そして立ち上がる。
「なんだよ…それ…。」
最期になるかもしれない騎士団長の言葉を誰もが食い入るように聞く中、その言葉を打ち消したのは今まで見たことのない青年だった。
何人かの騎士が身構えるが、副団長が「止めろ‼︎」と一喝すると全員が止まった。
「ロデリック、…騎士団長の御子息だ。」
これが最期の対面になるであろう、そう考えたクラーク副団長が一歩映像と通信役の特殊能力者の前から退き、青年に道を開ける。
この人が…騎士団長の息子さん…⁈
正直、騎士団長の風貌からは信じられない姿だった。騎士団長と同じ銀色の髪だが、それがボサボサと伸び散らかり、後ろは背中まで、前髪は殆ど顔を覆ってしまっている。白いタンクトップのようなシャツと、畑仕事をする民によく見かけるヨレヨレのズボン。身体つきはしっかり引き締まっているが、線が細く、筋肉質な印象が強い。十三〜十四歳くらいだろうか?騎士というよりも農民という言葉がしっくりくる風貌だ。
『お前…‼︎何故そこにいる』
騎士団長も驚いたように目を見開き、目の前の我が子を見つめている。
「騎士団が何人も畑の前通り過ぎやがるから何事かと思って見にきたんだよ…なんだよ…なんだよそのザマはよォ⁈」
そこにははっきりとした怒りが感じられた。
とても親子の最期の会話とは思えない。
顔は見えないものの怒り狂った息子の姿を騎士団長は黙ってじっと見つめている。
「クソ親父‼︎お袋はどうする⁈毎回毎回心配かけて今度は〝ここまで〟だァ⁈ふざけんじゃねぇよ‼︎何が傷無しの騎士だ!騎士団長だ‼︎そんなところでくたばりかけてんじゃねぇよ‼︎」
罵声にしか聞こえない、だがそこには確かに父親が死ぬという事実に対しての抵抗が感じられた。
「立てクソ親父‼︎さっさと帰ってお袋に千回詫びやがれッ‼︎」
『すまない…それは不可能だ。私はここで騎士として死ぬ。せめて…お前にもう一度また稽古を』
「騎士の稽古なんざいらねぇ‼︎俺は騎士なんざ絶対ならねぇって言っただろうが‼︎」
そう叫ぶ青年に騎士団長は少し悲しそうに顔を歪め、そして笑った。
『そう…か。…お前の人生だ。以前話した通り、お前が騎士を目指さぬことを強く止めるつもりはもうはない。ただ、私が…私の部下や仲間達が命をかけて務める〝騎士〟の在り方についてお前にも知って欲しかった。…父として。』
そのままロデリック騎士団長はゆっくりと自らの剣を地面に刺し、上半身を起こす。
すると、段々と何処からか複数の足音が聞こえてきた。味方の新兵のいる方向ではない、銃撃されていた崖の方向からだ。
『とうとう弾が尽きたようだなぁ?手間取らせやがって‼︎』
映像の隅から少しずつ、奇襲者達の姿が表れる。全員、盗賊のような風貌の男達だった。足音が多くなり、どんどん増えてくる。
副団長が冷静に部下へ「こちらからの通信を切れ」と命じた。その瞬間、今まで映像を送っていた騎士の目の色が戻り、映像の向こうの騎士団長はそれに気づくと『良い判断だ』と笑った。
これで、こちらから音声や映像は送られず騎士団長からの映像と声だけがこちらに映る一方通行状態になってしまった。
「おいクラーク‼︎何をっ…」
「敵の情報を我々は必要だが、こちらからは一切渡す訳にはいかない。」
狼狽える息子さんに副団長ははっきりと断った。
奇襲者達の前に、騎士団長一人だけが体を反転させて向き直る。気がついた奇襲者達が足の嵌った騎士団長をマヌケと大笑いした。
だが、その言葉がまるで聞こえないように騎士団長は独り言のように言葉を放つ。
『この先には未来ある新兵達がいる。応援が来るまで手出しさせるつもりは無い。』
足が嵌って何を言ってやがる⁈大人しくしてればまだ生かしておいてやると奇襲者が笑う。
『だから見ていろ、我が息子よ。騎士としての父の…最期の生き様を‼︎』
次の瞬間、騎士団長が一番近くにいた奇襲者を剣で斬り倒した。
あまりに一瞬のことで他の奇襲者も反応できなかったようだった。
その間にまた一番前に並んでいた男を一人、また一人と斬り倒し、相手の剣を特殊能力を持つ自分の片腕で受けきると、心臓へ目掛けて今度は剣を突き立てた。怒り狂った男達が束になって騎士団長一人に飛びかかっていく。
そんな…
映像を前に、足が震える。ステイルが駆け寄り、必要ならば目から覆い隠すように肩に手を添えてくれたが、敢えてそれを断った。これは私が目を逸らしてはいけない光景だ。
映像の前では騎士団長の息子が喉が裂けるような大声で叫んでいる。
ふざけるな、テメェら親父に手を出すな、殺してやる、止めろ、止めろ、止めろ止めろ止めろ、と。時折咳込みながらそれでも届かない声を張り上げた。罵声が吐かれる口とは裏腹にその目には涙が流れていた。
副団長はその背後で、現場に着いたのであろう先行部隊に指揮を出していた。騎士団長が足止めをしている間に一人でも多く新兵達を安全な場所に。そして全員避難した後は崖崩れに備えて全員退避せよと。
騎士団長のもとには誰も応援に行かせない。それが彼の意思だからだ。
私は何も、できない。残りの人生、国の…民の為に尽くそうと決めたのに。私は何もできなかった。
ただ、こうして呆然と悲劇を眺めることしかできない。
まるで時間がゆっくり流れているかのようにプライドの目には映像に映る騎士団長の一撃から奇襲者一人一人の顔まで鮮明に見えた。
その時
「っ!あ、…の男…‼︎」
プライドの目に入ったのはまだ敵の後ろの方で騎士団長と男達の様子を伺っている褐色肌の男だった。
ゲームにいた‼︎確かどっかのルートで…私の国で暴れる一団のっ…
そこまで思い出し、プライドは向こうに移動させる為に運ばれた武器の在庫の内、自分でも扱えそうな細い刀身の剣を手に取った。
そのままもっと近くで見ようと映像のそばまで駆け寄る。一番前でそれをずっと見ていた騎士団長の息子は、それにすら気づかず叫ぶことすら忘れ呆然と映像を眺めていた。
パンッ‼︎
プライドが騎士団長の息子の横に並んだその時、騎士団長が奇襲者の一人に岩に挟まれていない方の足を撃たれて膝をついた。映像の向こうで男達が口々に「銃ならきくぞ!距離を取れ‼︎」と叫ぶ。
「やっ、やめろおおお‼︎」
騎士団長の息子が咆哮しながら実体のない映像に手を伸ばし、そのまま映像を突き抜け、崩れ落ちた。
真後ろの映像から未だに父親と奇襲者達の怒号が響いている。
「ああああああああああああああぁああああああああああ‼︎‼︎」
床を両拳で殴りつけ、吼える。そのまま振り向き、映像と自分の方へ視線を向けている騎士達をぐちゃぐちゃの髪の奥から睨みつけた。
「誰かっ…助けろよ親父を‼︎‼︎アンタらの団長なんだろ⁈俺なんざと違って特別なっ…特別な存在なんだろぉ⁈なら助けろよ親父を‼︎なんで、こんなに騎士が沢山いて誰一人、誰一人もっ…」
ぐわあああっと敵に撃たれた映像の騎士団長の声と青年の声が重なる。
「なんで誰も親父を助けられねぇんだ⁈」
それは怒声ではなく、悲鳴に近かった。
副団長も騎士達も何も言えない。ただ、ひたすら憎むべき奇襲者とそして、尊敬すべき騎士団長の背中を見つめている。
返事のない叫びに再び青年が俯こうとしたその時。
「大丈夫よ。」
パンっと青年の肩を誰かが優しく叩く。
はっと顔を上げるとそこには一人の少女がいた。似つかわしくない剣を片手に、彼女は駆け出した。
「私の国の民は誰一人、不幸にさせない」
改めて決意を口に出し、彼女は剣を抜く。
周りの騎士達も驚いたように目を剥き、剣を下ろさせようと手を伸ばす。
ザシュッ、ザッ、と布が勢い良く切れる音とともに、彼女のスカートが真ん中から縦に裂けた。
波打つ真紅の髪を振り乱しながら、彼女は叫ぶ。
「私を、あの戦場に‼︎」




