そんな、まさかと思いながらも城を見上げ、意識を向ける。すると


ガラッ…ガラ…ガララ…パラッ…


敵兵の怒号や戦闘音に紛れていたけど、何やら不穏な音が鳴っている。セドリックも気づいたらしく、思わずといった様子で一歩たじろいだ。すると私達が判断するより先にカラム隊長の叫び声が上がり


「ッ全員退却‼︎‼︎今すぐ全員この場から離れろ‼︎」


カラム隊長からの号令に、騎士達が一気に敵を押し切るようにしてその場から駆け出した。カラム隊長が私の腕を取り、セドリックの背中を押してこの場から離そうとしてくれる。まずい、これはっ‼︎


「っっ…‼︎」

セドリックが、さっきの衛兵の方へ駆け出す為に私の手を振り解こうと力を込めた。絶対そうすると思った‼︎彼がそうしない理由がない!私も逃すまいと思い切りセドリックの腕を掴む手に力を込める。


「カラム隊長!命令です!セドリックを押さえて下さい‼︎」

私が叫ぶと、カラム隊長が素早くセドリックを押さえてくれた。「ッ離してくれ‼︎」と声を荒げる彼から一度腕を離し、正面から回り込んで思いっきり押し飛ばす。そして、その反動のまま




衛兵に向かって私が駆け出す。




背後からセドリックとカラム隊長の声が聞こえた。

かなり切迫した声から多分いま上を見上げちゃいけないなと肌で感じる。重い剣を投げ捨て走り、走り、倒れた衛兵の方へ駆け込む。

城壁の影だったせいかまだ爆煙も溜まり、見えにくい場所になってた。倒れた衛兵の腕を掴み、起き上がらせようとした時に、背後から迫る何者かの気配を感じる。誰なのか振りかえらなくてもよくわかる。

構わず私は掴んだ腕をその背後の気配に向けて差し出した。私一人の非力では気を失った男性なんてとても運べない。だから


「ッアラン隊長!この人を‼︎」


凄まじい速さで私を追い掛けてきてくれたアラン隊長に振り向きざまに衛兵を託す。アラン隊長は必死な表情で「俺に任せて先に‼︎」と私に叫ぶと、片手でその衛兵を引き寄せてもう片腕で私の背を先に逃すように押し飛ばしてくれた。

勢いに乗り、一気にその場から大分距離を取れ、そのまま走りながらアラン隊長の方を振り返る。気を失った衛兵を軽々と背負ってくれる姿が土埃の中からうっすら見えた。それを確認してから私も前を向き、逃げる足に力を込め


「⁈キャアッ‼︎」


ー ようとした途端に、突然転ぶ。

何かに左足を掴まれ、踏み込もうとした右足が滑ってグギッという激しい痛みと共に身体ごと地面に倒れた。「プライド様⁈」とアラン隊長の叫び声が前方から聞こえた。良かった、もう先に進んでくれたらしい。

土埃でお互いよく見えないけれど、とにかく「大丈夫です先にその人を!」と返す。振り返ると、私の足を敵兵が掴んでいた。既に騎士の誰かに倒されたのか、突っ伏し、息も耐える寸前の様子の敵兵が嫌なニヤつきの笑みと共に私の足を掴んでいた。今すぐ逃げないと死ぬかもしれない状況と、その中で笑っている敵兵に恐怖で一瞬声が出なくなる。

思わず視線を逸らすように顔を上げれば、城の上階部分に亀裂が大きく入り、そこから激しく揺れて今にも大破片が落ちてこようとしていた。

離して‼︎と声を上げようと敵兵を睨んだら、既に私の足を掴んだまま生き絶えてしまっていた。しっかりと鎧ごと掴まれた私の足が敵兵の手から離れない。慌てたせいで頭も回らずただ左足をバタつかせているとその間にも城からボロボロと瓦礫が落ちてきた。手のひらサイズから、敵兵の頭より大きな塊までどんどん落ちてくる。まずいまずいまずい‼︎上体を起こし、敵兵の手を解こうと手を伸ばした時




ゴッ、と。

私の左足に直径三十センチはある破片が直撃した。同時に足から嫌な振動が伝わる。

「っっっあッ…‼︎‼︎ッ…ーーーッッ‼︎」


痛みで、思考が真っ白になる。

折れた折れた折れたまずいまずいまずい‼︎‼︎と単純な言葉だけが繰り返されるけどそれ以上どうすべきか考えられない。痛みに悶え、声が上手く出ないまま天を仰げばもう城の崩れた部分が傾いていた。…きっとさっきの爆撃で崩れたのねと変に人ごとのような思考が頭を過る。このまま死ぬのかと少し覚悟に似たものを感じた時


「プライド様ッ‼︎」「ッこっちか‼︎‼︎」


殆ど同時に、近衛騎士の二人の声が聞こえた。


…まずい。


助けて、よりも先に恐怖が勝った。「来ちゃ駄目です‼︎」と声を上げたけど、二人ともむしろ加速するように構わず私の方に走ってくる。

一気に諦めかけた頭が覚醒する。まずいまずいまずい‼︎もう間に合わないのに‼︎このままじゃ私どころかカラム隊長とアラン隊長まで城の下敷きになってしまう。カラム隊長の特殊能力だって重さには例え耐えられても落下物の衝撃にまで耐えられるかはわからないしそれ以前にあの瓦礫全てを無限に捌けるとは思えない!アラン隊長だって素早いけど特殊能力者の高速とは違う‼︎それに私やカラム隊長を抱えて逃げれる訳がない‼︎


「ップライド様‼︎」

瓦礫が降って来る中、最初にやはりアラン隊長が駆け込んできてくれた。敵兵の手を退かし、更に足の上にある瓦礫を退かしてくれる。そのまま私の身体を両腕で抱え上げてくれた時、二メートルは幅のある瓦礫が降ってきた。アラン隊長が私を抱えたまま庇うように背中を向けて逃げようとした瞬間、今度はカラム隊長が駆け込みその瓦礫を特殊能力で受け止め、足で踏ん張り何とかそのまま瓦礫を地面に放ってくれた。

駆け出すアラン隊長に抱かれて城を見上げる体勢になると、…丁度城が崩れ落ちようとするところだった。

ステイルを呼ぼう、とやっと頭が回って指を口に咥えたけど上手く吹けない。何度もやっても駄目で、鎧のついた手のままだったとやっと気がつく。駄目だ、頭が回らない。

二人が振り返り、アラン隊長が急ぎ更に足を速めようとするとカラム隊長が「アラン‼︎」と声を上げた。カラム隊長とアラン隊長の目が合い、私を抱えるアラン隊長が酷く歯を食い縛る音が聞こえた。

次の瞬間、アラン隊長が城から遠ざかるのではなくカラム隊長の方へと駆け込んだ。突然地面を蹴ったかと思うとカラム隊長が天に構えた手の平の上に片足で着地した。〝怪力〟の特殊能力のカラム隊長が軽々と片手で私とアラン隊長を持ち上げ、






そのまま振り投げた。






カラム隊長の怪力と、アラン隊長の脚力の合技だろうか。ビュッ、と一瞬でアラン隊長ごと私は城から遠退いた。ロケットのような高速に思わず目を瞑り、身を強張らすと途中で振動が伝わり、アラン隊長が私を抱えたままの体勢で一回転して綺麗に着地した。

本当に一瞬過ぎて頭が付いていかないまま、城を見ればガラガラと私達が近くにいた城の南棟部分だけが崩れ落ち出すところだった。そして
















…カラム隊長は。

















「…え。…ラム…隊長…⁉︎」


理解が追いつかず、声だけが先に走った。私を抱えるアラン隊長の団服を掴み、言葉が続かず覗き込めば歯をギリギリと折れんばかりに食いしばったまま城の方を堪えるように睨んでた。一気に身体中を寒気が駆け抜ける。


「はっ…早く、助けに…‼︎」

発作のように声を漏らし、痛む足をバタつかせる。それだけで激痛が響いた気がしたけどそれどころじゃない。カラム隊長がまだ、まだ、あの瓦礫に‼︎

カラム隊長、カラム隊長、カラム隊長と繰り返し叫びながら訳もわからず涙が伝う。早く行かないとと暴れるけど、アラン隊長が手を震わしたまま離してくれない。そうだ、ステイルを呼ばなきゃと指笛を鳴らそうとして手の鎧が邪魔で吹けない。急ぎ籠手を取ろうとしても手が震えて上手く外せない。

「カラム隊長‼︎早く、助けないと‼︎アラン隊長早くカラム隊長をカラム隊」
















「ッ泣かせてんじゃねぇよ‼︎」


















聞き覚えのある声と同時に、私達の真横を残像と土煙が走った。思わず悲鳴も忘れ、何が通ったかも一瞬理解できなかった。跡を目で追えば真っ直ぐにそれは城の方へと伸びていた。もう通り過ぎた物が何かも見えない。ただ、今の、あの声は。












「ヴァル…?」












…城の崩落が、瞬く間の内にその動きを止めた。


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