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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
冒瀆王女と戦争
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256.第二王子は目を疑う。


…ステイル王子が最後にジルベール宰相へ言葉を放ってから、数分が経過していた。


未だに、ジルベール宰相は放心したまま動かない。

俺にはフリージア王国の事情はわからない。だが、…ステイル王子の言葉は単に報告不行き届きを窘めている訳ではないことだけはよくわかった。そして、ステイル王子のあの言葉は。


『姉君とアーサーが救った二人を二度と危険に晒すな。』


…また、プライドかと思った。

以前、プライドが騎士団の前で演説した際、俺がステイル王子に放たれた言葉を思い出す。


『…その美しさを、永久に穢さぬ為に僕らがいるのです。』


彼女は、どれほど多くに影響を与えているのか。俺が知っただけでもその数は尋常ではないほどに。

何故それほどまでに彼女が愛され、敬われるのか。これではまるで…


「兄様のこと、凄いと思いましたか?」


は、と突然の声に振り向けばティアラ王女が俺を覗き込んでいた。突然話しかけられたことと、昨夜放たれた言葉を思い出し言葉に詰まる。すると、ティアラ王女は構わず俺に言葉を続けてきた。


「兄様も、ずっとずっと努力されたんです。ずっとお姉様やアーサー、ジルベール宰相の背中を見ながら。………ずぅっと。」

何処か遠くを見るかのようなティアラ王女の眼差しに惑う。何に想いを馳せているのか、それすらも俺にはわからない。


「…セドリック第二王子殿下は、今まで何をされていたんですか?」


突然、…突き刺すかのような言葉だった。

透き通った瞳に吸い込まれそうなほど覗き込まれ、何も返せなくなる。

硬直する俺にティアラ王女は少し影を落とし俯くと「…ごめんなさい」と自ら謝った。


「私も、…叶うならお姉様と兄様とずっと一緒に居たかった。」

最後に小さくそう呟いた彼女は、俺に礼をするとまるで何事もなかったかのようにステイル王子の元へと駆けていった。


「兄様っ!お姉様はあとどれくらいで到着されるのですか?」

ティアラ王女に声を掛けられたステイル王子、そして面していたジルベール宰相が顔を上げる。ステイル王子が「もうそろそろ着く頃だ」と返すと、今度はジルベール宰相の上着の裾を掴み「これで安心ですねっ!」と満面の笑みと共にその声を弾ませた。ただ彼女がそこに入り、そして笑むだけで不思議と先程までの張り詰めた空気が解れていった。

ステイル王子が息をつき「ジルベール、この話は後だ。戦況を報告しろ」と命じ、ジルベール宰相が「…畏まりました」と放心から仄かに笑みを浮かべ、現状を報告し始めた。…その時だった。


おおおぉぉぉぉおおぉぉぉぉおおおおおおッ‼︎‼︎


再び、先程まで耳鳴りのように聞き慣れ始めていた怒号が更に唸りを上げて強まった。窓の外からだと気付き、振り返れば遠目からでもわかる程に敵軍が波のように溢れ返っていた。その殺意だけが窓からも漏れ入ってくるかのようだった。

周囲の衛兵や騎士が「危ないので窓から離れて下さい‼︎」と声を上げ、俺を引いた。


「ッどうやら数を押さえきれなかったらしいな…‼︎第一関門を突破されたというところか。」


ステイル王子が小さく舌打ちをし、忌ま忌ましそうに言葉を放った。

恐らく先程までは押し留められていた城門前が突破されたのだろう。一気に攻め込んでくる人数が目に見えて増加していた。

まだ城内には衛兵も騎士もいる。せめてプライドの増援が来るまで保てば良いが、それまでにこのまま侵攻を許せば、あの大波がこの部屋に殺到し、俺達全員が押し潰されることになる。


「ッ⁈おい!ジルベール‼︎窓から離れろ!」


ステイル王子が突然声を上げる。見れば、ジルベール宰相が離れろと言われた筈の窓辺にゆっくりと近づき、その下にいる敵兵を覗き込んでいた。あのような場所にいれば、いつ狙撃されてもおかしくないというのに。騎士が急ぎ離れさせようと彼に駆け出し



同時に、窓から敵兵が顔を出した。



ティアラ王女の悲鳴が上がる。それを見て更にもう一人の騎士が迎撃するべく窓へと駆け出した。

外壁から登ってきたのか、一人が顔を覗かせたと思えば次々と敵兵の顔が窓の下から上がってくる。チャイネンシス王国の城が襲われた時と同じだ。窓からの侵入を試みられ、俺達の姿を確認した敵兵の一人がその足で窓を蹴り破





パリィィィィインッッ‼︎‼︎





「ようこそいらっしゃいました。窓からの侵入などなかなか粋なことをされますね。」

…る前に。

ジルベール宰相がその敵兵の首を鷲掴んだ。窓の内側から、己が手で窓を敵に破られる前にその拳で破り、躊躇なく外にいた敵兵を掴み、持ち上げた。パリィ…パリッと硝子の破片が散らばり、それを気にしないようにジルベール宰相は掴んだ男を片腕で部屋に引きずり込み、床に叩きつけた。ダンッ‼︎という痛々しい音と共に敵兵がそのまま騎士に取り押さえられる。


「登ってこられる前に叩き落した方が良い。」


そう言うと、臆さずジルベール宰相は割れた窓から再び他の敵兵を覗き込む。後続が銃を放ったが、全く動じず身体を逸らすだけで避けた。

更には突然の攻撃に敵兵が急ぎ乗り上げようとした途端、窓辺に捕まったその敵兵の手を足で払い、その顔を掌で押し倒し、後続しようとした敵兵ごと窓辺から払い落とした。

そのまま背後手で騎士と衛兵に合図を送ると、銃を持つ彼らが急ぎ窓辺に立ち、下から後続しようとする敵兵に銃撃を注いだ。


「窓を割ってしまい申し訳ありません、セドリック第二王子殿下。」

ですが割られる前にと思いまして。と笑むジルベール宰相に思わず吃りながら言葉を返す。

先程とは打って変わり、穏やかに笑みを浮かべるそれはステイル王子の前に放心していた姿とは別ものだった。

窓を衛兵達に任せると、彼は最初に部屋に引きずり込んだ敵兵へ近づいた。


「…やはり。妙に注がれる人員が多いと思いまして。通信兵の報告では北の最前線に本隊戦力、更には正面突破にも多くの人員を割いて置きながら南部までもこの数はいくら何でも多過ぎる。」

押さえつけられた敵兵を見下ろしながら、ジルベール宰相が薄く笑う。その敵兵の足先から頭の先まで眺め、一人頷いた。


「彼らは恐らくコペランディ王国、もしくは他二国の奴隷でしょう。まともな戦闘訓練も受けていない彼らでも、数で押せば城を落とせると思われたのでしょうね。」

いかがですか?と敵兵に笑みと共に尋ねるジルベール宰相は、確認とは裏腹に確かな確信を抱いているようだった。

騎士に剣を突き立てられた敵兵は、一度喉を鳴らすと無言で何度も頷いた。己が所持主に何の義理立てもないという様子だ。

ジルベール宰相はその返答に満足すると「ありがとうございます」という礼と共に、衛兵に敵兵を連れていくように命じた。


「とても正直な方です。何か良い情報をお持ちかもしれません。…そこに居られるハンム卿と同じ檻に捕らえておいて下さい。」

今は彼より役に立つかもしれませんから。と続けるジルベール宰相の言葉に先程まで床に転がっていたハンム卿が絶句した。敵兵、さらには奴隷の男と同じ檻ということに顔を真っ青にさせながらも、命令を聞いた衛兵に強制的に引きずられていく。


「敵兵が迫っておりますから、騎士を一人お付けしましょう。…もし、万が一の時は置いて衛兵の方々は騎士と共に逃げて下さい。」

柔らかな笑みで恐ろしいことを言う。奴隷の敵兵は殆ど無抵抗に連れられていったが、ハンム卿は酷く抵抗し、連れられる間際に…俺に、救いを求めてきた。「共にサーシス王国を」「貴方様こそ真の」と。…虫酸の走る言葉を次々と。

完全に奴らが部屋から連れて行かれるまで俺は服の中のペンダントを押さえながら、奴と目を合わせることを拒絶した。


「敵兵個人は大した戦力ではないでしょう。落ち着いて対処すれば、防衛は難しくありません。個の力では、間違いなくこちらが優っております。」

ジルベール宰相の言葉が続く。見ればその背後でステイル王子がジルベール宰相を観察するように自身の眼鏡の黒縁を押さえつけて睨み、




…突然、目を丸くした。




「………姉君。」

窓の外へ視線を向け、ぽそりと呟かれたその言葉に誰もがステイル王子へと注視する。まるでこの怒号の中、何か聞こえたかのように表情を変えたステイル王子は一瞬で消えてしまった。また、例の〝瞬間移動〟というものだろう。だが、何故突然っ…!


「どういうことだ⁈ステイル王子は何処にっ…プライドの声でも聞こえたとでもいうのか⁈」

突然のことに思わず声を荒げ、衛兵隊が銃撃しているのと別の窓から外の様子を確認すべく急ぎ歩を進める。

「!いけませんセドリック様!今窓に近づいてはっ…‼︎」

騎士の一人が声を上げ、俺を制止する。そうだ、窓の外には敵兵がいつ攻め込んでくるか


パリィィィィパリィパリィイィインッッ‼︎‼︎


…突如、窓がまた内側へと割れ出した。

今度は城の屋根からロープでの侵攻か。振り子のようにロープを揺らし、体当たりのようにして窓から敵兵がそれぞれの窓から飛び込んできた。あまりに一瞬のことで足が止まる。せめて硝子の破片を浴びまいと上着を翻して身体を逸らす俺に、ロープから飛び降りた敵兵の一人がその勢いのまま俺にナイフを振り下ろし



トスッ。















…視界が赤く染まった。




















敵兵の、血で。

背後から飛ばされたのであろう、ナイフが敵兵の喉元に刺さり、そのまま崩れ落ちた。

振り返り、ナイフが飛んできた方向にいた人物に俺は思わず目を疑う。

俺だけではない、その場にいる誰もが目を見開いた。



ナイフを放ったその細い腕の主が、束ねた金色の髪をなびかせる。


「……ティアラ…第二王女、殿下…?」


…プライドに似た、強い眼差しで。


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