244.騎士団長は決し、
二週間前。
「…私が…いつまで現役のつもりか、か?」
その日の演習を終え、上着を脱ぎ掛ける私に副団長のクラークが唐突に投げかけてきた。
騎士団長室にその日の各隊の報告書を提出に来たついでの雑談だ。報告書を私の机に並べ、そのまま慣れた様子で私の椅子にクラークが腰かけた。
「ああ、アランに今朝聞かれてね。」
なんでも昨夜に騎士達で飲んでてその話題になったらしい、と続けるクラークは可笑しそうに喉を鳴らした。
「とうとうお前も、老いを心配される歳になったか。」
くっくっ、と笑いを噛みしめるクラークに私からも「お前も私と歳は大して変わらんだろう」と言い返すが、それに対しても「ああ、私ももう良い歳か」と愉快そうに笑われるだけだった。
「順当に行けば、今の段階なら次の騎士団長はカラムか、またはアランといったところか。」
「その前に私の後継ならば副団長のお前だろう、クラーク。」
いや私は二番手が丁度良いよ、とクラークはそのまま私に手を振った。確かに彼は騎士隊長時代の頃からもう一番手はこりごりだと話していた。
「まぁ、お前はあと二十年は現役だろうと答えておいたがな。」
「ならばお前もあと二十年は働くことになるぞ。」
頬杖をつき、ニヤニヤと笑いながら私を眺めるクラークに、目だけを強く向けて私からも言い切る。
「どちらでも良いよ。ここまで来たんだ、最後までお前に付き合おう。」
お前とならどんな人生も楽しそうだ、と躊躇いなく笑って言い返すクラークへ返事代わりに小さくため息をつく。報告書を一枚ずつ目を通せば、不意に八番隊の副隊長の名が目に留まった。今まで見慣れていた筈の報告書に思わず穴が空くほど目を止める。
「……今晩も飲みに行くか?」
私がどの部分に目を通していたか察したらしいクラークが、不敵に笑いながら私に尋ねる。目よりもその口元が楽しそうに引き上がっていた。
「…いや、良い。昨夜充分に飲んだ。」
誤魔化すように報告書を一度閉じ、私は再び一枚目の最初から目を通し始める。
昨夜、息子であるアーサーが正式に昇進した為、演習後にクラークにいつもの酒場へ付き合って貰った。私もクラークも大分飲み明かし、気がつけばうっかり酒場で夜を明かしかけた。
「アーサーは立派に成長している。…どこまで行くか楽しみだな。」
ゆったりと語られるその言葉に、私は正直に目を瞑り、頷いた。最年少で騎士団本隊に入隊したアーサーは、いまや副隊長まで上り詰めていた。
「どうする?アーサーがこのまま騎士団長にまでのし上がったら。」
「…アーサーは、騎士団長としてはまだまだだ。」
流石手厳しいな、とクラークが喉を鳴らしながら笑う。私がそう答えることを分かった上で聞いてきたのだろう。
「…少なくとも今は未だ譲れない。カラムにも、アランにも、……アーサーにも。」
私は未だ騎士を降りようとは思えない。叶うならば五年経とうと十年経とうと二十年経とうとも、この身体が戦える限りは騎士で在り続けたいと願う。…そう、例えば。
「私がもし今から二十年以内に騎士を辞す時があれば、私を越える騎士が現れた時か、戦いに出れぬ程の重症を負った時。もしくはー…」
そうだろうな、と私に向けて笑むクラークに最後目を向ける。私も、そしてクラーク自身も結局考えることは同じだろう。
「殉職する時だけだ。」
……
…何故、いま思い出したのか。
朦朧とする意識の中で、考える。
爆風と爆音がやっとおさまり、耳鳴りが無くなった頃、硝煙立ち込める中やっと盾から身体を起こした。
他の騎士が無事かどうか声をかければ、全員分の返事が返ってきた。だが、呻きに近い声もある。やはり、他の騎士も盾だけでは覆いきれなかったらしい。
爆弾は最初の時と同じく、不明な位置から投下された。なんとか盾で身を守ったが、今回は一方からではなく頭上から四方八方の爆破だったせいで完全に守りきるのは不可能だった。
「敵も今は引いている‼︎今のうちに上がれる者から崖上に上がれ‼︎」
乾いた喉で声を張り上げ命じる。捨て石にされた敵軍達は皆誰一人動いてはいない。今ならば爆煙で狙撃される心配もないだろう。
爆撃前に後退を命じはしたが、やはり爆破と爆風の衝撃で全員が散り散りになってしまったらしい。私は問題ないが、何人か重傷者もいる。再びまたあの正体不明の爆撃を受ければ今度こそ死者もあり得るだろう。
重傷者を傍にいる者が手を貸し、動ける者から味方陣営へと走り出す。
崖の傍まで引くことができた者から崖上の騎士団が急ぎロープを垂らし、特殊能力で重傷者を引き上げ、崖上へと救助していった。特殊能力での引き上げは少々時間は掛かるが、自力で登れない重傷者を自力で登らすより遥かに早い。順調に救助自体は進むが、それでも辿りつけた者は半数に満たない。殆どが味方陣営までに未だ身体を引きずり、または動けぬ者に手を貸し、その足を重くさせていた。私自身もこうして足を負傷した騎士一人を抱え、一人に肩を貸し、崖までに足が遅れていた。
「騎士団長‼︎背後です‼︎」
崖上からのエリックの叫び声とほぼ同時に背後の夥しい数の殺気が私の背に放たれた。
…どうやら、とうとう本気で攻めに来たらしい。
先程までより、更に武装された兵士達が降りてきていた。恐らくはあれが敵軍本隊だろう。銃や剣を構えた兵士達がここまで降りてくる。
やはり、こちらも騎士団を降ろさせるべきかとも考えるが、直ぐに考え直す。こちらと向こうでは人数が違う。敵軍はいくら戦力を投下しても、崖上から銃撃できる数の兵士がいるが、こちらは数だけは圧倒的に不利だ。
崖上の援護の人数をわざわざ不利な崖下に下ろせばそれこそ全滅もあり得る。
盾も捨て、両脇に抱えた騎士達と共に味方陣営へ駆け出す。同時に他の騎士達にも急ぎ上がるように声を荒げる。
「ッ早く上がれ‼︎敵はそこまで来ている‼︎」
私達の援護にと、すかさず我が騎士団が崖下の敵兵にも狙撃を始めるが、圧倒的に数が違う。更には鎧も質の良いものを使っているのか、特殊能力者の銃撃か、または鎧の隙間を狙わない限りは跳ね返されてしまうようだった。
うおおおおおおおおおおぉぉおぉおおおおぉぉおおお‼︎‼︎
敵兵が唸りを上げ、傷を負った騎士や彼らに手を貸す騎士の背へ比べ物にならない速さで迫ってくる。
「騎士団長!我々を置いて下さい‼︎」「どうか、先にっ…‼︎」と私が抱える騎士が声を上げる。味方騎士を捨て置ける訳がない。それに、例え私一人でもこの猛追から逃げられるとは思えない。他の撤退中の騎士達も逃げ切るのは不可能と判断し、足を止め、私の元へと駆け出し纏まった。
騎士団長の私や重傷者を庇うようにして前に立ち、敵兵を迎撃すべく剣を構えた。崖上からも騎士達が変わらず援護射撃を行い、私達へ向かう敵兵を無力化するが、最前の兵士が倒れてもその兵士を踏み台にするようにして変わらず次の兵士が迫ってくる。
避難し損ねた騎士の内、殆どが手負いか重傷者。恐らく無傷なのはこの中では私くらいのものだろう。
ならば、私が前に出ずしてどうする。
抱えていた騎士達を他の重傷者と同じく背後に休ませる。呻き、私に逃げろと声を上げる彼らを置き、更に私達を庇おうと剣を構える騎士達の肩を叩き、前に出る。
「騎士団長!ここは我々が食い止めます‼︎どうか騎士団長だけでもお逃げ下さい‼︎」
「ここは我々にお任せ下さい‼︎」
「手負いの部下を置き、無傷の私が逃げてどうする。」
部下達の前に出る。剣を構え、もう数メートル先の敵を見据える。動ける騎士の内、特殊能力や銃で戦えるものには後衛と援護を命じる。
「仮にここが私の死に場所ならば、部下を見捨てて背を向けた死より、部下を守り敵と最後まで戦う死を望む。」
それが騎士だ。と私が告げると、部下からそれ以上の言葉は返されなかった。代わりに私に並ぶように前に出て、その剣を構えた。
敵兵が、近づく。唸りを上げ怒声を上げ、私達を踏み潰さんとまるで巨大な生物のようにして襲い掛かる。覇気が凄まじく、近づくごとに私達の鎧をその声で振動させた。
そして、踏み鳴らされる地に足を踏み締めた時、とうとう間近に迫った塊が口を開け、私達へと牙を剥く。
目の前の剣を振り上げた兵士に、まず私が振り下ろされるよりも先に横一閃に薙ぎ倒す。それでも構わず後ろの兵士が剣を振り、それを斬撃無効化の左手で受け、弾き、その間に別の騎士がその兵士を剣で斬り伏せた。更に馬で突撃してくる兵士を駆けて先行し迎え討ち、踏み潰される前にその喉元を裂き倒す。
更にカチャ、と怒号の中から聞こえる金属音に振り返る。見れば、複数の銃口がこちらに向けられていた。私や動ける者ならば避け切ることができる。だが、その銃口は私達ではなく、後方で身動きの取れない部下達に向けられていた。動ける騎士の一人が飛び出し、盾で彼らを守ろうとするが、盾一つの範囲で全員を弾から守るには足りない。私は既に盾は捨ててしまった。他の騎士が気付き、急ぎ盾を持ち、駆けようとしたが既に遅かった。私に盾は無い、できるとすれば残す道はと足に力を込める。複数の引き金が、たった一つの盾に守られた何人もの騎士達へと引かれ
「ッざけんな‼︎‼︎」
空中から、銀色の一閃が敵兵を斬り裂いた。