207.非道王女は上がる。
「…成る程。話は理解致しました。つまり、急遽プライド様が我が騎士団を率いてハナズオ連合王国へ防衛戦に赴くことになったと。」
騎士団演習場。
謁見後、母上に許可を得た私は早速アーサー達と共にロデリック騎士団長に勅命に向かった。私と近衛騎士のアーサー、カラム隊長、ステイル、…そして何故かセドリックも一緒に。
今日をいれてあと二日。
我が国で待つように母上に言われ、頷いてくれたセドリックだけど、やはり何もせずにいるのは落ち着かないのか、私がこのまま騎士団演習場に行くと母上に許可を貰ったら、自分からついて来たいと申し出られてしまった。
母上も我が国の護衛の衛兵を連れていくならと許可を出したから、結果として王居の護衛と警備をしてくれていた八番隊、四番隊の騎士をそのままセドリックと私の護衛として大群で引き連れて移動することになってしまった。わざわざ王居に来てくれたのにトンボ帰りさせてすごく申し訳ない。
ステイルも、私にセドリックが付いて行くことになった途端に心配してヴェスト叔父様に「僕も姉君の補佐として同行したいのですが」と許可を得てくれた。
ステイルと馬車へ向かうまでの間に、本当は説明…というか言い訳もできれば良かったのだけれど、セドリックの事情は城内や人前で大っぴらに話せる内容でもなかった。私が短い時間にステイルに話せたのは、頼み事ひとつだけだった。
騎士団演習場へ向かう為の馬車が用意されるまでの僅かな時間に、ステイルの肩を引き寄せた時。「お願いがあるのだけれど…」と小声で耳打ちすると、突然のことに驚いたのか、目を丸くして肩に力が入ったように身構えながら聞いてくれた。
聞き終わった時には突然のお願い事へのプレッシャーのせいか、少し耳が赤くなっていた。それでも「わかりました」と早口で私に頷いて、下準備は済ませておきますと言ってくれた。本当はアーサーにも相談したかったけれど、その前に馬車の準備が終わってしまった。
そうして、馬車に乗り込み騎士団演習場に向かったのだけれど
…馬車の中は、すっっごく気まずかった。
ステイルは何も言わずにセドリックと私を何度も見比べているし、アーサーとカラム隊長も無言だし絶対これみんな私に怒ってる感がふつふつと伝わってきた。
ステイルなんて謁見の為に私がセドリックを引き摺って来た時から既に目が怖かったし、その後に私が説明どころか更にお願い事をしてしまったのだから怒って当然だ。…そう思うと、もしかしてあの時に耳が赤かったのは緊張からじゃなくて私に怒っていたからかもしれない。
「…ええ。同日に我が城でも母上とラジヤ帝国との会合があるので、騎士全員を他国に割く訳にもいきませんから、母上と私で均等に兵力を分けることにはなると思います。」
ロデリック騎士団長の言葉に返しながら、私は必死に意識を目の前に集中する。
ラジヤ帝国も一応警戒すべき国だし、我が国の騎士団全員が出払ったところを襲撃されたらひとたまりもない。その為にも兵力は分散しないといけない。
「…つまり、我が騎士団の半数がプライド様と共にその戦場へ赴くと言うことですね。」
ハァ…と何やら騎士団長が長い溜息を吐く。やはり、第一王女とはいえ私みたいな小娘に大事な騎士団が率いられるのは心配なのだろう。しかも、行き先は戦場だ。今までの護衛や警護と違う。怪我人や死者だって出るかもしれない。
「選別が…今から骨が折れそうです。」
ぼそっ、と小さく呟く騎士団長に、背後にいるクラーク副団長が喉の奥で笑った。そのまま副団長が騎士団長の背中を乱暴に叩く。
騎士団長が溜息を吐くのも当然だ。十七歳の第一王女と戦場か、女王と我が城で防衛ならどっちが安全かなんて決まっている。
きっと騎士のことだから、任命されたら腹を決めて頑張ってくれるのだろうけれど、私が率いるなんて知ったら余計不安に思うだろう。…今更ながら私まで不安で胃が重くなった。
でも、折角会合に来るラジヤ帝国の代表を女王が出迎えなかったら問題が生じるかもしれないし、やはり私がハナズオ連合王国に行くのが正しい。…それに、セドリックにも味方になると約束をしたのだから。
「そうですか…。申し訳ありません。」
いえ、プライド様が謝ることでは。と騎士団長が返してくれたけれど、なんだか謝る言葉しか見つからない。こんなにぐったりしている騎士団長を見るのは久々だ。
恐らく、ハナズオ連合王国に騎士団を率いる時も騎士団長は同行することになるだろう。私は戦に関しては素人同然だし、騎士団長が実質的に最前線では騎士達に指示を飛ばし、戦場に立つことになる。…つまり、一番ご迷惑をお掛けすることになる。
私も嫌がる騎士達を戦地に引き摺るのは気がひける。でも、だからって「嫌です」で「駄目でした」で成り立つものではない。母上からの正式な勅命でもあるのだから。
気が重そうな騎士団長が「今日中には必ず選別しておきます」と返してくれたけど、すごくなんか悪い気がする。
背後で近衛騎士の任中のアーサーとカラム隊長の方すら、私は振り返れなかった。今は一時的にセドリックに付いてた大勢の騎士達は他の騎士達と合流しているけど、近衛騎士の彼らは私の傍にいてくれている。振り向いたら二人とも怒っているか、下手したら騎士団長と同じようにげんなりとした表情をしているかもしれない。
すると、思わず自分で手を強く握って恐縮する私に、副団長が気づいたように顔を向け、笑んでくれた。
「人気者は大変ですね。」
え⁇
副団長の言葉に思わず目が丸くなる。一体どういう意味だろう、言い方からして嫌味には聞こえない。私が尋ねようにも副団長はそのまま「選抜なら私も携わりますから、御安心下さい」と笑ってくれて、騎士団長の肩に手を置いた。それに答えるかのように騎士団長が立ち上がり「では、こちらへ」と私を先導してくれた。
騎士達全員が見渡せる、高台へ。
「プライド様。」
高台に向かって歩く中、騎士団長が振り向かないまま私に声を掛けてくれた。何かまた怒られるのかと思い、肩に力が入りながら「はい」と答えると
とても優しい笑みで、振り返ってくれた。
「やっと、我らが騎士団の力を正式に必要として下さり、感謝致します。」
穏やかな声で、騎士団長が微笑む。全く老いを感じさせない姿と、その強い眼差しはアーサーによく似ていた。
「この日を待っておりました。」
高台の前で騎士団長が先に登り、私に手を差し出してくれた。昔よりもずっと、背が近くなった騎士団長の背中はそれでも高く、大きかった。
高台の梺で待つステイルとセドリック、そして護衛の衛兵達を後に、私の背後を近衛騎士のアーサーとカラム隊長、そして副団長が守るようにして続いてくれる。
風が吹く。髪が揺れ、季節の香りが鼻につく。思わず突風に目を凝らすと騎士団長が私の手を支えるように握ってくれた。
「どうぞ、胸をお張り下さい。」
強い、低い声が耳元に響き思わず心臓が高鳴った。緊張で手が微かに震えたけど、不思議と怖くはない。
手を取られたまま、高台の階段を一段、また一段と登る。昔、騎士団の演習視察の時に登った高台だ。でも、今回はただの視察じゃない。
「我が騎士団は、民とそして貴方方王族の為にここにある。」
最初に騎士団長が登りきる。そして私が引き上げられるようにして、手を取られたまま高台の頂に立った。髪をかきあげ、見窄らしくないように服の皺を確認しながら前を向く。そして
思わず、目を見張った。
輝くような純白の団服に身を纏った騎士達が整然と並び、誰もが私へ視線を向けている。
今までも騎士団演習場には何度も来たけれど、こんなに大勢が全員並んでいるのを見るのは初めてだった。目視では数え切れないほどの騎士が並び、地平線のように奥へ奥へと白い人波が続いている。
我が国の、誇り高き騎士団。
思わず、全身が泡立った。
こんなに沢山の騎士達が、私達をずっと守ってくれていたのだと。
そして、これから私は彼ら全員に声を上げるのだと。
「お待ちしておりました、プライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下。」
騎士団長の蒼い瞳が、強く私に向けられた。