254.義弟は怒鳴る。
「ステイル様。…何故、ヴァルを我が屋敷に?」
通信兵との連絡を互いに切った後、ジルベールが静かに俺へと投げかけた。その言葉を聞くだけで無駄に怒りがこみ上げる。恐らくこれから俺に咎められることもある程度はわかっているのだろう。…本当は、防衛戦が終わってからじっくりと言ってやりたかった。だが、もう仕方がない。プライドが来る前にさっさと話を終わらせてしまえば良い。
「俺ならばそうすると考えたからだ。」
俺がはっきりと告げれば、ジルベールの口が俄かに開いたまま止まった。じっと俺を見つめ、続きを待つようして固まっている。仕方なく、そのまま俺が言葉を続ける。
「お前が我が国への賊を排除したと聞いた時から、予想はできていた。俺ならば間違いなく一番厄介な男を始末、または懐柔する。」
そう言って真っ直ぐにジルベールを指差す。
この男のことだ、きっと己が目でしらみ潰しに密偵者を炙り出して行ったのだろう。ヴェスト叔父様とジルベールとでハナズオ連合王国の裏をとっていた時から、コイツは自分の手で侵入者を排除するようなことを仄めかしていた。ならば、それをどこかで敵の仲間に見られていれば必ず邪魔なジルベールをどうにかしようと考える。
なのに、この男とくればいつまで経ってもヘラヘラヘラヘラと‼︎
そのような事をすれば、一番危険に晒されるのが己か家族のマリアやステラだというのにだ‼︎
しかも、今回ティアラの付き添いとしてジルベールもハナズオ連合王国に来ることになった。ならば、ジルベールが不在の間にマリア達に危険が及ぶ可能性は高い。
なのに、ヴェスト叔父様に聞けばコイツは自分の屋敷の衛兵以外は通信兵を一人城から派遣させただけ。せめて通信兵ならば騎士を派遣しろとどれだけ怒鳴ってやりたかったものか。
一人二人ならば衛兵でもどうにかなるかもしれないが、相手が大人数だったり凶悪な武器や特殊能力者と手を組めばそうもいかない。そんなこと、ジルベールならばわかっていない訳がない。だがコイツは知らぬふりをし、気づかぬふりをし、城に、王族に、民に少しでも負担が掛からぬようにと気を回し続けっ…‼︎
考えれば考えるほど、腹の中が溶岩のように煮えくり返ってきた。
俺の顔も分かりやすく歪んだのかジルベールが俺を見て「ステイル様…?」と呼んだ。今すぐその呆けた顔を殴ってやりたい。
俺がこの時の為に、どれだけ根回ししたことか‼︎
ヴェスト叔父様にはジルベールの屋敷の警備状況や侵入者をジルベールがどのように捕らえたか確認した。
アーサーと共に乱心したランス国王の元へ行く前には、ヴァル達のところへ瞬間移動し、ジルベールの屋敷を俺が許可するまで監視し守るように依頼するという至極腹立たしい野暮用も片付けた。本来ならば一分一秒でも早くアーサーとプライドの元へ合流したかったというのに‼︎
更には馬車の中で騎士団長達と作戦会議中もジルベールにそれとなく屋敷のことや、敵襲の心配や警備について尋ねても全てをはぐらかすばかり。その上コイツは一度も屋敷に連絡や、騎士団に屋敷へ騎士の派遣を依頼しようともしない。
そして昨晩もやはりマリア達に連絡をする気配はなく、淡々と仕事を見事にこなし続けるばかりだった。
そして予想通り、コイツは今の今までマリア達に連絡をしていなかった。実質ヴァル達が居なければ既にマリアやステラは裏稼業の者達に危害を加えられていただろう。
俺が、俺が今この瞬間まで、何度、何度、何度っ…‼︎
「ッお前の家族への愛はその程度だったのかジルベール‼︎」
気が付けば、煮え滾る怒りをそのままに叫んでいた。
俺が声を荒げたことに驚いたのか、それとも言葉自体に驚いたのか、ジルベールが唇を引き結んだまま言葉も出ずに俺を見返す。俺はそれに構わずジルベールを再び指差し、言い放つ。コイツにはこの数日間ずっと言ってやりたかった。
「何故‼︎何故俺達を、…王族をっ…‼︎」
大して話していない筈なのに息が乱れる。今まで抑えつけていたものが一気に吹き出した。
当然だ。ずっと、ずっと何度も言ってやりたくて、その度に内側へ抑え、ひたすらに苛立ちを煮え滾らせ続けたのだから!
「ッこの、俺を‼︎何故頼らない⁈‼︎」
…力の限り言い放てば、ジルベールの目が今度こそ強く見開かれた。
瞬きも忘れたかのようにジルベールが真っ直ぐに俺を見つめ返して来る。肩で息を整えながら睨み返せば、それに押されるようにジルベールが口を開いた。どうせ、何を宣うかは予想がついている。俺は次に言ってやるべき台詞を頭の中で何十も繰り返し用意する。
「…私は、一宰相でしかない私が王族に〝これ以上〟特別な処置を受けるのはと。…それならばその分の防衛や兵等を民に回すべきだと」
嗚呼やはりだ腹立たしい。この男は、この男はこの男はこの男はこの男は‼︎‼︎
「ッお前の過去の贖罪に家族を巻き込むな‼︎」
言ってやった。
やっと、ずっと溜めていたものを奴へと突き付ける。
俺の言葉にジルベールは見開かれた目でとうとう身動ぎ一つしなくなった。
人形のように固まり、奴の思考が停止したのがよくわかる。だが、俺はとめてはやらず思考停止のジルベールの頭へ更に追撃を加える。
「お前の過去がどうであれ!今のお前のしていることは誇り高き我が国の宰相業務だ‼︎その結果家族に危険が及ぶのならば、国がお前やお前達を守ってやって何がおかしい⁈お前が国の為に務めた結果ならば国がお前の為に防衛や兵を割くのは当然だろう⁈」
…知っている。
コイツがプライドに贖罪したあの日から、必要以上に宰相としての…城で働く者としての特権を使おうとしなくなったことを。
過去にその宰相の権限を使って、許されぬことを数多く犯してきたことも知っている。
だから、その贖罪にコイツが国で許されている宰相の特権を使わず、義務ばかり負おうとしていることも知っている。
摂政業務の為にヴェスト叔父様に付くようになってから嫌でもそれが目に付き、そしてジルベールの罪を知っている俺だからこそ、すぐにそれを理解してしまった。
だが!だが‼︎‼︎
いまは父上やプライド、民の為に働いているというのにそれで自分の大切なものを疎かにしてどうする⁈
「…ですが。…我が家族の可愛さに宰相の権利を酷使するのは。」
やっと言葉を紡いだジルベールは、珍しく言葉を濁らせた。見開かれた目がやっと瞬きを許され、視線が解放されたように彷徨いだした。
…知っている。
過去にマリアを最優先に行動した結果、許されない罪を犯したジルベールが、再び同じ過ちを犯さないかとその事を躊躇っていることを。
だが、だからこそ俺は言う。
「親が、子どもや妻を優先して何が悪い。」
ジルベールの罪を知り、そして永遠に許さず咎め続ける俺が言う。
「俺達にも、お前の家族を守らせろ。」
言いたいことを突き付けてやったせいか、やっと落ち着き、気づけば想いをそのまま低い声で言い放っていた。
はっ、と顔を上げ、再び食い入るように俺を見るジルベールに、平静を装った視線を返す。
「…二度とこのようなことを俺にさせるな。姉君とアーサーが救った二人を二度と危険に晒すな。宰相として今度こそ、正しい形で全身全霊で守り抜け。」
…ずっと、気掛かりだった。
マリアが、ステラが、……………………ジルベールの、ことが。
「今度から絶対俺には相談しろ。むしろ諦めるくらいならば諦める許可を俺に取れ。お前が私利私欲で望んだ権利の行使ならば俺がその首を叩き折ってでも止めてやる。」
…頼られないのが、悔しかった。
あれほど待っていたというのに、全くジルベールは不安な素振りすら俺達に見せなかった。
次期摂政で、ジルベールの罪を知っている俺ですら、その信頼に足らないと言われたようで腹が立った。
何も言わないジルベールに、最後に俺から一言だけ告げる。…本当は言ってやりたくはなかった、言葉を。
プライドを陥れ、国を裏切ったジルベールを許すべきでない立場のこの俺が、この言葉を言ってはならないと思っていた。
だが、今はきっとこの言葉が一番ヤツにはよく届く。
「……お前も、お前の家族も我が国の守るべき民なのだから。」
俺に向けて再び見開かれたジルベールの瞳が、とうとう酷く揺れ出した。
俺が摂政となった暁には、何十年も共に国を支えるべき男が、そこに居た。
…きっと、その何十年でジルベールを何百何千年も続く宰相に仕立ててやるのも、次期摂政の俺の役目なのだなと………少し、思った。