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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
冒瀆王女と戦争
306/877

257.配達人は答えた。


30minutes ago


「…あー?騎士団に連絡しただぁ⁇」


ジルベールの屋敷。

ヴァルは壁に背を預け、座り込んだままけだるそうに声を上げた。

広間を抜けた客人用の奥の部屋で、一度に守りやすいようにと屋敷の人間全員がそこに集まっていた。

砂を詰め込んだ荷袋を横に立てかけ、ケメトを自分に寄りかからせていたヴァルはついさっきまで仮眠を取っていた。

セフェクに放水で叩き起こされ、ケメトから話を聞いたヴァルは片眉を上げ、目だけで通信兵を睨んだ。

早朝から立て続けに起こったジルベールの屋敷への敵襲。それらを一掃し、やっと休息にとひと眠りを始めてからたった十分後のことだった。

なに勝手なことしやがる?と怒鳴ろうかとも思ったが、考えればステイルからの指示にはジルベールやプライド達への口止め以外は何も禁止されていなかったことを思い出し、すぐにどうでも良いかと思い直す。


「…騎士の連中と顔を合わすのは気分わりぃが。」


舌打ち混じりに呟けば、セフェクとケメトが首を捻る。色々と因縁があるヴァルにとって、騎士は出来ることなら会うのを避けたい存在の一つだった。機嫌が悪そうなヴァルに、ケメトが侍女のアグネスとテレザに貰った軽食を彼の口に突きつけた。空腹で気が立っていると思われたヴァルがその事に更に舌打ちをしながら、そのサンドイッチに直接食らいついた。


「…大丈夫かしら、ジル。」

霞むような小さな声で、マリアが呟く。

最初の敵襲を即座に一掃したヴァル達に事情を聞いたマリアはすぐに屋敷前で敵を拘束したヴァル達を屋敷内へと招いた。以前、プライド主催のパーティーで屋敷を提供したマリアは、当時の来賓名簿からヴァル、セフェク、ケメトという名に覚えも、更には侍女や衛兵達も彼らのことはよく覚えていた。

拘束した男達を衛兵のサルマン達に任せながら、初対面の自分達をすぐに屋敷に招き入れたマリアにヴァルは最初、それなりに訝しんだ。だが「プライド様の御友人なら信用できます」という言葉と、その後の言動から単なる御人好しの類だと判断した。ただし、何故か明らかに〝お綺麗な生き方〟しかしてこなかったように見える彼女が、自分達に対して全く物怖じをしなかったことだけはヴァルの疑問に残った。


「それに…プライド様やステイル様…アーサー殿にティアラ様まで…。…すごく、心配…。」

落ち込むように呟く彼女は、そのまま腕の中にいる娘のステラをぎゅっ、と抱き締めた。

マリアの腕の中でステラは既に泣き疲れて眠っていた。

最初の襲撃を玄関先でヴァルが食い止めた後、マリアに招き入れられたヴァルの凶悪な顔を見てから何度も彼女は泣き続けていた。襲撃者達よりも遥かに人相の悪いヴァルの方が、ステラにとっては恐怖の対象だった。

セフェクやケメトには割とすぐに慣れ「とーさまのお友だち?」「とーさまとね、帰ったらおいしいの食べるの!」と話してくれたが、ヴァルが視界に入った途端阿鼻叫喚の嵐だった。


「あー?無事に決まってんだろ、あのバケモン共が簡単に死ぬかよ。」


憂鬱そうなマリアを煩わしそうに手で払いながら答えるヴァルは、長く溜息をついた。返事が来たことに驚いたマリアは少し言葉に詰まった後「そう…よね…」と言葉を零す。そのまま眠りが深くなったステラを起こさないようにそっとソファーに寝かせた。


「バケモンなんて主に失礼でしょ‼︎」

「ジルベール宰相は普通の人じゃないんですか?」

ヴァルの言葉にセフェクとケメトが声を上げる。五月蝿そうに眉を寄せたヴァルは、騒音の塊であるステラがソファーの上で小さく呻いたことに気づき、急いで二人の口を覆って黙らせた。そのままステラを指差し、アレを起こすなと示した。


「…あの宰相も十分バケモンだ。」

ヴァルは二年前の殲滅戦で、ジルベールの特殊能力もその強さも知っていた。


ジルベールが殲滅戦で関わったジルと同一人物だと知らない二人は同時に首を捻った。マリアがそれを聞き、壁際の椅子に腰を下ろしながら察したかのように苦笑する。すると、ケメトとセフェクがヴァルの裾を引きながら交互に再び口を開く。


「なら、アーサーも強いんですか?」

「あの騎士のガキも充分バケモンだ。」

ヴァルは殲滅戦で、アーサーの実力も目の当たりにしていた。


「ステイル様も強いの?」

「ああ、バケモンだ。」

ヴァルは殲滅戦で、ステイルの特殊能力の恐ろしさも知っていた。


「じゃあ、プライド様も…」

ぼそっ、と呟くケメトにヴァルがセフェクから再び目線を向けた。ヴァルが再びこちらを向いてくれたことに嬉しそうに笑うケメトは、最後にもう一度ヴァルへ問い掛ける。









「じゃあプライド様も()()()()()()()()すごいんですか?」









ケメトの問い掛けにハッ、と鼻で笑うヴァルはそのまま天井を仰いだ。


「あの王女サマも充分バケモンだが、主はそれ以上だ。」


いっそ清々しいとばかりに笑うヴァルに、その意図はわからずとも二人は顔を合わせて笑んだ。 ヴァルはプライドの契約上、それ以上のことは言えない。抽象的なことは言えても、詳しい情報の流出は全て禁じられている。ヴァルとプライドとの出会いすら知らない二人だが、ヴァルの表情や態度を見ればそれだけで充分だった。


「…!。…さて、と。また釣れたみてぇだな。」


ふと、ヴァルが屋敷の外に視線を向けて身体を起こす。ケメトがヴァルの手を握り、セフェクがケメトの反対の手を掴んだ。そのまま再び玄関先でさっさと敵を一掃しようと思った時。


『…リア、聞こえるか。座標は…』


広間の方から突然の声だった。

敵ではない、聞き覚えのあるその声に思わずマリアが「ジル⁈」と小さく声を上げる。その途端、マリアの声に目が覚め、更には遠くから聞こえる父親の声にステラが目をこすり、ソファーから身を起こして辺りを見回した。「とーさま…?」と呟き父親の姿を探し、…嫌そうに顔を歪めたヴァルと目が合った。


次の瞬間、ステラが再び泣き声を上げ、ヴァル達の鼓膜を突き刺した。


至近距離で騒音に撃たれたヴァルが二人から両手を離し、両耳を押さえる。そのまま通信兵に「さっさと宰相と連絡を繋げて黙らせろ‼︎」と叫んだ。

慌てた通信兵が先程聴こえてきた座標を思い出しながら特殊能力で通信を繋げようとするが、その前に泣き叫ぶステラに思い切りしがみつかれてしまった。

彼も屋敷での警備についてからの日はヴァル達と十日も差は無いが、ステラにとっては善人顔と凶悪顔で雲泥の差だった。偶然にも一番ソファーから至近距離にいてしまったヴァルよりも、次に近くにいた衛兵の方を選び、迷わず飛び付いたのだから。

騒音の大元にしがみつかれ、通信兵も耳を塞ぐか宥めるか通信を繋ぐか迷い、さらにはその騒音で集中力が叩き切られたせいか、なかなか通信が繋げられない。マリアがステラに駆け寄り、抱き上げて宥め始めてからやっと通信が繋がった。「広間と繋がりました!」と通信兵は未だ勢いはあるステラの泣き声に潰されながらヴァルに伝えた。…が、既に耳を塞いでいたヴァルには聞こえていない。

通信兵の特殊能力による連絡の繋げ方を知らないヴァルは、一度固定した視点にこちらからの映像が繋がることも、更には映像が既に指定した座標である広間からしか映らないことも理解していなかった。

暫くしてやっとそれを理解したヴァルが、さっさと広間に出て行けとマリアごとステラを追い払おうとした途端、衛兵と通信兵に止められた。「襲撃者が迫っているなら玄関に直結している広間は危険です」「今すでに広間にいるかもしれません」と言われ、ステラの騒音がそのまま部屋に封じ込められた。苛々が最高潮になったヴァルに、セフェクが肩を引っ張りその耳元で声を上げた。



「とにかく先にその襲撃者を倒せば良いんでしょ⁈」



鬱憤のぶつけ場所と、取り敢えず自分だけでもこの騒音の元から逃れられることに気づいたヴァルが、上機嫌でセフェクとケメトを連れて今度こそ広間へと飛び出したのは、ジルベールが屋敷へ通信を繋げて三分後の話だった。




……




「……ティアラ…第二王女、殿下…?」


茫然とするセドリックは、信じられないようにその口を開いた。

彼の前には喉元にナイフを刺され、血を吹き出して倒れ込む敵兵。そして視線の先には、ナイフを放った構えのまま真っ直ぐに自分を見据えているティアラの姿があった。

「今のは…貴方が」


「危ないですから動かないでくださいセドリック王子。」


シュシュシュッ‼︎と。

早口でティアラが制止するのと同時に、再び団服の中に手を入れたティアラが素早く銀色の刃を放った。

自分の顔や身体の真横を一閃に過ぎ去り、直後に再び背後から敵兵の悲鳴と血飛沫が飛んだ。先程、窓からロープで飛び込んできた敵兵の残りだ。そっと振り返れば、部屋に飛び込んできた敵兵が全員ナイフが急所に刺さり倒れ込んでいた。

一拍遅れて衛兵が駆けてセドリックを抜き去り、割れた窓にそれぞれ駆け込み上へ下へと銃を撃ち出した。パンパンッ!という乾いた音で、やっと部屋の中の全員が正気に戻る。


「ティアラ…様…⁈今のは、一体…⁈」


最初に口を開いたのはジルベールだった。

目の前の現象に流石のジルベールすら目を見開き、開いた口が塞がらない。

プライドやステイル、アーサーにとってと同じようにジルベールにとってもティアラは〝か弱い存在〟だった。それが突然、見事なナイフ捌きを披露し、更には一撃で敵兵を無力化したのだ。信じられず、目を皿にするジルベールにティアラは振り向き、ぺこりと頭を下げた。


「ごめんなさい、ジルベール宰相。お姉様と兄様も知らないんです。」


その申し訳なさそうなしおらしい表情は間違いなく、ジルベールの知るティアラだった。

未だ頭の処理が追いつかず、茫然と口を開けている騎士達と同じく、ジルベールもひたすら言葉を失った。これを、プライドやステイル達に報告すべきか否かも含めて頭が必死に情報を飲み込もうと働く。



「ティアラ第二王女…殿下…、まさか…あの時のはっ…!」



ティアラの突然の姿に、彼女をよく知るジルベールや騎士達よりもサーシス王国の衛兵やセドリックの方がずっと受け入れるのは早かった。

辿々しく言葉を紡ぐセドリックに、ティアラは小さな眉を強く寄せ、口元に人差し指を立てると「しー!」とそれ以上を口止めした。その意を理解してセドリックが口を噤むと、早歩きでティアラがセドリックの目の前まで歩み寄った。


「…勘違いしないで下さいねっ、貴方に怒ってるのは変わらないんですから!」


小さく頬を膨らませるような動作をするティアラは、キッと強く上目でセドリックを睨んだ。そしてそれ以上は何も言わず、踵を返してジルベールの方へ駆けていってしまう。

彼女は未だ茫然とするジルベールの上着の裾を握り、通信兵の映像を指差して、これからの戦略をどうするかと必死に問い掛けた。

ティアラの言葉の意味を少しずつ飲み込みながら、セドリックは振り返り、ナイフによって無力化された敵兵の骸にそっと近づいた。

三人それぞれの急所を刺したナイフを抜き、確かめる。どのナイフも何の変哲もない細身のナイフ、…そして彼にとっては間違いなく見覚えのある品だった。血を拭ったナイフ四本を上着のポケットに入れると、再び振り返りティアラの背中を静かに眺めた。



ー 自分より幼い少女が武器を取り戦った姿に、己が無力を更に浮き彫りにされた気がした。


88.122

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