253.宰相は投げかける。
『ヒャハハッ!次から次へと飽きねぇなぁ?いっそここに牢獄建てた方が早いんじゃねぇか⁇』
映像の中で男達を笑いながら眺めるその男は、間違いなく我が国の配達人だった。
あまりの出来事に開いた口が塞がらず、瞬きすら忘れる。
たった今、映像の中で我が屋敷に踏み入った男達がその手足を砂で捕らわれ、更には突然の放水で映像の外まで吹き飛んだのだから。
『こうホイホイと次から次へと釣れると楽しくなってくるぜ。…アァ?…よォ、宰相サマじゃねぇか。』
配達人…ヴァルの目が私が映っているのであろう映像の方向に向けられる。ニヤニヤと笑いながら、その傍らにはケメトが彼の腕に掴まり、さらにケメトの手をセフェクが握りながら共に並んでいた。
「…ヴァル。何故、貴方が我が屋敷に…?」
聞くまでもない。考えずともわかりきったことなのに、思考よりも先に口から言葉が出た。
ヴァルは私の疑問に面倒そうに片眉を上げると「聞いてねぇのか」と呟き、口を開いた。
『何処ぞの王子サマの命令だ。この五日間、テメェの屋敷を張れってな。』
今朝からはテメェの嫁に屋敷の中へ招かれた、とヴァルはニヤリと笑う。五日間…つまりは私が出国する前日から、我が屋敷を見張っていたということになる。ならば…
『見てたぜぇ…?女とガキを引き換えにされて随分と御立派な御高説だったじゃねぇか。』
何の、とは言わずにヴァルがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてくる。セフェクとケメトも知っているのかコクコクと無言で頷きながら珍しそうに私の映像の方向に目を向けていた。
…やはり。
五日前というと、私がコペランディ王国の密偵に取引を持ちかけられた日。あの時のやり取りもどうやら彼に見られていたらしい。…面倒な。
「その話ならばまた後日聞こう、ヴァル。」
ジルベール、お前にも後で話がある。と続けながら背後からステイル様が一歩前に進み出る。腕を組んだままこちらの視点範囲まで歩むステイル様は、映像のヴァルに向けて口を開いた。
「それで?そちらの進捗はどうだ。」
『アァ?…今朝からだな。次から次へと裏稼業の連中が来やがる。最初に雇い主も混ざっちゃいたが、残りは全員雇われたこの国の連中だ。』
雇い主はとっくに捕まってるってのに知らずよくやるぜ、と舌打ち混じりに答えるヴァルは近くのソファーに立ったまま寄り掛かり、身体を揺らした。面倒そうにそのまま再び私達を睨み、…ふと思い出したようにその顔に笑みを宿した。
『そうだ、宰相サマ…いや〝とーさま〟だったか?あのガキと帰ったら美味いもん食いに行くんだってなぁ?ならウチのガキ共にも御褒美はあんのか?なあ〝とーさま〟』
ニマニマと私をからかうようにして笑う。そのまま『御立派に〝父親〟やってるようじゃねぇか』と続け、さらにその不快な笑みを広げた。完全にこの私が馬鹿にされている。…だが、怒る気にはなれない。
「まぁ…。……それより先に、我が妻と娘や屋敷の者達は無事でしょうか?」
思わず勝手に口元が緩む。先に彼女らの安否を確認すれば、ヴァルより先にセフェクが全員無事ということと、ケメトが屋敷の者は全員奥の部屋に控え、ヴァルが現れた侵入者を片付けていることを報告してくれた。それに頷き、私が再び口を開こうとした時
『とーさま‼︎』
『ッだ⁈おい!そのガキ連れてくんじゃねぇ‼︎』
聞き慣れた柔らかい声と同時にヴァルが部屋の奥の方向を振り返り、嫌そうに仰け反った。そのまま『さっきも宰相の声がした途端に目を覚ましやがって…‼︎』と舌打ちをしながらセフェクとケメトの手を引き、視点となる場所から大きく引いて姿が小さくなった。
とたとたと駆けながら映像の中に我が娘ステラが、そしてそれを追うように我が妻マリアが現れる。
『とーさま!』
『ジル、貴方は無事なの⁈』
ステラの満面の笑みと、マリアの心配そうな表情に…まるで久々に息が吸えたかのように落ち着き、安堵する。
私が無事なことと、危険な目に合わせたことを謝るとマリアは優しい表情で首を振ってくれた。
『ヴァルさん達がずっと警護してくれたから平気。セフェクちゃんとケメト君もとても良い子よ。』
『とーさまあの人こわい〜!』
ステラが突然、訴えるようにヴァルを指差した。すると、ヴァルが痙攣させた顔の筋肉に力を込めたように『アァ⁈』とステラを威嚇した。その途端、苦笑するマリアに抱きついてステラが大声で泣き出した。同時に再び嫌そうにヴァルの身体が仰け反らす。
『ッまた泣きやがった‼︎テメェらどんだけ甘やかしてやがるッ⁈』
『ヴァルの顔が怖いのが悪いんでしょ‼』
セフェクがステラを庇うように『ヴァルはステラの方を向かないの!』とヴァルの腕を掴み、自分の方へ引いた。ヴァルが不満そうにそっぽを向き、その場に座り込むと今度はケメトが慌てるようにしてヴァルの両耳を手で塞いでいた。
…映像に映った光景は、いま己が戦場で更には襲撃を受けているということすら忘れてしまうようなのどかさだった。
「ヴァル。今すぐ通信兵に頼んで騎士団に連絡を送ってくれ。捕らえた者の引き渡しと、マリア達の警護を依頼しろ。俺の名を出しても良い。」
既に襲撃を受けたんだ、文句はないな?とステイル様が私を睨むようにして確認する。私が頷けば「騎士団が合流次第、また通信兵でこちらに連絡を寄越せ」と続けた。
『あー?それなら通信兵が既に騎士団へ連絡したとよ。』
俺が寝てる間に勝手に連絡しやがった。とヴァルが自分の耳を塞ぎきれていないケメトの手を払い、頭を掻いて振り返った。そのまま、もうすぐ来るだろと続けられ、私は無意識に胸を撫で下ろす。ステイル様は「良い判断だ」と返しながら、冷静にそれに頷かれた。
…未だ、その身にふつふつと目に見える程の怒りの気配を滾らせながら。
恐らく、通信を切ったらステイル様から再び御怒りの言葉を頂くことになるだろうと覚悟しながら、私はステイル様とヴァルのやり取りを見守り続ける。そして最後、ステイル様が通信兵との連絡を切らせる直前に再び私の方へ振り返った。
「ジルベール。最後に言っておくことはあるか?」
「…そう、ですねぇ…。」
もう妻と子に謝罪も伝えた。それ以外ならばこの場ではなく直接会って伝えるべきだろう。マリア達も陰りなく笑んでこちらに目を向けてくれていた。ならばあと、残るは
「……我が屋敷の酒と菓子ぐらいならば、どうぞお好きに。」
目線を我が愛する家族を守ってくれた彼らの方に向け、告げれば映像の中のヴァルの笑みが分かりやすく引き上がった。セフェクとケメトの目が輝き『わかってんじゃねぇか』と返すヴァルは、先程と打って変わりかなりの上機嫌だった。
ステイル様が私の横に並び、ヴァル達へ「今はほどほどにしておけ」と命じ、今度こそ通信を切らせた。
ゆっくりと視線を私からティアラ様、更には窓の方へと移していき、最後に私へと向けられた怒りの眼差しに、ステイル様から手痛い叱責があることをすぐに理解した。
そこでやっと改めて現状の異常さに静かに気づく。そして、私は繕いの笑みと共に疑問をそのままステイル様へと投げかける。
「ステイル様。…何故、ヴァルを我が屋敷に?」
それが、ステイル様の沸点の引き金になると理解しながら。