263.鉱物の地は踏み込まれる。
「……………どういうことだ…?」
敵兵の山のような骸を踏みつけながらハリソンは一人、扉の前で眉を顰めた。
先程までは頻繁に敵兵が隊を成して攻め込んできていた。それが、段々とその回数が減ってきている。
最初は他の騎士達が自分に回す分も敵兵を掃討しているのかとも考えた。だが、耳を澄ませても先程のような量の怒号や、何より殺気も感じられなかった。まさかもう敵兵が尽きてしまったのかとも考え、すぐに一人首を振った。
「…何故来ない。私を置いて何処へ行く?」
他でもない敵兵に向け、呟いた。
彼にとって、敵との戦闘以外は何の意味も為さない。本来ならば今すぐにこの場を去り、敵兵を追っていたところを必死に堪えた。騎士団長であるロデリック、そして第一王子であるステイルからの命令はチャイネンシス王国城内の防衛だ。例え、チャイネンシス王国の国王であるヨアンが許可を下ろしたとしても、城が崩れたとしても彼はその場を離れはしないだろう。
「……騎士団長の話では、奴らの狙いはヨアン・リンネ・ドワイト国王の降伏ではなかったのか。」
ならば、南方から侵攻した敵兵達は城内を狙う筈。試しにヨアン国王のいる本陣の扉を開けて中を確認したが、先程のような敵兵からの侵入も全くなく異常なしだった。本来ならば安堵すべき本陣の無事を改めて確認したハリソンは余計に顔を歪めた。
「…ふざけるな、足りるものか。」
殺意が自身に蔓延し、城の南方を睨みつけた。研ぎ澄ませば、確かに敵兵はまだ国外から溢れている。だがその意識が城から大きく逸れているかのようにだけ感じられた。
城内から少し出れば、…特殊能力でほんの少し駆ければ、南方の侵攻された域に出られる。国外から攻め込もうとするコペランディ王国、アラタ王国、ラフレシアナ王国、どれかの敵兵が今からでも攻め込もうと群れを成して溢れかえっていることは間違いなかった。
だが、騎士団長にこの場を任されたハリソンはこの城内から一歩も出るわけにはいかない。
ザク、とハリソンは剣を無意味に骸へと突き立てた。じわりと骸から血が沁み、ハリソンの足元を更に湿らせた。
「南方から侵攻しっ…城を目指さぬというならば何処へ行く…⁉︎」
考えれば考えるほどに苛立ちが募る。とにかく、南方からの敵兵自体が減っていないというのならば他に流れているということになる。
先ずはこの異変を他陣に報告すべきか、とハリソンは一息で呼吸を整えると再び扉に手を掛けた。本陣にはヨアンと共に数人の騎士と兵士も、そして通信兵もいる。先ずは報告をと再び本陣へとゆっくりその足を踏み入れる。
…願わくば、自分一人でもこの城を避けて通ろうとする軟弱者共を追って殲滅する許可を頂ければと心の底で願って。
……
「っ、…どういうことだッ⁈」
ランスは敵兵を払いのけながら、声を荒げた。
自軍の兵士達と共にチャイネンシス王国の城下掃討を続けつつ、馬から周囲を見回した。
先程までは敵兵の流れも大したことはなかった。自軍の兵士達で薙ぎ倒し、充分に太刀打ちすることができた。見つかってしまった避難中の民を救助する余裕すらもあった。
なのに、今や突然雪崩れ込んできた敵兵軍により形成逆転を許してしまいかけていた。
「ッこのような場所で…死んでなるものか‼︎」
ランスが、剣を振るう。自軍の兵を切り抜け、自分の元へ辿り着いた敵兵を馬上から頭上へ剣で叩き落とす。更に自身を守る兵士が列を成し、国王であるランスを目指し攻め込もうとする敵兵を押し攻めていった。
「先に城下を制覇しろ‼︎」「城は無駄だ!恐らく罠が張り巡らされている‼︎」「サーシスの国王だ‼︎先にサーシスから仕留めろ‼︎」「首を取れ‼︎このままサーシス国王の居場所報告を続けろ‼︎」と、怒号に紛れ、敵兵同士のやりとりが聞こえてきた。
ランスは静かに、一度確認したヨアンの城を思い出す。
たった五人の騎士が、姿も殆ど見せずに侵入した敵兵を掃討する異常な状態。敵も馬鹿ではない。いくら兵を投入したところで姿の見えない敵に自軍の兵士が一人残らず掃討され、沈黙し続ける城に疑問を抱くのは当然だろう。…そして、足を踏み入れることを躊躇い、先に城下から殲滅を狙うことも合点が行く。どうせ、楯突いた時点でハナズオ連合王国は属州に処されることが決まった。いくら文化の跡地を破壊し、更地にしようと敵国は一向に構わないだろう。
「ッ我がハナズオを…なめるなよ‼︎」
国は、チャイネンシス王国だけではない。サーシス王国もまた、この地の一部なのだと。その意思を胸に、ランスは剣を振り、兵士へと指揮を取る。
そして、更に今は。
「通信兵よ!各本陣に連絡を‼︎南方からの侵攻が城を避け、城下に溢れ出している‼︎このままでは最悪北方の最前線の背後を突かれる‼︎」
急ぎ、増援を!と叫びながらランスはフリージア王国の騎士へ声を掛けた。
通信兵達が答え、何処かこちらの映像を送るに適した〝視点〟をと周囲を見回し、とにかく今はと目に付いた兵士達の盾にそれぞれ視点を固定させた。
一人はチャイネンシス王国の城
一人はサーシス王国の城に
一人はサーシス王国の城門に
一人は北方の最前線に、とそれぞれ視点を繋げて一方的に映像を送って行く。
チャイネンシス王国の城下を駆け巡っているランス率いるサーシス王国軍は今、こちらの座標を特定することはできない。その為、向こうからの通信を受け取ることはできず一方的な報告にはなってしまうが現状報告だけでもと、通信兵は視点に向けて報告を繰り返した。
チャイネンシス王国城下、南方から敵兵侵攻が増加。急ぎ援軍を願う、と。