221.非道王女は集める。
「…では、お先に失礼致します。」
もう月が出始めた夜。隊長達と挨拶を済ませ、明日の進軍に向けて俺も部屋で休むのを許された。
今日、父上…騎士団長から明日の進軍の選抜隊が発表された。
防衛戦ではどんな不測の事態にも対応できるようにと、選抜した隊ごとの出陣ではなく、各隊の中から半数ずつで編成を組まれることになった。ただ、近衛騎士は無条件でプライド様と共に防衛戦に加わるから、俺を含む隊長、副隊長が所属する隊はバランスがよくなるように人数や他隊で調整された。
一番隊はアラン隊長とエリック副隊長が防衛戦にでる代わりに、二番隊の隊長副隊長はフリージアに。
三番隊はカラム隊長が防衛戦だから副隊長がフリージアに。
そして八番隊副隊長の俺が防衛戦だから隊長のハリソン隊長がフリージア…の、筈だったのに。ハリソン隊長のゴリ押しで俺とハリソン隊長も防衛戦に参加することになった。代わりにイシドア元副隊長を含めて八番隊の過半数以上がフリージアに残ることになった。
ハリソン隊長が「防衛戦に私が不在などあり得ません。隊長格ゆえに留守と申されるのであれば、この場で隊長の座を返上致します。」と副団長のクラークに直談判しているのを見た。…よりによってクラークに、ハリソン隊長が。
ハリソン隊長は言った事は絶対曲げねぇし、マジでやる。クラークもそれを知ってるから、仕方なくその分の人数調整で採算をつけたらしい。父上やクラークには絶対忠誠なハリソン隊長が、まさか隊長の座まで賭けて直談判するとは思わなかった。
自室の扉に手を掛け、中を確認して溜息を吐く。やっぱり先に居やがった。
「…わりぃ、ステイル。遅くなった。」
扉を後ろ手で閉じ、頭を掻く。
午後にプライド様の近衛で会った時、同盟が締結されたって聞いた。そろそろステイルが迎えに来る頃だってのもわかってたってのに。
「いや、俺も丁度いま来たところだ。少し野暮用があってな。」
気にするな、と話すステイルは俺の椅子に寛ぐようにしてもたれかかっている。摂政業務でも長引いたのかと思いながら、鎧と剣はそのままに荷物と、…あと鎧の両手部分だけ外して扉の傍に降ろした。
「ンで?…どうだった。セドリック第二王子は。」
「単なる愚者とも思ったが…それだけでもないらしい。」
よくわからない男だ。と言って俺から目を逸らしながら言うステイルは、珍しくその声が若干萎れていた。コイツが一度許さねぇって奴をそういう風に言うのは珍しい。
「もちろん奴が犯したことは許していない、姉君へと無礼な振る舞いの数々。だというのに、…最近の彼はまるで別人のようだ。」
薄く長い溜息を吐きながら頬杖をつくステイルは、未だ色々考えてるみてぇだった。俺が次の言葉を待つと、ステイルは下に逸らせていた視線を不意に俺へと向けた。そのまま眼鏡の黒縁を片手で押さえながら口を開く。
「だからアーサー。悪いが、お前の力が必要だ。俺も、姉君も、…セドリック王子も。」
「わぁってる。」
初めから知ってた。セドリック王子が女王に国王が急病だと話した時に俺も居たし、…プライド様からもあの時話してくれたから。
下ろした荷物から、エリック副隊長に借りたもんを取り出して鎧の上からそのままかぶりながらステイルの方に歩み寄る。
「…ローブ。わざわざ用意したのか。」
「まァな。同盟国とはいっても…バレる訳にはいかねぇし。」
首元のフードだけそのままにして、上から下まで茶色いローブに包まれる。エリック副隊長が丁度持ち合わせてくれていて良かった。
ステイルが「準備が良いな」と言いながら、ふと思い出すように表情を一人曇らせた。
「…本当はセドリック第二王子にもお前や姉君を会わせてやるつもりはなかったんだがな。」
「アァ?会わねぇでどうやって国王の部屋まで辿り着くんだよ。」
そのまま、セドリック王子じゃねぇと場所もわかんねぇだろ、と言ったら何故か悪い笑みを俺に向けてきた。…絶ッ対なんかやらかしたツラだ。俺が敢えて眉間に皺を寄せると「侍女や護衛程度の目を盗んで一時的に国王だけ拐えば済んだからな」としたり顔ですげぇ物騒なことまで言いやがった。
「…だが、やっぱりやめた。あれ以上、家族のことで胸を痛ませたくはない。」
勿論、姉君への不敬は許してないが。と言いながらもステイルのその眼差しが、また暗く沈んだ。どうやら、なんかやらかしたついでにキツいこともあったらしい。わかんねぇけど、取り敢えず手を開いてその丸くなった背中を軽く叩いてやる。ポン、と軽い音がして、同時にステイルの背筋が一気に伸びた。
「…そォいうとこが人間味あって良いンじゃねぇの。」
テメェで腹黒を自覚してるコイツだが、やっぱなんだかんだでプライド様やティアラの兄妹なんだと思う。血より濃いモンが繋がってる。
そのまま適当に肩にも数回手を下ろせば、ステイルが無言のまま人差し指で小さく頭を掻いた。最後に眼鏡の位置を指先で直して、カチャッと音が鳴る。
「…行くぞ。さっさと終わらせて明日に備える。」
「あァ。」
ステイルに差し出された手を掴み、次の瞬間には視界が変わった。
……
「こんな夜中にごめんなさい、アーサー、ステイル。」
改めて、私の部屋に瞬間移動で来てくれた二人に御礼を言う。明日は二人とも出国だというのに、こんな深夜に本当に申し訳ない。
「とんでもありません。俺の方こそお待たせしてすみませんでした。」
「いえ、遅くなったのは俺の方でっ…。これから行くんすよね…?」
笑顔で返してくれたステイルといつもと違う、ローブに身を包んだアーサーに私ははっきりと頷く。
「ええ。…二人とも、あの時はあんなに突然お願いしちゃってごめんなさい。」
出発する前に、これもちゃんと謝って置かねばと改めて頭を下げる。急いでいたからとはいえ、あんなテロみたいに突然お願いして返事を貰うのは悪かったなと思う。
それでも二人とも嫌な顔ひとつせずに笑ってくれた。それどころかステイルが「むしろ、今回はすぐ話してくださったので嬉しかったです」と言ってくれ、アーサーもそれに頷いてくれた。
「…だって、約束したから。」
二人の優しい表情を見て、思わず私からも笑みが零れてしまう。一年前、色々と三人に心配をかけた時に私は約束していた。…次は必ず話す、と。
ティアラにも母上のところに謁見へ行く前の時点で今晩私達がどうするつもりかは話していた。防衛戦のようについて来たがるかと思ったけれど、それについてはセドリックには気をつけるようにと、ステイルとアーサーから離れないようにとの忠告だけで本人が行きたいとは言わなかった。
「…では、行きましょうか姉君。」
ステイルの言葉と同時に、アーサーがフードを改めて深く被った。初めて見る姿だと思ったらエリック副隊長から借りたらしい。正直、アーサーの特殊能力についてはどうやって隠すか考えていたからアーサーがその格好で来てくれたのにはほっとした。
ステイルの言葉に頷きながら、その手を握る。
「じゃあ先ずはセドリックの城まで行って、そこからセドリックを探して国王の部屋まで案内を」
「いえ、国王の寝室まで案内して貰ったので直接そこに瞬間移動します。セドリック第二王子もそちらに居るでしょう。」
えっ⁈と、私の言葉を上塗りするステイルの言葉に、思わず間抜けな声を上げてしまう。
「姉君が、あの時に『サーシス王国の国王を助けたいから明日の晩にアーサーと一緒に協力して』と言ってくださったので。きっとこちらの方が手早いと判断しました。」
「俺も、プライド様が『明日の晩にサーシス王国の国王を助けに行きたい』って言ってくれたんで、すぐにステイルと合流しようと思ったんすけど、このローブ借りてたら遅くなっちまって…すんません。」
私の反応に満足そうに笑ってくれるステイルに反して、フードから顔を上げたアーサーはそのままペコリと頭を下げてくれた。その拍子に束ねた長い銀色の髪がぴょこっとフードからこぼれ出て、思わず笑ってしまう。
「ありがとう、ステイル。それに、謝ることなんてないわアーサー。」
こうしてローブだって用意してくれたんだもの、と言いながら長い髪がこぼれないように、フードを外して結い直そうとするアーサーの手にそっと触れ、私から背後に回って手早く彼の髪を団子状に纏めて結い直す。これでフードから顔を傾けても髪は溢れない筈だ。
「やっぱり二人にすぐ話して良かった。あの後、すごく安心できたもの。」
二人に話して、協力してくれるとわかった後は全く悩まなかった。きっと上手くいくと、心から思えたから。
そのまま流石ステイルね、と言ってステイルの頭を撫でる。まさか国王の寝室まで直接行けるようにしてくれているとは思わなかった。ステイルはまだセドリックの元に直接瞬間移動できないし、城内からまた潜入活動かもとも覚悟していた。
しかも二人とも、私が打ち明けてからそれ以上の行動もしてくれた。流石だわと抱き締めたくなる。
「それじゃあ早速国王の部屋までー…、…ステイル?アーサー⁇」
気を取り直して出発しようと顔を上げたら、何故か二人とも固まっていた。ステイルは今から緊張してきたのか若干頬が染まったまま片手で頭、そしてもう片手で口を覆っているし、アーサーは小さく俯きながら既にローブを深く被った状態から更に引っ張るように両端を掴んでた。これでは顔どころか首まで見えない。小さい声で「髪っ…」と呟き声が聞こえる。やはりお団子ヘアーは男子には恥ずかしかったのだろうか。
「…いえ、行きましょう姉君。」
「〜〜っ…すんません、大丈夫です。」
二人がなんとか返事をしてくれて、今度こそアーサーと一緒にステイルの手を取って瞬間移動する。
サーシス王国、国王の元へ。