225.非道王女は出発する。
「如何ですか、プライド様。」
着替えを終えた私を、専属侍女のロッテとマリーが心配そうに覗き込んでくれる。
「ええ、大丈夫。丁度良いわ。」
そのまま私が御礼を言うと二人が「どうかくれぐれもお気をつけて」「プライド様の御無事を心から祈っております」と言って、そっと私の手を握ってくれた。近衛兵のジャックに声を掛け、扉を開けてもらう。「どうか、お気をつけて」とジャックも優しく声を掛けてくれた。部屋から出ると、私の支度を待ってくれていた近衛騎士のアラン隊長とカラム隊長が目を丸くして迎えてくれた。
「お待たせしてごめんなさい、二人とも。」
ティアラやステイルはまだ支度中だろうか、と見回すと丁度ステイルが来てくれたところだった。
「とてもよくお似合いです、姉君。」
鎧姿に身を包んだステイルが、にっこりと私に笑い掛けてくれる。いつもの整った格好と違い、ガッシリと男らしい鎧と黒の団服を羽織った姿は凄く男前だった。伊達眼鏡は外していくかと思ったけれど、変わらず装備していくらしい。私の中のステイルのトレードマークがそのままで少しほっとする。
「ありがとう、ステイル。貴方も凄く素敵よ。思わず見惚れちゃった。」
いつもと違う男らしい姿がギャップも相まって凄く格好良い。鎧姿のステイルなんて、ゲームのスチルにすらなかったのに。
「…おい、アラン!しっかりしろ‼︎」
ガシャッ、となにやら鎧同士がぶつかる音がして振り返れば、カラム隊長がアラン隊長を後ろ肘で突いているところだった。見ればアラン隊長の顔が真っ赤だ。目を丸くしたまま口をポカンと開け、私を凝視している。
まさか体調が悪いのだろうか、心配になって「大丈夫?」と声を掛けたら「ッいや‼︎はい!だっ、大丈夫で、す‼︎す、凄くお似合ッ…です!」とガチガチの返答が返って来た。いつも飄々としているアラン隊長にしては珍しい。近衛騎士をしてくれるようになってからは王族の私相手にも緊張せず話すようになってくれたのに。やはり久々の戦は騎士にも緊張するものらしい。
「申し訳ありません、プライド様。アランはその鎧姿がとてもお似合いだと言いたかったようです。」
カラム隊長が溜息混じりにアラン隊長の言葉を通訳してくれる。それを認めるようにアラン隊長が真っ赤な顔のまま何度も頷いてくれた。
「ありがとう、嬉しいわ。」
二人にも笑みを返し、改めて自分の格好を確認する。女性用のものだから少し造りは違うけど、殆どは皆とお揃いだ。羽織った赤い団服だけが数少ない女性らしさを演出…してくれていると思いたい。ウェーブがかった赤髪も邪魔なので頭の上で一本に括ってしまったし、女子力がかなり残念なことになっている。戦に女も男もないけれど、第一王女としてはどうしても気になる。でも、同時にこういうカッチリした鎧は何だかんだ私も初めてなので、不謹慎にも少しわくわくしてしまった。
「ティアラもそろそろ終わる頃かしら。ねぇ、ステ…、…ステイル⁇」
振り返ると、今度はステイルが顔を真っ赤にして口を片手で覆っていた。小さく「…見惚っ…」と呟いているけど、どうしたのだろう。やはり昨日夜更かしさせたせいで本調子じゃないのかもしれない。
「お姉様っ!兄様‼︎」
ガシャッ、ガシャッ、と少し身体を重そうにするティアラが、私達の方に駆け寄ってくる。一応ティアラも戦には参戦する予定ではないけれど、道中にどんな危険があるかもわからないので私達と同じように鎧を着込んでいる。
「お二人とも凄く素敵ですっ!…私も、帰ったらマリーとロッテにお揃いを作って貰おうかしら…。」
ティアラが目をきらきらさせた後に、自分の白色の団服をワンピースの裾のようにつまみ上げた。
実をいうと私とステイルの団服だけは、ロッテとマリーのお手製だ。二人とも毎回作っては改良を重ねてくれる内にクオリティが殆ど騎士団のと変わらないくらいのものになっていたので、急遽正式に使わせてもらう事になった。一応城から用意してくれた団服もあったけれど、私にはこっちの方がしっくりくるし、母上も許可をしてくれた。…何故そんな服があるのかについて誤魔化すのは大変だったけれど。
そしてティアラは王族として通常色の、白の団服を羽織っている。金髪のティアラに凄くよく似合って可愛いらしい。私と同じように長い髪を一括りにしている。まさかティアラの鎧姿まで拝む事になるとは思わなかった。「とても素敵よ」と笑いかけたら「この格好ならば戦場でも安心ですっ!」と言われたので丁重にお断りした。ステイルが「遊びに行くんじゃないんだぞ」とティアラを窘める。
「だって、チャイネンシス王国にあのセドリック第二王子も行くのでしょう⁈」
むむっ、と両手に拳を作ってステイルに直談判するティアラに思わず苦笑いしてしまう。やはり未だにティアラの警戒は解けないらしい。まぁ、十割がっつりセドリックの自業自得なのだけれど。
「行きましょうか、二人とも。」
はい、と私の言葉に同時にステイルとティアラが返事をしてくれた。慣れない鎧に少しふらつきながら、私達はとうとう歩み出す。
……
「では、行って参ります。母上、父上。」
母上と父上に挨拶を交わし、私達は出国する。
多くの民が見送ってくれる中、その声援に応えながら城下から国外へ進んでいく。多くの騎士と、そして武器を積んで。
早朝にはアネモネ王国から大量の物資や武器弾薬が届いていた。しかも素人目の私から見ても分かるくらいの最新鋭のピカピカ。ジルベール宰相と騎士団長、副団長が武器を全てチェックしながら荷車に積む最中でも騎士達がまばらに「アレ良いな‼︎」「あの大筒はなんだ⁈」「あの武器‼︎あれ俺知ってる!」「どんだけ弾薬があるんだ⁈」とまるで初めておもちゃ屋に来た少年のように目を輝かせていた。時々、キミヒカシリーズ一作目では見たことのない手榴弾的なものや凄く物騒な形をした銃や大筒も目に入ったけれど、ジルベール宰相と騎士団長、副団長の「使い方を把握していない武器は即戦力としては危険」という判断のもと、殆どが我が城でお留守番することになった。…判断を下された直後の騎士達は凄く残念そうだったけれど。
アネモネから武器や補給を運んでくれた使者から私宛の手紙を預かるとレオンから、突然だったのでフリージア王国に送れたのがそれだけでごめん。と、様々な国から取引した品ばかりなので是非検討を。という旨のメッセージが私への健闘や労いの言葉と共に書かれていた。
〝それだけ〟って、お留守番の武器を抜いても騎士達が盛り上がる程の凄い量だし、更には〝是非検討を〟という文に前世のテレビショッピングの「体験サービス!是非お試し下さい!」「モニター募集!今なら一カ月分無料!」というフレーズが思い出されて何だかんだでレオンもやり手だなと思ってしまった。流石貿易最大手。
確かにこの戦で活躍した武器があったら我が国でも是非ともと取り寄せることになるだろう。…大半以上は我が国で留守番だけど。
当初の予定通りに期間がまだあったら、きっと珍しい武器一つひとつ騎士団が試して実践可能か精査したのだろうけれど、残念ながらそんな時間はなかった。
手紙の最後には「あの時の約束を」と短く言葉が添えられていて、恐らくはこの武器全てを私に返品されない為の予防線だろうと察した。
「お気をつけて!」「プライド様‼︎」「騎士団長!」「ステイル第一王子殿下‼︎」「ティアラ第二王女殿下!」「プライド第一王女殿下!」「どうかご無事で!」と様々な声が掛けられる。
王族三人の初陣ということもあり、パレードスタートのように私やステイル、そしてティアラも他の騎士達と同じように馬に乗って移動している。…今は。そして誰も乗っていない馬車や空の荷車がその後をゆるゆるとついて来てくれていた。
進軍とはいえ、これから三日はずっと移動だ。通常なら馬で十日以上掛かるハナズオ連合王国へ向かわなければならない。
そう、…三日間ずっと。
「よし、全隊馬を上げろ!」
我が国の門が閉ざされ、私達は早速馬から降りた。近衛騎士のカラム隊長がそっと手を貸してくれる。
馬での移動だと生き物に引かせている限りは体力や足に限界がある。普通の馬より力や体力もあって足も速い王族の馬車や騎士団の馬だって、数日がかりの移動では一日に進める距離は途中で休憩を挟みながらも含めて限界が決まっている。
だから、今回は先行部隊の力が必要だった。
先行部隊は基本的に各隊の隊員として所属しているけれど、必要事態に応じて編成される部隊だ。六年前の騎士団奇襲の際も緊急で編成された。
さっきまで空っぽだった複数の荷車に馬や騎士が順々に乗り込んでいく。我が国特製の強固な荷車はサイズもそれぞれで、前世の小型、大型トラックや…それこそ大型バスくらいはありそうなサイズの荷車まである。私やステイル、ティアラやジルベール宰相が乗るのは馬車だけど、引くのは騎士達が乗り込む荷車同様に馬ではない。
先行部隊先導による特殊能力製の乗り物だ。
荷車の部分が彼らの乗り物にそれぞれ装着され、一気に荷車よりも荷台のような印象になる。六年前に私も乗ったことのある、大型バイクのような乗り物だ。作った特殊能力者にしか運転はできない特別な乗り物。スピードは単騎で駆ける馬や前世の車の制限速度くらいまでしかでないけれど、繋がった荷の重さ関係なくその速度で進むことができる。これなら運転手が可能な限りは一定の高速で常時移動が可能だ。流石に大型トラックや大型バスサイズは小回りが利かないからこういう長期間移動の時くらいにしか使わないらしいけれど。
先行部隊は他にも特殊能力で足が凄い速いとか跳躍力とか馬を疲れ知らずに走らせるとかの人も場合によっては含まれることもあるらしいけれど、基本的にはこの乗り物を作って運転する人達がメインらしい。あくまで原動力は科学じゃなくて特殊能力だから機械…ではないのだろうけども、こうやってみると前世のバイクや車って凄かったんだなと思う。
馬車は特殊能力バイクに一つずつ繋がれ、他の荷台は同じサイズごとに繋がれてからバイクに装着され、まるで屋根のない電車や汽車のような状態になった。
「私、先行部隊での移動は初めてですっ!」
ティアラが嬉しそうに馬車の窓から前方を覗かせた。その様子を少し微笑ましく近衛騎士のカラム隊長とアラン隊長が眺めてくれている。まるで初めてバスに乗る子どもと保護者のようだ。私も六年前に一度乗ったことがあるけど、あの時はバイクの後ろに椅子と手摺付きだけの状態だったし馬車を引いてもらうのは初めてだ。
「…兄様もジルベール宰相と仲良くしていると良いのだけれど。」
ぼそっ、とティアラの心配そうな声が聞こえた。私もその言葉に少し返事を濁らせてしまう。
今回は特に危険もあるとのことで、馬車には護衛の騎士が二人。私の場合は近衛騎士だけど、後ろの馬車にはステイルとジルベール宰相、そして騎士団長と騎士が乗り込んでいる。本当なら私の補佐であるステイルが私と一緒で、ティアラが後続の馬車の筈なのだけれど、ステイル自ら「ジルベール、騎士団長と共に道中俺も作戦会議に加わりたいので」と何やら真っ黒なオーラいっぱいにお願いされてしまった。
「これよりハナズオ連合王国に向け、全軍出発致します‼︎」
騎士の号令が響き、ガタンと緩やかに馬車が動き出す。最初は普通の馬車と変わらない程度の速さ。そこから段々と加速していく。
前世の車の速さで私は少し覚えがあったけど、ティアラは段々と目が丸くなり、途中からは私の裾に掴まった。前世では安全速度の域だったけれど、やはり普通より全然速い。単騎で駆ける馬に乗ったことがあるならならまだしも、馬車ののんびりとした速さに慣れたティアラには凄まじいだろう。
騎士団本隊の馬が一日に可能な移動距離。それを経った一時間半程度で走り抜いてしまうのだから。
例え一時間に一度休憩を挟んでも遥かに速い。運転手はさておき、疲れも減速も知らない特殊能力のバイクはゆるやかに、この世界にとっての高スピードで進んでいく。
そして、予定通り三日後。
十日掛かる筈の距離を難無く攻略した私達は、ハナズオ連合王国に辿り着くことになる。
…防衛戦前に、一悶着あることを未だ知らずに。