28.外道王女は帰ってきた。
「プライド、おはようございます。」
扉を開ける。昨日のことがまるで夢だったかのように思えるほど、さわやかな朝だった。
「おはよう、ステイル。」
でも、身体の節々が少し痛い。昨日の筋肉痛だろうと思いながら、それを堪えるように笑ってみせる。
「そしておはよう、ティアラ」
「おはようございます、兄様。」
にっこりとティアラが私の裾を握ったままステイルに挨拶する。…昨日からずっとこれである。
「ティアラ、そろそろ離れては…」
やんわりと私がドレスから手を離させようとするが、ティアラがその途端に悲しそうに顔を歪めてくる。
「だって、お姉様が…また…」
そこまで言うと泣きそうになるので、私が慌ててステイルに助けを求めるとステイルは無表情のまま「良いぞティアラ、もっとやれ」とむしろ応援する始末だ。
昨日、騎士団の一件でティアラは結局騎士団の演習場に来ることができず、部屋で私とステイルが戻って来るのを待っていた。
私が先行部隊に送られて城に戻った時には、ティアラは勿論、侍女のロッテやマリー達、衛兵のジャック達、教師のカール先生、そしてステイルにクラーク副団長、そして多くの騎士達が迎えてくれた。騎士達の後ろからチラチラと騎士団長の息子さんも見えた。
私のドロドロ且つボロボロの格好を始めて目にしたティアラは会った瞬間、泣いて私に飛びついてきたし、侍女や衛兵は顔面蒼白で、急いで部屋に戻るようにすすめてくれた。
ステイルには特に心配させたと思ったから最初身構えたけど、無表情…若干怒っている様子で私の方に駆け寄り、そのままティアラごと私を抱き締めてくれた。
身長差で腰回りに抱き着くティアラと違い、私より背の高いステイルの腕の中にすっぽりと私は入ってしまった。泥まみれの私に触れて二人の服まで汚れるのが嫌だったけれど、私を抱き締める二人の手が震えていて、何もできなかった。
「…大丈夫と…っ、…言ったではないですか…」
絞り出すようなステイルの声に、思わず彼の背中を抱き締め返す。
彼には辛い想いをさせないと誓ったのに。
「ごめんなさい…でも、大丈夫よ。怪我も全くしてないし、この通り元気だもの。ちょっと転がったり泥まみれになっただけ。」
そういって笑ってみたけれど、ステイルもティアラも腕の力は強くなるばかりだった。
「どこがですか…!あんな無茶を…一歩間違えればどうなっていたことかっ…」
ステイルの声が震えだし、一度少し離して顔を覗き込むとその目には涙が溜まっていた。久々に見る、子供らしいステイルの泣き顔だ。きっと作戦会議室からあの後もずっとこちらの様子を見ていたのだろう。
こちらの様子を見ていなかった筈のティアラまでいつのまにか泣き出し、しゃくり上げていた。
そうだ、二人とも立派になったとはいえまだたった十歳と九歳。今の私より幼い子供なのだ。
でも、そんな二人の暖かさに安堵した途端…急に微かに身体が震えてきた。
ああ、生きて帰ってこれたのだと。
ぞわりと。もしかしたら、ステイルの言う通り一歩間違えたらどこかで死んでいたのかもしれないという思いが過ぎると今度はドームの中でいた時よりも恐怖が湧き上がってきた。
自分の震えを抑えるように二人を抱きしめ返す腕にしっかりと力を込める。
「ごめんなさい…次は気をつけるから。」
もうしないから、とはとても言えなかった。
将来私はもっと酷い事をして、もっと貴方達を傷付けるかもしれないから。
でも、せめて少しでもそれを避けられるように。
その為なら私は今度こそ、この身が裂けても構わない。
「プライド様」
声を掛けてられた方を首だけで振り向けば、クラーク副団長と騎士団の方々だった。
「副団長…この度は本当にご迷惑をお掛け致しました。」
通信した時も一度詫びたが、改めてもう一度詫びる。
副団長は目を閉じ、何かを飲み込むように頷いた。
「…ですが、貴方様の崖崩落の予知では数多くの兵が助かりました。我々一同、物資補給の協力と共に心より感謝しております。…つきましては、是非後日改めて騎士団長を含めて会談の場を頂ければと。」
「ええ、もちろん」
今はこの場で話しにくいことの方が多いだろう。だからといってこのままただ私が箝口令や口を閉ざせばきっと、それは彼らの中での不穏に繋がる。答えるなら早い方が良い。
副団長の言葉に快諾すると、早ければ明日にもそちらの体制さえ整えば。と伝えた。
なるべく母上と父上が戻る前に話はつけておかないと。
侍女のロッテ達に連れられ、衛兵のジャック達に守られ、騎士達に見送られて。
私はその場を後にした。
そして…
それから私が部屋に戻った時も、身体を磨かれる時も、着替える時も、食事の時も寝る時もそして今朝目が覚めて起きる時も。
ティアラは私から全く離れなかった。
流石に男の子のステイルはずっと一緒という訳じゃなかったけれど、いつもなら止めてくれるティアラの兄でもあるステイルが全く止めてくれないのだ。
食事へ向かう道すがらもティアラは私からべったりとくっついて離れない。
仕方がない、それだけのことをしたのだから。私が「ドレスは布が傷んでしまうから、手を繋ぎましょうか」と言って手を伸ばすと嬉しそうにその手を握ってくれる。私もつくづく妹に甘い。……かもしれない。
朝食を終えて、報告を聞くと騎士団がもしお手隙であれば今日にでも御会談をとのことだった。
流石屈強な王国騎士団、行動力が凄まじい。それと、何故か騎士団長の息子さんも同席したいとのことだった。理由はわからないけれどあの場にいた当事者だ。
私は了承と時間、場所を指示して騎士団に連絡させた。