3.我儘姫様は王配殿下を救う。
「あっ‼︎」
はっとして私は勢い良くベッドから飛び起きた。
部屋にいた侍女が全員振り返り、扉の外の衛兵までが飛び出してくる。
口々にどうかなさいましたか、お加減でもと集まってくるがそれどころじゃない。
「父上は何処⁈」
「王配殿下ならば、先程女王陛下に御報告に向かわれましたが…」
まずい、このままじゃ…
「今すぐ止めて‼︎馬車に乗せちゃダメ‼︎」
「は…女王陛下ならば王室にいらっしゃるので馬車の必要は無いと」
ダメだ第一王女の侍女とはいえ、女王の予定を事細かに把握している訳ではない。特に今までずっと倒れた私につきっきりになっていたのだから。
窓から身を乗り出すと庭園が見える。そしてその手前に馬車が止められており、今まさに父上がそこに乗ろうとしていた。
女王が急用の公務で城下に降りた為、それを追う父上の為に用意された馬車だ。
だめ、その馬車にのってはいけない!
「父上ーー‼︎」
力の限りそう叫ぶと、父上の足が止まる。
呑気に手を振っている。
違う、見送りじゃない。馬車に乗っちゃだめと言ってもきっと子供が駄々をこねてるとしか思って貰えないだろう。
ならば。
窓枠に足をかけて身を乗り出す。父上も流石に驚いたらしく完全に私の方へ向き直った。
流石第一王女の部屋。一軒家の屋根上より高いだろう。ラスボスに成長したプライドならばともかく、ここから8歳の子どもが飛び降りれば大怪我ですまないかもしれない。それでも。
「姫様⁈おやめ下さい姫さ」
「来ないで!止めたら許さないから‼︎」
我儘宜しくに侍女に怒鳴り返し、完全に窓枠の上に仁王立ちする。一度でもふらついたらこのまま真っ逆さまだろう。
風が向かい風になって真正面からぶつかってくる。長い髪が顔や首に絡みついてきて息苦しい。
父上が下から「やめなさいプライド‼︎」と血相を変えている。
良かった、完全に私に注目してくれた。
落ちないように柱を片手でしっかりと握り、大きく息を吸い込む。父上に、声が届くように。
「父上!その馬車に乗ってはいけません‼︎その馬車は車輪が壊れています!貴方は母上に会う前に事故に合います‼︎」
遠目からでも父上が驚いているのがよくわかった。本日二度目の驚愕顔だ。
全部言い切った途端、後ろからにゅっと鎧の手が伸びてきた。衛兵だ。そのまま私の身体を捕まえると部屋の中に引きずり込まれてしまった。
一瞬のことでポカンとしていると、窓の外から父上の「直ちに車輪を確認しろ‼︎」という叫び声が聞こえてほっとした。
良かった、これで一安心だ。
ゲームの中でプライドの父親はプライドの無事と予知能力覚醒をいち早く女王に伝える為に馬車を出し、そこで壊れた車輪のせいで事故が起こり大怪我をする。即死は免れたものの城に運ばれた時には既に虫の息で、女王が戻るまで繋ぐのが精一杯だった。そして死際にプライドの予知能力について、妹がいることを言い当てたことを女王に伝え息を引き取るのだ。
ゲームでプライドは父親の事故は予知できなかった。でも私は前世でゲームを知っていたから未然に引き止めることができた。良かった、本当に良かった。
そこまで思っていると、私が抵抗をしなかったからか衛兵の手が緩められた。はっと気がつき、部屋を見回すと思わず「ひっ」と変な声がでた。
私を止めようとして逆に怒鳴られた侍女がその場でうずくまって泣いてる。
周りの他の侍女もその場から動けないようで立ち尽くしているが全員顔を青くしている。そして私を部屋へと回収した衛兵だけが、「お怪我はございませんか」と声を掛けてくれた。その声に返事をする前に、今度はうずくまっていた侍女の前に少し年配の侍女が割って入り平伏しては「も、申し訳ございません‼︎この娘は行く当てもなく、この無礼をどうか、どうか…」と身体を震わせながら何度も謝っている。
まずい、これは流石にやり過ぎたかもしれない。
何度も言うが、私はいま第一王女。そして前世の記憶を取り戻す前はかなりの我儘娘だった。そんなのが「止めたら許さない」と怒鳴ったのだ。そして、衛兵によってすんなり止められてしまった。
侍女からすればどんな八つ当たりで罰せられるか想像だけでも恐ろしいのだろう。
怖がらせてしまった。
また、プライドの、私の我儘でこんなにも…
「ご…」
考えれば考えるほど頭がパニックになる。
よく見れば衛兵もプライドに罰せられることを覚悟の上で止めに入ってくれたのだろう。大事な女王と王配の愛娘である私の為に。
「ご…ごめんなざい〜‼︎」
感情に八歳の身体に引きずられてしまったからだろうか。何か苦しいものが込み上げてきたと思えば涙が止まらなくなってしまった。
衛兵も侍女も皆おろおろとしている。
その後、父上が血相を変えて部屋に戻ってきてくれるまで私はひたすら泣きながら迷惑をかけた侍女と衛兵全員に謝り続けた。
十八年生きてきた前世の記憶があるからよくわかる。権力をもつことの恐ろしさ。それに振り回される人の辛さ。
あとたった十年の命だけど、このことだけは忘れないようにしたい。
私はこの国の第一王女なのだから。