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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
非道王女と同盟交渉
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227.非道王女は越える。


「…此処が一番チャイネンシス王国の城に近い道、ですか。」


紹介されたそこを見上げながら、私はランス国王達へ確認をとる。

「ええ、今やこうして築かれた壁で完全に封鎖されておりますが。」

最初に摂政が頷いて答えてくれた。見上げれば、大人が肩車しても届かない程に高く、何より途方もなく横に広い壁がそこにはあった。

普通によじ登れば、それだけでもかなりの労力を必要とするだろう。


「ヨアンめ、相変わらず仕事が早い。」


少し忌々しそうに呟くランス国王は、その言葉に反して思い詰めたように表情が揺らいでいた。摂政の話によるとヨアン国王が同盟破棄を告げたのはランス国王が倒れて僅か二日後のことらしい。最後に彼らが聞いたヨアン国王の言葉は「サーシス王国に、神の祝福があらんことを」という優し過ぎる言葉だったらしい。

恐らくランス国王は自分のせいで、ヨアン国王を壁を築かせる程に追い詰めてしまったと考えているのだろう。


改めて壁を見上げながら、私はセドリックルートのゲームの設定を思い出す。


チャイネンシス王国。

その国の国王ヨアン。

攻略対象者セドリックにとっては、ランスと同じくらい大事な、兄のような存在だった。

彼を、彼の国を助ける為にセドリックはフリージア王国に単身で援軍を望んだ。

しかしプライドの裏切りにより、チャイネンシス王国はその歴史に幕を閉じることになる。


「…それでは、プライド様。我ら騎士団と同行されるのはプライド様のみということで宜しいでしょうか。」


騎士団長が騎士達に指示を出しながら、私に確認してくれる。すると、私が答えるよりも先にステイルが一歩前に出てくれた。

「姉君が行くというのならば、補佐である僕も当然行きます。」

ジルベール宰相殿には留守をお任せしても宜しいでしょうか、と丁寧な口調でステイルが声をかけるとジルベール宰相も優雅に笑んで了承してくれた。ならば、行くのは私とステイル、…そして。


「セドリック。…貴方はどうする?」


振り向きざまに私はセドリックに声を掛けた。私に話を振られるとは思わなかったのだろう。驚いたように目を丸くした彼は、一度声がでないように口を開けたまま固まり、そして今度こそそれを言葉にした。


「ッ俺も、…行かせて欲しい。」


まるで痛むかのように自分の手首をブレスレットごと押さえつけ、一度口の中を飲み込んだ。ただ、その瞳だけは確かな意志を燃やして私に向けていた。

セドリックの名乗りにランス国王は制止しようと一瞬大きく口を開き、…そこから先は何も出てこなかった。代わりに私の方を見て委ねるようにその返答を待ってくれた。


「…どうですか、騎士団長。」


全体の指揮を担う騎士団長に、私も確認をとる。騎士団長が「問題はありませんが」と短く返答をしてくれ、改めてセドリックへ視線を向けた。


「…フリージア王国ばかりに任せる訳にはいかん。プライド第一王女殿下、ステイル第一王子殿下が行くならば俺にも、行かせて欲しい。城までの道案内も俺がしよう。…俺の口から兄さん…ヨアン国王とも、話がしたい。」


覚悟するような言葉だった。〝行きたい〟ではなく〝行かなければならない〟という意志が確かにそこにはあった。

私が頷き「わかりました」と言うと小さく息を吐き、肩の力を緩めた。強張った表情から「感謝する」と礼が紡がれた。


「ッなら、わ…私も行きます‼︎」


また、一人が名乗り出た。ティアラだ。

一体どうしたのだろう、ステイルが行くと言った時は完全に見送る態勢だったのに。少し慌てたように前に出て、私と騎士団長の方に向き直りながら視線はばっちりセドリックの方に向かっていた。まさかセドリックルートが⁈と一瞬考えてしまったけれど、その眼差しは完全に敵意だった。…追い掛けたくなるほど、セドリックを警戒しているらしい。

騎士団長もこれには少し驚いた表情をしていた。セドリックよりもティアラの方が予想外だったのだろう。唇を結んだままに私の隣まで歩み寄ったティアラが、お願いします!と再び私と騎士団長に声を上げた。ステイルが口だけ動かすように「ティアラ、そこまで心配する必要は…」と囁いたけれど、それでもティアラは首を横に振った。

私が無言で騎士団長にティアラも大丈夫か伺ってみると、同じように「可能ではあります」と頭を下げてくれた。…むしろ私が頭を下げたい。人数をどんどん増やしてしまった。

まぁ今回は密入国とはいえ、防衛戦でもないし危険も殆ど無いから良いけれども。


「…では、我々四人をチャイネンシス王国国王の元まで届けて下さい。その間、私達は騎士達に従います。」

良いですね?とステイル、セドリック、そしてティアラに確認をとる。三人ともはっきりと頷いてくれた。

それを見て、騎士団長が頷く。「承知致しました」と礼をした後、とうとう騎士達に指令が下された。


最初に前に出たのは各隊の、ある特殊能力をもつ騎士達だった。

それぞれが長いロープの端を抱えて壁の前に立ち、次の瞬間には騎士団長の号令の下に一気に壁を駆け上がっていった。壁の微妙な凹凸を難なく捉え、武器を突き立てることなく鎧姿で簡単に駆け上がっていく。身軽な格好をしていた民ならまだしも、重く動き難い格好をしていた騎士が簡単に登っていくその姿にセドリックが「壁登りが彼らの特殊能力か…?」と開いた口で呟いた。それに騎士団長が「いえ、これは我が騎士全員の能力です」と真面目に即答しているから思わず笑ってしまう。まぁ壁登りの特殊能力者も確か居た気はするけども。

そうして騎士達が全員壁の上まで登り終えた時だった。壁の向こうから「何者だ⁈」「壁を登るな!」「サーシス王国に戻れ‼︎」「戻らねば撃つぞ‼︎」と慌てた様子の衛兵の声が聞こえてくる。同時に威嚇でパンッパンッ‼︎と銃声が鳴り響いた。

ランス国王やセドリック、摂政達もこれには息を飲み「あれではいつか当たってしまう」と心配そうに声を上げた。でも、その心配はない。


彼らは皆、銃撃無効化の特殊能力者なのだから。


銃関連の攻撃は例え鎧が無くても彼らの身体を傷付けることはできない。そのまま登った騎士達は、ロープの端をサーシス側の騎士達が掴んでいることを確認してからチャイネンシス側へと降下した。銃撃に構うことなく、その場からロープを使って。

まさか発砲にも関わらず、飛び降りてくるとは思わなかったのだろう。逆に壁の向こうから驚きの悲鳴が上がった。何度も銃声が響き、間もなくしてそれも止んだ。どうやら壁の向こうの衛兵を全員無力化してくれたらしい。

壁の向こうからロープが数回引っ張られて合図が来る。ロープの端を掴んでいた騎士達が殆ど同時に「安全確認が取れました」と騎士団長に報告してくれた。それを聞いてから「九番隊、前へ」と騎士団長が彼らに指示を送る。

騎士団長の命令で前に出たのは、隠密関連に特化した騎士隊だ。最初に数人の騎士達が前に出ると壁のロープを掴み、…消えた。

彼らだけではない、彼らが掴んでいたロープも、そしてロープの端を押さえていた騎士も丸ごと消えたのだ。まるでステイルの瞬間移動の直後のように一瞬で消えてなくなり、またセドリック達が驚きの声を上げた。


「透明化の特殊能力です。ちゃんと彼らも、そしてロープもここにあるので御安心下さい。」

ジルベール宰相が解説をするように優雅な笑みで声を掛けてくれる。もうコメントが追いつかないかのように口を開けたままのランス国王が、隠すように口元を手で覆い、一度だけ頷いてくれた。

透明化の特殊能力は自分も、そして自分が触れた物やそれに接している物も全て透明化することができる。今は彼らが能力を使ってロープを掴むことで、ロープに触れている騎士も、恐らくは壁の向こうの騎士も全員姿が見えなくなっていることだろう。

彼らが消えてからわりとすぐに、ロープの端を掴んでいる騎士達がいた場所から「壁上まで全員到達完了しました!」と声が聞こえてきた。透明化の特殊能力者全員、ロープを伝って壁上にあがったらしい。

何もいない場所からの突然の声にセドリックが肩を揺らした。目を凝らすように騎士達がいるであろう場所を見つめていたけれど、当然見える訳がない。


「では、プライド様、ステイル様、ティアラ様、セドリック第二王子殿下。御準備は宜しいでしょうか。」

騎士団長が私達に確認を取ってくれる中、九番隊の騎士隊長が各騎士達に指示を送ってくれていた。そのまま騎士達が各自ロープの端があった場所に立ち、待機してくれる。

私やステイル達は一人一人順番に、騎士にロープで運んでもらうことになった。

先ず最初にステイルがロープの端を掴み、騎士と一緒に消えた。一瞬瞬間移動かなと思ったけど、見えない場所から「お先に失礼します、姉君、ティアラ、セドリック第二王子殿下」と声が聞こえた。姿は見えないけれど、ギギッ…とロープがしなる音が聞こえて、今丁度登っている頃なのだなとわかった。騎士一人ではなく、ステイルの補助をしながらだからか少し時間はかかったけれど、それでも割とすぐ次の合図が返ってきた。

次にティアラだ。私に挨拶をしてくれた後、また付いてくれる騎士と一緒に消えた。その直後「失礼致します」という騎士の声と同時にロープがしなっていった。多分騎士がティアラを抱えて登っていっているのだろう。流石騎士。難なく登りきったらしく、一人で登るのとそう変わらない時間ですぐに合図が返ってきた。


「では、プライド様。」

次に、私だ。付いてくれた九番隊の騎士が緊張からか少し顔が強張って顔の筋肉がピクピクしていた。確か、ケネス隊長…だっただろうか。抱えるとしたらティアラより私の方が確実に重いし、少しプレッシャーなのかもしれない。宜しくお願いします、と声を掛けたらおっかなびっくりな様子で「お任せください…!」と返事が返ってきた。

最後にロープを掴む前にランス国王とジルベール宰相に挨拶をしてから、セドリックに視線を向ける。私をずっと注視していた彼とはすぐに目が合った。視線がぶつかり、睨まれたと勘違いしたのか彼の肩が震えた。


「セドリック。…待ってるから。」

一言そう告げるとセドリックが小さく二度ほど頷いてくれた。視線をロープのある方向へと戻し、そして手を伸ばす。

硬い感触が指先に触れ、掴むとその瞬間にさっきまで見えなかったロープがはっきりと視界に写った。さらにそのまま壁の上を見上げればロープを掴んだ騎士がこちらに向かって手を振ってくれている。二番目に登った透明化の特殊能力者の騎士だ。一緒に透明化している者同士はお互いの姿も見れるらしい。他の透明化している別の特殊能力者の姿は見えないままだけど。

私に付いてくれる騎士が早速私を抱えようとしてくれたけれど、ちょっとその前に試しに自分でも登らせてもらう。ステイルは最初から既に登る気満々だったし、私も自分でやってみる。ロープを掴み、壁に足をかける。背後についてくれる騎士が登り方を説明しながら心配そうに私の背を支えてくれた。

そのまま更に腕に力を入れ、壁に向かって足を踏み出し、そのまま一気に


…登れなかった。


鎧越しの手からズルっとロープが滑り、更には足を掛けるというよりもただ壁に足をついたまま、それ以上登れず腕がプルプルする。


ラスボスプライドの弱点、非力。


そういえばプライドが高い所から飛び降りるシーンはあっても、ロープで登るシーンなんて全くなかった。女王であるプライドがそんなことする必要もないし、当然といえば当然だけど。でも、鋼鉄だって斬れるプライドがロープ一つも登れないだなんて。


「…ごめんなさい、お願いします。」

恥ずかしさのあまり、誰にも聞こえないように声を潜めてケネス隊長にお願いする。そうすると「はい」と呆れる様子もなく答えてくれて、片腕でひょいっと私を持ち上げてくれた。

落ちないように私からその首に両腕で掴まると、軽々と器用に私を抱えた左腕と自由な右腕を駆使して壁を登ってくれる。女性とはいえ、鎧付きの人間を軽々と抱えてくれる騎士に思わず「流石ですね」と感嘆の声が漏れてしまう。…途端、ケネス隊長の顔色がまた赤くなった。話しかけたせいで抱えているものの重量を思い出してしまったのかもしれない。何だかちょっと申し訳ない。

それでもケネス隊長は順調に壁を越え、降りる時にもそのままピョンピョンと壁面を数ステップで踏んで、地面まで着地してくれた。…飛び降りるだけなら多分私にもできたのだろうけれど、ロープを掴んでいないと姿が他の人にも見えてしまうし、途中で降りるのもなんか悪い気がしたのでそのまま甘えさせて頂くことにした。

ロープの端を掴んだままのステイルとティアラが笑顔で私を迎えてくれ、騎士の手から降りた私はロープから手を離さないように注意しながら二人に合流した。

私を抱えてくれたケネス隊長にもお礼を言うと、やはり本音は重かったのか、赤らんだ顔のまま「とんでもありませんっ…」と礼をしてくれた。ステイルとティアラに付いた騎士達も皆何やら微笑ましくケネス隊長に視線を向けている。

二人に聞くと、ステイルはやはり騎士の補助を受けながらも自分で登ってきたらしい。「やはり剣や格闘術とは違うので少し難しかったです」と謙遜していたけれど、付いていた騎士曰く充分上手に登っていたらしい。

ティアラはやはり最初から抱えてもらったらしく「降りる時はドキドキしましたっ!」と言ってた。でも、多分ティアラは登るのはさておき本当ならロープを伝って降りるのはできたのだろうなと思う。ゲームのジルルートでも離れの塔からそれで脱出してたし。

私の後に今度は素早く近衛騎士のアーサーとカラム隊長がロープを伝って降りてきてくれた。流石九番隊でなくても我が国の誇る本隊騎士。二人とも合図を送られてすぐに壁上から顔を出し、流れるように順々に降りてきてくれた。「お待たせ致しました」と二人がロープを伝いながら私達に挨拶をしてくれる。


「流石ですっ!アーサーもカラム隊長も凄く速くてかっこよかったですっ!」

ティアラが声を抑えながらも目をきらきらさせて二人に声を掛ける。「ねっ、お姉様!兄様!」と同意を求められて私達も釣られて笑ってしまった。「まぁ、我が国の騎士として当然の技量でしょう。」と悠々と語るステイルに少し唇を尖らせたティアラが可愛い。

「でも、本当に格好良かったわね。私なんて全然で恥ずかしいくらい。流石騎士だわ。」

ステイルも自力で登れたのだから流石男の子ね、とティアラの頭を撫でたままステイルの頭を撫でる。そのまま振り返ると、やはり時間差で息が切れたのか顔が少し火照ったアーサーとカラム隊長が目を丸くして私を見ていた。「プライド様は…登れなかったのですか…?」と言われて、思わず今度は私の顔が赤くなってしまった。…情けない。

助けを求めてステイルとティアラに目を向けるけど、ステイルも姉の情けない姿がバレたからか、いつのまにか顔を火照らして目を逸らすし、ティアラは「可愛かったです!」と言ってくれてなんとも余計恥ずかしくなる。

アーサー達の後、最後にセドリックが壁から顔を出した。アーサー達ともあまり変わらない時間差だ。ただ、補助役である筈の騎士がセドリックの後ではなく先に壁を登りきり、その後ろをセドリックが追い掛ける形だった。壁を降りる時も騎士が先に降り、その後をセドリックが同じように一人でトンットンッと軽いステップで降りてきた。修練を積んだ騎士とあまり変わりない手早さに騎士達から小さく感心の声が漏れた。…何故か今回はティアラから賞賛の声はなかったけれど。セドリックの変則的な登り手順に呆れているのかもしれない。ステイルはロープを握ったまま腕を組み、少し考えるようにセドリックを注視していた。

その後、私達の護衛の為に他のロープからサーシス王国へ侵入してきた九番隊の騎士達とも合流してから、態勢を整えた。

気を失っている衛兵達は、今は一時拘束して透明化の特殊能力者が見張ってくれているらしい。彼らを無力化した騎士曰く、威嚇射撃以外自分達に殺意どころか攻撃の意思すら惑いがあったという。

透明化の特殊能力を持つ騎士を含め、九番隊数名と近衛騎士と共に、とうとう私達は姿を消したままチャイネンシス王国の城まで歩を進めることになった。


「連れて行ってちょうだいセドリック。…ヨアン国王の元に。」

私の言葉にセドリックは頷き、先導するように騎士達と共に歩み始めた。


…ゲーム開始時も、チャイネンシス王国はサーシス王国との国境を封鎖していた。

ただ、それはサーシス王国の為ではない。




ヨアンと、そしてチャイネンシス王国からの確固たる拒絶。




〝裏切り者〟として永遠にサーシス王国を許さないと。

その恨みと憎しみを込めた断絶の壁だった。


透明化の特殊能力者と繋がった細めの紐を掴みながら、私は数メートル歩いた先でふと壁の方を振り返る。


…今は、こんなに優しい壁なのに。


だけどもし、私達が…フリージア王国やサーシス王国が彼らの意志に反して事を荒だて、その上でチャイネンシス王国を守れなかったら。

きっと、この壁はゲームと同じ憎しみと決裂の象徴となってしまうだろう。




「ッ…させるものですか。」




口の中でだけそう呟き、私は再び前を向く。

私なりの決意と、覚悟を胸に。


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