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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
非道王女と同盟交渉
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233.宰相は詰問する。


「どうぞ、ハンム卿。こちらへお掛け下さい。」


ハンム卿。

そうセドリック王子が呼んでいた老人と共に、衛兵が案内してくれた客間まで入り、先に席を勧める。

私を訝しむように視線を突き刺しながら、それでもゆっくりとその老人は重い身体を椅子へと降ろした。


「申し遅れました、私の名はジルベール・バトラーと申します。フリージア王国の宰相を務めさせて頂いております。」


わざと明るい口調で名乗ってみれば、ハンム卿はじとりと湿った目を私に向けたまま会釈もなかった。それでも構わず、私は彼に語りかける。

「突然お呼び止めして申し訳ありません。先程、貴方が何やら情報をお持ちと小耳に挟みまして。もし宜しければお話を聞ければと。勿論、いくら長くなっても構いません。是非話を」


「お前が。……いや、その前に先程の話をワシに聞かせろ。フリージア王国での奇襲だのなんだのと…あの、話を。」


やはりか。

話を遮られたことよりも、あっさりと自分の思った通りの話題に引っかかっていた老人に驚く。突然私と話す気になったのもそれが理由だろう。敢えてはぐらかすように「何の話でしょう?」と尋ねれば「誤魔化すな‼︎」と老人が声を荒げ、喚き出した。


「フリージア王国に奇襲はあったのか⁈いつだ⁈ならば何故自国を置いておめおめと我が国の戦に首を突っ込んでおる⁈そんなに大国は戦を好むのか⁈」

人差し指を真っ直ぐに突きつける老人は、叫び過ぎたのか肩で息をしながらも血走らせた目を私に向けた。

私は眉を下げて口元で笑みを作りながら、大袈裟に肩を竦めてみせる。私からの返事を待ちきれず、老人は細い拳でテーブルを叩いた。仕方なく再び私が口を開く。


「何故、と申されましても…別段と被害もなかったもので。実行犯も何人かは捕らえられておりますし。」

「なん…だと…⁈」

私の言葉が信じられないように、目を剥く老人は叩きつけた拳をブルブルと震わせ始めた。


「正体は未だわかりませんが、皆小悪党ばかりでした。いやはや、あのような雑魚ばかりを相手にさせられてしまい、逆に骨が折れました。正直、私としてもフリージア王国が平和であれば他国の諍いなどは興味もありませんし…早く帰って妻と子に逢いたいものです。」

ふぅ…と溜息を吐いて視線を遠くへ放る。そのまま、数秒待って老人から何の反応もない後、彼へと振り返り再び笑みを作って取り繕ってみせる。

「あぁ、失礼致しました。どうか今の話は御内密に。勿論、見返りを頂いている限りはちゃんと誠心誠意サーシス王国の為に働かせて頂きますから。」


「ならばそれ以上の見返りを約束すると言ったらどうする?」


突然、低くそれでいて探るような声が老人から発せられた。血走らせた目だけが、ギョロリと転がり、私の顔色を窺っている。


「…どういう意味でしょうか。」

笑みを消し、私からも真っ直ぐに老人…ハンム卿を見やる。そうすれば、ハンム卿は皺だらけの顔を笑みで更に皺を作り、汚い笑みを私に向けた。


「もし、別国の…例えばコペランディ王国に、見返りを与える代わりに協力をせよと言われれば?」

「面白い話ですね。…まぁ、正直見返りによる、といったところでしょうか。フリージア王国に全てを捧げておりますので、自国を裏切ることは例えどんな見返りでも不可能です。が、…まぁやはり例え他国を裏切れという話でも、端金ではとてもとても。」

フリージア王国は上層部への払いは良いもので。と冗談めいて笑ってみせれば、老人が欠けて不揃いの歯をそのままに剥き出して笑う。


「例えば…チャイネンシス王国の鉱物の四割ならばどうだ?」

鉱物の国、チャイネンシス王国。

その産物である宝石はどれも質や大きさ共に世界でも一級品と呼ばれている。サーシス王国の金脈と同じく、それを目的にチャイネンシス王国と同盟を望む国は未だに後を絶たないという。

その宝石国の資源の四割。普通の人間では一生遊んでも使い切ることは不可能だろう。もっと言えば、フリージア王国の下級層の民全ての生活を最低限以上面倒見ても余る程だ。


「なかなか…唆られる話ですね。」


口元を引き上げて笑ってみせれば、ハンム卿は満足そうに笑いながら「そうだろうそうだろう」と何度も首を縦に揺らした。


「…例えば。…具体的にはどうすれば…?」

喉を鳴らし、老人へ真っ直ぐに覗き込んでみる。すると、老人がギラギラと目を光らせながら「簡単だ」と私に返した。


「ワシと同じことをすれば良い。フリージア王国の動きや作戦、わかること全てをコペランディ王国へ報告せよ。鳥ならばワシのを一羽やろう。そして、宰相ならば情報を操ることも容易い筈。敢えて、明日の早朝明け方にコペランディ王国の侵攻直前に一度、フリージア王国の者を一度チャイネンシス王国から引かせよ。理由は何でも良い。そうすれば、四割の鉱物はお前のものだ。」


ヒッヒッと引き攣るように笑いながらハンム卿が命じる。つまり、この男はそれ以上の見返りが約束されているということだ。


「報告は、どなたにすれば?それに、四割も頂いて本当に宜しいのですか?貴方様と、私以外の方の取り分は…。」

「報告は鳥に預ければ問題ない。すぐにコペランディ王国に届けてくれる。取り分も心配するな、ワシとお前の二人だけだ。」

それはそれは素晴らしい、と目を見開き笑って見せればハンム卿が声に上げて高らかに笑い出した。興奮が冷めないうちに、私から再び問いかける。


「そういえば…セドリック王子には何か?まさか彼もまた、我々の標的とでも…?」

「何を言う!セドリック様はなぁ、チャイネンシス王国が滅んだ後のサーシス王国全土を統べる御方じゃ。本当はこの役もセドリック様に御協力頂きたかったのだが…まぁ、お前は運が良い。代わりにお前に働いて貰おう。セドリック様は全て終わってから、あの愚王の代わりに玉座について貰えば良い。」

あの愚王のせいで、バートランド様もあんな目に…と何やら個人的な愚痴を零し始めたハンム卿を私は宥めるように背中を摩る。


「御老体に鞭打ち、お一人で大変だったでしょうハンム卿。ですが、これからは私が居りますから。それで、今までどれ程の御功績を?」

「それはもう大変じゃったわい。ワシ以外、一族の誰も崇高なこの考えに賛同せず、他の者共も皆老い先死に…ワシ一人で書状をしたため、細かに国の動きを毎日送り…セドリック様が何処ぞに馬車を出されたと耳にした時は肝が冷えた。まさかフリージア王国を連れてくるとは…。これだけやってやっとるというのにコペランディの連中からの情報などワシの報告と比べれば爪の垢程度じゃ。」

「なんと、毎日‼︎それは大変だったでしょう。今日の分もこれからですか?必要ならば私が代筆致しましょうか。」

「おぉ、助かるわい。毎晩月の光で書くのも目が堪える。だが、この苦労もあと少しの辛抱」










「そんなにお辛いならばたった今、全て終わりにして差し上げましょう。」










ピタ、と老人の動きが完全に止まる。暫く息も止まったかのように固まり、それからやっと目を見開き、首だけが私の方へと向けられた。

心からの笑みを彼に向けながら、私は老人の背中を摩る手をそのまま肩に置く。


「良かったですね、今日からは牢獄の中で何もせずに済みますよ。愛するセドリック第二王子と同じ城内で、一生。」

キサマ、とわなわな震えた老人の唇が微かに言葉を紡ぐ。怒りで顔を真っ赤に染め、私の首を絞めようと震える手を私へ伸ばすが、軽く叩き、そのまま片腕だけを老人の背後に捻り上げ、動きを奪う。

ゔああああ…と呻く老人が憐れになり、痛みを伴わない程度に少しだけ力を緩め、…軽く膝ごと片足を乗せる。


「色々興味深いお話ありがとうございました、ハンム卿。成る程、セドリック第二王子殿下が貴方を〝老害〟と呼ぶ理由がよく分かりました。」


チャイネンシス王国とサーシス王国の上層部同士の昔からの遺恨については聞いたことはあったが、まさかつい最近までも変わらず爪痕は残っていたとは。そんな中、王族同士固く結びついたランス国王とヨアン国王には頭が下がる。私自身、この国を訪れてから一度もそのような気配は感じられなかった。


「さて、取り敢えず聞きたいことは大体聞けましたし、残りはサーシス王国の兵に任せると致しましょうか。」


まずはこの老人の屋敷内の捜索。連絡手段である鳥の確保。今日分の報告書の偽造。さらに早朝に攻め込んでくるというのならば、今夜中に動かねばならない。

時間が狭められた分、こちらも万全の態勢で望める。恐らく、セドリック王子が国を出たと報告したのも彼だろう。だが、セドリック王子がフリージア王国に向かったことまでは知らないようだっ





「ッか…家族がどうなっても良いのか⁈」





老人の、雄叫びにも似た恐喝が耳に響いた。

些か驚き、見下ろせば老人が顔を無理矢理こちらに向け、血走らせた目で睨んでいた。


「…どういう意味でしょうか。」

ぐいっと乗せた足へ体重をかければ、柔い老人の骨が歪な音を上げた。また呻き、口をパクパクとさせる老人に再び続きを促す。


「お前が!我々の、コペランディ王国の密偵を捕らえたのだろう⁈ならば報復がある‼︎必ずだ‼︎例えフリージアの援軍妨害が叶わずとも関係なくだ‼︎」

痛みに悶えながらひたすら声を荒げる老人に、時折その手首を更に捻ってやる。それでも老人は私を脅す為にと必死に油の乗っていない舌を踊らせた。


「ッ妻と、娘がいると言っていたな⁈ならば!今にも其奴らは報復を受けている‼送られた者共は全員コペランディ王国にも使い捨てられる連中のみ‼︎︎失敗とあらば奴らに帰る場所などない‼︎」

成る程、使い捨てか。

ならば残りの一人も逃亡のみは確かに無さそうだ。十三日もかけて国に逃げ帰っても始末されることは本人もわかっている筈なのだから。

無言で納得しながら、更に老人の腕を間違った方向に伸ばし続ける。パキパキと歪な振動が手にまで伝わってくる。

「必ず‼︎邪魔をした貴様に!貴様の家族に報復をする‼︎己が身の安全の為に未だ生かされているかもしれんが時間の問題だ‼︎ワシをここで解放しろ‼︎今すぐ忠誠を誓えばワシが口を利いてやる‼︎さもなくば貴様が帰った頃には家すら無くなっているやも」




バキッ。




ぎゃあああああああああああああああああ⁈と、老人の断末魔が部屋中に響く。流石に老人の声でもこれでは騒ぎになると、汚らしいその口を手で覆い、塞ぐ。

「おやおや…申し訳ありません。つい折ってしまいました。」

静かにして下さらないと二本目も、と耳元で優しく囁けば、老人の身体中が痛みを耐えようと夥しい量の脂汗を滲ませた。


「全く…あの密偵といい、貴方といいやはり考えることは皆一緒ですねぇ。」

もう役に立たない腕から手を放し、痛みで悶える内に反対の腕を改めて捻り上げる。


「私の家族の話さえ出せば、私が首を垂れると。…その程度の覚悟で、宰相の身でありながら所帯を持ってはいませんよ。」

再び老人の背に足を乗せる。先程よりも更に無抵抗に老人は呻きながらその場に伏した。


「全てから見捨てられた貴方と違い、私は救い上げて下さる方々に恵まれましたので。」

体重をゆっくり足にかける。また、歪な振動が今度は足に伝わった。


「ですが、まぁ。」

手首を捻っていく。先程と同じ順序に、老人の呼吸が次第に荒くなり、指の先まで汗で湿らせた。


「逐一我が家族を引き合いに出される。それが、何にも勝り腹立たしい。」


パキッ


がぁああああああああああああああああああああ⁈


再び、老人の断末魔が響く。最初に口が開いた瞬間に手で押さえたお陰で今度はそこまで響かせずに済んだ。


「大丈夫です、今回は関節を外しただけですから。」

このままでは先に息の根が止まってしまいそうな老人の背を摩る。完全に両腕の自由が効かなくなった老人の前に回り込み、その絶叫後の顔を覗き込む。


「さて、と。ではそろそろ衛兵を…と、言いたいところですが。」

もはや呼吸することしかできない老人の顔を眺めながら、笑いかける。私の顔が目の前にある事に気がついた老人が身体を必死に逸らし、震え上がる。その反応を見て、やっとある程度は満足する。

そこで不意に、先程この老人を引き取った際にセドリック王子へ耳打ちした言葉を思い出す。


『外道の相手ならばお任せ下さい。』


こういう外道は、私が相手をするに限る。

セドリック王子やプライド様方があの場から消え、追ってみればまさかの収穫だった。戦前夜というタイミングと、あの異常な態度、更にはセドリック王子に『邪教なチャイネンシス王国を〝共に〟滅し』と喚いていたのが少し気になっただけだったが…軽く釣り糸を垂らせば、なかなかの大魚だった。


「ですが、…このまま独房まで連れ出す間に要らぬことまで騒がれたら面倒ですね。」

私の家族の安否について宣い、それをあの方々に聞かれれば要らぬ心配をかけてしまう。ステイル様は問題ないとして、プライド様やティアラ様、アーサー殿には確実に心配をお掛けするだろう。それだけは避けねばならない。

いっそ、残りの歯を全て折ってしまおうかと本気で考える。…いや、それではこの後に他の情報を吐かせることができない。

取り敢えず気を失わせる為になるべく手加減をして首へ手刀を叩き込む。うっかり首の骨を折ってしまわないか心配だったが、一応生きていた。

そのまま扉の外で待たせていた衛兵に声を掛け、老人の連行とランス国王への報告を頼む。私もこのまま報告に行くつもりではあるが、早いに越したことはないだろう。

衛兵と運ばれていく老人を見送りながら、頭の中を先程の言葉が忌々しく痕を残す。


『家族がどうなっても良いのか⁈』

『今にも其奴らは報復を受けている‼』

『必ず‼︎邪魔をした貴様に!貴様の家族に報復する‼︎』


…。

我が家には、今は通信兵が居る。

何かあれば必ず、城に連絡が行く筈。そして、城からは私の元に家族関連のことについては何の連絡も来ていない。つまり、現時点で家族は安全だということだ。


…わかっている。気休めだということは。


もし騎士でもない通信兵が襲われ、万が一のことがあれば、城にも連絡は行かず、今頃あの老人の言う通りの事態に陥っていようとも把握することはできない。

通信兵の特殊能力はあくまで一方通行。

私の方から通信兵に頼もうとも、こちらから出来るのは映像を送ることのみ。向こうの通信兵がこちらの座標へ映像を送って来ない限り、向こうの情報は何も掴めない。


通信兵にマリアからの映像を送ってもらい、この目で確認しない限りは確信など持てない。


更にはサーシス王国に向かうまでの三日間、一時休息場所の座標を部外者に知らさせる訳には行かず、私は城との連絡しか取ってはいない。サーシス王国に着いてからも落ち着く間も無く、未だ我が家には連絡を入れていない。心配ならば今すぐにでも通信兵に連絡を繋げてもらい、彼女達の安否を確認すべきだ。が…


「これから、あの老人の屋敷内の捜索と連絡手段である鳥の確保。そしてコペランディ王国に送る報告書の偽造…全て今すぐに取り掛からねばなりませんねぇ。」

やるべきことは山ほどある。しかも、敵が攻めてくるのは早朝の明け方。時間はない。

恐らくは私だけではなく、これから城内全体が出兵に向けて慌しくなるだろう。

ならば今はそれに集中しなければならない。

大丈夫、彼女達には衛兵も通信兵も付いている。…きっと、無事だ。


自分に言い聞かせるようにそう考えながら、今すぐ国王に提言をと足を動かす。

早足に歩みながら、自分を落ち着けるように頭の中でこの後すべきことを思い返す。


我が愛は、妻と娘に。

我が命は、王族の為に。

我が人生は、民の為に。


四年前に誓い、何度も何度も反復した言葉が、気付けば無意識に頭に巡って来た。

そう、変わらない。私の命も人生も今は王族と民に捧げている。それをまた再び家族の為にと宰相の権威を必要以上に振り翳すなど許されない。


…もう二度と揺るぎはしない、その為に。







ー 今も、ジルベールの知らない所で彼の怒りが静かに滾り、火の粉を散らしていた。


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