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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
非道王女と同盟交渉
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そして見送る。


「私もっ…お姉様と共にハナズオ連合王国へ同行してもよろしいでしょうか…⁈」


えっ⁈

あまりの驚きに「ティアラ⁈」と声を上げてしまう。でもティアラは言葉を取り消す素ぶりも無く、口をぎゅっと結んだ顔を緊張で真っ赤にしたまま母上を見つめていた。これには誰もが驚き、言葉を無くした。流石のステイルですら目を丸くして開いた口が塞がらないようだった。


「…それは、貴方も戦場に立つということですか、ティアラ。」

ゆっくりと、見開かれた目をそのままに母上がティアラに尋ねる。ティアラが間髪入れずに「はい!」と声を上げるから、母上の左右にいるヴェスト叔父様や父上、ジルベール宰相が互いに無言で目配せし合った。戸惑うのも当然だ。第二王女とはいえ、ティアラは未だ未成年。そして、今回の行き先は危険な戦場。城下に視察に行くのとはわけが違う。


「ハナズオ連合王国は大事な同盟国となる国です。お姉様、そして兄様も戦場へ赴くのならば私も避けてばかりはいられません。ちゃんとこの目と身体で向き合いたいのですっ!」

その強い眼差しに、ティアラ自身も遊びや視察とは違うのだということを理解していると聞かなくてもわかる。

母上は軽く額を押さえて考える仕草をすると、フーッ…と小さく息を吐いた。


「…ハナズオ連合王国に関してはプライドに託しました。…その判断に任せましょう。」

えええええええぇっ⁈母上‼︎待って私に⁈私なんかに可愛いティアラを任せちゃって良いの⁈というか私がティアラに弱いの母上だって知ってるくせに‼︎

思わず、取り繕うこともできずに口をパクパクさせてしまう。あとで絶対物申してやるんだからっ‼︎と心の中で叫びながら見つめていると、隣のティアラから「お姉様…」と訴える声が聞こえる。顔を向けるのが怖い。絶対に勝てる気がしない。おそるおそる振り向けば、潤んだ瞳でティアラが私を真っ直ぐに見つめている。

今までだって危険な場所とかに私が行くときは絶対にお留守番をしてくれていたティアラ。表向きは私もティアラも戦場への経験は無しだけど、実際私はすでに色々やらかしているけどティアラはゼロだ。

でも、確かに第二王女のティアラにとっても必要な経験ではある。…いや!だからそんな社会科見学のような軽いものではないし‼︎経験の為に妹連れてきましたなんて、先方にガン切れされてもおかしくない案件だ。でもそれ言ったら私だって似たような理由で母上に女王代理と戦場に行く権利貰っちゃってるし…‼︎

何より、今までずっと我慢して私達を何度も待ち続けてくれたティアラからの望みだ。戦場といっても私達が立つのは指揮。実際には騎士が守ってくれるから自ら剣で戦う機会は比較的少ない。いやでも危険なのには違いないし、私も戦場に立った時にちゃんとティアラを守りきれるかっ…


「お姉様、約束します。絶対にお姉様達の邪魔はしません。第二王女として、必ずお姉様に従います。ただ、運命を共にすることだけを許して下さい。」

そう考えを巡らせている間も、ティアラが綺麗な瞳を私に真っ直ぐ向けて訴えてくる。

うゔ…と思わず唸り、今度は私が喉を鳴らす。そして


「…わかりました。」


折れる。

はぁぁ…と息を吐き出し、そのまま「ただし条件があります」と早口に付け加える。


「ティアラは防衛戦中はサーシス王国で待機してもらいます。」

戦場の舞台になるのはチャイネンシス王国。私が兵を率いて行く時はサーシス王国で待ってもらう。サーシス王国も戦場になることは変わらないだろうけれど、それならば戦場のど真ん中を避けられる分、きっと安全だろう。

ティアラは少し何か言いたげにしたけど、飲み込んで「わかりました」と頷いてくれた。本当はきっとチャイネンシス王国までついて行きたいと思ってくれていたのだろう。でも流石にそれは危険すぎる。それと、と私は更に続ける。


「もし、御許しを頂けるのならばジルベール宰相にも同行を願えませんでしょうか。」


直後、息を飲む音が複数聞こえた。ステイルは当然ながら、ジルベール宰相も目をぱちくりさせて「私…ですか」と珍しく私に聞き返してきた。…ちょっと申し訳ない気分になりながらも私は頷く。


「はい。ラジヤ帝国との会合の為にもヴェスト叔父様や父上は母上と同じくサーシス王国に赴くのは難しいと存じております。ですが私にステイルがいるように、私と共に行くティアラにも護衛とは別にその補佐をして下さる方が必要だと思います。」

何かがあった時に私がすぐティアラに指示をできるとも限らない。ジルベール宰相ならその場での判断にも長けているし、何より凄く強いし、頭も良い。きっと彼ならティアラを守ってくれるに違いない。

母上は納得したように「確かに、ジルベールならば申し分はないでしょう」と返し、尋ねるようにジルベール宰相へ顔を向けた。


「女王陛下とプライド第一王女殿下の御命令とあらば、喜んで。」

母上からの視線を受けてジルベール宰相は深々と礼をし、最後には私とティアラに向けて温かな笑みを返してくれた。…本当は妻子持ちのジルベール宰相を戦場に引き摺るのは凄く凄く申し訳ないのだけれど、仕方ない。ジルベール宰相が嫌な顔せず引き受けてくれたことだけが救いだ。やはりジルベール宰相も可愛いティアラを心配してくれているらしい。本当にティアラがこういう時に人望があってくれて良かったと心から思う。


「では、明日の出発は宜しくお願いしますね。突然のことではありますが、皆の武運を祈っております。」

そのまま、セドリック第二王子には後程御説明致します、と告げられてセドリックは黙って頷いた。それに母上は優雅に優しく頷いた後、その白く長い腕を横に振った。


「…さて。」


母上が周囲の衛兵達に合図をすることで扉が再び開かれる。私達を退室させる為ではない。人払いの為に謁見の間内にいた衛兵達が全員素早く部屋から扉の外へと去って行く。

衛兵が全員部屋から居なくなった後、開かれたままの扉から現れたのはロデリック騎士団長、クラーク副団長、カラム隊長と彼が率いる三番隊だった。

扉が外側から閉められ、騎士達が一縷の乱れ無く並びながら規律正しく歩き入ってくる。堂々とした姿で現れる騎士団長と副団長の姿を正面から捉えたからか、私の背後にいたアラン隊長とエリック副隊長がゴクリと喉を鳴らした。

騎士団長達は私達の更に数歩下がった位置で立ち止まり、その場に全員が跪いた。全員が同時に膝を折ったことでカーペットの上にも関わらずザッ、と鎧が音をたてる。


「本来ならば私が先行部隊と共にサーシス王国に赴くべきところ。ですが、私は当日にはラジヤ帝国を迎えなければなりません。…そして、これは異例の事態。同盟締結は一刻を争います。」


何より、女王である私自身がサーシス王国に赴き、この目で確かめなければと。滑らかな動作で長い髪をしなやかな指先で耳にかけた母上は、優雅にセドリックに微笑む。圧倒する威厳を目の当たりにしてセドリックが半歩下がるようにして少しよろめいた。


「ですから、我が息子ステイルに今回は特例としてその力を借りることにしました。」


ステイルが一歩前に出る。小さく一礼し、軽く笑むようにしてセドリックを見やった。そのまま母上が許すとステイルがゆっくりとその口を開く。


「本来、僕の特殊能力は秘匿しております。能力自体を知るのは一部の人間のみ。」


勿論、僕の希望での秘匿ですが。と笑むステイルがちらりと私に目を向けてくれる。ステイルは自分の特殊能力はなるべく表に出さないようにしている。更には昔から私が必要とする時にのみ使いたいと言って、自分の特殊能力の詳細は父上や母上にも隠していた。

私もティアラもアーサーも、今までステイルのその意思を尊重してその特殊能力を知った人には必ず口止めをしていた。

「なので、これからお教えすることもどうかハナズオ連合王国でも秘匿を願います。」

落ち着いた様子で続けるステイルに、セドリックが戸惑いに表情が追いつかないまま頷いた。それに満足したようにステイルは笑うと更に続ける。


「ですが、我が国の同盟と同盟国の為。そして母上と姉君の為ならば僕も惜しみなくこの力を使いましょう。」


ハナズオ連合王国が同盟締結として確定した今だからこそ、やっと我が国は騎士団や王族の特殊能力を彼に明らかにすることができる。

一寸の澱みなく言い放たれたその発言と、堂々たる態度はまさにこの国の第一王子だった。にっこりと意識的に微笑むそれは王族としての威厳に満ちていた。


「既にハナズオ連合王国、サーシス王国の〝座標〟は確認済みです。」

ステイルの合図と同時に、ステイルの護衛としてカラム隊長と三番隊。そして促されるままにセドリックが連れてきた衛兵や侍女達が荷を抱えたまま傍まで駆け寄った。


「僕の特殊能力は瞬間移動。その場所の座標さえわかれば一瞬で自身や触れたものを移動させることができます。」


〝座標〟での移動。

それを人前で使ったのは六年前が最初で最後だった。

特殊能力自体、公式の場で使うのも今回が二度目。

今のステイルは座標の移動でも難なく自身も瞬間移動することができる。更に一度にでも、大人六人程度なら難なく瞬間移動させてしまう。

そして六年の時を経てステイルの特殊能力がいま、再び人前で振舞われる。


「先ずは僕とセドリック第二王子殿下で護衛と共に城まで参りましょう。そして国王の御体調の確認後、僕が母上を瞬間移動でお迎えに上がります。国王陛下が復帰されていればその場で調印を、もし難しいようでしたらセドリック第二王子が代理で調印をして頂く流れで宜しいでしょうか。」

さらさらとこの後の流れを語るステイルに、セドリックが飲み込み、応えた。正直、この怒涛の流れにもうついていっているセドリックは流石だなと少し感心する。


「では、行って参ります姉君。」

「ええ、気をつけてね。」


ステイルがくるっ、と私の方を向いて確認をとってくれる。私と従属の契約を交わしたステイルは、私に許可を得ないと遠方まで離れることはできない。

私の許可を得たステイルが、馬車と入国手続きは省かれますが、御容赦を。馬車は僕らが入国する際にお返しします。と軽く言って、先ずは先にカラム隊長を始めとする三番隊の騎士達を順々に目の前で消してみせた。

突然音もなく人が次々と消失する光景にセドリックと護衛が目を見開く。ステイルはその反応も気にせずに今度はセドリックの家臣達にも順々に触れて彼らを瞬間移動した。最後、流れるようにステイルはセドリックへ優雅に手を差し出す。


「セドリック第二王子殿下。我が国で、…いえ、〝世界最速〟の移動手段をどうぞご体感下さい。」


ステイルの言葉にセドリックが強く息を飲む音が聞こえた。少し躊躇うように手を浮かせ、そしてステイルの手を取る直前、ふと私の方を見た。ステイルへ見開かれた燃える瞳をそのまま私に向けて、口を結んでいる。私がステイルへの信頼を込めて大きく頷けば、セドリックは覚悟を決めたようにしっかりとステイルの手を取った。



そして、今度はセドリックとステイルが同時に消えた。



閉ざされた国、ハナズオ連合王国のサーシス王国のその…内側へ。


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