24.外道王女は舞い降りる。
ステイルはプライドの言葉を疑った。
この三年間、自分が誓いを立てたあの日からプライドの言葉を疑うことなんてなかったし、これから先も絶対あり得ないと思った。なのに。
「私を、あの戦場に‼︎」
プライドのその言葉は誰よりも自分に投げかけられた言葉だった。
戦場…⁉︎あそこに⁈あり得ない。映像の中では今も大勢の奇襲者達が騎士団長を殺しにかかっているというのに。しかも、プライドの予知通りならば彼処はもうすぐ崩れ落ちる。そんな危ない所にプライドを瞬間移動させる訳にはいかない。
「だっ…ダメです姉君‼︎危険なのは予知した貴方が一番ご存知ではないのですか⁈」
「大丈夫。私を信じて。」
そう言いながら縦に割いたスカート部分から金具を外そうと悪戦苦闘しているプライドに首を強く振る。
「ダメです‼︎貴方は第一王女です!あの戦場に行くべき方ではっ…」
「その戦場で戦う騎士団長を救うにはこれしかないの‼︎お願い‼︎」
こんな凄まじい覇気をプライドに向けられたことは初めてだった。両肩を掴まれ、顔をじりじりと近づけられる。
「予知したの。今ならまだ救える‼︎あの人の父親を救えるの‼︎」
そう言って指差したのは先ほど現れた、騎士団長の息子という青年だった。彼の叫びは今も頭に引っかかっている。
〝お袋はどうする⁈〟
自分には女王陛下とは別に母親がいる。故郷にいる大事な、大事な産みの母親。
プライドの計らいがいなければ、今も連絡すら取れずじまいだったであろう大事なもう一人の家族。
この前も自分の誕生日に手紙を送った。
僕は今も元気だと、プライド第一王女のお陰で幸せだと、母さんもどうか身体に気をつけてと、そして
プライドと共に母さんやこの国の人達の為に全身全霊を尽くすと。
毎年あまり変わらない文面かもしれない。でもそれだけ僕にとってあの時から何も変わっていないのだ。父さんを亡くして辛かったのに、それでも女手ひとつで僕を育ててくれた母さんへの想いも、プライドへの誓いも、全て。
…彼に、彼の母親に自分と同じ父親の居ない悲しみを味わせたくない。それは本心だ。だが…
「ッそれでもダメです‼︎未来の女王である貴方を行かせる訳にはっ」
「私は‼︎」
ガッと、ステイルの肩を掴む両手が強くなる。プライドは自分には力が無いといっていたのに、彼女はこんなに握力も強かったのかと下らないことを頭の隅で考えてしまう。
「民一人を我が身可愛さに救えるのに救わない、そんな最低な女王になりたくはないのよ‼︎」
その目は真剣そのものだった。
はっ、とステイルは三年前のプライドとの約束を思い出す。
まだ王族になって間もない自分を、泣きながら抱きしめ、そして彼女が願った言葉。
『もし、私が最低な女王になったら』
彼女の真剣な目から目が離せなくなる。映像の方からは何度も何度も騎士団長の呻き声と奇襲者の笑い声が聞こえる。
…そうだ、僕は。…プライドは。
ぐっと拳を握りしめてプライドを見つめ返す。
「本当に、大丈夫なのですね?」
「絶対に。」
間髪いれずに返すプライドに大きく溜息をつく。そのまま彼女が外そうと苦戦していたスカートの金具部分に触れ、金具だけ瞬間移動させ取り外す。
彼女もそれに少し驚いたように一歩離れ、「ありがとう…」と小さく呟きながら脇に挟んでいた剣を両手に持ち直した。
そして、僕はその剣ごと彼女を強く抱きしめる。ビクッと予想外のことに彼女の肩が震え、そして
その温もりと同時に僕の腕の中から彼女は消滅した。
周りの騎士達が、プライド様、まさか、と声を上げる。有象無象の声なんかはどうでもいい。
僕がいま、彼女を戦場に送り込んだ事実は変わらないのだから。
「我が第一王女、…全ては貴方の望みのままに。」
貴方の、その美しい心を守る為ならば。
僕はそう改めて刻んだ誓いを思い出しながら、騎士達が持ち運んできた爆薬と火種の箱まで足を進める。
…最悪の場合、これを直接奴等の上に降らせてやる。
プライドへの信頼と奇襲者への殺意を胸に、ステイルは騎士達のどよめきの中、静かに映像へと目を向けた。
……
…ここまでか…。
騎士団長のロデリックは静かに息を吐いた。
撃たれた弾はなるべく避け、弾いた。だが、距離を取られて一斉に撃たれれば限りはある。せめて反撃しやすいようにと立ち上がれば崖上の射撃の的にされる。だが、屈めば満足に避けることも叶わない。体力も消耗し、撃たれたところの止血も叶わない。
いまはもう、殆ど気力だけで攻撃を防いでいた。
男達は勝利を確信して、下卑た笑みで銃口をこちらに向けている。
笑っていられるのも今のうちだ、外道共め。我が第一王女の予知通りであれば、お前達は間も無く私とともに瓦礫の下敷きになるのだから。
そう思って不敵な笑みを浮かべてやれば、怒り狂った一人が顔面近くへ打ち込んできた。頬を霞め、血が伝う。
ガチャ、ガチャと次々と発砲の準備が始まる。私もまた、騎士としてただでは受け入れまいと剣を振り上げてみせた。
その時
「ッぎゃあ⁉︎」
突然、崖上から悲鳴が響いた。
何だ何だと誰もが崖上の方へ振り返る。
すると、一人、また一人と崖上で銃を構え、崖下の様子を伺っていた男達が明らかに私ではなく、別の方角へ向かい発砲し、そして悲鳴を上げて倒れているのだ。
私だけではなく、崖下にいる奇襲者達全員が呆然としている間に先程まで感じていた筈の崖上の複数の気配が一つになっていた。
一体なにが…。
だが、私の驚きはそれだけでは終わらなかった。
パンッパンッ‼︎と銃声が崖上から聞こえたと思えば目の前で私に銃を向けていた男達の手が次々と撃ち抜かれ、悲鳴とともに地面に転がり出したのだ。
その隙を逃すまいと私の剣が届く距離に転がった銃は回収し、奇襲者にはとどめを刺す。
それを見た他の男達がまた一斉に私へ銃を向けるがその度に崖上からの狙撃により同じように地面に転がることになった。銃を持たない者も次々と手や足を正確に撃ち抜かれてのたうち回っている。
暫くして銃声が止んだと思えば、信じられないことに小さな影が崖上からそのまま飛び降りてきた。目の前の男達ですら縄や遠回りをして降りてきたというのに、アレは何者だ?
私の剣の範囲から外れている男達がまるで私の存在を忘れたかのように背中を向け、近づいてくる影を正面から捉える。
まさか。
立ち上がり、男達の頭の上の位置からその影を覗き込み、目を疑った。
「貴方達も、本当にもう弾の補充がなかったのね。全部今ので使い切ってしまったわ。」
うら若き少女の声で彼女は言う。
細身の剣を片手に、二つに裂けたスカートを靡かせて。
「覚悟なさい。小悪党が。」
少女には似つかわしくない不敵な笑みを浮かべ、彼女はまだ十数人いる男達を見定める。
「彼は私の国民です。」
その凛とした声は間違いなかった。
思わず手に握る剣を落としそうになった。
それはこの場に最もそぐわない人物。
彼女は我が国の第一王女、プライド様その人だったのだから。