243.冒瀆王女は受け取る。
「レオン‼︎‼︎」
視界が変わり、目の前に鎧姿のレオンが映った。私の声に振り返り、嬉しそうに笑ってくれるレオンが「プライドっ」と小さくその声を弾ませた。
「何故ここにいるの⁈アネモネは補給だけという話でしょう⁈」
思わず摑みかかる勢いでレオンに飛びつき、青色の団服にしがみつく。でもレオンは全く驚いた様子もなく「うん、そうだよ」と答えてきた。
「だから、こうして武器を積んできたんだ。」
レオンがそのまま手で示してくれた先は武器庫だった。よく見ればここは船の上だ。船の武器庫前でレオンは騎士達に手で合図をすると一気に扉を開けさせた。
騎士団演習場の武器庫以上じゃないかと思わせるほどの規模だった。中には様々な武器が所狭しと並んでいる。しかも全て新品のピカピカだ。思わずといった様子で私の背後に控えていたアラン隊長が「おおおおおぉぉぉぉおおお‼︎‼︎」と興奮が抑えきれないように声を上げ、カラム隊長も珍しく目をぱちくりさせていた。ステイルまでも「こんな量を…‼︎」と声を漏らしている。
「フリージア王国に贈った分だけじゃ少ないと思って。たくさんお土産を持ってきたよ。」
お土産、というにはかなり物騒な品だけど、確かにこの武器庫を見ると城に届けられたあの量が少なく思えるほど沢山あった。これだけの量があれば二日は戦争し続けても平気だろう。正直、今の状況では凄く助かる。けれど‼︎
「ダメよ‼︎ここでアネモネ王国が関わってしまえば万が一の時にアネモネ王国までもがラジヤ帝国に」
「約束…。」
んぐっ⁈
突然、レオンが私の言葉を遮るようにそう呟くと、私に向けてその長い手の小指を、くいっくいっと折り曲げてみせた。そのまま捨てられた子犬のような眼差しまで私に向けてくる。思わず口を結んで黙り込む私に、ステイルが怪しむように眉を寄せた。
確かに、約束はした。セドリックが我が城にやってきて四日後、私を心配して来てくれたレオンに。
『次からは、ちゃんと僕を頼ってくれる…?』
…ちゃんと、頼ると。
でも、そんなまさか戦場にまで来て頼らせて貰うなんて‼︎
断りたくてもそれを許さないようにレオンは黙る私に自分の小指をぴょこぴょこと動かしてみせた。しかも、そうこうしている間にサーシス王国内でも兵士達の怒号や戦闘の音が聞こえるし、チャイネンシス王国の方からも何やら凄い爆音が聞こえてくる。更には頭の中には武器の補給を求める騎士団長達やジルベール宰相達の言葉がぐるぐる回る。
「〜〜〜〜っ…わ…わかったわ…。ありがとレオン。アネモネ王国からの必要物資の補給、確かに受け取りました…‼︎」
肩を震わせ、申し訳なさに頭がいっぱいになりながらレオンに答える。するとレオンが嬉しそうに笑ってステイルへどうぞと言わんばかりに道を開いてみせた。
…もしかしたら、ここにずっとレオンが居たのも私がステイルを連れてここに来ると読んでいたのかもしれない。
そう思っていると、レオンがすかさず「また必要になったら随時好きなだけ取りに来て下さい」と優雅にステイルに笑い掛けていた。やっぱり絶対そうだ。レオンは救出の際にステイルの特殊能力を一度見ているもの!
ステイルがレオンに礼を伝えながら「もう時間もありませんし、問答無用で送ります」とアラン隊長とカラム隊長に武器で騎士団が使い方のわかるものから優先的に選んでもらっていた。時々また見たことのない武器が目に入ってはアラン隊長が欲しがったけれど、カラム隊長に却下されていた。
「それでプライド。今、戦況の方は?」
私が手短に今の状況を説明し、だから武器が届いて助かったことを御礼すると少しほっとしたようにレオンが笑った。
「役に立って良かったよ。それじゃあ国内の敵兵はこの国の兵士や騎士に任せるとして…僕はサーシス王国にこれ以上アラタ王国の敵兵が来ないように足止めでもしようか。」
ん⁇
顎に指を置きながら平然と言うレオンに、思わず私は笑顔が固まる。何か、何か今凄くおかしな事を言った‼︎
「あの…レオン⁇…補給は終わったのだし、貴方達はこれ以上巻き込まれる前に」
「いや僕達も戦うよ。その為にここに来たんだし。」
父上にも許可は貰っている。と語るレオンは騎士達に合図を送る。それに応えるようにアネモネ王国の騎士達が互いに「第二武器庫を!」と声を上げた。…第二、という言い方からまだまだ武器庫自体があるらしい。
「折角、アネモネ王国から僕自ら航海してここまで来たんだ。第一王子としてそれくらいやらせて貰わないと。」
航海⁈
…まさか、レオン自ら船を操ってきたとでもいうのだろうか。
アネモネ王国からサーシスまでは船で五日。ちょうどステイルが手紙を出した期間にも上手く当てはまる。ただし、それはつまり最短最速でここに辿り着いたということだ。
腕の良い航海士なら可能というそのルートを、レオンが。
『船旅中も色々学ぶ事があって楽しいよ』
ふと、一年前のパーティーでレオンが話してくれていたことを思い出す。
試しに恐る恐る聞いてみれば、あっさりと肯定されてしまった。
まさか、船の操縦や航海術まで覚えていたなんて。本っ当に…完璧王子様としか言いようがない。
「だけど、レオン。私なんかの為にアネモネ王国まで巻き込むのはっ…」
自国を何よりも愛するレオンが、自ら自国を危険に晒すなんて。
そう思いながら高身長のレオンを見上げれば、再び滑らかな笑みが返ってきた。
「〝私なんか〟なんて言わないでくれ、プライド。…それに、君だけの為じゃないよ。」
この鎧、格好良いねとレオンがそのまま私の赤の団服越しに肩を撫でてくれる。肩から滑るように腕に、そして鎧に包まれた私の手を掬い上げるようにして取った。
「僕は、アネモネ王国を誇れる国にしたい。…ただ、守られるだけじゃない。ちゃんと守れる国に。大事な同盟国の、…大事な盟友の危機に、求められずとも駆けつけて力になれるようなそんな国に。」
そのまま、鎧越しに私の手の甲に口づけをしてくれる。ちゅ、とまた小さく音を立てた口づけに一年前を思い出し、顔がまた熱くなる。
レオンはそのまま上目に覗き込むように私を見つめ「それに」と呟き、続けた。
「僕のアネモネ王国は強いよ?」
突然、その瞳に妖艶な光が宿る。
ビリビリと身体中が痺れるような色気が一気にレオンから溢れ出し、急激に心臓が高鳴った。同時に、今まで感じたことのない覇気が妖艶さと混じるようにして立ち込める。
怖いような、ドキドキするような、格好良いような、訳の分からない空気にこの場が戦場であることを忘れて口をパクパクさせてしまう。
まずい、完全にレオンの色気に飲まれてる‼︎
レオンが私の様子に最後、にっこりと優しく微笑むと私の手を解き、何事もなかったかのように自国の騎士達へ戦闘の準備ができたかを確認した。
「ステイル王子。もし、可能であれば後でそちらの通信兵を一人僕のところに派遣をお願いできますでしょうか。僕からもこちらの状況をお伝えした方が良いでしょう。」
武器庫の中身を大量に瞬間移動させていくステイルが「わかりました!」とはっきり返事をしてくれる。その間も私はレオンの色気に当てられて上手く動かない身体を動かそうと必死に頭に命令する。
レオンが騎士達に、この船が悪用されないように自分達が降りたら一度港から離れるようにと指示を飛ばす。今度は準備ができた騎士達が馬と荷車を大量に積み、私達を置いて先に船を降り始めた。
騎士達が降り、レオンも武器庫にいるステイル達のところまで行って直接挨拶をすると、そのまま駆け足で私の横を通り過
「あ、あとプライド。」
…ぎなかった。
何かを思い出したように振り返り、未だに顔が熱い私の肩に手を添える。優しい笑みが私の顔に近付き、そっと今度は唇を私の耳元に寄せた。
「君は、素晴らしい人だよ?僕が保証する。」
レオンの温かな吐息が耳を掠め、擽ぐる。
折角落ち着いてきた筈の顔の熱が熱くなり、一気に顔を上げると、既に私から離れて騎士達へと駆け出していたレオンが、またいつもの滑らかな笑みで私に手を振っていた。
もおおおぉぉぉおおおっっ‼︎
お色気担当の攻撃を久々に受けてしまった。未だ顔が熱い私を放って馬に飛び乗ったレオンが、騎士達と一緒にサーシス王国の国門まで駆けて行く。完全に文字通りの白馬の王子様だ。
「プライド!大丈夫ですか…⁈」
私の異変に気付いたステイルが、心配そうに声を掛けてくれる。すぐにアラン隊長とカラム隊長も駆け寄ってくれて「またレオン王子に何か…⁈」と心配そうに覗き込んでくれた。
「な、なんでもない‼︎耳打ちが、そのっ…!ッごめんなさい、ちゃんと集中するわ!」
早口で自分でも何言っているのかわからないまま返し、大股でステイルの方に駆け寄る。やっぱり言葉が変だったのかアラン隊長とカラム隊長が「耳打ち…?」「何を…⁉︎」と声を漏らしていた。
「ッステイル‼︎もう武器の補給は⁈」
「概ね終わりました‼︎恐らくこれだけ送れば十分な数が各本陣に備わったと思います‼︎」
どうやら最前線とサーシスの城だけでなく、全ての本陣に武器を補充してくれたらしい。流石ステイルだ。
ありがとう、とお礼を言って再びアラン隊長とカラム隊長と一緒に瞬間移動で西の塔へと向かう。
…どうか、レオン達が無理しないことを願いながら。