215.非道王女は進言し、
「三日間、お待たせしました。」
謁見の間。
互いに挨拶を終えた後、母上は最初にセドリックへと口を開いた。いいえ、と返しながらセドリックは既に母上からの返事が待ちきれないように口を強く結んでいた。その姿には、余計なことや不敬をしないようにと細心の注意が感じられた。
母上の左右には既にステイルやヴェスト叔父様、父上やジルベール宰相もいて、私とティアラも所定の位置につこうとしたけど母上に「そのままで構いませんよ」と笑まれてしまった。ティアラはさておき、私にも恐らく話すことがあるからだろう。そうして母上は優雅に笑んで、セドリックに向けて口を開いた。
「結論から先に言わせて頂きます。我がフリージア王国はハナズオ連合王国サーシス王国と同盟締結を望ませて頂きます。」
貴方の言葉を信じます、と続ける母上の言葉にセドリックが荒く息を吸い上げた。
「っ!…まことでしょうか…⁈」
信じられないといった口調で、その瞳だけが希望に輝いている。ええ、と返しながら「ヴェスト、ステイル、そしてジルベールが確証を得てくれましたから」と返す母上に私もほっと胸を撫で下ろした。流石知性派三人組だ。しかもジルベール宰相まで協力してくれてたなんて。これで、やっと私も…
「そして、プライド。」
突然話題が私へと振られ、口だけは「はい」と落ち着いて返せたけれど、思わず心臓がドキンと高鳴った。母上の方へ姿勢を正すと微笑みながら「貴方にも伝えておくことがあります」と続けた。
「この度の防衛戦。とある国が我がフリージア王国と共に立ち上がると名乗り出てくれました。」
母上の言葉に私だけではなく、セドリックも驚き「なっ…⁈」と言葉を漏らした。それも当然だ、閉ざされた国であるハナズオ連合王国の為にラジヤ帝国を敵に回すなんて。大国であるフリージア王国ならまだしも、一体何処の…。
そう考えを巡らせる内に母上は斜め後ろに控えるステイルに目で合図を送った。すると応えるようにステイルが一礼し、一歩前に出た。
「アネモネ王国が、防衛戦の為に我が騎士団への必要物資の提供を名乗り出てくれました。」
…レオン⁈
まさかの国名に私も開いた口が塞がらない。確かにアネモネ王国もサーシス王国とは交易を行なっているし、我が国とも同盟関係だけど‼︎でも、国の規模としては小さいし、貿易も軌道に乗って何より戦争なんてものに関わるような国ではないのに‼︎
色々と言いたい事が溢れ過ぎて言葉が出ない私に、ステイルが少しおかしそうに小さく微笑み、話を続けた。
「二日ほど前に、僕へレオン王子から打診がありまして。是非、武器や必要物資の提供を手伝わせて欲しいと。昨日の夕暮れ時にはアネモネ王国からの使者より正式にアネモネ王国、国王からの打診も頂きました。本日の早朝にはこちらからも使者を出しましたので、恐らく遅くても明日の朝には多くの物資が届けられることでしょう。」
防衛戦が五日後になったこと、更には明日の午後には出発予定であることなども記しましたとステイルが続けてくれる。
あまりに急過ぎだし、流石に難しいのではとも思ったけれど、私の懸念を読んだかのようにステイルが「最初の書状を我が国に出して下さった時点で、物資の輸送準備は進んでいるとのことだったので大丈夫でしょう」と話してくれた。
流石貿易最大手。きっと既に他国に出せるほどの資源が有り余っていたのだろう。武器なんて滅多に使わない国だから余計に。
「プライド第一王女の初陣とも記しましたので、きっと期待できると思います。」
にっこりと笑みを浮かべるステイルに、少し口元が引き攣ってしまう。そんなプレッシャーをがっつりかけなくても!確かに元婚約者である私の為の物資提供と書けば、きっとレオンや国王も同盟国として手は抜けないだろうけども‼︎
二日前に会った時、私の後に用事と言っていたけれどあれは母上かステイルに会っていたんだなと察する。ステイルはあまりレオンと会う機会は少なかった筈だけど、いつの間にそんなに仲良くなったのだろう。
「アネモネ王国との連携に関しては、防衛戦同様にプライド、貴方に全権を任せましょう。…できますか?」
悪戯っぽく笑う母上に戸惑いながらも頷き、了承する。まぁ連携といっても我が国で武器を預かるだけだし、問題はないだろう。…それにしても、何故突然レオンが。私と話した時は防衛戦に加わるなんて一言も言ってなかったのに。
「ステイルとヴェストによって、ハナズオ連合王国の潔白も証明されました。…不要の疑いを抱いてしまったこと、心よりお詫び申し上げます。」
母上の謝罪にセドリックは「とんでもありません」と頭を下げた。
「我が国が為に立ち上がって下さったこと、この御恩一生忘れません…!」
片膝で跪きながら発するセドリックに母上が優しく笑みを返した。全ては同盟の為、双方の為ですと語りながらセドリックに頭を上げるようにと母上が願ってくれた。
「これから我が国は全力で、貴方方を支援致します。…では、ここから先はフリージアとハナズオ、双方に関わる更に重大な話となります。」
母上が、今度はジルベール宰相へ合図を送る。頷いたジルベール宰相が一歩前に進み、口を開いた。
「昨日から今朝にかけて、七人の罪人を捕えました。それぞれ手段は異なりますが、全員が敵国の間者に間違いないでしょう。」
落ち着いた口調でのジルベール宰相の発言に衝撃が走る。私だけじゃない、ティアラは驚きのあまり口を両手で覆い、セドリックからは「七人もッ…⁈」と声を漏らした。私も同意だ。ええ、と返すジルベール宰相はつらつらと説明を始めた。
「最初の二人は騎士団演習場を荷車に積んだ火薬で爆破しようとしたところを捕らえられました。更にその後、もう二人組も同じような方法で城門をくぐろうとしたところ、捕らえられました。そして一人は衛兵に成りすまし、一人はあろうことか我が城を出入りする上流貴族になりすまし、…一人は城の侍女を脅迫し手引きさせようと試みていたので、誘き寄せて捕えました。」
…もう、流石に開いた口が塞がらない。
先ず、そんな人数が既に城に侵入しようとしていたこと自体が驚きだ。
特に王都では各所で必ず衛兵のチェックがある。なのに、それにも関わらず守衛を抜けられた人間が七人はいたことになる。更に成りすましで一時的にも我が城へ侵入を許したことも恐ろしい。この数年間で年毎に国全体、特に王都から城の警備は厳しくなっていたというのに。
今や我が国は世界でも屈指の防衛体制が敷かれている。そして、その厳重な警備を抜けられた七人。
…そんな人間をどうやってそんなにあっさり捕まえられたのだろうか。
もう、どれを取っても驚きでしかない。
私達が驚いている間もジルベール宰相は「因みに、城下や王都内に侵入する前に捕らえられた者も昨日と一昨日のみ人数の桁が違います。」と続けた。恐らく国内に侵入を試みた時点で捕らえられた者の人数も同様でしょう。と言われながら、セドリックが改めて我が国を巻き込んだ事を実感したのか、強く拳を握り締めた。
「捕らえられた者達は騎士団の協力を受けて全員尋問をしましたが、依頼人については口を割る者はいませんでした。金を預かり、ただやらされただけだと。中には強情な者もいましたが、口を割ればやはり殆ど同じでした。…ただし。」
一度言葉を切り、ジルベール宰相がさわやかな笑みをにっこりと作る。収穫はありました、とその輝かしい真っ黒な笑みが先に語っていた。
「コペランディ王国の人間であることは判明しました。」
コペランディ王国…‼︎
思わず、その場で喉を鳴らして息を飲む。
やはり、彼らは知っていた。我がフリージア王国にセドリックが助けを求めに来たことを。そして、恐らくはそれを妨害する為に間者を放ったのだ。防衛戦にフリージアが加わらない為に、もしくは万全の体制で望ませない為に。兵力をできる限り削り、そしてフリージア王国すら制し、チャイネンシス王国を手中に収める為に。
ということは、ラジヤ帝国もやはり関わっているのか。母上への和平の書状も偶然ではない可能性が濃厚になってきた。
ジルベール宰相の口からも恐らくフリージアへの妨害工作の為に放たれた間者だろうと私と同じ意見が紡がれた。最後に「引き続き、我が城…我が国の防衛に騎士団と連携して努めます。」と締め括るジルベール宰相には、必ず全員逃がさないという強い意志が感じられた。まさか、その侵入した七人を捕えたのもジルベール宰相が…?と、じわじわ怖い予感も感じられた。
「つまり、コペランディ王国と我が国は正式に争う理由もできてしまったということです。」
ドスン、と母上の言葉が重くはっきりと私達に落とされた。つまり、後戻りはもうできないということだ。そのまま優雅な動作で母上は私に視線を向ける。以前より温かみのある眼差しで笑い、そしてプライド、と私の名を再び呼んだ。
「〝女王代理〟として、貴方には全権利を貸与しています。…では、先ずどうしますか?」
言って見なさい、と私が何を言うかを既に理解して母上が笑う。セドリックが意味がわからないと目だけで語り、私の方を小さく振り向いた。私は母上に頷き、そしてセドリックへの説明も含めてはっきりと声を上げる。こうすることは、もう既に決まっていたことだ。
「騎士団より〝先行部隊〟の編成、明日に届くアネモネ王国からの物資を詰め込み次第、先行部隊の力を借りて出陣し、更にその〝三日後〟にはサーシス王国と合流します。」
私の言葉に、その場にいる全員が静かに頷いた。唯一セドリックだけが未だ理解できないように絶句して私の方を凝視している。…彼には後で詳しく説明が必要だろう。母上が「よろしい、では頼みますよ」と笑んでくれ、私が一礼を返そうとした、その時だった。
「っ…あ、あのっ…!」
突然控えめに放たれたその声に、誰もが注視する。私もどうしたのかと思い振り向けば、ティアラが胸元に手を押さえるように当てながら前のめりに背中を丸めて母上の方へ向き直っていた。母上の目が少し丸く開かれ、無言で続きを促すとティアラは一度コクンッと喉を鳴らしてから再び口を開いた。
「私もっ…お姉様と共にハナズオ連合王国へ同行してもよろしいでしょうか…⁈」