245.冒瀆王女は、おくった。
数十分前。
「ごめんなさい!お待たせしました‼︎」
ステイル達と一緒に西の塔の中に瞬間移動で戻り、階段を数段登って扉を叩くようにして開いた。中には変わらず騎士達とアーサー、そして通信兵による映像が並んでいた。
「…プライド様。」
映像を眺めていたアーサーが目を僅かに見開いて私の方へ振り返った。…何か、様子がおかしい。
「指揮を任せてごめんなさいアーサー!何か、指揮に問題はあった⁈」
「いえ、…指揮自体はジルベール宰相も助言を下さったので。」
それに武器も各本陣に大量に届いたそうです。と目だけでステイルを指しながら教えてくれる。すると、今度は映像のセドリックとランス国王が『アネモネ王国は…⁈』と声を重ねてきた。更にヨアン国王が『先程の武器はアネモネ王国からでしょうか』と詳しく二人の質問を繰り返してくれた。
「アネモネ王国は我々の味方です。大量の武器をサーシス王国まで届けてくれました。どうぞ遠慮なく使って下さい。」
まだ、必要ならば未だ在庫もあるので。と言葉を続けるステイルに国王達が言葉を無くす。武器が底を尽き始めた途端、渡りに船とばかりに大量の武器を届けられたのだから当然だろう。しかも、もともとアネモネ王国は今回の防衛戦に参戦予定ではなかったのだから。
更にステイルがレオン達がこのままサーシス王国の国門防衛に関わると説明した時には、ランス国王とセドリックが今度はかなり大きな声を上げていた。もともと、侵略を受けるとわかった時、数少ない交易相手という友好国であったにも関わらず、彼らはアネモネ王国には助けを求めなかった。恐らくはアネモネ王国の戦力自体に不安を抱えているのだろう。実際、アネモネ王国は我が国の認識としても決して強国ではない。騎士団はいるけれど、戦力よりも商業貿易で繁栄した小国には変わりないのだから。
…ただし、レオンがいるけれど。
ゲームの攻略対象者であるレオンの存在に、黙って私は思考を巡らす。ヤンデレ化もしていない、心の壊れていないレオン。それはつまりー…
『しかもレオン第一王子自ら…⁈何故、我が国の為にそんな』
ヨアン国王が、信じられないといった表情で声を上げる。チャイネンシス王国の国王である彼にとっては見ず知らずの国なのだから当然だろう。この状況では裏があるのではと訝しまれたとしても仕方がないくらいだ。
「彼は、私の盟友です。そして同盟国であるフリージア王国の助力をと自ら望んでここまで赴いてくれました。…愛する自国が守られるだけではなく、守れる存在だと。それを、証明する為に。」
きっと大丈夫です。そう伝え、私からステイルとカラム隊長に国王達へ詳細の説明をお願いする。二人が頷き、それぞれ事細かに現状と対策について報告を始めてくれた。その間に私からも、アーサーとジルベール宰相へ現在の状況を尋ねる。
「チャイネンシス王国の城と東の塔は異常無しです。ランス国王殿下は補充された武器を確認次第、サーシス王国の援護に向かうそうです。ただ、アネモネ王国が国門を抑えてくれるならまた状況が変わるかもしれませんが。それと…」
…やっぱりアーサーの様子が少しおかしい。
淡々と状況を語ってくれる中、アーサーの様子が妙に気になる。
報告も詳細で、ジルベール宰相が補足する必要もないくらいしっかりしている。視線もちゃんと私に向いている…筈なのに。それでもまるで敢えて頭を冷え切らせているような、不思議な違和感がそこにあった。そう思いながらアーサーの報告一つ一つに耳を傾けていた、その時だった。
「…えっ⁈」
アーサーの報告を聞きながら、思わず途中の言葉で声を上げてしまう。そこで初めて、ジルベール宰相からも補足が入った。補足を終えると、再びアーサーからの報告の続きを促す前にジルベール宰相は『あと、現状把握の為の重要な証人を今、衛兵に連れて来させております』と一言付け足してくれた。そのままアーサーから現状の報告が続き、全てを終えた後アーサーは「プライド様」と、落ち着いた声色で私を呼んでくれた。視線を移せば、透き通るような蒼い瞳が鏡のように私を映していた。
「俺は、プライド様を守ります。貴方を守る為にこの剣を振るいます。だから…」
一度言葉を切り、アーサーが腰の剣に手を添えた。ゆっくりと握られ、カチャッ…と静かに金属の音がした。そしてその口が惑いなく、再び開かれる。
「行ってきます。」
とても、穏やかな声だった。落ち着きと少し大人びた雰囲気に彼が自分より年上の十九歳の青年なのだと実感する。
私が黙って一度頷くと、アーサーは口元だけを仄かに緩め、真剣な眼差しで見つめ返してくれた。
「この戦争を終息させる為に。」
その言葉だけで、充分だった。
まるで私に許可を求めるように唇を引き絞って黙り込むアーサーは、それに反してその瞳は誰が止めても揺らがないほどの決意に染まっていた。
だから私も、彼に答える。
「行ってらっしゃい、アーサー。」
もう一歩だけ更に彼に近付き、束ねられた銀色の髪をそっと撫でて頬に触れた。
彼は、騎士だ。
そして今は近衛騎士ではなく八番隊の副隊長。
だから私も、胸を張って彼を見送れる。
「きっとできるわ、貴方なら。」
私は知っている。
今までどれほどアーサーが努力し続け、そして強くなったか。
…ずっと、見てきたから。
じっと身を硬くするアーサーの目が見開かれる。透き通った瞳が更に光を宿し、輝いた。
両手で彼の頬をそっと挟むようにして添える。私より背の高いアーサーを、下からゆっくりと覗き込む。「だって、アーサーは…」まで言って、言おうとした言葉がこの世界には削ぐわない言葉だと気が付いて、寸前で口を噤んだ。
…だけど、もしこの世界の言葉で言うならば。
私を、ステイルをずっと守り続けてくれた彼は。
私達の窮地の度に、その剣で駆けつけてくれた彼は。
何度も、何度もその身を呈して私達を守り続けてきてくれた彼は。
「だって、アーサーは私の〝英雄〟だもの!」
ずっと、ずっと前から。そう続けて思わず声を跳ねさせる。すると、アーサーの目がとうとう限界まで強く見開かれた。
〝ヒーロー〟と。その言葉を言えないのが歯痒いけれど、それでも伝わるようにと一番相応しい呼び名を彼に贈る。彼の頬を挟んだ手に少し力を込め、私の方へと引き寄せる。同時に自分の重い鎧の踵を上げて爪先立ち、
その額に口付けを。
「無事に帰って来れるおまじない。…ティアラと、ステイルの分も。」
私達三人が、皆が、騎士であるアーサーの帰還を待っている。そして六年前に彼が渇望し続けたその場所に自身の意志で駆け出す彼へ〝祝福〟を。…その、証と共に。
突然顔を引っ張られたことに驚いたのか、それとも第一王女の口付けという行為に恐縮したのか。とうとう瞼が無くなったかのように開ききられた目をそのままに、アーサーが緊張からかその頬を僅かに染め
俄かに、笑んだ。
次第に広がる柔らかな笑みと一緒に、彼の瞼がゆっくりと瞳を添わせ、降りてきた。
そして、恭しく私に礼をしてくれるアーサーの姿は、間違い無く誇り高き騎士そのものだった。
最後に近衛騎士任中のアラン隊長、カラム隊長に彼の口から改めて私のことを頼んでくれる。
剣を鞘から抜き、銀色に輝く刃が長い髪と重なるようにして輝いた。
「…行ってきます。」
窓から足を掛け、小さく呟く。そのまま躊躇いなくアーサーは塔から身を投げた。
一秒でも速く、北の最前線へと駆け付ける…その為に。
「格好付けて…あの馬鹿は。」
どこか不敵な笑みで呟いたステイルが、同時に次の瞬間数秒だけ姿を消した。